第二百十六話:朝駆けの徒




 〝南端、ログノート〟――全ての敵を殲滅し終え、今や常の穏やかな空気を取り戻しつつある南の果てで、人獣、共に関係者たちが並び立つ。


 太陽はすでに高みにあり、それぞれに落ちる影は短く濃い。統括ギルド前の……異様に何も無い地面に立ちながら、自然と二つに分かれたヒトとヒト。モンスターとモンスター。


 方やプレイヤーとして大自然と敵対する――世界警察ヴァルカンに所属する赤の竜、〝赤竜、トルニトロイ〟とそれを従えて堂々と立っている〝セリア〟がニヤニヤと笑い。


 同組織に所属するログノートの支部長である〝アイノザ〟が不機嫌そうに眉根を寄せて自分たちを睨みつけ、副支部長の〝pon〟が心労でいっぱいという顔でそれを宥めている。


 ダッカスの副支部長である〝リリアン〟は凛とした佇まいを崩さず、期待と驚きの新人〝蜜蜂〟はどこか吹っ切れた清々しい表情で微笑んでいた。



 それに対するは、〝もはや我らはプレイヤーにあらず〟という標語を掲げる野生化組。


 機嫌が良すぎてテンションが下がらない自分を筆頭に、サイドを固めるのは不敵な笑みで〝アイノザ〟の視線をあしらう我らがミセス――〝クオン〟と、死んだ魚の目で突っ立っている〝雪花〟、それに寄り添う水の精霊王〝ワワルネック〟。


 すぐ後ろで〝クスクス〟さんが〝ポム〟さんと共に疲れ切った様子で曖昧な笑みを浮かべていて、蜜蜂によって救出されたらしい〝toraとら〟が、元気いっぱいといった様子で伸びをする背後で、彼女に「心配したのよ」と囁くのは虹色に輝く〝薄明竜、フェルトダンパ〟だ。


 周囲には人だかり。よろめきながら立っているトラウマを抱えたPKプレイヤーどもと、統括ギルドの中で〝月影〟さんの銀盾に守られていた一般プレイヤー達の野次馬の群れ。


 〝月影〟さん本人はリアルの事情で一足先にログアウトしたらしい。セレモニーに参加できなくて残念、と嘆いていたとか。


 数多の視線を浴びながら、代表としてセリアと自分が互いに一歩を踏み出した。


「――同盟はここまでっスね。ま、楽しかったわ」


 右手を差し出し、セリアはニヤリと笑って言う。オープニングセレモニーが終われば、次に会うのは《戦争》かなと。そう言う彼に自分も同じように不敵な笑みで握手を返す。


「――期間限定キャラ、助かったよ。自分も楽しかった。仲間も増えたし」


 今度こそ正面からぶつかりたいな、と続けた自分に、セリアは好戦的な笑みを浮かべてから、自分の隣で嫣然えんぜんと微笑むミセスを見て嫌そうな顔をする。


「あー……雪花の野郎が死んだ魚みてぇな目なのはそれが理由か」


「自分とミセスが組んだら百人力だよ! 正に世界一のカクテル! マリアージュ!」


「ふっ――ふふっ! あー、ボスったらホント可愛い、面白い。長男を思い出すわー」


 マリアージュ! のところでミセスと自分で肩を組み、二人でドヤ顔をキメるもセリアの評価はそっけない。ミセスは楽しそうに笑ってくれたが、セリアは深々とため息をつく。


「マリアージュ! じゃねぇよ。ちゃんぽんで悪酔いの間違いっしょ。うっわー、地雷原と空爆がコンビ組んだみたいなもんじゃないっスか。つーか殺しあった1分後に打ち解けるって何?」


「「気が合ったんだもん」」


 ミセスと自分で返事がハモれば、隣で雪花が「そんなことある!?」と悲鳴のような声を――ああいや、悲鳴を上げていた。

 クスクスさんは穏やかな顔で「もうどうにでもなーれ」と呟いていて、先に諦めの境地に至ったようだ。まあ雪花も時間の問題だろう。


「……マジで同情するわ。頑張れよ雪花」


 セリアの哀れみに、本気で同情しないでくれ! と雪花が叫ぶが、ログノートの支部長であるアイノザさんが、そんなことより、と雪花の嘆きなどすっぱりと切り捨ててセリアを押しのけ前に出てくる。


「犯罪者と野生化組にゃあ文句はあるが――とりあえずお前らが来てくれて助かった! 礼を言う! つーわけでオープニングセレモニー前にダッカスでメシ奢ってやるから全員ついてこい!」


『やったぁ!!』
















第二百十六話:朝駆あさがけのともがら

















 そろそろ水も引いてんだろ――との、アイノザさんのお言葉の通り。


 因縁も、喜びも。苦痛も絶望も。はたまた大切なものへの再会も――数時間前に全てがあったこの場所に自分達は戻って来ていた。


〝塩の街、ダッカス〟からは、今やすっかり水は無くなっている。

 魔法由来の水は魔術由来の自然現象の水ではないので、街全体はからりとしていた。


 ――が、自分が巨大な狼に変貌したことで破壊した街並みはひどいもので、大きめの建物はほとんど上層階が吹き飛び、雨ざらしの状態となっていた。


 大多数の家屋には屋根が無く、仕方ねぇからしばらくオープンテラスってことにするかー、といった会話がそこかしこから聞こえてきていたたまれない。


 しかし、どうやら例の事件はあまりにもさかきが酷すぎたせいか、自分は被害者であってあの状況で発狂すんのも無理はない、ということでお目こぼしをいただいているらしい。


 ビクビクしながら街に踏み込んだのだが、色々な理由で顔がよく知られている自分は速攻で街の人にもプレイヤー達にも「あ、狛犬だ」と見つかってしまったものの、大抵の人から「大変だったね」とか、「元気になってよかったね」とかの温かいお言葉をもらってしまった。


 必ずや復興支援をします、それはもう絶対に……絶対に! と行く先々で全力で頭を下げながらも、アイノザさんの先導で目当ての店まで歩いていく。


 街中はほとんどの飲食店がオープンテラス()で運営しており、しかし開放的になってしまったが故に、適当な廃材に座り、飲み物や軽食、本格的なご馳走などが並ぶ中で活気に満ちたやり取りを交わすプレイヤー達の様子がよく見えた。


 先程まで水没していたがゆえに大きな闘争は無く、しかし自分の暴走で災害地域みたいに街は大破。

 そうやってなし崩しに全てが終わったこの街は、今や大型イベント直前の熱気と期待感で満ちている。


 実際にオープニングセレモニーが開催されるのは広大なログノート大陸でも6つの都市だけだが、どうもプレイヤー人口などを加味かみしていないようだ。


〝塩の街、ダッカス〟は確かに交易路の中継地点としても有用な街ではあるが、規模自体は大したことのない――それこそ、シティというよりタウンのような場所だ。


 それにプレイヤーの誰しもが自分たちのように素早くフィールドを移動できるモンスターやステータスを持っているわけではない。


 それでも大した猶予もなくセレモニーの開催地を決めたのには、またいつもの細々こまごまとした理由があるのだろう。


 まあ幸いなことに、セレモニーの開催地以外でも、公式アナウンスや花火の打ち上げなどセレモニーっぽいことは普通にすると運営からのメッセージには書いてあったので、ますますじゃあ名前の上がった6つの街では何をやる気なんだと街ごとざわついている様子だった。


 ぞろぞろと団体で進む中。道中、全てが吹っ飛んだ世界警察ヴァルカン跡地で、「連絡無しで放置って酷くない!?」と静かに怒りを燃やしていた合法ショタ、ルドルフさんも人獣同盟に加わったりしつつ――アイノザさんのフレンドがやっているという多国籍料理屋――『スーベリアン』での食事となった。


 スーベリアンとは記念館という意味らしく、多国籍料理屋らしい名前だろ? と快活に笑う黒髪の店主の頭上に屋根は無かった。屋根は……無かった。


「……本当に、本当にすみません」と、何度も頭を下げる自分に、〝ペッパー〟さんは「大丈夫! 開放的でこれもアリだと思ってさー、このまま壁だけ直して営業しようかと思ってるんだ」とやはり快活な返事をくれる。


 そして店主のはからいで、今日は貸し切りと相成った。


 いるのは人獣同盟の全員で、今だけは人と、モンスターの垣根なく。互いに気負いなく会話に興じながら様々な料理を前に食卓を囲む。


 フルマニエル公国の沿岸部の伝統料理、エッグ・ミルズは赤い米の海、オレンジのソースの波、そして黄色い半熟卵の太陽という、海岸線に沈む夕日をイメージして作られている。


 トウガラシ粉入りながらサワークリームも入ったトマトソースは辛味があるのにまろやかで、半熟のポーチドエッグを割ると、なるほど夕日が現れる。


 別名で泥のスープと呼ばれる焦げ付きブイギニは、名前の通り泥色の具なしスープで、名前と見た目に反して香ばしくてコクがあった。


 ドミナスの料理だが、コゲと旨味のギリギリのラインを狙って作るオニオンスープで、通常の飴色のそれよりもインパクトと驚きがある不思議な感じ。


 他にも、ラングリア南部の郷土料理、煮戻した干しプラムを鹿の骨付き肉のローストに添えた黒犬のための晩餐ペンタレッサ


 すりおろした山芋を鉄板で両面焼きにし、もっちりさせながらも表面はカリカリに仕上げ、そのままおかずに添えて主食とするドグマ公国の素焼きペムなどなど。


 様々な国の料理に舌鼓をうちながら、自分達は最後に許された時間をめいっぱいにお喋りに費やした。

 それも、腹の探り合いや牽制などではなく、心底くだらなくて愛おしい、他愛無い歓談を楽しんだ。


 笑って、笑って、――あざけりなく笑い合って。


 それは、人と獣の束の間の交流。日の出と日の入りのわずかな時間。薄暮はくぼ黎明れいめいの時に似た、短いながらも鮮烈なひととき――。


 それも、もうすぐ終わりを迎える。


 道を分かつ時間が来たぞと、世界が容赦なくそれを告げる。




【Under Ground Online】――【〝meltoaメルトア〟がお送りします】




 朝駆あさがけのともがらは散り散りになり、そして新しい今日が始まる。




ENDエンド】――【第9章:朝駆あさがけのともがら




releaseリリース】――【第10章】





















【意訳】――【野生動物としての人々ペレム・ザイーツ・レジスタンス



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【Under Ground Online】 桐月悠里 @worldtour

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