第二百十五話:水と油の関係
第二百十五話:水と油の関係
ランカースレ他、いくつかの掲示板でクスクスが玩具にされて遊ばれた上、本人がそのことに精神的ショックを受けてうずくまってしまったちょうどその頃。
――ログノート大陸最北端、〝迷宮都市、アルバレー〟では、正しく水と油の関係である男と女が、互いに視線だけで相手を殺さんばかりに睨み合っていた。
「フベ君……あのね、お互いに歩み寄りが大事だとは思わない?」
黄金の髪を前髪だけ後ろに撫でつけた美女――白虎がひきつった笑顔で目の前にいる男を睨み、ほっそりとした指先はトン、と小さく手元にある地図を叩く。
「いいえ、まったく。……第一、公式イベントとして我々と
対して、ウルフカットの白髪を揺らしながら微笑む男――フベはコツコツ、と指先で地図の一点を叩きながらそう言った。歩み寄りが大事だなんて、何言ってるんですか? とうそぶくフベに、白虎のこめかみには青筋が浮かぶ。
「……オーバー大樹海地帯を含む〝迷宮都市、アルバレー〟の地権だけは譲れないわ」
「奇遇ですね。僕らもそこの地権だけは譲れません。代わりに〝南端、ログノート〟の地権などはいかがです? 〝塩の街、ダッカス〟とセットでお譲りしますよ?」
人間様の大所帯だと塩の供給ラインも重要でしょう? とフベが笑顔と共に囁けば、モンスターの方達だって迷宮都市には用は無いでしょう? と白虎が微笑みと共に囁き返す。
しかし両者互いに、金の瞳も、銀の瞳も笑っていない。
どちらも自身が率いる団体の最大限の利益のために行動する以上――譲るとか、遠慮する、なんて発想はどこにも無いのだ。
そのせいで先程から話は平行線となり、とてもではないが出来るだけ平和に今回のイベントを乗り切ろう、そのために話し合いをしようという、ルークの最初の提案は、まさに風前の灯火となっていた。
そもそも、何故この2人の間で、地権だの塩の供給だのの相談をしているのかと言えば、話は今より30分ほどさかのぼることになる。
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――30分前。〝迷宮都市、アルバレー〟、光の精霊王の玉座の間にて。
【運営アナウンス――イベント変更のお知らせ】
【これは重要なお知らせです!】――【担当は精霊8番! 〝
【まずは
【当初の予定ではプレイヤーのみなさんに精霊王をレイドボスとして討伐していただく予定でございましたが】――【それではみんなで楽しめない! みんなで楽しめないイベントなんて絶対ダメ――ということで!】
【本日より】――【公式イベントの内容を一新いたします】
【
【
【公式イベント】――【オープニングセレモニーは本日の正午より】
【〝始まりの街、エアリス〟】――【〝塩の街、ダッカス〟】
【〝光を称える街、エフラー〟】――【〝解毒の街、ポルストニス〟】
【〝迷宮都市、アルバレー〟】――【〝南端、ログノート〟】
【以上の6つの街にて開催させていただきます】――【セレモニープレゼントもございますので、受け取り損ねることのないように!】
【ただいま、イベント内容を詳しくテキスト化したメッセージをお送りいたします】――【しっかりと内容をご確認ください!】
――【最後に、わたくし〝
【オープニングセレモニーまでに】――【イベントに参加する予定のプレイヤーの皆様には
【プレイヤーか】――【モンスターか】
【あなたは
【それでは】
【派手に】――【派手にいきましょう! それでは皆さん、オープニングセレモニーでお待ちしております!!】
【精霊8番】――【〝
華やか、且つ元気のいいメルトアの声がログノート大陸中に響き渡り、しかし各地のPKプレイヤー騒動のせいで半分以上のプレイヤーに聞き流されたアナウンス。
しかし、半分以上のプレイヤーが聞き流したそれも、此処ログノート大陸の最北端。フベと白虎、並びにルークにとっては、絶対に聞き逃せない問題だった。
三者三様、反応の仕方は違えども、誰もがすぐさま送られてきたテキストデータを具現化し、真剣な表情で読み込んでいく。
白虎は憤怒の表情で奥歯を噛みしめ、ルークはげんなりと肩を落とし、フベは一新されたイベントにモンスター側としての活路を
――〝第一次人獣戦争〟
新しくリリースされたイベントの内容を簡単に言えば、まずは、およそ三百万平方キロメートルとされるログノート大陸を、運営側が公式に定めた緩衝地帯を除き、十数単位の土地に分割。
そしてその分割した土地の権利を、イベントのルールに則り、それぞれプレイヤー側とモンスター側で奪い合う――というのがこのイベントの
このイベントの
プレイヤーとしての権利を持ちながらモンスターとしてふるまう派閥の暴走により、成り行きに任せるがままにゲーム内状況が混沌化するのを嫌がり、公式として明確な線引きをひきにかかった。
具体的な提案は、実質的な三派閥。
従来通りのルールの他、人類特権としてスキル熟練度などに上昇補正がかかるなど様々な恩恵があるが、人獣戦争によって<
〝始まりの街、エアリス〟以外のセーフティーエリアには立ち入り禁止や、死に戻り回数制限など、新ルールに拘束されるもののモンスターと同じ扱いになり賞金首システムなどからも解放される<
そしてそのどちらにも属さないが、補正も制限も従来通りのルールの下、通常のプレイヤーとして活動可能な上、地権に関わらずどこにでも出入り可能の<
この立場を選ぶ場合、直接的には人獣戦争への関与が出来なくなる他、戦争中のみ立ち入りフィールドに制限がかかるようになる。
以上三つに分けられる派閥は、今後は定期的に開催されるという人獣戦争の度に自由に選択可能だが、反対に次の人獣戦争までは変更不可であり、イベント中やイベント終了後に新しくゲームを始めるプレイヤーは自動的に<
――そして、最も重要なのは陣取りゲームのメインルール。
ルールを守った《戦争》の
しかし、公式が定めたルールには従わざるを得ない以上、今度はそのルールの範囲内での最大利益を模索するしかない。
そして<
<
白虎もフベも間違いなく代表者に確定しているからには、たとえ今この場が非公式の会談であり、内々での決めごとなど風の前の塵に等しくとも――
「〝迷宮都市、アルバレー〟は食料、資源――共に豊富な場所ですからね。新大陸目指して港を作りたい人間様方におかれましては、絶対に外せない要所といったところですかね」
「どんな手を使ってでも〝海〟に漕ぎ出させたくないモンスターの方たちからすれば、今回のイベントは不服なのでは? 大型モンスターの群れで船を潰す気だったのでしょう?」
お互いに――内心の思惑を手探りしながら会話というなの闘いは続く。ルールを熟読した今、具体的な《オークション》の方式や、《戦争》においてどの行為がポイント獲得に繋がるのかはオープニングセレモニーでの発表になる以上、今わかっているルールの範囲内で互いに先手を打っていく。
しかし、本当にヤバい部分に切り込んだのは、銀目の魔王が先だった。
「……そちらは《戦争》貢献者上位3名――枠が、こちらより狭いですねぇ」
「――――」
明かされたルールの中で、フベも白虎も、すぐさま最大の問題点と見なした《オークション》に参加する代表者の決め方の1つ。
《戦争》でのポイント獲得数上位数名から選ばれる代表者。それは、はっきり言ってしまえば《戦争》における事の運び次第では、特大の裏切り者をねじ込めるというわけだ。
人側で3人、モンスター側で4人。
勝つために
反面、それは敵軍にポイントを送る行為でもあり、上位に入れなければ逆に損をするだけの難しい塩梅だが――可能性が無い、とは言い切れない。《オークション》ルールが未発表な以上、もし1人の代表者が周りの意見を無視して競り落とせる土地が一つでもあるのなら、それは悪い博打ではない。
そしてルールが判明する前にどこに所属するかを決定しなければいけない以上、互いにスパイを送り込まないわけにはいかない。
しかし、スパイを送り込むならかなり優秀な者でなければポイントも取りきれず無駄撃ちになる。では今からオープニングセレモニーまでの短い時間で、一体誰を送り込むのか。信頼があり、かつ実力があり、そしてあまり目立ちすぎない懐刀。
「……そちらは4名、だったかしら。そういえば、PKとPKKの癒着が終わって、ゲーム内の総通貨量が限定的になってきたけど――妙に羽振りが良さそうね」
誰をスパイに送り込むか、誰がスパイとして潜り込んでくるか。どちらの頭もそれを念頭に置きながら、身を切るような冷たさの会話で周囲を震え上がらせる。
「スポンサーが付いたんですよ。いやぁ、やっぱり出資者がいると良いですよね。そちらは謳害でかなりの物資が焼けてしまったとか――いやはや、セコいことをするとツケが回ってくるものですね」
「……ふふ、腹立つわぁ」
互いに笑顔。しかし、凍えるようなそれを前に、白虎の側近たちが目線をそらしながら後ずさる。ルークは先程から掲示板に首ったけで、側近たちは彼の肩を揺さぶって助けを求めるが放っておきなさいと流されるばかり。
「今からそんなに血圧上げてどうするんですか――これからもっと上がるのに」
「……どういうことかしらね、それ。これからドンパチやろうってんだから、血圧くらいお互いに上がるもんじゃない?」
「え? 何故ですか?」
「は?」
「あ――ああ、なるほど……負けるつもりが無いので、こちらの血圧なんか上がる要素はないかと思っていて――あ、すいません。まさか勝つ気だったとは思いつきもしなくて」
失礼しました――とフベが笑顔で続けようとした声は、言葉にならずにかき消えた。何故ならフベの言葉の意味を理解した瞬間に、白虎が間髪いれずに『細剣、クルードニア』を抜き放ち、目にも止まらぬ早業で銀目の魔王の首を斜めに切り飛ばしたからだ。
首が断ち切れ、白髪が千切れ、笑顔のままにそれは吹っ飛んで――吹っ飛ばないはずの首が吹っ飛んだことに驚いて、誰もが「え、うそ」と驚愕する。
しかし、ぶった切ったはずのフベの首は、そのまま死に戻りの光とは違う光となって消えていった。光の精霊王がひらりと飛び立ち、間延びした声でこう言った。
『あ、それ幻覚ですー』
本物じゃないんで、大丈夫ですよーと間延びした声で言いながら、光の精霊王はのんびりひらひらと、呆けるプレイヤーの頭上を飛んでいき、
「絶ッッッッッ対に潰すわよ、野生化組ぃ!!」
怒りに満ちた白虎の声が、主が去って光の失せた玉座の間に響き渡ったのだった。
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