第二百十三話:この短くも楽しき宴よ



第二百十三話:この短くも楽しき宴よ




 ――互いの距離は腕を伸ばせば届く距離。


 風が渦巻き、太陽は隠れ、頬には大粒の雨が打ちつける。辺りを満たすはもうもうたる蒸気の白煙で、そんな悪天候の中でも自分たちはまっすぐに見つめ合う。


 本気でやりあうのなら握手は必須だ。何故なら全てが終わったその時には――ここに立つのは勝者のみ。握手を交わす相手などいるはずもないのだから。


 だから互いに微笑みながら、かたい握手を交わして賞賛の先払いを済ませる。けぶる視界、上がっていく心拍数。負ければ1億の負債付き――と思えば緊張と興奮で武者ぶるいが込み上げる。


 叩きつけるように降りしきる雨だけが、熱気でいっぱいの頭を冷やす。握手は終わり、手は離れる。互いに一歩だけ後ろに下がり――そして久方ぶりの宴が始まる!



「《いざ尋常に――勝負!!》」



 最初の一撃は速度勝負。ときの声を上げるのは自分だと――そう言わんばかりの雄叫びと共に互いに何の躊躇もなく踏み込んだ。


「【獣化――3割】!」


《切り裂け――【ヴァーナ】!》


 自分は【冥狼ルビルス】の獣化スキルを、クオンはおそらく〝魔法使い〟なのだろう――風の魔法をぶちかます。


 伸ばされたクオンの指先からは×状の風の刃が吹き荒れ、それを自分が獣化した爪で叩き壊す。小さく詠唱を開始しながら、続けざまにもう一歩を踏み出して敵の頭をかち割ろうとする自分に呼応して、クオンは今度は両手を突き出す独特の構え。


《【1連鎖レイン――2連鎖ツイン――】!》


「〝夕焼けの色 沈む太陽 火の粉は輪になって空をゆく〟――!」


 近似のアビリティである〝魔術師〟と、スキルの効果はほぼ同じであった〝魔法使い〟。違いは威力と自由度だけかと思いきや、最近になって全く違う構成のスキル群が見つかったと聞いている。


 強みであった速度はほぼそのままに――魔力消費を増やすことで威力を底上げする増幅魔法。それは熟練度によって最大5までの連鎖数が確認されている。もちろんどれだけ重ねるかは任意だし、重ねた分だけ魔力は減るが――それは確かに驚異的な効果をもたらした。


《――【デミット】!!》


「〝火の粉の輪は車輪に変わり 夜へと向かって駆かけていく〟!」


 薄いピンクの毛髪に包まれた小さな頭に振りかぶった獣の爪は、しかし突如として顕現した鋼の塊――否、巨大な盾によって阻まれる。

 本来ならば両手で抱えられる程度の大きさしか生成できないはずの【デミット】だが、増幅魔法によって強化され、今や大きめの棺桶ほどのサイズで立ちはだかる。


 元から身体の小さいクオンはすっかり鋼色のそれの向こうに隠れきり、自分は舌打ちをしながらも【カラム・ガラム】の詠唱を重ねていく。


 戦闘中に相手の姿を見失うのは悪手だ。それでも詠唱を途中で切り替えるよりかは、唱えきって次にいくほうが効率がいいと判断する――が。


「〝骨を蝕むしばむ鬼火の目 四肢を彩る赤い炎 その【増幅性質】の名の下もとに 走れや走れ〟――」


《【1連鎖レイン】――【2連鎖ツイン】――【3連鎖トラン】!》


 鋼の盾の向こう側から、不穏な声。先ほどよりも増幅数を上げたその声に、ひやりとしながら予測を立てる。

 攻撃? 絡め手? 足場崩し? それとも物理――思考が回る。危機感が膨れ上がる。開始5分の付き合いながら、クオンの性格を加味すれば――いやでも一度距離を取るなんてこんなに楽しいのにもったいない!


「【カラム・ガラム】!」


 筋力強化の魔術を発動させつつ、自分は前進を選びとる。盾を蹴りつけ跳躍するべきだったかもしれないが、いやしかしそこを狙い撃ちにされる可能性もあるのだから、ここはノーカンというところだろう。


 予測通りならば強烈な範囲攻撃が来るはずで――それを完璧に防ぐことは難しい。ではどうするかといえば決まっている。出来る限り被害を軽減させつつ、反撃の一撃を叩きこむ!


「……〝熔魔ようまの色 赤竜せきりゅうの色 精霊を伴うあけの炎〟」


 気がつかれないように小声で新たな詠唱を始めながら、自分はクオンに向かって全力で鋼の盾を蹴りつける。あわよくば鋼の塊を敵にぶち当てて跳ね飛ばそうと目論んだ――が、その瞬間にクオンが叫ぶ。


「――【ボルテッド】!!」


 鋼の盾を透過して――吹き荒れるのはいかずちの魔法。しかし予測した中では一番に可能性の高かったそれの対策はばっちりだ。

 降りしきる豪雨、互いにどちらも濡れ鼠――とくれば、一番に威力を発揮するのは雷撃系の魔法をおいて他に無い。対策は定番かつ簡潔だ。


「〝我が魔力は竜の息吹 炎竜えんりゅうが吐く劫火 精霊王の影となる炎〟」


 そっと詠唱を続けながら右手を閃かせ、自分はをあさっての方向に放り投げる。投げたのは、俗に〝避雷針〟と呼ばれる魔石。黄色の因子を誘引する特性のあるそれは、放射状に広がるはずだった雷魔法に線状の導線を作り出す。


《――はぁあ!? んなもんまでもってんのかよ! チィッ――【自己加速ルッツ】!!》


 予定外の結果に気が付いたクオンが盾の向こうで怒りの声を上げるが、彼女は彼女ですぐさま次の手を繰り出して来た。一度距離を取る、という考えはちらりとも浮かばないらしく、彼女は加速の強化バフをかけながら盾を乗り越え自分に向かって大ぶりなナイフを振りかざす。


 ああ、これだから戦闘狂バトルジャンキーは戦っていて楽しさ無限大というところ!


《あに笑ってんだこの――ッッ!?》


「【ガル――ブラスト】!!」


 しかし上段から振りかぶられたナイフはその華奢な右手から吹っ飛んだ。長い詠唱に裏打ちされた確かな威力で爆炎をかまし、自分が魔術を準備していたことに気が付かなかったクオンにイイ感じの一撃を叩きこむ。


 それでも直前で身体を捻り、盾を蹴りつけてバックステップの姿勢に入ったクオンには流石というしかないだろう。

 ナイフこそ跳ね飛ばされ多少のダメージを負ったものの、直撃を逃れた彼女は怯まない。


《上等――! 【自己硬化デミコット】!》


 次の得物は細長いクナイのようなスティレット。腰の後ろから抜き出されたそれが雨の中で閃いて、艶消しされたそれは見事なまでに暗がりに紛れてこちらに迫りくる。


 自身には硬化の魔法をかけて防御力を上げつつ、急所を狙い撃ち――痺れる戦い方に惚れぼれしながら自分も近接戦闘ならば手慣れたものだと喜んで応戦する。


「〝我が身よ燃えろ 加熱せよ〟――【自己加熱ベラドスタ】!」


《【ジエ】――ッチ、【自己加速ルッツ】!》


 クオンの思考を想像する――次に彼女はどうしたい? 一瞬だけでも自分の足元を凍らせて、スティレットによる必殺の一撃を心の臓に叩きこみたい――ならばその対策は?


 アンサー――加熱魔術で対氷性能を上げ、その一瞬の可能性を刈り取ること。


 想像通りの展開に、クオンは急遽、氷魔法の発動をキャンセルし、加速の強化バフでスティレットの一撃に必殺の速度を乗せてくる――が。


「〝土の精霊に似る 線をつなぎ脆く〟――【アレナ】」


 簡単な砂の魔術。初歩も初歩の、見習い魔術師の初期スキル。大した効果の無いその魔術も、使いどころによっては敵に致命的な隙を作り出す。

 踏み込みのための一歩を受け止めるはずだった地面が一瞬で砂に変わる。そして豪雨によって瞬く間に泥と化し、クオンはずるりと足を滑らせる。


《ッ――あっ……!》


 自分の一番得意な戦法は? と聞かれれば、それは短縮詠唱まじえつつの接近戦に間違いない。


 レベックに習った体術と、木馬先生から習った魔術技法。ブランカさんに叩きこまれた誘導術に――ノア師匠直伝の容赦の無さ。


 攻防全てが一瞬のミスに支配されるこの瞬間。体勢を崩し、クオンがひゅっと息を呑む。予想外の出来事に、思考に一瞬の空白が混じっただろう。そしてその間隙かんげきに、やることといえば一つしかない。



「楽しかったよ――ありがとう!!」



 最後の一撃には感謝をこめて。純白の爪が速やかに首を刈り取り、楽しいうたげに終わりを告げた。


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