第二百十二話:サプライズ・ラバーズⅠ
【ヘル・フォルム】――それは地属性の魔術及び魔法の一つである。指定範囲内の地面をもれなく全て砂に変え、対象の足場を崩すもよし。追加で水をぶち込んで即席の沼を作るもよし。事前に他のスキルを使って竜脈付近までの地盤を穴だらけにし、竜脈担当のケット・シーに恨まれながらも巨大な落とし穴を作り出すもよし、の万能スキル。攻撃スキルでは無いものの、その可能性は無限大。属性相性が悪くて返還率が悪い自分でも愛用を止められない良スキル。特に事前に工事をする時間さえあれば、油断しきったアホな敵を見事に混乱と恐怖のどん底に叩きこむことのできるとっても素敵な――。
「がぁあーっふ! …………うぉおおおん!?」
(こんなことある!? …………つまり自分は油断しきったアホ!?)
拝啓、リリアン様。本当に申し訳ありません。リリちゃんの言うとおり、自分は精神のたるみ切ったアホでした――そんな序文を脳内で綴りながら、自分は必死になって急角度の斜面に前足をつきたてる……が、かなりの大規模工事をなされたようで、いけどもいけども手ごたえの無い砂ばかりで落ちていくスピードは少しも緩まない! なぁにこれぇ!!
「なっふ! ……がふっ! うぉおおお!」
(これは良い傾斜だ、穴掘りの才能がある! ……じゃなくて! うぉおお落ちる落ちる落ちるぅ!!)
つい穴掘りソムリエとして気合いの入った落とし穴に思わず賞賛を送るが思い出した。今はそれどころではない。そう! それどころじゃないから!
流石にどんな巨体だとしてもあんぐらのシステムだと砂とか水に埋もれたら<窒息>する! <窒息>は
「ひゃいん! ひゃいいん!」
(やばいやばい! ボスモンスターばりの耐久だからってナメてたけどそのパターンは死ぬ!)
筋肉の塊でもある巨大な尻尾も、周りがさらっさらの砂ばかりでは意味が無い。ばっさばっさと砂を巻き上げるだけの器官と化した尻尾も手足も役には立たない。かくなる上は何か使えるスキルは無かったかと、もがきながらも〝思い出〟に緊急の検索をかける。
「うぉっ、うぉお!」
(待ってわかんない、スキル名が思い出せない!)
パニックになっているせいで、脳裏に浮かぶのは〝狛犬〟の時に使えるスキルばかり。
この状態でも使えるスキル! この状態でも使えるお得なスキルはどれ!? と焦りながらステータスウィンドウに縋りつく中、ようやっと強すぎる光に明滅していた視界がまともな状態に戻ってきていた。
未だほんのりと白む視線の先に誰かがいる。それはひどく華奢な少女のシルエット。
空高くから降り注ぐ陽光を背に、逆光を背負って彼女は仁王立ちで自分のことを見下ろしていた。印象的だったのは――顔の大きさに不釣り合いな、大きめのサングラス。
《アタシはクオン。プレイヤー番号、61番。配信番組での通称は〝
華麗なる
《狂犬〝
穏やかな大人の声色からの、流れるような少女の声への変動。彼女の――クオンのそんな不可思議な宣言と同時、自分の角が不意に警鐘を鳴らすかのように小刻みに振動し始める。
この現象には覚えがあった――それは、巻き角が空気中の魔素を吸い上げる時の独特な振動。それも、かつてないほどの勢いで震えるそれが、一体何を示しているのかに気が付いた時。パニックになったままもがいていたせいで気が付かなかったことに気が付いてしまった。
後ろ足が――何か固い地面に触れているということに。自分の体高は現在およそビル三階分くらい。そして地上から竜脈までの平均距離も、およそビル三階分くらいとくれば――。
「なふ……あふっ……!」
(しまった竜脈……魔素溜まりっ……!)
――そこは
《【雨よ、雨よ、雨よ――灰の雨】》
全てに満ちたその場所では、神秘の全てが肯定される
《【満たせ
クオンの呼び声に、ログノート北部の上空に雨雲が渦巻く。重たい灰色の雲が分厚く重なりあい、見る間に広がり青空と太陽を隠して世界を暗く覆い隠していく。
砂の底から見上げた彼女は拳を突き上げ、そこには竜脈から噴き上がる莫大な魔力が渦巻く。一触即発、もはや今からあのスキルの発動を止める手立ては無いだろう。
ならばもう――……自分がとるべき手段は一つしかない。
太陽が隠れきる。暗がりが満ちた世界で、クオンと名乗った彼女が拳を開いて雨雲に向かって手をかざす。
瞬間、渦巻いていた莫大な魔力が、雨雲に向かって空中を
《【降りしきれ――灰の雨】!!》
そして豪雨が――やってくる。
第二百十二話:
【またしても】Mrs.ピンク ファンクラブ 23kill目【俺らの
※ルール一覧! 良く読めよ!
ここはPKプレイヤー〝クオン〟こと、俺らの
生配信〝Mrs.ピンクのPK☆ばんざい〟を見ながら皆でエンジョイするお祭り系掲示板だ。もちろん配信中じゃなくても来ていいぞ
荒らしは――いや、最初こそMrs.が手ずからPKしに行ってたんだけど、それだとただのご褒美で収拾つかなくなったんで、今は巡り巡って〝エリンギ〟に外部委託されてるから止めた方がいいと思う、いやマジで
個人情報の暴露とかは監視AIがアカウント凍結するし、ここじゃ名前はないので安心してくれ 書き込み日時は公開型なんでタップすりゃ見れるよ
たまにMrs.も遊びに来るので、みんなお行儀は忘れないように! それじゃ、やってやんよぉ!
---------------------――――――
…………
……
56(名無し)
またしても俺らのMrs.の間が悪すぎる件について
57(名無し)
ほんとそれな 何故にあのタイミングでログノートにいるのか……
58(名無し)
俺なんかニューススクリーン二度見しちゃったよ。今の色合いMrs.じゃね? って思ったらやっぱりMrs.だったんかいって……
59(名無し)
60(名無し)
あー、心配だわー……。いまどうなってんだろ。無事だといいんだけど
61(名無し)
トルニトロイ爆弾は撤収したみたいだし、もしかしたらうまく逃げてるかもしれないよな。ニュース:ペイルの方には映って無いから、死に戻りもしてないっぽいし
62(名無し)
63(名無し)
Mrs.の生配信も最近見てないしなぁ。ま、イイ感じの相手って今どいつも行方がよくわかんないしな。お前らど? 次の相手は誰希望?
64(名無し)
俺はやっぱりアホの悲鳴が聞きたい! なんかこう、サプライズ番組で聞くみたいな悲鳴あげてくれそうなやつ!
65(名無し)
そりゃ強敵が一番だろ! 手ごたえ無いと盛り上がりがいまいちだし!
66(名無し)
強敵ってどのくらい?
67(名無し)
それくらいじゃないとつまんないよね。Mrs.自身がテストプレイヤーだし、あんまりザコじゃ相手にならないし
68(名無し)
でもセリアとかは
69(名無し)
わかるそれ。うーん……うおー! バトルー! って感じの戦い方するのって誰だろ。〝デラッジ〟とか?
70(名無し)
〝デラッジ〟の戦い方ってうおー! って感じではあるけど、あれどっちかっていうとモンスターバトルだよね。いけっ! 戦え! みたいな感じの。そうじゃなくてさぁ、もっとこうヒト VS ヒトみたいなのが見たい
71(名無し)
それならどう考えても〝あんらく〟か〝狛犬〟だろ! あいつらどの戦闘みてもわりと楽しい。なんかこう、
72(名無し)
たしかにどっちもスケール大きいバトルが多い気がする。俺、
73(名無し)
えー、ほんと? それならちょっとMrs.の続報が来るまでそっちを――
【これより生配信を開始します。指定code:〝フォーカス〟――これより生配信を開始します】――【《さぁさぁ、やってまいりました! Mrs.ピンクのPK☆ばんざい!!》】
74(名無し)
えっ、来た! 生配信来た!
75(名無し)
Mrs.やっぱ無事だったんだ!
【《今日の獲物はでっかいぞ! なんと――巨狼、
76(名無し)
えっ、裏スキルの効果があるから? 無謀すぎない?
77(名無し)
待ってました……あれ、獲物がでかすぎない?
78(名無し)
俺らの
【《はっはっは! 残念ながら、アタシに
79(名無し)
嘘でしょホントに? 本当なら
80(名無し)
配信通知来たから今来たんだけど、Mrs.相変わらずタイミング悪すぎ可哀そう。何故いまログノートにいるの……
81(名無し)
成り行きwww
【《だがしかし! あれは決して軍などではなく烏合の衆だった! そこから命からがら脱出したアタシは蜜蜂のクマ顔に一発ぶちかまそうと思っていたのだが――――やめたわ。あの子にもあの子なりの苦悩があったみたいだから、みんなも少しは受け入れてやってちょうだいな》】
82(名無し)
これこれ! この声の感じが丸っと変わるのがMrs.の放送の醍醐味!
83(名無し)
蜜蜂って事情アリ? Mrs.が言うならなんかあるんだろうけど
84(名無し)
どうやってトルニトロイと黒雲の襲撃から生き延びたんだろ、すっげぇ
【《そして気付いたのよね。なりゆきとはいえ挑みもせずに逃げ出しちゃ、テストプレイヤーとしての
85(名無し)
やった、いつもの来るぞ!
86(名無し)
獲物がデカくて今日も楽しい! よっしゃいくぞー!
【《さぁさ、いつものいくぜリスナー! 座右の銘はぁ――!!》】
87(名無し)
死に方こそが生き様だぁ!! いぇあー!!
---------------------――――――
…………
……
320(名無し)
――雨のスキルだ! やっぱ沼化させて<窒息>の固定ダメージで落とす気なんだ!
321(名無し)
これはいけるか! すっげぇ、これ成功したら数少ない単独ボスモンスター撃破じゃねぇ!?
322(名無し)
頑張れMrs.! 頑張れ黒雲! 今日もたっのしいぞー!
323(名無し)
……あれ? なんか様子おかしくない? 蒸気みたいなのが上がって――
324(名無し)
――炎だ
325(名無し)
炎と雨がぶつかって蒸気が上がってるんだ! え、じゃあこれもしかして――
326(名無し)
黒雲の反撃だ! よっしゃあ来るぞ! タダで死んでくれるな、頑張れよ二人とも!
327(名無し)
怪獣大戦争だ!
328(名無し)
んん――あれ? 黒雲いなくね?
329(名無し)
え? あれホントだ、いない! どこ行った!?
330(名無し)
あの性格で逃げるとか有り得ない……ってことは!
331(名無し)
まさか――任意で
---------------------――――――
…………
……
リスナーのコメントをスキルで拾い聞きながら、Mrs.ピンクもまたその光景をじっと見つめていた。
サングラス越しに見える世界は蒸気の白煙に溢れ、空には雷鳴が轟きだす。降りしきる雨粒は炎熱によって蒸発し、より成長を
空は地獄のような様相を
それが意味するところは一つ。それはMrs.ピンクの相手が、純粋な獣では無く
ならばクオンも正面から名乗りを待たなければならなかった。こちらからも、相手からも。いくらでも不意打ちの可能性があったのに、クオンが何もせずに待っている理由はそれだけだ。
コイツなら絶対に名乗りを上げる――そんな確信がクオンの足をただひたすらに地に縫い付けた。くだらない不意打ちをかます
何故ならその
言葉の
「――――はじめまして〝クオン〟、もしくは〝Mrs.ピンク〟。自分の名前は〝狛犬〟 最近は〝
暗がりから声がする。どこまでも落ち着いているような、それでいて期待と興奮に染まりきったような声で名乗りを上げる。
「すっかり目が覚めたよ。烏合の衆かと思っていたけど、マトモに戦えるヒトがいてすごく嬉しい――良い落とし穴だったね、最高だよ」
《それは良かった。なら天気も天気だし〝黒雲〟と呼ばせてもらうわね》
黒髪の獣は微笑んで、それを受けて同じくクオンも微笑んだ。互いに唇の端をつり上げていく。
覗く犬歯は威嚇と同じく、その瞬間に二人は暗黙の了解で歩み寄り、握手をしてから互いに一歩だけ距離を取る。
リスナーからは疑問の声。何故に握手? まさか和解か? と残念そうな声が聞こえてきて、クオンは思わず苦笑する。
和解などありえないし、もったいない。何のために名乗りを上げたのか、何のための握手なのか。考えてみればそれらは全て簡単なことなのだ。
だって、だって、何故ならば――、
《「いざ尋常に――勝負!!」》
――これから
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