第二百三話:人獣同盟トライアル
――そんなこんなで、掲示板に新たな
ダッカスは未だに水没したまま。PKプレイヤー騒ぎは収束しないまま。けれど夜は完全に過ぎ去り、駆け足で
統括ギルドの屋上では、奇妙な取り合わせの6人と2匹がそれぞれの悲喜こもごもを見せていた。
面子は事件の当事者であるクスクスと狛犬。隅の方で拗ねているトルニトロイと、それを興味深げに見つめるワワルネック。
片腕がなくなりかけたせいで血塗れの雪花。痙攣するほど笑っていた後遺症で未だに思い出し笑いが抜けないセリアに、水没したダッカスの上空で様子を見ていたポムとリリアンも合流しての大所帯。
未だに両手で顔を覆い、着替えたい……髪も染め直す……と涙声でうめき続けるクスクスのそばにいるのは狛犬とポムの二人だけで、ポムは長いまつげに縁取られた
「コル……クスクス君って、VR内だと化ける系の人だったんだねぇ」
「やめてくれポム! お願いだからこれ以上私を追いつめないでくれ!」
コルヴァ――と。クスクスの本名を呼びかけて、リアルでも知り合い関係にあることを示したポムの面白がるような呟きに、クスクスは悲鳴のような声をあげながら両手で頭をかきむしる。
その背をなだめるように撫でる狛犬は徹夜明けのログインに眠たげな様子で、赤い瞳をうつらうつらとさせながらの大欠伸。
本物の犬のようにふさふさの耳をぴこぴこと動かしながら怠そうに視線を向ける先では、
ルークを押し退けて画面に割り込む白虎に向かって中指を立てたセリアは満面の笑顔で、特に秘匿もされていない映像チャットからは白虎の怒声が響きわたっていた。
いいから言うことを聞きなさい! と白虎の叱責が飛んだかと思えば、雪花の音声チャットからは怒りに満ちたフベの声が、水の精霊王が君と一緒にいるってどういうことかな? と重々しく響いてくる。
だが、セリアも雪花も、両者互いに背中を向けて後ろ足で互いをどつき合い仲の悪さを示しながらも、従順さの欠片も無い態度はそっくりだった。どちらも通話相手の怒りようなど完無視で、ふてぶてしさに満ち満ちている。
「……だーかーら。俺はこそこそ隠れンのなんか嫌だっていってるんスよ。こんな状況で尻尾巻いて逃げられっか。現実見ろババァ。余所の派閥に口出しすんな」
と怠そうにセリアが言い、その隣では雪花が能面のような無表情を崩さず、
「精霊王は気が付いたらいたんです。……要石? わぁ、何ですかそれ知らなかった。ええ? 契約? そんなことできたんですねぇ」
と、白々しい言い訳を繰り出し、フベの怒りに油を注いでは素知らぬ顔でそっぽを向いていた。
そんな2人を後ろから眺めるリリアンは、呆れた顔で深いため息をつき、木っ端みじんになったダッカス支部を見下ろしてもう一度ため息。
「職場が吹っ飛んだら自由行動でもいいのかしら……」
などと憂い顔で呟いてから、三度目のため息と共に自身の装備を確認し始める。目眩まし用の魔石が数個と、捕縛用の魔石が10個ほど。その他、魔封じの枷や
「狛犬君――眠い? 戦えなさそう?」
クスクスの背をさすりながらも眠そうに船を漕ぎ始めていた狛犬に優しく声をかけ、すぐに好戦的な赤い瞳がぱっちりと開き、戦える! との返事を聞いたのを合図に――、
「そう――じゃ、いくつか確認したいことがあるんだけど」
――と、リリアンは狛犬に向かって微笑んだ。
第二百三話:人獣同盟
それは――リリアンが狛犬に声をかけてから、ちょうど10分後くらいのことだった。
もしくはフベが早々に雪花を叱ることを諦めた10分後。あるいは、とにかく面子とイメージを重視する
「――いい加減にしとけよ」
思い出し笑いも終わり、形だけでも上司に向けての作り笑顔を忘れなかったセリアが、ふと笑みを消していた。
もはや半分以上諦め気味のルークと違い、しつこく統括ギルドで待機していろ、対処は中級以下で十分だと言い張る白虎に対し、セリアは地を這うような声で低く唸る。
「アンタが焦ってる理由は、人獣戦争とかいう大型イベント前に、俺のスキルが割れちゃ困るからだろ? でも、今ログノートまで応援が間に合うのは俺だけだ」
知られていないから恐れられているっつーふわっふわしたイメージのために、アンタ、ログノートの街を見殺しにする気か? と問うセリアに、映像に映る白虎は黄金の瞳を冷たく光らせて頷いてみせる。
『――……そうよ。大局のために、
勇猛さはいらない。義勇も無駄。今回は、南端ログノートにいたプレイヤー達は運が悪かった。できる限りの手は打つが、できる範囲以外のことはしない。
白虎は、はっきりとそう言い切り、セリアは静かに彼女に問いを投げる。
「俺が大人しくしてなけりゃ、イベントで不利益が出ると?」
『そうよ。イベントの内容ががらりと変わったの。文字通り、私たちはこれから
諭すような白虎の声に、セリアはふと自嘲するような顔で頷いて――、
「――わかるさ。これが
ま、だから俺は人の上には立てないんだけどな――と。そんな言葉と共に、格好をつけ、渾身の憂い顔で通信を切ろうとしたその瞬間。
ザッパァーン!! という爆音と共にセリアの背後で巨大な水柱が上がり――続けてリリアン達の喜色に満ちた歓声が、シリアスな空気をぶちこわした。
「きゃー――ッ! 狛犬君、すっごーい!」
「やっぱりさ、夢があるよね! 巨大さって夢が詰まってるから巨大なんだよ! ね、そう思うよね、雪花君!」
「夢いっぱいなのは良いんですけど、ポムさんってどこまで戦えるんですか? マジで着いてくる気ですか? 大丈夫なんですか?」
「ポムは巨大生物とか大ファンだから背中に乗らないっていう選択肢は無いと思うよ、雪花君」
「クスクスさんはもう諦めましょうよ。その覆面、余計にあやしいんですけど……」
「そ、そんなことはない。これで誰だかわからないはず……はず」
眉間にしわを寄せ、何ともいえない表情で振り返ったセリアの視線の先には、飛び跳ねながら巨大水柱に向かって歓声を上げるリリアンとポムの姿がある。
雪花は覆面をすることで怪しさが限界突破しているクスクスを見て目頭を押さえていて、その後ろではあー、と口を開けて水柱を見上げるトルニトロイとワワルネック。
即座に嫌な予感を感じたセリアの直感を肯定するように、そのアホ
――では、奴はいったいどこにいるのか?
『ひゃっはー――戦争だぁー!!』
悲しくも答えはすぐに出た。テンションマックスの歓声を上げるリリアンとポムの視線の先、本日二度目の顕現となった巨獣の姿があったのだ。
巨獣――もとい巨大モンスターに変貌した狛犬は魔獣語でご機嫌な雄叫びを上げ、水中から肩と頭だけを出して、昇る太陽に向けて吼え上げる。
体長はおよそ家数件分。体高は3階立て並み。巨大な三角耳はご機嫌にぴこぴこと動き、巻き角は鋭く朝の空気を切り裂いていた。
種俗名――
子犬の頃は手足も短く、手のひらサイズ。ぽてっと突き出た腹が愛らしかったものの、
現在レベル――148。ログノート大陸における竜種以外のボスモンスターの平均レベルは150。
つまり榊による悪意の果てに、ここに新たなるボスモンスターが爆誕したのである。
「嘘だろ!? 普通、ああいう急成長スキルは一回こっきりだろ!?」
「あ、
憂い顔で通信を切るのも忘れたセリアの叫びに、リリアンが涼し気な顔でさらりと答える。テンション上げ上げでスクリーンショットを撮りまくり、巨大なモンスターは正義! と叫ぶ姿に普段の落ち着きは見られない。
対して、げんなりとした顔でマジかよ、と呟くセリアの背後では、映像チャット先の白虎が心の底から嫌そうな――ルークは逆に微笑ましいものを見るような笑顔を浮かべていた。
『まあまあ、白虎さん。一時的な同盟だとでも思えば良いじゃないですか。楽しそうですし』
『なっ……! また、ルークさんは! デラッジの件といい、身内には甘いんだから!』
第一、同盟なんか組めるような奴じゃないでしょう、そこのふてぶてしい顔を見なさいよ! と叫ぶ白虎の人差し指の先では、フベがにっこりと満面の笑みを浮かべてこううそぶく。
『人獣同盟――良いんじゃないですか?』
その囁くような声に、しめた! と耳聡く反応したのは狛犬だった。くろくも――改め、黒雲と呼ぶに相応しい偉容となった狛犬が、巨大な鼻面をずい、とセリアの前に突き出し、思わず反射で仰け反った白虎達に向かって嬉しそうに吼えかかる。
『賛成!』
「あー、じゃ。後のこまごまとした解説は任せますから、ゴミ掃除行ってきますわー」
そこにすかさずセリアが割り込み、返事を聞かずに通信をぶった切る。そのまま即座に着信拒否設定をし、謀反一歩手前の態度で上からの命令を無視する構えを取ったセリアは、悪い顔でアホ面ーズを振り返り――、
「俺も行くわ。つーわけで、本日限定キャラだけど――ヨロシク」
――かくして、ここに期間限定の人獣同盟が締結されたのだった。
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