第二百二話:狛犬、仲間を増やす
第二百二話:狛犬、仲間を増やす
「だから――君ね、何度言ったらわかるのかね!? 私は悪役ロールプレイ中だと言っているだろう!」
もう何度目になるかわからない悲鳴のような怒声が、水没したダッカスの街に響き渡る。
石造りの砦のような統括ギルドの屋上で、クスクスはじゃりじゃりする石の上に腰を下ろしたまま、固く拳を握ってそう叫んでいた。
向かいにはクスクスと同じように、石の上に
「でも、向いてないと思うんだよ、絶対。言われたことは無い? 君って根が優しすぎるって」
淡々と、しかし涼やかな声はふてぶてしくそう返す。言われたことあるでしょう? と疑いもなく深紅に輝く瞳に覗き込まれて、クスクスはぐ、と息を詰まらせて、誤魔化すことも出来ずに正直な答えを返していた。
「それは……あるけれど……」
「だろう? ほらやっぱり向いてないんだよ! ね、ね? 一緒に組もうよ、君っていい感じに普通の人っぽくて好きなんだよ。その感性? うーん、ダメそうなところ? がすごく良いと思う」
「だから――ッセリア君! 笑い転げてないで説得してくれないかね!? そこの君――雪花君も! これで良いのか!?」
こんなぶっ飛んだ話に賛成なのかい!? と悲鳴を上げるクスクスに、胡坐をかいて座る狛犬の後ろ――ワワルネックを伴い死んだ魚のような目で目頭を揉んでいた雪花は、疲れきった様子で狛犬にこう問いただす。
「……ボス、クスクスさんは悪役ロールプレイしたいんだってよ?」
「じゃあ公式イベント終わったらPKギルド作ろう。名前何が良い?」
「――マジかよ」
その発想は無かったよ……と雪花は呟き、クスクスはそこまでするのかと目を見開く。
狛犬の発言を聞いたセリアは「ありえねー! 馬鹿すぎる!」と更に腹を抱えて笑い転げ、トルニトロイは空気を読まずにそろそろと亜神の匂いのする狛犬に鼻先を近づけて、何度も不思議そうに首を傾げていた。
時おり狛犬に鼻面を撫でられて、ゴロゴロと猫のように喉を鳴らしてからハッとして離れては唸るを繰り返している。
クスクスはわけのわからない展開に呆然としていて、雪花はすでに諦めムードでワワルネックの背を撫でていた。
今やあちらこちらの街でPKプレイヤーと魔王軍、
全ては5分前に狛犬が言い放った、「やっぱりお話ししよう」発言の、その結果だ。
驚きのあまりに放心状態ながらも話し合いに応じたクスクスを座らせ、狛犬は5分の間、矢継ぎ早な質問でクスクスの真意を聞き出しきっていた。
やれどうして〝
質問に答える度に期待が満たされたような嬉しそうな顔をする狛犬に、誰もが嫌な予感は感じていた。特にクスクスと、もちろん雪花も。
セリアだけはいち早く先が読めたと言わんばかりの態度で掲示板に何事かを書き込んでいたが、狛犬が直球でクスクスの勧誘をし始めた辺りで一度吹き出している。
その後、クスクスと狛犬の不毛な「一緒に組もうよ、ね?」「だからね……私はPKプレイヤーでね……」というやり取りに耐え切れなくなったのか、それとも掲示板にリアルタイムで映像が流されている現状への他プレイヤーの反応が面白かったからか……途中からセリアは腹を抱えて笑い出し、ついには「じゃあPKギルド作ろう」とかいうぶっ飛んだ提案に腹筋は崩壊したようだった。
「ぶっ……くく、〝じゃあPKギルド作ろう〟ってお前……ッ、ありえねー……っ!」
笑い転げるセリアをゴミを見る目で見下ろしながら、雪花は口を真一文字に引き結び、これ以上フォローを入れて逆に状況が悪化するのを恐れているようだった。
傭兵のそんな気苦労を丸っと無視し、少し思考が大人になっても本質は変わらない狛犬が不思議そうにクスクスに向かって首を傾げる。
「え? 悪役ロールプレイができるならいいんじゃないの? ソロプレイしかしないとか? そうなのかい?」
「いや、別にそういうわけではないけれど……こう、ほら、問題だろう? 外聞とか……私はフェアリー・ホルダーだし……」
「フェアリー・ホルダーって名前かっこいいから良いと思う。PKギルドになら箔が付くんじゃないかな? ねぇ、雪花……ね! 雪花!」
「……PKギルドなら、そうだな。確かに箔が付くな……」
PKギルドならな……と、か細い声で、狛犬に返事を強要された雪花が答え、ワワルネックが気の毒そうに主を見た。雪花は哀れみが込められた水狼の視線から目をそらし、狛犬は言質を取ったぞ、と言わんばかりにふんす、とドヤ顔でクスクスを見る。
当然、クスクスは困惑しきった表情で狛犬を見るが、不思議そうに首を傾げられ、彼は頭を抱えてぽそりと本音を零した。
「ああ……レジーを思い出す……っ」
この強引さ、話を聞かない自分勝手さ、共感の無い非人間的な感じは、正しくレジナルド――古い友人を思い出す……と。
レジナルドもまた、頼んでもいないのにソロモンで、「君ってすごく良いと思う。何かダメそうなところが。ね、一緒に組もうよ。この仕事で良いよね? さあ行こう!」と話しかけてきたのが友人関係のきっかけだった。ちなみにその時、本当の本当に初対面だった。
結局その時の仕事はレジナルドの無茶のせいでクスクスはかなり酷い目にあったのだが、仕事のために数週間を共に過ごす内、何となく情がわいたというか、妙に人懐っこい態度に
そして今、そんな素敵すぎる出会い()を
初対面の相手に妙にぐいぐいくる所とか、微妙に失礼な所とかがそっくりすぎて嫌な予感しかしない上に、一緒に行動したら絶対に
だからこそ、今度こそは厄介事から撤退するべく、はっきりきっぱり断ろうと決意と共に口を開く。
しかし――だ。
「……やはり、d「よし、じゃあフレンド登録しよう! これ、コードね。ねえ、本当に名前どうしようか! フェアリー・レギオンに対抗してハイパー・レギオンとかにしようか!?」
「――――」
今、狛犬の誘いを断ることが出来るのならば、当然、レジナルドの時にも
「ハイパー……ハイパー……いや、レジェンド? あ、フレンド登録。フレンド登録しよう?」
「――…………うん」
――押しに弱く、実は気も弱いクスクスは、〝やはり、ダメ〟のダの字も言わせてもらうこともなく、狛犬とフレンド登録をする羽目になった。
そしてその後、新しく作るといって聞かないPKギルドのギルド名についての話が10分ほど続き、掲示板で現状を見守る他プレイヤーが、「クスクスが可哀想になってきた」、「狛犬さんマジわけわかんない」、「こんな感じの性格の狼系モンスター見たことある」とか言い始めた頃――ついにクスクスが折れた。
「――わかった! 組むからPKギルドは思いとどまるんだ! 君がやったら洒落にならない気がするから! 私も悪役ロールプレイは止める!」
普通のギルドじゃないなら組まない! とクスクスが半泣きで叫んだ瞬間、狛犬は一瞬だけ、膨らみ切ったPKギルドの構想とクスクスを天秤に乗せて悩み、結局はじゃあ普通のギルドを作ろう、という結論に着地した。
「よし、じゃあ雪花に続いて2人目の仲間だ! 3人目は可愛い女の子が良いなぁ……ギルド作る時に募集しようかなぁ」
頭に花でも咲いたような発言でクスクスと雪花の胃を重くさせながら、狛犬は本当に嬉しそうにぶんぶんと尾を振っている。そのまま、じゃあ次のゴミ掃除の場所をセリアと決めてくるね! と言い残し、笑い過ぎて屋上に膝を付き、掲示板を見ながら痙攣しているセリアの下へと走っていく。
残されたクスクスはその様子を見送りながら、諦めて逆に吹っ切れたのか、登場時とは打って変わって穏やかに微笑みながら頷いて、それから隣にいた雪花にぺこりと小さく頭を下げる。
「えっと……こんな形でなんだけど……よろしく、雪花君」
「どうも……本当に嫌なら、良いんですよ? 後で説得しますから」
「……いや、良いんだ。ちょっとした意地で断っていただけだし、それに多分……私は彼を好きになれるだろうから」
狛犬を彼と称して、クスクスは柔らかく微笑みながら雪花に言う。ああいうタイプには慣れているから、とクスクスは言い、雪花は不思議そうな顔でクスクスを見てから、納得した様子で頷いた。
「ああ……どこかで見たことあると思ったら……あの野郎の相棒さんか」
「? 何か……?」
「いえ、信用できる人で良かった。これから、よろしくお願いします」
事務的に、けれど小さな信頼と共に雪花は改めてクスクスに頭を下げ、クスクスも慌てて頭を下げ返した。
それで、何となく2人の間にほのぼのとした空気が流れ、さてじゃあ次は何処に行くのかな……と同時にセリアと狛犬を振り返ったその瞬間。
「あ、言い忘れてたけど、クスクスさん映像つけっぱなしっスよ」
切った方が良いんじゃないっスかね? とニヤニヤ顔のセリアに指摘され、びしりと固まったクスクスは青い顔で掲示板を開き――すぐに耳まで赤くなってからその場に崩れ落ちた。
クスクスの震える指先が動画配信を打ち切るが、時すでに遅し。全ては生中継で掲示板に流され、あろうことか掲示板での今現在の彼の評価は――、
「セリア、この〝ギャップ萌え〟って何?」
「それより〝緊急★ファンクラブ設立〟とかのが重傷だろ! ぶっはははは! 恥ずかしくて
――色々な意味で、すごいことになっていた。
掲示板で事の次第を全部見ていたプレイヤー達はクスクスに親しみを感じたのか、クスクスは悪辣なフェアリー・ホルダーから一転――悪く言えば楽しく遊べるオモチャ、良く言えば愛を込めて弄るマスコットと化したのだ。
「げぇっ――セリア! このクズ野郎、どうしてもっと早く言ってやらなかったんだよ! クスクスさんが可哀想だろうが!」
ずっと掲示板を眺めていたセリアが痙攣するほど笑っていた原因を知り、雪花がセリアを
微妙に亜神状態のままの狛犬は皆が何を笑ったり怒ったり落ち込んだりしているのかわからずに首を傾げるが、とりあえずマントで顔を隠してうずくまってしまったクスクスの背をのんびりと叩く。
その後、数分ばかり――クスクスがどうにか羞恥心に打ち勝ち、立ち直るまで。狛犬はゆっくりとクスクスの背を叩き続けたのだった。
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