第百八十五話:その日、道は分かたれた




 場面は変わり――〝迷宮都市、アルバレー〟。



 光り輝く玉座の間にて、フベは彼らをにこやかに出迎えた。


 光の精霊王の間にやって来たのは、数十名のプレイヤー。誰もがフベを見て動揺したり、殺気立ったりする中で、フベは穏やかな声で言ったのだ。ようこそ、お久しぶりです――と。


 だが、返る声は一つもなく。フベは大して気にも留めていないくせに、わざとらしくそのことについて言及する。


「あれ――挨拶の声が聞こえませんでしたか? それとも雑魚ザコと交わす言葉などないと?」


 光の精霊王たる黄金の蝶を玉座の縁にとまらせて、自身は堂々と玉座に座りながら銀目の魔王は言い放つ。


 それを見上げるのは痩せぎすの背の高い男と、黄金の髪を前髪だけ後ろに撫でつけた、獅子によく似た女だった。『世界警察ヴァルカン』で実質2番目に偉い代表のルークと、超大型ギルド『金獅子』のギルドリーダー、白虎。


 両者合わせて、ついでにルー率いる『名も無きギルド』を含めた3つを指して、大雑把に〝攻略組〟と呼ばれる組織のツートップだ。両者共に、にこやかに微笑むフベを見上げて心の底から嫌そうな顔。


 現実世界でも因縁浅からぬフベの出現に、ルークは目に見えて気苦労の多そうな苦笑いを。白虎は白虎で、淑女らしからぬ般若のような顔でフベを睨み上げていた。ふっくらとした唇を震わせて、彼女は怒りに任せて一歩を踏み出す。


「フベ――貴方、狛犬に命じて謳害を引き起こしたって触れ回っているようだけど、それが本当ならどういうことかしら」


 もはや疑問形ですらない問いと共に、すらりと抜かれるのは『細剣、クルードニア』だ。翡翠の刀身は見る者が不安になるほど細く、しかし薄っすらと輝き、底知れない冷気を放っている。


 対して、得物を手に脅すように問われたフベは動じない。冷めた瞳で特殊武器を見下ろして、続けて白虎に視線を戻す。銀の瞳と黄金の瞳がかち合って、互いに火花を散らす錯覚。


「どういうこととは?」


「貴方相手に言葉遊びをする気は無いわ――言い変えましょう。攻略組への宣戦布告をしているのか、それとも単に間抜けなの?」


 あからさまな挑発行為。しかし、問いの本質は致命的だ。白虎が言いたいのは、お前みたいな落ちぶれたPK野郎が、今更何をやれると思っている? と。そういうことであるわけだから――、


「……もちろん、宣戦布告ですよ。僕はほら、〝モンスター〟達の名代ですから」


 ――そうなると当然、フベも真正面から打ち返す。嫌味抜きの宣戦布告。〝我らは、もはやプレイヤーにあらず〟というお題目を掲げ、攻略組との戦争も辞さないとフベは言い切る。


「……へぇぇ、そう」


 びきり、と青筋すら立ちそうな形相で白虎は呟き、その隣ではルークが自然なすり足で一歩下がった。そのままそっと目を伏せるルークは、この争いに巻き込まれたくない構え。


 ルークからしたらどうせ自分に決定権など無く、全ては大ボス――〝エドガルズ〟の胸先三寸。つまり、どう足掻いても戦争だ。

 どうせ戦うことになるのだから、こんなところで小競り合いをしてスキルを晒したくはないし、フベ君も怖いが後ろにいる精霊王も怖い。ルークはそんな気持ちでいっぱいだった。


 だが、白虎はそうは思わない。謳害による大キャンプ地の修繕指示もほどほどにして、イベントで優位を取るためにわざわざ〝迷宮都市、アルバレー〟に来たのである。


 統括ギルドを確認し、やはり常駐しているいつものお姉さんに誰もが唇の端を引きつらせたが、都市から伸びる通路の様子を見れば、些細な恐怖も吹っ飛ぶもの。


 イベントの内容を考えても引き連れてきた隊を分割するのは危険であるし、しばらくは他のプレイヤーも此処まで来れまいという思いもあった。


 白虎達が手始めに進んだ道は、膝丈まで透明な水に満ちた通路。道中、どんなモンスターも現れないことにルークは嫌そうな、白虎は残念そうな顔をしていたが、最奥まで到達した時には、白虎もルークと同じような顔になっていた。


 嫌な予感は的中。モンスター1匹出現しない通路の奥には、がらんとした空の玉座だけがあった。群青の玉座は光を失い、その前に設置されている台座には何も存在していなかった。


 誰かが水の精霊王を倒し、〝要石〟を持ち出した――と。そう思える程度の頭ならば、ルークも白虎も、こんな大所帯を抱えていない。


 都市から真っ直ぐに伸びる6本の通路。それ以外に存在しない道。それぞれの精霊王の玉座を最奥に持ちながら、障害の1つも存在しない不思議。


 そして光の絶えた玉座、いない水の精霊王、消えた要石――全てを加味し、どちらもすぐに理解した。


 ――この公式イベントは、ただの多人数型レイドボス討伐イベントではないのだと。


 白虎達は水の精霊王の行方を追う前に、自分たちの推測への確証を得たくてその右隣の道に踏み込んだ。溢れる輝きに満ちた、光の精霊王へと続くと思われる道をだ。


 玉座の間の近くまで歩いた時に、光の精霊王がまだそこに存在していることに安堵した。

 だが、その玉座に座っていたのは銀目の魔王――その胡散臭い笑顔を見れば、腹立ち紛れに剣の1つや2つ、抜きたくなるというものだろう。


【あんぐら】において未だ実績を持たずとも、白虎やルークなどの、他VRでのフベの行いを知っている者は、誰もが彼を危険視していた。


 地位が育ってからでは遅いのだ。地盤を与えてはいけない。金を与えてはいけない。人材を与えてはいけない。その一心で騙し、欺き、利用して――潰したはずの男だった。


 だが何故か今、フベは飄々ひょうひょうとした顔で、攻略最前線で光の精霊王を従えて玉座に座っている。その横顔には追い詰めらた様子など無い。寧ろ現状を楽しんでいるような面持ちで、フベはにこにこと微笑むばかり。


 虫酸が走る――と小さく呟いたのは白虎だった。彼女はそのまま、玉座の縁でひらひらと羽を動かすだけの物体と化している精霊王を見据えながら言う。


「――レイドボスと契約できるイベントなんかあるわけがない」


「でしょうね。じゃあレイドボスイベントじゃなかったんでしょう」


 あっさりと、フベが何の気負いもなく白虎の言葉を肯定したその瞬間――世界中に、が響いた。




















第百八十五話:その日、道は分かたれた





















【運営アナウンス――イベント変更のお知らせ】



【これは重要なお知らせです!】――【担当は精霊8番! 〝meltoaメルトア〟がお送りします!】


【まずは昨日さくじつのイベントアナウンスに大幅な不備があったことをお詫びいたします】――【お詫びとして公式イベントの内容を丸っと変更することと相成りました!】


【当初の予定ではプレイヤーのみなさんに精霊王をレイドボスとして討伐していただく予定でございましたが】――【それではみんなで楽しめない! みんなで楽しめないイベントなんて絶対ダメ――ということで!】




【本日より】――【公式イベントの内容を一新いたします】




deleteデリート】――【〝勇者の置き土産〟】




releaseリリース】――【〝第一次人獣戦争〟】




【公式イベント】――【オープニングセレモニーは本日の正午より】



【〝始まりの街、エアリス〟】――【〝塩の街、ダッカス〟】


【〝光を称える街、エフラー〟】――【〝解毒の街、ポルストニス〟】


【〝迷宮都市、アルバレー〟】――【〝南端、ログノート〟】



【以上の6つの街にて開催させていただきます】――【セレモニープレゼントもございますので、受け取り損ねることのないように!】


【ただいま、イベント内容を詳しくテキスト化したメッセージをお送りいたします】――【しっかりと内容をご確認ください!】



 ――【最後に、わたくし〝meltoaメルトア〟から1つだけ】



【オープニングセレモニーまでに】――【イベントに参加する予定のプレイヤーの皆様にはを決めていただきます】


【プレイヤーか】――【モンスターか】


【あなたはの側につくのか】――【イベント内容、報酬、信念などをかんがみてお決めください】



【それでは】



【派手に】――【派手にいきましょう! それでは皆さん、オープニングセレモニーでお待ちしております!!】




【精霊8番】――【〝meltoaメルトア〟がお送りいたしましたー!】



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