第百八十一話:組んではいけない1人と1匹



 第百八十一話:組んではいけない1人と1匹




 どうにかこうにか潜入成功――。


 入った途端にさかきに絡まれ、ふわふわのぬいぐるみみたいな自分が実は狛犬だ、と叫ばれた時は肝が冷えたが、内通者――リリアンの介入のおかげでどうにかなった。


 榊はどうにも目がイっちゃっているような気もするが、第一関門はクリアだ。ブラウニー――もとい毒ニンジンヘムロックの懐に潜り込んで頭だけを外に出しながら、自分はそっと周囲を観察する。


 前情報通り、一階部分はぶち抜きの大フロア。床には一面に白い玉砂利が敷いてあり、恐ろしいことに所々に白い砂利に似せた袋が転がしてあった。


 中にプレイヤーの血液を入れてあるらしく、踏めば白い玉砂利に血の足跡が滲み、しばらくすると魔素となって空気中に消えて行く。

 確かにこの仕掛けならば音がせずとも赤が滲むのでわかるのかもしれないが、正直に言ってこんなトラップを考えた奴は病気だと思う。


 ブラウニーが【交信テレパス】で〝くろくも、床見て。警備レベルが上がってる――もしかしたら、どこからか情報が洩れてるのかも〟と伝えてこなければ見逃してしまうところだった。


 内通者にリリアンがいるんだから楽勝だろと思って油断していたが、もしかしたらそんな余裕は無いのかもしれない。思えば、敵は銀目の魔王に正面から喧嘩を売るような相手なのだ。


「こちらへどうぞ、ヘムロックさん――さかき、何かあったら呼ぶからよろしくね」


 ぶち抜きの一階部分の最奥、小さな受付カウンターの向こうに自分たちを案内しながら、リリアンはひそめた声で榊に向かってそう言った。


「……ついてくるなって? テイムモンスターもいない〝従魔士テイマー〟様が随分な物言いだね」


「ヘムロックさんが怯えてるからね。私、今は〝魔道士〟として活動してるし、半端な護衛は意味が無いもの」


 暗に自分よりも弱い護衛なんかいるだけ邪魔だとリリアンは言い、突き放すような言葉に榊は沸騰しかけたようだがどうにか抑え込んだ。

 リリアンは、榊がぎりぎりと奥歯を噛みしめながらも一歩引いたのを確認してから、再びブラウニーに声をかける。


「では、どうぞ」


「どうも……」


 受付カウンターの奥、仕切り布で隠されていた壁の向こうには2階へと続く小さな螺旋の階段があり、薄暗いそこを抜ければ吹き抜けになっている2階、3階部分へと到達する。


 ここも、一応は前情報通り。螺旋状にまきあがる幅広の階段のそこかしこには小洒落たカウンターが並び、小さな椅子が点在している。


 下への階段は2階部分のど真ん中にあり、それ以外の物は不自然なほどに置かれていない。自分は階段の位置と外から見た建物の形を思い起こし、短くブラウニーに警告する。


 ――(情報通り、部屋の位置がズレてる)


 ――〝ニコさん優秀だなー。……恐らく、1階と2、3階の間で、ズレの分だけ他の空間があるな。錯覚を利用したトリックだ――ま、予定通りリリアンに他の職員の注意を引いてもらって、俺がこっそり地下からブツをちょうだいして、そのまま魔法で地下を潜っておさらばだ〟


 結局のところは吹き抜けの螺旋大階段は囮なのだろう。攻撃的に作られていてわかりやすく、敢えて引き出し付きの棚が置かれることで、侵入者の注意を惹きつけている。


 さらに天井を取り払い、あえて天井まで何もないまっすぐな円柱形の空間を見せつけることによって、建物のズレを感じにくくしているのだ。


 受付カウンターの奥、仕切り布をくぐらせて、薄暗い階段を螺旋状に上らせれば大抵の人間は空間把握能力が狂うもの。


 しかし、建物の構造上――この位置に階段があっては必ずズレがある。外から見た形が完璧な円筒形である以上、必ず三日月型に別の空間が存在する。しかもそれだと、1階部分にも、2、3階部分にも空間ができることになる。


 それにこの真下――1階部分にあるはずの空間には隠し扉があり、地下室が存在するらしい――通常ならば潜入できたとて、無事に出られる確率は低い。


 だが今回は不正を正すためならば多少は組織を裏切ることもアリ……かな? てへぺろ、とか言ったリリアンが内通者らしいので、そもそも侵入を知られなければ脱出難易度も下がるというもの。


 けれど、どうにも違和感がぬぐえない。性格的にリリアンが二重スパイ、などとは疑っていないが、何か、見通しが甘い気がする。


 敵はフベさんを出し抜くほどの手練れだとして、こんな落ち度があるだろうか? フベさんだったら、内通者の存在を考えないほど馬鹿ではない。


 しかもそれが、正義を掲げる組織内での堂々とした不正義だとして、信念を元にそれを正そうとする職員が存在しないとは思わないだろう。


 考えろ、考えろ――。もしも自分が防衛するならどうするだろう?


 自分とブラウニーの作戦は意外と単純だ。内通者がいることに頼りながら、自分がモンスターの子供として振る舞い、場の注意をひきつけている間に、ブラウニーがひっそりと地下に潜る。


 2階の床にある隠し扉の場所はリリアンから教えられているし、1階から地下へと続く隠し通路には大したトラップも存在しない。

 見張りのモンスターもいなければ、職員の立ち入りも一切禁止されているとくればちょろい仕事だと――ずっとそう思っていたが、それはそれでおかしいだろう。


 予定では地下で目的の偽造契約書を手に入れた後は、ブラウニーが単独で地属性魔法を使い、地下を掘り進めて脱出する予定だった。その後はリリアンが自分を連れ出す予定で、正直、ちょろい作戦だ。


 そう、ちょろすぎる。これではまるで罠みたいだ――……とそこまで考えて、嫌な閃きがあった。

 

 此処は統括ギルドのすぐ隣、そしてその統括ギルドの隣は教会となっている。この街で、天然のセーフティーエリアが存在するのは統括ギルドと教会のみ。


 感じたズレの位置が正しければ、1階部分のズレがあるのは――すなわち、


 ――(ッッ……ブラウニー! 予定通りはダメだ! もしかしたら、地下は全面――かもしれない!)


 ――〝――マジか、え……ああいや! その可能性ある、確かにある! それだと意味ねぇわ、マジかおい!〟


 見張りのモンスターもいない、職員でさえ立ち入り禁止の地下空間。


 もしも自分だったなら?


 当然、地下は全面セーフティーエリアになるように工夫する。統括ギルドの右隣という一等地を買い上げて、建物の施工は全て腹心の部下にやらせるだろう。


 そうしておいて、地下には大して何も置く必要は無い。そんなことをしなくとも、狭い通路と奥の部屋だけ作り、取られたくない偽造書類だけを安置すればいい。


 見張りもいらない。護衛のモンスターも。門番さえ不要、というかむしろ邪魔な存在になるだろう。


 入りたいというならば、入らせればいいのだ。


 職員の立ち入りを禁止しておき、あえて狭く作った地下通路に何かが入った瞬間に、出口にも奥の部屋への通路にも、分厚い鉄製の扉でも落ちるようにしておけばいい。


 奥の部屋までは行かせない。そんな手温い真似はしないだろう。


 プレイヤーとて所詮は人間。モンスターとて所詮は生物。通路に入れる程度の大きさならば、スキルが使えなけば鉄の壁1つ、分厚い土壁1つも壊せはしない。


 そうすれば後は袋の鼠――地下にまで潜り込んだガッツを褒めてもいいかもしれない。


 餓死するまで放っておくもよし、本部から手練れを呼んで始末するもよし、掲示板に晒し上げて間抜けを笑うのもよし――どこに転んでも、偽造契約書には触れることさえ出来ずに終わる。


 そんなことになれば敵の顔に泥を塗る前に、フベさんの顔に泥を塗ることになる。

 魔王軍は出来高制。役立たずには笑顔で、経済的に死んでこい、というのがウチの魔王様だ。賠償金5億フィートは辛い、辛すぎる。


 ……一瞬の沈黙――目と目を合わせる自分とブラウニーの間で、【交信テレパス】を使わずとも意見が即座に一致する。


〝失敗は許されない〟――〝だが、もはや打つ手は1つ〟



 ブラウニーも自分も、まさかのイベントにちょっとテンションを上げながら、思うことは同じだった。そう、すなわち――。



 ――〝応援を呼んで、軽く戦争するしかない〟と。



 自分とブラウニーは、涙を飲んでそんな決意をしたのだった。



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