第百七十七話:潜入、『世界警察:ユウリノ』ダッカス支部



 ――遠くに叫び声を聞く。


 プレイヤーの蹂躙を逃れながらも、踏みにじられるままでは終われない、モンスター達の苦い咆哮。


 獣に身をやつしてから初めて迎える夜は騒がしく、ひっきりなしに聞こえるのは、怨嗟えんさ慟哭どうこく、悲哀の声ばかり。


 耳をそばだてるのはギリー達と麦さんだけ。不意に瞑目する自分らに、ルドルフさん達は不思議そうに首を傾ける。


 『人の耳には聞こえなかろう――けれど、確かに彼らは叫んでいる』


 かつて、夜が来るたびに自分にそう言ったのは、おきなと名付けられた陸鮫だった。


 彼は夜が来るたびに、身を震わせて瞑目していた。何故、と聞いて答えたのが、そんな言葉であったことを覚えている。


 ああ、確かに今なら聞こえるとも。彼らの叫び、悲鳴の絶叫が。誇りにかけて、逃げも隠れも出来ない彼らの断末魔が。


 ――……オーバー大樹海地帯に棲んでいた彼らは、無事だろうか。


 ツテとコネに甘え、行き場のない彼らをニブルヘイムに頼んで砂の下に避難させはしたが、樹海がするまでに何があるかはわからない。


 ただでさえ自分も、無条件に自分に味方するニブルヘイムも攻略組に睨まれている中、彼らが狙われないとも限らない。

 樹海再生までの三か月の間、彼らに食料を提供するためにも、今回の話は渡りに船だった。


 師匠――ノアさん達、『ランナーズハイ』のみんなのことだってそうだ。色々な迷惑をかけていながらも、それでもギルドからは除名しないと彼らは言った。

 雪花経由で連絡は終わり、今回の魔王の件に直接かかわるかどうかはそれぞれ個人の判断に委ねる、自由にしていいとノアさん師匠は言ったらしい。


 その上で、すでに決断したのは4人。レベックとデラッジは不参加を、とぶささんと師匠は参加を決めた。それぞれ、今後のプレイスタイルを加味した上で、各々の信条を元に決めたようだ。木馬さん先生とブランカさんは未だ迷っているらしく、早めに決断するとだけ伝えて来たらしい。


 アオ達が去った後、必要な報告をつらつらと語りながら、ふと黙った後に雪花が言っていた。ギルドとして、全員で行動した期間は短かったし、こんな状況じゃ第一回公式イベントが終わるまでにもう一度集まれるとは思えない。

 だから、俺はノアさんに聞いてみたんだ。――これじゃあ当初の目標ともズレているし、ギルドの意味ってあんまりないんじゃ? と。そうしたら、ノアさんはこう言ったのだという。


 ――大切なのは、同じギルドの仲間だと認識することだ。同じ名前に集うということはそういうことで、例えどれだけ離れていても、1つの旗の下にあるのなら意味があるんだ。だから、たとえイベント終了直後、敵味方に分かれると知っていたとしても……それまでは、俺たちは仲間だと。


 そうかもしれない、と。ぼんやりと雪花は呟き、自分もそれに同意した。離れていても、自分たちは今、『ランナーズハイ』という名前の旗の下にいるのだ。師匠の言う通り、イベント終了直後、ギルド解散のすぐ後で、敵と味方に分かれると知っていても。


 ……フベさんは、どこまで自分の事情を知っているのだろう。そうしてどこまで断られないと考えて、こうした話を持ち掛けてきたのだろうか。


「――つまり、だ。何事も、やるなら早い方が良い――そうだろ? くろくも」


 とりとめもない思考に浸っていた中、不意にニヤリ、と悪い笑みで男が言う。五分刈りに近い短い髪を薄紫に染め上げた、PKプレイヤーのブラウニーさんだ。


 小さな頭を持ち上げれば、彼は迷いなく自分に向かって微笑みかける。


 彼曰く、味方同士で連携するにも、それぞれの役割を果たすにも、もちろんPKも戦いも――やるなら早い方が良い、というのが彼のポリシーらしい。


「つーわけで! とりあえず、くろくもは俺とコンビで一仕事してみようぜ」


 ちらりと覗く八重歯を光らせながら、獰猛な獣の笑みで彼は提案する。迷ったのは、ほんの一瞬。すぐさま自分は小さな頭を持ち上げて――、


「あっふ」

(よろしく)


 と、視線を合わせて頷いた。



















第百七十七話:CASE 1――潜入任務(くろくも&ブラウニー)
































 













 夜闇に紛れて彼は走る。焼け焦げた草原、点在する灰のわだち。昼の間に攻略組が木製車を走らせた痕跡を辿りつつ、ブラウニーさんは休みなく走り続けていた。

 時刻は2時を少し回ったあたり。空には雲の一つも無く、今にも降り注いできそうなほどの輝く星が、夜空いっぱいに散りばめられている。


 アオとtoraが出て行った後、誓約書にサインをした自分を連れて、ブラウニーさんは迷わず麦さんのねぐらを飛び出した。

 ノアさん達にも連絡して手伝ってもらうか? と心配する雪花とギリーに対し、笑顔で「団体で潜入捜査とか逆に難しいから、留守番頼むわ」と爽やかに言い切ったブラウニーさんは、本当に文字通り、自分だけを連れて任務のために出発し、目的地を目指して走っている。


「くろくも、寒くないか?」


「なふっ!」


 問題ない、と返事をすれば、そっか、と嬉しそうな声色で彼は頷く。濃い紺色のパーカーの裾をはためかせながら、白い長ズボンに包まれた足がぬかるむ大地をしっかりと踏みしめていく。


 いくらゲーム内とはいえ、テストプレイヤーの動きは皆、移動の時でさえ無駄がなく野生的だ。しなやかな筋肉はバネのように動き、力強く、それでいてほとんど無音で地を踏みしめ、飛ぶように灰で斑になった草原を走っていく。


 それでもなお、ブラウニーさんは不満そうに呟くのだ。「やっぱ生身より重いな……」と。現実世界ではもっと軽々と動けるのか、と呆れながらも、自分はブラウニーさんが小脇に抱える斜め掛けの中から時おり顔を出しつつ、ひたすらアビリティレベルを上げるために、単純運動――単なる足踏みを繰り返していた。


「ここら辺なら誰もいねぇだろ――さ、くろくも。そろそろ作戦会議しとくか」 


(賛成。ブラウニーさんのアビリティとか聞いておきたいです)


「だーかーら、呼び捨て、タメで良いっての。やりずれぇだろ? せっかく【交信テレパス】使ってんだし、仲良く喋ろうぜ」


(えっと、わかりまし――わかった。【交信テレパス】って便利だね)


「だろ? 適用範囲は激せまだけどな。こないだ測ったら10メートルくらいしか意味ねぇの。ま、熟練度マックスまで上げりゃあもう少しいくんだろうけどよ」


 ソロだと使う機会が無くってなぁ、とブラウニーさんはぼやき、自分はふと気になったことを口にする。


(【交信テレパス】って、どのアビリティのスキルか聞いていいですか?)


「タメで良いって言ってんのに――くろくも、お前意外と律儀な。まあ、おいおい……ああ、で、アビリティの話だな。【交信テレパス】は〝高等魔法略奪者トイ・ラーグ・グラビリー〟の初期スキルだ」


 初期アビリティは〝見習い盗人シーフ〟で、そっから色々直結派生して〝魔法使い〟アビリティが入ってから統合派生した――と。言っていることは単純だが、その内容は驚愕に値するものだった。


 〝魔法使い〟は、チュートリアル中に選択可能な初期アビリティの1つだ。8種存在する魔法系アビリティの1つで、現在、チュートリアルで選ぶ以外の習得方法が判明していない。


 他の初期アビリティ――俗に、チュートリアルアビリティと呼ばれるものの中でも、一週間ほどひたすら剣を振り回しているだけでも後から習得できるらしい〝見習い剣士〟などの前衛系とは違い、魔法系はあとから習得する方法が一切判明していない。


 その上、公式発表では、しばらくは魔法系初期アビリティの二重習得は出来ない、とある。魔法系アビリティには有用なものが多い。特に〝魔法使い〟などはスキル発動の手軽さ。魔力消費を伴わない前衛系と合わせることで対応力が広がるため、攻略組でも血眼でアビリティ習得条件を探っていたはずだが……。


(独自習得するとは、すごいですね……最速じゃないですか?)


 素直に感嘆を込めて言えば、ブラウニーさんは照れ臭そうにはにかんだ。攻略組も、黙ってるだけでもう方法はわかってるかもしれねぇしさ、と軽く言うが、どうだろうか、確かに〝白虎〟さんならあり得るかも――と思わせる力が彼女にはあるが、わからない。


「この大仕事が全部終わったら習得条件教えるよ。ま、くろくもにはしばらく意味ねぇだろうけどさ。で、だ――俺が出来ることと、潜入先の情報を今から伝えるから、しっかり覚えてくれよ?」


 そう言って屈託なく笑いながら、ブラウニーさんは柔らかく自分の頭を撫でた。走り続けながらも彼はよどみなく伝えられる範囲で自らの出来ることを自分に伝え、そして最後にノリノリでこう言った。


「と、いうわけで。お前の小ささと可愛さ。ニコニコからの情報。内通者。あと俺のスキルで――誰にも気が付かれることなく、偽の契約書を頂戴する。クックックッ、それが今回の仕事ヤマだ……やるぞ、相棒!」


(がってんだ!)


 こうして、即席のコンビを結成した自分たちは、真夜中の草原を走り続け――そうしてログイン制限時間ギリギリのタイミングで、無事に〝塩の街、ダッカス〟へと到着した。


 『世界警察ヴァルカン:ユウリノ』ダッカス支部――大水害事件の、ほんの半日前のことだった。



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