第百五十一話:引きこもり、外に出るⅠ

 


第百五十一話:引きこもり、外に出るⅠ




「ホールの電源抜きましたか? 戸締まりは? あ、服や道具はこちらで用意させていただきますから、そのままで大丈夫ですよ!」


 ――では、準備できたら行きましょう!


 元気よくそう言って、ブランは赤い瞳をきらきらと輝かせた。楽しみで仕方がないのだろう。ブランが嬉しそうにジャンプする度にポンポンマフラーが飛び跳ねて、握られた拳がぶんぶんと振られている。


 その態度は、まさしくまだまだ子供であることを示していて、自分はそんなブランにとてつもない心配をかけていたことを反省しながら頷いた。

 服装は言われた通りラフに黒い長袖のシャツと同色のズボンのままなのだが、本当にこれでいいのだろうか。


 もらった長煙管を吸い、どうなっているのか真っ白な煙を吐く自分は、思わず自身の服装をまじまじと見下ろした。まあ、スーツを着ろと言われても困るのだが、用意してもらうのも何だか申し訳ない。


 いや、いやいやよく考えてみたら、これからいどむは魔法の授業だ。着るものも普通のものではダメで、こう、ユニコーンの毛で編まれたローブとかじゃないととか……そう、魔法の――魔法学校的な!


(2年前に見たアニメみたい!)


 人外の子供達のための魔法結社の授業とは、つまりそういうことなのではないか!?


「? 嬉しそうですね狛乃さん? あ、お夜食まだでしょう? 僕も夜中に授業がある時はお夜食を食べてから行くんですが、母が是非、狛乃さんも一緒にって!」


(マジで!? 吸血鬼の旧家の食卓ってどんな感じなんだろう――!)


 まさしくテンションフルスロットル。現実に居る自分に舞い降りた突然のファンタジーに、もうわっくわくだ。ヤバい、久々に超楽しい。


 アニメの主人公みたい! とはしゃぎながらがくがくと頷く自分の様子を見て、ブランは、あ、と言ってからまたがさごそと自身のリュックを漁り始める。


「狛乃さんこれ! じゃじゃーん! ゴーグルみたいに声が出るようになる道具と、ゴーグルと同じ効果があるけどもっとコンパクトなやつを持ってきたんです!」


 両手でピンクの包みを掲げるブランがくっそ可愛い。あ、いや違う。そっちじゃなくて……なんかすごい道具だが、それも魔法なのだろう。


 魔法ってすごい便利だな! と思いながらブランからそれを受け取れば、包みの中には綺麗な2つの耳飾り。

 持ち上げれば黒の地金じがねにルビーのような小さな石がゆらゆらと揺れ、玄関先の灰銀灯はいぎんとうに照らされて淡く輝いている。


「イヤリングにしたんです。右が声を出すためのもので、左が目を見えるようにするもので――」


 ――実はどっちも、僕が作ったんですよ、と。照れた様子で、はにかむように儚げにそう言われたら、もうブランの言葉を信じて着けるしか道はないだろう。自分はショタコンではないはずだが、ブランは本当に良い子で可愛い。


 そんな感慨に浸りながらもイヤリングを手にとって両耳に装着し、まずは恐る恐るだが目を閉じてゴーグルをむしり取る。どきどきしながらそうっと目を開ければ、そこには――、


「――……見える」


 自然と喉からこぼれた言葉に、自分は咄嗟に両手で喉を押さえた。目の前には、ガッツポーズをして喜ぶブランの姿。

 青い長袖シャツも、ベージュのポンポンマフラーも、その柔らかそうな栗色の短髪も、鋭い瞳孔の赤い瞳も、その中の小さな輝きまで――


「すっごい……すごいよブラン! これ、ブランが作ったの!? すごい、喋れる!」


「やりましたね狛乃さん! よかったぁ! 僕の仮説は間違ってなかったんだ!」


 声が出るよ! 目も直接見える! と喜ぶ自分の声はどこか耳慣れない音で、その時初めてVRは顔だけでなく声質までも変えていたのだと知った。

 女性よりかは低く、男性よりかは高い微妙な音が自分の喉から溢れ出し、自分はめいっぱいに喜びを言葉で語り尽くす。


 ブランも喜んでくれているようで、これでいっぱいお話しできますね! と満面の笑顔だ。自分は喜びのあまり、ブランの体をもう一度抱きしめる。


「ありがとう――!」


 その言葉に、ブランは心底嬉しそうに「えへへ」と笑った。


「それじゃあ、いきましょう! 授業は3時からなんで、それまでに僕がしっかり基本的なことをお教えします!」


「お願いします、ブラン先生」


 自分が笑いながらそういえば、とたんにブランは、ぱぁっと顔を輝かせた。それからこほん、と咳払いをして、で、ではですね――とかしこまってリュックに片手を突っ込み、中から何かを引っ張り出そうとする。


「まずは、琥珀さんにもらったこの道具で――僕の家まで一瞬で移動します!」


「何それすごい!」


 ばばーん、とブランが取り出したのは、伸縮機能付きの金属棒。赤銅しゃくどう色のシンプルなそれを引き伸ばし、ブランは迷い無くそれを振り上げる。


「いざ! 〝お願いします琥珀様〟!」


「まさかそれが呪文――」


 まさかそれが呪文なの!? という自分の声もうやむやに。その金属棒が地面を叩いた――その一瞬で、



「到着です! ようこそ我が家――ロンダルシア家へ!」



 今まで映像でだって、写真でだって見たことがないような豪邸にたどり着いたのだった。





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