第百二十九話:適応称号における〝神〟の二面性
第百二十九話:適応称号における〝神〟の二面性
オーバー大樹海地帯は燃え盛る。
炎は吹き荒れ、熱波が放たれ、灰と煙がもうもうと上り、それは濃い灰色の積乱雲を作り出した。雷鳴が先に響き渡り、遅れて
それは更なる火災をもたらし、積乱雲は恐ろしい勢いで成長していく。大量の灰が降り、周辺は暗い灰色一色に染め上げられた。
精霊達がふわふわと逃げまどい、樹海に棲んでいたモンスター達も、集まったプレイヤー達を押し退けて散り散りに逃げていく。
広大なオーバー大樹海地帯を前に、動けないでいるのは人間達だけだった。
踏み込むことも出来ず、しかし立ち去ることも出来ない彼等はただ呆然と立ち尽くし、誰もが想像よりも何割か酷い現状にただ口を開けて暗い空を見上げている。
空に走るは蛇のような
炎で出来た顎が開き、炎で出来た牙が全てを燃やしながら、木々も、人も、スキルによる巨大な水塊をも噛み裂き、蒸発させていく。
もはや、これだけの大火災を発生させた犯人である狛犬の姿を探すことさえ難しい状況だが、懸賞金目当てで樹海に踏み込むプレイヤーは後を絶たず、すぐさま抵抗も空しく焼き尽くされる。
火を消すために集まったプレイヤー達も、狛犬の首にかけられた1億という値札に釣られて集まったプレイヤー達も。
彼等はしばらく立ちすくみ、この惨状についてを囁き合う。
「――狛犬って、自然保護派じゃなかったのか?」
「――モンスターの恨みを買ってまで、こんなことするやつだっけ?」
「――いや、お前初期の頃のスクリーンショット見たことないのか? 血塗れで笑ってた戦闘狂だぞ?」
「――それにしたって、ここまでやるのかな?」
「――俺なんか、アイツにすげぇぼこぼこにされた! 感じも性格も悪いし、最悪だよ!」
「――適応称号スキルは解除されたはずだろ? じゃあいくら狛犬っていっても、この炎で焼け死んだんじゃ……」
「――俺、狛犬に竜爪草原で契約モンスター助けてもらったことあるけど、すごく優しかったぞ。意外だったからよく覚えてる。優しい女の人って感じで……」
「――はあ? なんだよそれ、多重人格か?」
「――え? 狛犬って女だったの?」
「――私も普通に話しかけたら思ったよりフレンドリーで、晶石とトルニトロイの素材交換したりしてくれたよ。気さくなお兄さんって感じだったけど、女の人だったの?」
「――えー、あれはどう見たって男だよ。全身見てよ、ゴツすぎるでしょ」
集まったプレイヤー達が囁き合う声を聞きながら、遅れて現場に到着したチアノーゼがオーバー大樹海地帯の惨状に唇を噛む。
チアノーゼに呼ばれ、同僚の『
彼女はちょっとだけ眉を潜めてから、チアノーゼに向かってぺこりと小さく頭を下げる。
「〝デラッジ〟の不始末の肩代わり、お疲れ様です。道中、〝ロメオ〟さんが討伐に出向くと言っていましたので、もう少しで来られるかと思います。消火部隊、一応準備はしましたが、どうなさいますか?」
「……無駄でしょう。
歯ぎしりしそうな勢いで唇を曲げ、チアノーゼは呟いた。リリアンは不機嫌な上司の様子に小さく肩をすくめ、1億の賞金に釣られたにしては皆大人しいですね、と冷めた口調と目つきで言う。
リリアンに言われ、チアノーゼは微妙な表情で溜息をつきながらたむろする彼等を見る。
「……皆、戸惑っているんですよ。〝狛犬〟という人物像がよく見えないから、恐ろしいんでしょう」
曰く、狛犬は優しい。曰く、狛犬は危険だ。曰く、狛犬は戦闘狂である。曰く、狛犬はあんがい平和主義者だ。曰く、狛犬は正義漢だ。曰く、狛犬は悪党である。
そんな風に人々の口から語られるほぼ全てが矛盾しているから、狛犬の立ち位置が分からないのだとチアノーゼは言う。
理解できないものを人は恐れる。無理やりにでも型にはめ、わかりやすくしたいのに、そのための情報と事実が噛み合わない。
それは、狛犬という人間を第三者に説明する時に誰もが直面する問題だった。どんな人? と聞かれると、両極端な話が同時に飛び出してくる。
ある者は〝狛犬〟を、彼女と
ある者は〝狛犬〟を、彼と称して善だと説く。
けれど、
では結局、その人物は彼であるのか彼女であるのか? 悪であるのか善であるのか?
それは誰にも答えられない。けれど常に、誰も嘘は言っていないと断言するのだ。
「……二面性、と言うんですかね。それが酷いんですよ。どちらかは〝ロールプレイ〟と言うにも、どうにも違和感がありますから」
二面性、だとチアノーゼは言った。その答えにリリアンもふんふんと頷きながら納得する。彼女はあー、と声を出し、それからなるほど、と更に
「だから適応称号のカテゴリーが〝神〟なんですね」
「……はい?」
「……え?」
納得したリリアンは、だからか、と言い、チアノーゼはそれに疑問符を浮かべてリリアンを振り返る。
視線に含まれるたっぷりの疑問。リリアンは意外そうにチアノーゼに視線をやり、チアノーゼは
「――どういうことですか?」
「え、いえ……てっきり、適応称号はそれぞれの適正があるのかと。だって、〝白虎〟さんや〝月影〟さんは〝幻獣〟ですし、〝弥生〟や〝アリオール〟さんは〝悪魔〟でしょう? 私から見ると彼等にはわずかながらも似たような部分があったので……」
最近になって適応称号保持者が増え、見えてきたのは緩やかな規則性だ。適応称号には、常に〝何かの伝説〟の元が存在している。それは時に幻獣であり、悪魔であり、竜であり、神であった。
チアノーゼからすれば、それは能力の強さや傾向を示しているのだと思っていたが、リリアンはそこに別の規則性を見いだしていたらしい。
「……あなたから見ると、この分類はどういう基準だと思いますか?」
チアノーゼの問いに、リリアンは少し悩む。それから戸惑ったように眉を寄せつつ、ゆっくりと自分が思ったことを話しだした。
「完全な私見ですから、確定ではありませんよ? ……まず幻獣は人望です。その
そこまで言って、リリアンは少しだけ口を閉じる。神は……最初は自尊心か何かかと思っていましたが、と続け、リリアンはチアノーゼの言葉によって答えを得た、適応称号における〝神〟の適性への私見を語る。
曰く……神は二面性。矛盾し相反するはずの性質を、矛盾なくその身に内包する者。
「父の……研究のレポートには、よく出てくるんです。女神である魔女、男神である現人神達は、等しく二面性を持った存在だったと。時に慈悲深く、時に残酷に振る舞ったと。彼等はよく自然にも例えられます。時に恩恵をもたらしたかと思えば、時にとんでもない大災害をもたらした」
それは矛盾しているようで、でも1つの存在が持っているものなのだと、リリアンは言う。
「……神の適応称号は、狛犬だけでしたっけ?」
「統括ギルド発表一覧には、もう2人いますよ。〝樹木〟と〝オーロラ〟だそうです。あまり目立った話は聞かないので、名前だけですが」
チアノーゼはそれを聞き、考え込むように目を伏せた。じりじりと爪先が地面を叩き、それから何でもなかったかのようにがらりと彼女は話題を変えた。
「そうですか……リリアン、あなたはロメオさんのお手伝いをしますか? それともリベンジはまたの機会に?」
「またの機会にします。リベンジするなら、あの子と一緒に、と決めているので」
チアノーゼの話題の切り替えに、何食わぬ顔でリリアンも乗る。ぐっと拳を握り、彼女ははっきりと言い切った。
〝
「わかりました……それにしても、随分と嬉しそうですね?」
「あ、わかりますか? だって、犯罪者じゃ無くなったら追う理由がないじゃないですか。だから、今回の件は私にとっては良いことなんです」
リリアンは堅物かつ潔癖だ。彼女はいくらリベンジと言えども、犯罪者ではないプレイヤー相手に戦いを挑むことはない。だからこそ、彼女は今回のことを喜んでいた。
満面の笑みを浮かべるリリアンに、チアノーゼは苦い顔。そんな上司に、リリアンはこれからどうするかを一礼と共に問いかける。
「それでは、チアノーゼ様はどうなさいますか?」
「止めてください。どうせゲームの中だけの役職ですよ。そこまで堅物に……いえ、わかりました。【
【あんぐら】のふざけたシステムなら、その頃には発達した積乱雲が雨を吐き出すかもしれないが……、手伝ってくれと言うチアノーゼに、リリアンはにっこりと頷いた。
踏み出した足が枝に積もった灰を砕く。
「〝朝焼けの色 昇る太陽 北風は全てに冷たさを刻んでいく〟」
雷鳴が鳴り響き、徐々に丸裸になっていくオーバー大樹海地帯。火に覆われていない唯一の道をゆき、自分は未だ夢を見ているような気分で微笑みを唇に刻み続けている。
「〝風は回る車輪となって 朝を起こしに
左手で掴むフローレンスの首ががくがくと揺れるのも構わずに、自分は獣のように燃える樹海を背景にして走り続けた。
「〝空に同化する風のたてがみ 四肢を彩る蜃気楼 その【
【カラム・ガラム】以外のステータスアップの魔術をありったけ詰め込んで、お迎え係のギリーを待たず、自分はリリアンからの手紙にも要注意! と書かれた場所に向かっていた。
手紙には、オーバー大樹海地帯から〝光を称える街、エフラー〟への最短ルートに、『名も無きギルド』の幹部であるロメオの部隊が待ち構えていると書いてある。
これは、避けて帰れ、という意味なのかと思って手紙をひっくり返せば、『絶対に負けるな』と書いてあったので、要するにちょっとした警告と激励の手紙だったらしい。
負けるな、の前に自分が倒すから、という文字が透けて見えたが、わりと楽しみにしていると返したら彼女はどんな顔をするだろうか。
「【
熟考の上で選んだ地属性の魔術を唱えながら、自分はロメオとその部隊を思い出す。掲示板での情報、実際に対面した時の印象。それら全てを合わせた上で、選んだのは地の魔術。
【アレナ】、【アルトール】と派生していき、【フォルム】に至り、そして〝魔術師〟で【ヘル・フォルム】と化した魔術。それは地獄の門を開くかのように、地に大穴を開ける魔術だ。
魔法陣が浮かんでから発動までの時間に難はあるものの、一点集中させ、辺り一帯を最大出力で50メートルは陥没させる大魔術。
「〝我が魔力は竜の声 地竜が鳴らす奈落の底 精霊王が穿つ無二の大穴〟」
流石にそこまでの範囲となると使用魔力がかなりのものになるが、ようはタイミングと設置場所だ。木馬先生に最もよく習ったのは、魔術の多重発動とも呼ぶべき技術。
真の多重発動ではないが、それはものによってはかなりの効果を発揮する。ようは出現座標設定Bの特性を利用し、発動場所を分割するのだ。使用魔力が50だとして、50を全面に広げるから無駄が出る。
必要なのは、人1人が落ちる穴。体勢を崩さずにはいられないくぼみ。そして、
けれどそれを、今回は様子見と騙くらかしのためだけに使う。本命はその下に魔力を広げる薄い空間を作り、導火線を引いてそこから魔力を注入、地雷式で敵を吹っ飛ばすことだ。
背後で吼える【
当然、彼等も分かっているだろう。適応称号スキルが解除された今、いくら自分でも燃え盛る樹海を走り続けることは出来ない。
だからこそ、きっとこの先で待っている。唯一、炎に呑まれていない場所を辿っていけば、どう頑張ってもそこに飛び出さざるをえないから。
彼等は上手くやったと思うだろう。予想が当たった。罠に獲物が飛び込んできた、と。
けれど、それを思うのは自分も同じ。何故なら、樹海のどこをどう燃やすのか指示を出したのは、他ならぬ自分なのだから。
(樹海を抜ける――正念場だ。ここで負ければただのゴロツキ。けれども勝てば、)
樹海を構成する最後の巨木で急停止し、自分は開けた草原に顔だけを出す。眼下には大量のプレイヤー。全員の目が自分を捉え、10はいるな、と思う間に、集中力を駆使して自分は魔力を〝配置〟する。
円形に、斑状に。しかし、それなりの深さと範囲を確保しスキルを叫び、自分が巨木を蹴って下がるのと、彼等の口が一斉に動くのは、ほぼ同時だったと言えるだろう。
「【ヘル・フォルム】!!」
『狙え――【ボヘット】!!!』
【ヘル・フォルム】の直結派生、威力よりも範囲を取った竜巻状に展開する特定範囲魔術が、後ろに下がった自分の目の前に巨大な砂の竜巻を作り出した。
(【フレアストーム】の地属性バージョン――小石や砂粒による散弾は見た目よりも威力が低いもののはずだけれど……)
自分は【
自分が知る【ボヘット】と違うのは、第一にその威力だろうか。高速で舞い上がる砂と小石に抉られて、巨木は一部が木端微塵に弾けていた。断面の生木の色が生々しい。直撃すれば、人間なら血霧になれるだろう。
本来ならばちょっと痛いだけの魔術か魔法が、こんな威力を持つとは驚きだ。これが真の多重発動。2週間前にPKギルド相手に猛威を振るった、PK撲滅部隊:第1部隊――俗称、魔法アビリティ部隊によるありったけのバフと、常に最大人数で展開される、同時発動スキルの威力。
(実演を見るのは初めて……ん? 今、魔石も使ってなかったか?)
「【デミット】で穴を塞ぎ、次の攻撃に備えよ! 迂闊に樹海に踏み込むな! 街までは平地でたっぷり1キロはある! 持久戦になればなるほど我らが有利! 【
そんなことを思う合間に、自分の開けた多数の穴は、瞬く間に隊長であるロメオに潰されたようだ。一度話してみた時も思ったが、あの人は頭がいいというか、指揮官としての才能があり過ぎる。
部隊の能力を把握し、出来ることを完璧に、そして的確なタイミングで指示を出してくる。おまけに人望が厚く、別名で軍隊と呼ばれるのも納得な集団だ。
けれど、【デミット】で穴を塞いだのは悪手だと言わざるをえない。鋼の板で覆われた地面は、【
自分は左腕にフローレンスの首を抱え、右手を作戦通りに導火線である地面に開けた穴に突っ込み、じっと彼等の様子を見る。出来れば装備と、人数を把握して、簡単な作戦を立ててから吹っ飛ばしたいところだ。
1対多数では魔力の量が心もとないし、考えなしに突っ込んでいけば魔法連打の嵐で反撃する間も無く死に戻りだ。いくつかの魔法なら強引に力だけでなんとか出来るが、いくらかは運も絡んで来る。
一定区域内での効果的な魔法の同時多重発動は現在、最大で3人まで。4人以上はどう頑張ってもズレが生まれ、そのズレが威力を大幅に減殺すると聞いた。そのため、彼等が一度に同時展開し、威力を複合し高めることが出来るのは3重まで。
それ以上に多重発動を狙い威力を求めるならば、ついさっきの【ボヘット】のように魔石を同時に砕く必要がある。更に、大気中と体内の魔素、魔力消費の関係から、魔法にはものによって実質
考えなしに連打は出来ず、掲示板で提示されているのは最速で3秒。その3秒を埋めるための群体だが、それでも大気中の魔素消費を考えれば、
11人が同時に魔法を発動することはあり得ないが、魔石を使われたら同じことが出来ることを踏まえると、楽観的にはなれない状況に変わりない。
(魔石まで使ってくるのは予想外だな。そんなに予算が……出るか、出てるな)
見事仕留めれば1億の首。それなら確かに、自分が彼等に指示を出す立場でも必要経費は多めに見積もるだろう。
公式イベント用に備蓄していると聞いた魔石をどれだけ吐き出したのかは、ちょっとよくわからない。どれだけ強敵だと見積もってもらえているかで変わるだろうが、他にも使用を許可されたものがあるのかもしれない。
(あれ……なんか自分の扱い、フローレンスよりもよっぽどイベントモンスターに近くないかな? あの装備、確か希望沼地の
全員が火耐性に優れると言われる、黒いビロードのような水蝋牛装備を着込んでいるところを見ると、まさか火属性モンスター対策を徹底したメンバーなのだろうか。
というか、その上から防炎マントもきっちり着込んでいるので、まず間違いなく完全防火装備だ。かなり値段が張るはずだが、それだけ彼等が本気だということ。
(それだけ金をかけて、首狩り狂犬の首を取りに来た……愉快だけど不愉快な話だ)
念のために、【
人数は総勢11人。部下がぴったり10人なのは、それ以上だと指示を出し切れないからだろう。ロメオという男は、常に10人の部下を率いてPKギルドを狩りだしてきた。
成功率はなんと100%。自分の首が取れなければその無敗記録が途切れるかと思うと、ぞくぞくする。それに彼等が出張ってきている以上、他の者は来ていない。
少なくとも、PKギルド達はトラウマとリスク回避のために、見える範囲にはいないだろう。ロメオは道中でPKギルドを見つければ、
視界の端に一瞬でも入った人物が、指名手配犯ならば逃がしはしない。よく考えられた集団戦法で、5分とかからずに討伐する。
問題は団体に所属しないプレイヤーだが、この戦闘が長引けば長引くほど、その数は増えるだろう。消耗したところを、上手く仕留めるだけで1億だ。
それ以外にも、ロメオがしくじった時のために他の部隊やPKKギルドが網を張っているはず。
唯一の救いは、ここから街まではロメオの言う通り1キロ先まで草原が続き、まともに身を隠す場所など無いことか。いや、そんなものは救いにはならないか。
(……地上から帰るのは下策だな。地下から帰った方がいいかもしれない……ギリーが機転を利かせてくれれば、もっと楽に帰れるけど)
美獣フローレンスの討伐が終わったら、迎えに来るとギリーは言った。今回、アクシデントでこんなことになってしまったが、迎えに来ると言ったら何が何でも来るのがギリーだ。
緊急事態なので即戦力の子竜達は連れてくるだろうが、問題はタマも連れてきてくれるかどうか。
あれでも竜脈に根城を構えていたケット・シーの1匹なのだ。竜脈の道はきっちり把握しているし、所々に隠れ家も持っている。
保険は多い方が良い。竜脈でも自分を待ち構えているプレイヤーがいないとも限らないのだから。
(一度、街に戻ったら後は竜脈で潜伏ルートかな。というか、奴ら本当に動かないし喋らないな……)
じっと作戦や段取りを考えながら様子を窺っていたが、彼等は一言も喋らないし、ぴくりとも動かない。時折、視線が横に流れるのは【索敵:Ⅰ】をチェックしているのだろう。
PKK活動をしていて【索敵:Ⅰ】を持っていないのはありえない。それどころか、【索敵:Ⅱ】まで持っていてもおかしくない。
迂闊に近付くことも動くことも出来ないまま柔らかな草地に伏せて5分は経ったが、それでいてここまで動かないし喋らないのは、ゲームの中でも訓練され過ぎだと思う。
(……こちらから動くしかないか? それにしても、樹海で伏せてるのって意外と楽しいな。今度ゲリラ戦もやりたい……)
「〝溶魔の色 赤竜の色 精霊を伴う朱の炎〟」
そんなことを考えながら、自分は最初に【ヘル・フォルム】で地下に開けた薄い空間に、あらかじめ作っておいた横穴から詠唱と共にゆっくりと魔力を流し込んでいく。【隠密】が解けないように、ゆっくりと、しかし確実に。
「〝我が魔力は竜の息吹 炎竜が吐く劫火 精霊王の影となる炎〟」
さあ、狩りの続きを始めようと。自分の内側のよくわからない場所で、小さな獣が喝采を上げる。火のように熱くなっていく身体が段々と理性を奪い去り、熱に浮かされ、自分の力に酔いしれる――。
「【ガル・ブラスト】」
暗雲立ち込める夜空に、天を裂くような火柱。
地面に開いた無数の穴から噴き出す爆炎はそれを塞いでいた【デミット】による鉄板を粉々にし、金属片を巻き込む最悪の熱風となって真上に吹き上がる。
「〝夕焼けの色 沈む太陽 火の粉は輪になって空をゆく〟――!」
11人全員を巻き込んで、先程の砂嵐の意趣返しのように吹き荒れる炎の渦。金属片は彼等の装備にかすり傷をつけ、防炎マントに穴を開けた。
悲鳴すら上げられない高温の炎の中で、しかし、彼等は口を開く。それは自分が樹海の木々の太い根を蹴り、戦場に飛び出すのとほぼ同時――。
『【フラッドリア】!』
「〝火の粉の輪は車輪に変わり 夜へと向かって
今度は水バージョンの同時詠唱。水の竜巻が炎を呑み込み、蒸発させ、熱い蒸気が周囲一帯に広がっていく。その隙をついて、まずは狙いやすい奴を1人発見。
いち早く炎からも水の竜巻からも逃れ、味方へのバフのために短い詠唱を口にしていた女の腹を、フローレンスをなぞるように右の爪で掻っ捌く。
そのまま前のめりに倒れる女の首根っこを掴み、水魔法で炎を消し、風の魔法で即座に蒸気を吹き飛ばした彼等の眼前に、フローレンスの首諸共投げつける。
最前列、2人が怯んだ。残り7人、及び隊長ロメオに効果なし。彼等は滴る水を振り払いながらピストルを模した指をこちらに突き付け、統率の取れた動きで欠けた部分を補強するように陣形を組み直す。
血と遺体に体勢の崩れた前列2名を後ろに送り、すぐさま後ろにいた第2列が前に出る。一列に3人ずつが並び、その後ろに後退しやすいように扇状に広がる第2列までは〝魔法使い〟部隊。第3列はバフとデバフの〝魔道士〟部隊。その中心部に居座るのが、彼等の
「〝骨を蝕む鬼火の目 四肢を彩る赤い炎 その【
「対象補足! 用意――!」
互いが互いを補助できる形で、彼等はこちらを睨みつける。
魔法の利点はその速さ。欠点はその分だけ欠ける威力。そしてその欠点を補って余りあるのが、彼等の得意とする同時詠唱による魔法の多重発動。
「前列、撃て――【トルネード】!!」
「走れや走れ――【カラム・ガラム】!!」
選ばれたのは、ちょこまかと動き回る自分を捉えるための範囲魔法。どれだけ速くとも、どれだけ筋力が強くとも、その範囲の広さで目標を捉え、全てを切り裂く風の渦。
自分のステータスをもってしても、どれだけバフ魔術をかけたとしても、逃れられない規模の風の刃が目前に迫り、彼等は自分が一撃で死に戻ることを期待する。
「はッ! 『レッド・デヴィル』のお披露目だ! よく見とけよ――! 〝溶魔の色 赤竜の色 精霊を伴う朱の炎〟!!」
けれど、彼等の予想は覆る。自分は最後のバフを詰め込んで、足を大地に踏ん張って新たな魔術を詠唱しながら、凄まじい速度で腕を振るう。
「〝我が魔力は竜の息吹〟!」
竜の筋肉と同化する腕が軋むようにわずかに膨れ、目一杯に開かれた両の五指がその
風の渦は『レッド・デヴィル』の爪で切り裂かれ、その
「〝炎竜が吐く劫火 精霊王の影となる炎〟!」
けれど、この感触だと今のでギリギリ。魔石まで使われたら止められない――、そのことに気が付かれる前に、場を混乱に叩き込まなければ勝機は無い。
(敵が魔石をケチっている間に、大将の首を取る……!)
ゴーレム製のポーチを連続で叩き魔石を取り出し、両手いっぱいに掴み取った。【トルネード】を撃った前列の内の1人が驚愕に口を開け、予想外の出来事に驚きの声を上げる。
「こいつ、ホントに魔法系かよ――! 隊長!」
「怯むな! 炎が来るぞ! 第2列、
(ブルース、確か水の隠語か。水は流石に物理だけじゃ打ち消せない――)
俗に筋力特化の〝物理アビリティ〟、〝物理職〟相手ならば注意するべきと言われる〝魔法や魔術の打ち消し現象〟。
それは、文字通り因子と純因子の組み合わせとそのカタチで保たれている魔法、魔術現象を物理の力でぶった切り、霧散させてしまうことを指す。
必要なのは魔法や魔術現象を物理で突破できるほどの〝筋力値〟と武器が持つ〝魔法攻撃力〟。これは、主に腕でやるならば腕の筋力が。足でやるならば足の筋力が重要になってくるし、魔法攻撃力も同様だ。
本来ならば、後衛系、魔法系アビリティしか持っていない自分には無縁な話。けれど、〝
自分が赤の因子一色であるが故に筋力ステータスの伸びが良いこと。武器への筋力影響率をほぼ100%にする『レッド・デヴィル』の構造そのもの。自分が通常の後衛よりも、よく動くという事実。
それら全てが組み合わされば、自分の筋力は一時的に筋力特化の物理職にも劣らないものとなる。適応称号発動時ならば、もっとその能率は上がるだろう。
意外と知られていない弱点として速度や瞬発力に劣るのだが、そこはなんとか【トラスト】で補っている。実は全然足りてないけれど、そこは迫力と勢いで誤魔化すところだ。
そうこう考えている間に、敵も自分も準備が整い、腕を振るってスキルを唱える。向こうは3人、水の魔法。こちらは1人、炎の魔術。けれど、けれどもだ――、
「押し流せ――! 【フル・ラドーナ】!」
「【ガル――ブラスト】!!」
自分が炎の魔術で撃ち負けるわけがない、と。スキルを叫び、腕を振るい、【
――そこからは……よく、わからなくなってしまった。
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