第百十七話:ログノート大陸の覇者たち
第百十七話:ログノート大陸の覇者たち
――【Under Ground Online】正規サービス開始より、2週間と少しが経った。
それは、〝ルー〟率いる『名も無きギルド』と、〝白虎〟率いる『金獅子』の二大ギルドの連携により、大規模な攻略部隊が編制されてから、2週間が経ったとも言い変えられる。
初日から、編成された攻略部隊は統率の取れた活動を続け、連日増え続ける新規プレイヤーを取り込みながら肥大。その度に部隊が分かれ、リーダーの才ある者は部隊長に任命された。
日に日に増していく人数分の食料を維持するために。それだけの人数がいられる場所を確保するために。数多のモンスター達が討伐され、その数を減らしていく。
討伐されるモンスター達は、ほとんどが〝名前持ち〟のモンスターの庇護下にないモンスター達。
彼等、ログノート大陸の覇者たちが存在しない地域で、攻略部隊は猛威を振るう。
竜王の爪と呼ばれる
かつて彗星が落ちたとされ、その湖底は流水竜脈に続くとされる、彗星湖周辺。
塩の街へと続く人口の道を内包する、森林地帯であるダッカス街道一帯。
彗星湖より更に北に広がる大湿地帯、ロートル大湿地などは、不毛の地へと駆け足で進んでいく。
王たる役割を放棄した、『赤竜トルニトロイ』が治めるべきだった、険しい岸壁とその横腹をぶち抜く大洞窟……グラウ大洞窟も、その例に漏れなかった。
攻略部隊は、
〝始まりの街、エアリス〟他、凍結されていた擬似セーフティーエリアを破り、解放された各街に拠点を次々と設立。モンスター達を討伐した土地を耕して、農耕系アビリティを取得した者達が種を撒き、彼等はその地で作物を育て始めた。
しかし、節気は《
生放送による宣伝は効果てき面で、プレイヤー総数は攻略部隊の食料担当が、口にしたくない、と呻くほど。リアルさと泥臭さを謳って客寄せをしただけあって、イメージと違う、と言って去っていく者が予想よりも少なかったのも、その大幅な人口増加に一役買った。
それだけの人数が増えたとしても。攻略部隊が下した結論は、秋の間は、もうモンスター達を討伐せずとも全プレイヤーの腹を満たすことができる。春を迎え、そこから食料を蓄え、上手く運営することが出来れば、今後も問題は無いだろうということだった。
しかし同時に、これでは今年の冬だけは越せない、という結論も出ていたのだ。
そのため、攻略部隊は運営と交渉を開始。しかし、運営の返答は厳しいものだった。
運営が言うには、オーバー大樹海地帯を除く、ログノート大陸の全地上地図を埋め終わった時、第一回公式イベントを開催し、それのクリアを以て、ゲーム内の食糧問題に対する解決を用意するとした。
つまりは、さっさと地図を埋めて、イベントをクリアすれば、一冬の間だけ食料を恵んでやる、という返事だった。もしくは、討伐した数多のモンスターの素材を元手に、膨大な金銭を払い、教会に頭を下げ、冬の間の食料を融通してもらうという裏技もあるにはあった。
しかし、その方法では蓄えた金銭は全て運営に吸い上げられることとなり、各ギルドの大幅な弱体化に繋がることになる。当然、どの大型ギルドも、その道は最終手段だと首を横に振った。
すでに、【あんぐら】内においてゲームなのに、と言い出す者はほとんどなく、言い出す者はゲームを転売して去っていった。残った者達には意地があり、野望があり、そして何より強い反骨精神がある。
彼等は運営に屈することを嫌がり、全力でログノート大陸の地図を埋めることになる。将来のことを考え、農地を整備し、大規模な農園を作って自転車操業をしながら、ログノート大陸の隅々にまで、彼等は走った。
そう、一部の地域の地図を埋めるために、彼等は文字通りログノート大陸を駆け抜ける羽目になる。モンスターの力を借りず、彼等自身の足と力で。
地図士のマッピング機能は、アビリティ保持者の
もしもその制約が無ければ、地図の完成はもっと速かったことだろう。けれど、そこは何千人という規模でプレイヤーを抱える攻略部隊。足は多く、彼等は瞬く間にログノート大陸の地図を埋めていく。
しかし、そう簡単にはいかない地も多かった。
ログノート大陸――およそ、3百万平方キロメートルと測定されたその地には、人が普通に歩くことさえも許されない土地がある。
竜の大陸。
強力無比なモンスターが統治するフィールドでは、如何に大規模な群れと化した攻略部隊でさえも大手を振って歩けない。
そこに生息する大量のモンスターの肉を求めて狩りをしにきた彼等を大歓迎する王達に、燃やされ、凍らされ、切り刻まれた。高価な装備品や消耗品は次々とダメになり、ついにはその地に一歩でも踏み込めば命は無い、と言われるようになる。
生放送で内外からも一躍有名になり、忌み名も解放されて今や敵無しの、『砂竜ニブルヘイム』が治める、アルカリ洞窟群。
その見た目はまさに超古代魚ダンクルオステウスと名高い、『怪魚アローラ』が治める、タンザム急流水路とランタン淡水湖群。
陸鰐を主食とし、時に竜すら獲物にする、巨大なガルマニアカワウソ、『鰐喰いガルバン』が治める、希望沼地。
尾も含めて全長20メートル。巨体で樹海を音も無く飛び回り、気が付けば獲物の背後で口を開く、アーダーワオキツネザル、『美獣フローレンス』が治める、オーバー大樹海地帯。
彼等は人間の思い上がりと愚かさを笑い、数にものをいわせて討伐しようとした攻略組を、使役するモンスターごと圧倒した。
〝名前〟を持つ彼等は死しても一日で元の棲家に舞い戻る。しかし、攻略組はそれが理由で負けたのではない。人間は彼等に、
砂竜ニブルヘイムは、呼び寄せた死の国で人間達を出迎えた。氷の尾で全てを挽き肉にし、凍れる砂は数多の命を呑み込んで、黄金の竜はその勝利を高らかに吼えたという。
狛犬不在を狙い、リベンジに燃える赤竜トルニトロイを引き連れた『
見事な一撃でトルニトロイの心臓を氷の尾で貫いたニブルヘイムは、親の名を借りている内は、もう私には勝てないだろうと、二度目の敗北に散っていく赤の竜に言い渡した。
怪魚アローラは鮮烈だった。その鎧のような重たい頭は素早い遊泳に不向きと言われ、攻略部隊は初め、彼を欠片も問題視していなかった。
タンザム急流水路とランタン淡水湖群。それらは全てが繋がっていて、それゆえに広大だ。大小様々な淡水湖群を繋ぐ水路は、普段は何故、急流などと呼ばれているのか分からないほどの速度で、ゆったりと水が流れている。
だからこそ、攻略部隊は怪魚アローラを軽視していた。場所を把握しておきさえすれば、すぐには現場に急行できない。そう断じていた彼等がその脅威に気が付いた時、全てが手遅れだったのは言うまでもない。
何故、こんなにも緩やかな流れが、タンザム急流水路と呼ばれるのか。それは、怪魚アローラと共生関係にある、光属性の精霊達に起因する。
光属性――それは、継続と活発化を原理とする、6属性の1つ。それは〝流れ〟ているものにだけ作用する。
〝魔道士〟はこの原理を利用して、血液の……ひいては魔力の〝流れ〟に働きかけ、様々なバフ――身体向上スキルなどを操るが、怪魚アローラは〝流れる〟水を操っていた。
透明で緩やかな流れは、怪魚アローラと共に濁流となる。その茶色い奔流は巨体を隠し、攻略組は初め、突然の流れの変化に戸惑いながらも、これがタンザム
次の瞬間。全長、およそ15メートルにも及ぶ古代魚は、突如、濁流の中から水面を突き破った。水路から躍り出た怪魚アローラは、タンザム急流水路に沿って進むプレイヤー達の胴体を、一息に何十人も、一瞬で真っ二つにしてみせた。
タンザム急流水路とランタン淡水湖群に展開していた攻略部隊は、次々と壊滅。
その後、今度は地図を埋めるためだけに何度も死に戻りを繰り返しつつ、初期装備を着込んだ速度特化のプレイヤー達が、泣きながら散らばった装備品を回収しながら、その地を駆け抜ける羽目になった。
そんな、静かに淡々とプレイヤー達を仕留め続けた怪魚アローラとは対照的に、鰐喰いガルバンは狂乱の一言で表せられる。
陸鰐を仕留め、時に竜すら真正面から叩き伏せることもあるガルバンは、世界一巨大なカワウソと呼ばれる、ガルマニアカワウソを更に二回りほど巨大化したようなモンスターだった。
全長8メートル。サーベルタイガーのような特徴的な犬歯を打ち鳴らし、希望沼地の
他のモンスターがあくまでも撃退のためにプレイヤー達に牙を剥いたのとは違い、鰐喰いガルバンは獲物として人間達に牙を剥いた。
常に空腹に苛まれながらも、陸鰐の絶滅を防ぐために暴食を控えていたガルバンは、プレイヤーの腕を食い千切った時に気が付いたのだ。
こいつらを獲物にすれば、空腹に悩まされずにすむし、絶滅する心配もないんじゃないか? と。
通常、モンスター達がプレイヤーを獲物として狙わないのにはわけがある。
プレイヤーは体力が0になると同時に死に戻りするのだが、死に戻りした瞬間にその肉体は霧散し、光となって消えてしまう。
その場合、たとえモンスターがプレイヤーを丸呑みにし、その胃の中で死に戻りをしたとしても、モンスターの空腹値は回復しない。
そのため、モンスターは餌にもならない人間達を獲物として仕留めることを好まない。労力だけかかるため、モンスター達は基本的に報復とちょっかいと縄張りから追い出すため以外には人間を襲わないのだ。
しかし、ガルバンは気が付いた。プレイヤーの群れに突っ込んでいき、慌てふためく彼等の腕を一本、その牙でもぎ取った時に気が付いてしまった。
そのルールには抜け道があり、本体が死ぬ前にもぎ取った肉を胃に納めてしまえば、空腹は満たされるということを。
――なんだ、一撃で殺すからいけないんだな。
ガルバンはそう思い至り、そして獲物を人に定めた。
鰐喰いガルバン――その名称を改め、現在の呼び名は、『人喰いガルバン』。
希望沼地を拠点とし、日夜、攻略部隊に奇襲をかけ、神出鬼没の大災害とも言われるようになったモンスターだ。まさに藪蛇。彼による被害は、今後も長く続くだろう。
さて、ここで問題なのは、『人喰いガルバン』が治める希望沼地でもなく、『怪魚アローラ』が治めるタンザム急流水路とランタン淡水湖群でもなかった。
勿論、イベント解放条件からは除外とされた、『美獣フローレンス』が治めるオーバー大樹海地帯も、問題ではない。
そう、問題は――
「やあ、ニブルヘイム。最後に別れてから、2週間経ったかな?」
『1週間と少しでしょうね。でも、長かったような気もする――お久しぶりです、狛犬。今日は何の用でここに?』
「自分なら、此処、アルカリ洞窟群のマッピングも許されると聞いたものだから。直接、確認しに来たってわけだ。どこまで許されるのかをね」
そう。問題は――『砂竜ニブルヘイム』が治める、アルカリ洞窟群。
自分は砂地に仁王立ちしながら片目を瞑り、金色の竜をちらりと見上げてみせる。自分のすぐ後ろにはギリーが寄り添い、その背には橙とタマが。自分の首にはネブラが絡みつく。
いつもならその更に後ろに控えているはずの雪花とモルガナの姿は遠く、イベント終了までという期限付きのギルド――『ランナーズハイ』の皆さんと、今回の依頼を持ちかけて来た攻略組の皆さんと一緒に、手に汗握ってこちらを見ている。
『――気に食わない顔ぶれが見えますが、あれは私の幻覚ですかね?』
金色の瞳がぎょろりと蠢き、遠くで身構える攻略組の面子を静かに見る。そこには、『金獅子』に所属し、『赤竜トルニトロイ』を従えるセリアという名の男。
『
『名も無きギルド』から出張してきた、金髪の伊達男、ロメオという名の部隊長を務めるプレイヤー。
今や、フベさんが抜けて、三大王手とされる団体から、幹部クラスが1人ずつ。計3人のプレイヤーを睨みつけ、ニブルヘイムが低く、轟くような唸り声を上げ始める。
その声を聞き、3人は身を硬くするが、『ランナーズハイ』の師匠方は、ぴくりとも動かない。彼等は自分を信頼していて、ニブルヘイムの牙がこちらに向くなど、考えてもいないのだ。
「……いいや、幻覚じゃない。利害が一致したんだよ」
『……ほう?』
金色の竜は長い首を曲げ、自分に巨大な顔を寄せながら低く唸る。その鼻面を撫でながら、自分は小声で事の顛末を砂竜に語る。
「ちょっとね、面白いことになったんだよ――」
そう、攻略部隊にとって問題なのは、アルカリ洞窟群だけだった。他の土地はモンスターに襲われながらも、駆け抜けるだけで事は済んだ。けれど、そうはいかないのがこの洞窟だ。
アルカリ洞窟群は砂の中。道を切り開くには地極系モンスターの助けがいる上、たとえ、数に物をいわせて踏み込んでも、ここの王者はニブルヘイム。
まず、砂漠で大半のプレイヤーが仕留められ、もしも中に侵入することがあれば、砂竜の大号令の下に、精霊達が一斉に反応。プレイヤーごと洞窟を砂に変え、圧殺し、新たな洞窟を作り出して地図の完成を遠ざける。
こと、砂竜ニブルヘイムとアルカリ洞窟群は、地図の完成を目指すという目的においては、天敵ともいえる条件を兼ね備えている。
ニブルヘイムが認めない限り、アルカリ洞窟群は普段ならあり得ないサイクルで消滅と新生を繰り返し、その度に新たな地図が作り出された。
初めは運営に対し、地下空間の洞窟群――しかも、いつ形が変わるともしれない土地を地上地図の範囲に入れるのはおかしい、と抗議することで問題を解決しようとした攻略組だったが、それはうまくいかなかった。
運営は、アルカリ洞窟群は通常、早くて数年単位での変動がみられるだけの土地だった。そのサイクルが変動しているのは、あの地を治める砂竜ニブルヘイムの判断であり、そしてその判断を促したのはあなた達プレイヤーだ、と言って譲らなかった。
この世界では、過去に起こした行動が、全て今に反映される。運営はそう言い切り、アルカリ洞窟群が地上地図の完成に必要なことは、覆らないと言い渡した。
ここで初めて、攻略組は真実、頭の痛い問題に直面する。ここまで来れば、誰もがわかる。選ぶべき道はたった2つだ。
今年中の地上地図の完成を諦め、莫大な金銭を払い、教会に頭を下げて冬の間の食料を賄うか、それとも――、
『――私が唯一、友と認めたプレイヤー……〝狛犬〟に助けを求めるか』
ニブルヘイムはよく慣れた猫のように自分にすり寄り、自分はその頭を撫でながら、そのまま視線を向けるだけで硬直するチアノーゼや、苦い顔をするセリアの表情を楽しんだ。些細な嫌がらせをしながらも、ひそひそ話は続いていく。
「屈辱的だったろうけど、彼等は選んだよ」
攻略組は苦渋の決断を下した。交渉役は、それぞれの団体から1人ずつ。
まず、『
『名も無きギルド』からは、部隊長のロメオ。恐らくは、自分の性格を知るルーさんが選んだと思われる人だった。真っ直ぐでいて、イラつく要素がほとんどないプレイヤー。
『金獅子』からはセリアが選ばれた。これは、直接の謝罪も兼ねていたようだ。
ゲーム内のルール上、謝罪する必要が欠片も無いのは、向こうもこちらも百も承知。しかし、その上でセリアを出向かせ、謝らせたのは、それだけ今回の問題が攻略組にとって大きいからだ。
『教会に頭を下げるよりも、狛犬の方がましだと?』
「いいや、彼等は誰にだって頭は下げたくない。問題は金だ。教会から、ものすごい値段を吹っ掛けられたんだから」
どうしてそんなことを知っている? というニブルヘイムに、自分はよりいっそう、ひそめた声で教えてやった。自分が、何をしてみたのか。それが、どういう風に上手くいったか。いや実際は、偶然に依るものが大きかったが。
「彼等はね、最初は教会に頭を下げて、冬を越すつもりだった」
実際は、出来うる限り交渉し、その金額を抑えることが出来れば、そっちの道を選びたかったというのが本音だろう。
しかし、それは叶わない。何故なら、この2週間の間で、神官長は自分とマブダチになっていたからだ。
『……何をしたんです?』
「ネブラと橙と、毎日遊んでもらったんだ。神官長、あれでアビリティレベルも高くてね。ステータスもかなりのもので。模擬戦の後にお茶をしながらドラゴン談義ともふもふタイムがつくとくれば……」
イチコロなのは、言うまでもないだろう……というのは冗談だ。神官長は、流石にそんな間抜けでは無かった。
『でしょうね。彼は多分、そんな方法には見向きもしない』
「うん、失礼だったのは認める。ちゃんと謝った。それに、考えることは同じで、攻略組の方からも、神官長と関わりを持とうとしてる人達がいたみたい。けれど、神官長は昨日、こう言ったんだ」
神官長は戦闘面でも強かったが、随分と頭も良かった。打算で始めた交流だったが、自分がいつしか目的のためではなく、ただ神官長と模擬戦をしてお茶をするためだけに通い始めて2週間目になって、さらりと彼はこう言ったのだ。
――攻略組は、ニブルヘイムの友を頼るでしょう、と。
自分はその時、作戦は失敗ということで、そんなことはすっかり諦め、忘れていた。
作戦としては、こんな作戦だった。
神官長を子竜で篭絡し、教会が提示する金額を無理難題という額にしてもらえば、攻略組は自分に頼るようになるだろうと。その上で攻略組が教会に払うはずだった金の、いくらかを自分が掠めとろうという企みだった。
けれど、その目的の下に通い出して3日目くらいで、自分は神官長が賄賂に屈しないタイプの人間であることに気が付いた。というより、遠まわしに神官長から、私はそんなことはしない、と言われたのだ。
ならまあ、仕方が無い。ダメ元の作戦だったし、と自分はすぐに諦めた。けれど、神官長との模擬戦はためになるし、シスター達が用意してくれるお茶とお菓子は美味しかった。
何より、シスター達は子竜連れの自分にものすごく優しくて、その上、子竜とセットでモテモテだった。通い始めて1週間くらいで、何故かシスター達との「また明日ね」のハグが義務化していた。
指名手配犯のくせに、教会通いは日々の癒しになっていたのだ。
強者との戦闘。美味しいお茶とお菓子。可愛いシスター達の微笑みと柔らかいハグ。これで通わない奴はいないと思……思いたい。
まあその話は横に置き、訓練の合間に休憩時間を貰い、自分は日課のように神官長と模擬戦をし、お茶をした。けれど、その過程でネブラと橙が彼に懐き、触れるようになったのは自分の差し金ではない。
「命令したって、ネブラも橙も他人には触らせない。けど、認めた人間なら話は別だ」
ネブラと橙は、神官長を認めたのだ。何故なら、自分が一度も神官長に勝てなかったから。
親が敬意を払う人間を、ネブラと橙は認め、懐いた。彼は念願かなって子竜を思う存分もふることが出来たようだが、それは彼自身の強さの結果だ。
『なるほど。諦めてからのほうが、上手くいったんですね。それで、攻略組は、あなたに頼らざるを得なかった。いくらかふっかけた上で、謝らせたと?』
「そう。フベさんからの寄付金分くらいは、貰ったって罰は当たらないだろうってね。ついでに、指名手配の解除金も出してもらった!」
最後だけ声高らかに。誰にも聞こえるようにそう言えば、金色の竜が目を細め、尾が鋭く振るわれる。砂を巻き上げ、砂竜ニブルヘイムは自分の差し出した腕に鼻面をすり寄せた。自分はそのまま背後を振り返り、沈黙を貫いている彼等に問う。
「なあそうだろ!
このままじゃ冬を越せないんだから――。
ニブルヘイムの頭を抱えながらそう囁けば、チアノーゼさんは悔しそうに唇を引き結び、セリアは何とも言えない表情で唸っている。唯一、ロメオだけは大きく頷き、手を振りながら返事をした。
「その通りです狛犬殿! こんな時に掠め取った金に糸目なんてつけていられません。その代り、金額分の仕事はしていただきたい!」
悪い顔で竜をけしかけるのも、十分楽しんだでしょう! と叫ぶロメオに、自分は笑いながら叫び返す。
「ああ、すごく楽しかったよ! ロメオさんは正直でいいな。さあ、砂竜ニブルヘイム。頼むよ。嫌なのはわかってる。勿論、ルール違反は噛み殺して良い。けれどちょっとだけ――あなたの王国に立ち入らせて」
竜の額と自分の額をくっつけてから、すぐに離す。そうしてから金色の瞳を覗き込めば、鋼鉄のような鋭さは鳴りを潜め、柔らかく煮溶かしたバターのような色合いが自分の目を見つめ返す。
『――私があなたの頼みを断るはずがない』
とろけるような柔らかな声が、その喉から滑り出る。その声を聞き、今回の依頼が成功するか、半信半疑だったチアノーゼが目を見開いたのが、竜の瞳に映る景色からもよくわかった。自分はそれを眺めながらも、出来心からふと思いつきを口にする。
「それは、この地を捨てて、一緒に着いて来てと言ったとしても?」
『言うんですか?』
「言うわけないだろ。お前は此処の王なんだから」
会いたかったら、自分で出向くよ。そう言い切れば、ニブルヘイムは喉の奥で笑って言う。
『だからこそ、あなたは私の友足り得る。さあ、あなたの助けになりたい者は他にもいる。彼等が道案内をするだろう。隅々まで、その足で踏みしめるが良い!』
――だが広いぞ、アルカリ洞窟群は!
ニブルヘイムがそう叫び、その叫びに呼応して、砂中への道が開かれる。その数は、ちょうど10。人数分の道が開かれ、その入り口にはすっかり見慣れた色の獣が座っている。
「ドルーウ……!」
かつて、その依頼を受けて砂竜モドキを倒し、友好を結んだモンスター達がそこにいた。彼等は皆、嬉しそうに尾を振って、自分達を歓迎する。一際大きな長が歩み出て、威厳ある仕草で頭を下げた。
『我らが案内を務めよう。今日一日で、アルカリ洞窟群の全てを案内する』
「……ありがとう。感謝する」
長はにやりと唇をめくり上げて笑い、群れのドルーウに指示を飛ばす。自分も視線で促せば、遠くで見守っていた人達もめいめいに動き出し、恐々しながらもそれぞれのドルーウに着いていった。
最後に残った穴を前に、ずっと良い子にしていたタマがくるりとギリーの背の上で首を傾げ、こう言った。
「にゃーにゃ? ボスは今回、悪役にゃ? それとも正義の味方なのにゃ?」
「さあ、どっちだろうね。難しい話だ。でもタマ、これでタマが好きな宝石、1つなら買ってあげられるよ」
「ホント!? なら、ボスが大正義にゃ!」
「今日のところはね。でもいつ負けるかは分からない」
慢心は敵。自分自身が最大の敵。そう自分に言い聞かせながら、自分は誘導してくれる長の後を追う。
今日でマッピングは終わらせる。そうなれば、第一回公式イベントの解放条件が達成される。地図のデータも手に入り、指名手配も解除され、これで大手を振って次の冒険へと進めるようになる。
勿論、未だに『
そう。まだまだ足りない。まだまだ道は果てしない。夢が決まった自分には、立ち止る未来など見えはしない。神官長にもまだ勝てていないし、単独で竜を倒すほどの力は無い。けれど、着実に、少しずつ進んでいる。
地上で侵入者を見張る作業に戻るニブルヘイムに片手を上げて、
「さあ、行こう」
歌うように、自分は言った。
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