第百十三話1:頭痛の種(side:結果)

 


第百十三話1:頭痛の種(side:結果)




「よし、全員、再ログインは済んだな。では、0時の強制終了まで、ここで特訓だ」


 竜脈の中の、珍しい天然の固定セーフティーエリアにて、ノアさんはログアウトのために地面に置いていた荷物を拾い上げながら、全員にそう声をかけた。


 現在時刻は現実時間で夜の9時半ごろ。初の正規サービス1日目も、残すところあと数時間となっていた。


 初日だけ変則ではあるが、ホール自体の強制終了時刻である0時に合わせ、【Under Ground Online】も凍結メンテナンスに入る。


 時流の変更により、明日からは現実時間で朝の6時からログインが可能で、現実時間午前6時は、ゲーム内時間、午前0時として日々が巡ることになる。


 時流は新たに追加された1.3倍速パタニウム。正確には、調整小数点切り捨てで、1.3倍と呼ばれている、複雑な計算式だ。


 日本国内で接続されている〝ホール〟は、全て例外なく午前0時から午前6時までの間、強制的に電源が入らなくなり、そもそも利用自体が不可能となる。


 この決まりは〝ホール〟発売当初は無かった決まりだったが、夜中までVRを利用することの健康被害や、無理な〝ホール〟利用による119番通報。その他、VR強盗などという、夜中にログイン中の家屋を狙い、空き巣に入るという犯罪が流行はやったことにより、VR法によって1年と少し前から決められたルールだ。


 そのため、【あんぐら】はログイン可能時間18時間に対し、ゲーム内時間24時間を合わせるため計算式を提案。その結果が1.3倍速。

 現実世界とゲーム世界の一日をシンクロさせる、という、当初のVRゲームからすれば、独自の路線を打ち出したのだ。


 シンクロさせるということは、これまで存在した3倍の時流に基づく、肉体の設定も変わったということで、ブランカさん曰く、今回のパッチにて、この世界の彷徨さまよい人の身体は、1日に1時間睡眠で活動できるという苦しい一文が添えられていたという。


 さて、意識を目の前に戻せば、ストレッチをしながら一時限目、魔術の先生である木馬先生がにっこり微笑みながら指先を立てる。

 途端に身構えた自分と雪花に、先生は声だけは優しそうに問題を出した。


「さあ、休憩は終わりだ。ここで問題。――新パッチ697で追加された、魔法系スキルのための出現座標設定Bの内容を述べよ」


「……」


「……」


 質問内容を集中して聞き取り、思ったのは単純に何それ、だった。雪花も同じ意見なようで、思い切り顔に出ていたのか、先生の笑みがいっそう深くなる。あ、これはおこの顔だと気が付いた時にはもう遅い。


 すぅ、と息を深く吸う先生に、自分も雪花も首を縮めて身構える。次の瞬間、特大の怒声が竜脈の中に響き渡った。


「――君達、特に狛犬! ランカーになりたいならパッチのチェック、それも自分のメインアビリティについての追加、修正、変更の確認は必ずすること! 空き時間があったらすぐにだ! 魔術ぶっぱなしながら頭に叩き込む! ブランカ、答えは!」


「はいはい。出現座標設定B:視線による補助と収束なし。手のひら、もしくは指先から放出された魔力の位置を元に、魔法陣が出現する。利点は、視線による魔術火線バレを防げること。複数位置に魔法陣を設置することが可能になったことで、より変則的なスキル発動を可能にしていること。デメリットは精度が落ちることね。狙い撃ちには不向き。不意打ち、上級戦闘向きの出現座標設定よ」


「完璧。よし、覚えたね? というか、覚えろ。では、とりあえず今日のところは魔術訓練その1が課題だ。君達がログアウト中にこっちでカリキュラム組んだから。この課題の達成状況によって、また細かく授業内容は組みなおす」


「は、はい先生!」


「……うぃーっす」


 姿勢を正す自分と、やる気ない返事をしながらも背筋を伸ばす雪花に頷き、先生はまたも笑顔でこう仰った。


「課題その1。出現座標設定AとBを能動的に使い分け、出現座標設定口頭切り替え用アクティブスキル【変換コード】を習得すること。習得条件は1魔術毎にAとBを切り替えつつ、50発以上のスキル発動。ただし、これは戦闘時に限る」


「「……え゛」」


「戦闘時に限る。つまり、モンスターか人に50発当てること。A、B交互に。わかるね? 後、に習得済み魔術の熟練度を全部100にする。まあ、これは空き時間でも出来るから今日中なら何でもいいけど……さあ、魔力回復用の食料と水を持って! すぐに行くよ!」


「「ええ!?」」


「何、まだまだ序盤だ! さくさく行くぞ!」


 拳を振り上げ、先生はリュックをがっと掴んで歩き出す。自分達も用意しろと言われていたから準備はできていたが、慌ててめいめいの袋を持って先生の後を追い走り出した。


 、で習得済みの全魔術の熟練度100とか、座標を切り替えながらの、恐らくは連続戦闘が当たり前というような口ぶりだとか、色々と言いたいことはあったがとりあえずは――、


「……ボスの性格に実力が伴ったら不味い気がする。いや、絶対に不味い。どうなるか先が怖――」


「やったな雪花! すっごく強くなれそう! なんだよ? 暗い顔して」


「――良かったっスね!! いやぁ、もうどうにでもなれって気分になっちゃって!」


「ああ、修行厳しそうだもんね? 大丈夫。これをこなせば確実にステップアップできるから」


「そーいうことじゃないんだけどね?」


 雪花の背中を叩いて励ましながら、先生の背中を追って勢いよく走り出す。


 上へ行ける。階段を示してくれる人がいる。もっと――もっと、もっと!




「強くなれる!」




 浮かれきった気分だった――まだ、この時までは。




































 木馬が狛犬と雪花だけを連れ、竜の子2匹やギリー、モルガナ、ニブルヘイム達を置いてセーフティーエリアとなっている大空洞から出発した直後。


 その場に残ったノアとブランカは、へとへとになって帰ってくるであろう狛犬達のために、簡単な食事を作りながら野営のための準備をしていた。


 機嫌良さげに橙と寄り添って眠るネブラと、それを包むように身を寄せるギリーを横目に見つつ、スープを煮込みながらブランカは今回のパッチで追加、変更、修正された一覧を難しい顔で睨んでいる。


 基本、人間は嫌いと言うニブルヘイムは我が子を眺めながらただ座っていて、時折、同じように置いていかれた陸鮫とぽつりぽつりと話をしていた。


 ノアの方は各人のリュックや持ち物を綺麗にまとめ、布製のシートを広げたりした後に、持参したクッションに座って自身の管理する掲示板を眺めている。


 VR初の生放送はさきほどになってようやく終わりを迎えたが、VR内のスレッドでは、まだ誰もがサービス初日に起こった大事件の熱に浮かれている状態だ。


 ノアの管理する掲示板。『全力で今後を憂うスレ』も例外ではなく、予想外の顛末にやんややんやと喜んでいるお祭り大好きなテストプレイヤー達が、スクリーンショットを貼ったり、狛犬やセリア、ブランカ達のアビリティ考察をしたり、誰も知らないような小話を披露したりで、大いに盛り上がっていた。


 ノアは自分達が竜脈に逃げ込んでからの流れを、自身の掲示板から拾い上げていく。残されたレベックとデラッジによる、休戦と共闘。レベックと炎の精霊王のやり取りを読み、こめかみを押さえたノアは、その顛末を知って更にぐりぐりと眉間の間を指で揉みこむ。


「ブランカ」


「なぁにー?」


「器をもう一つ出しておいてくれ」


 スープを大きな木のスプーンでかき混ぜるブランカに、ノアは疲れた声でそう言ってから、流れを話す。一部始終をざっくりと聞いたブランカは、ちょっとだけスープをかき混ぜる手を止めて、天気の話でもするようにこう言った。


「器は問題ないけど、ノアったらあの馬鹿と今日、合流する気だったのね。だったら、迎えに行かないといけないわよ」


「……その心は?」


 今日、合流するならば、と言うブランカに、ノアは悟ったような顔で返した。対するブランカも、真顔ではっきりと断言する。


「パッチ697、〝地図士〟のアクティブスキル【目標捕捉ホーミング】の効果が修正されたから、あの方向音痴コンビじゃ今日中に合流するのは無理よ」


目標捕捉ホーミング】――直接、対象の姿を見たことがあり、なおかつ名前を知っている対象の現在位置を表示するスキル。


 実装当初は対物、対人、両方に使える万能スキルだったが、今回のパッチであえなく修正。対人機能が消去され、対物のみのスキルとなったのだ。


 道が無かったから現場の真下には辿り着けなかったレベックだが、実を言えば、このスキルがあったからこそ、レベックは現場の近くまで辿り着けたのだとブランカは言う。


 逆に、このスキルがなければ、方向音痴であるレベックは、てんで見当違いの場所に行ってしまっていただろうとも。


「デラッジもか……」


「そうよ、だからほら、デラッジったら随分と到着が遅かったじゃない? きっと迷ったんでしょうね。塩の街、ダッカスから平原に出るまでは小さいけど森林があるし」


 重々しく頷くブランカに、ノアは頭を抱えて深い溜息。ついにメッセージ機能さえもほぼ凍結された今、彼等と連絡を取る方法は限られている。


「掲示板を見るほど気が利くだろうか?」


「五分五分よね。掲示板で呼びかけながら探しに行くのがベストかなと。行くの?」


「レベックだけなら放っておいたが、デラッジは死に戻り先で世界警察ヴァルカンに拘束されかねない。ちょうどいい戦力だし、取り込んでおこうと思う」


「んんー……確かに。〝家出〟宣言は放送済みなら、世界警察ヴァルカンも黙っちゃいない……かな? そこらへんは、本人に聞かないとなんとも……」


「さきほど、地上の情報収集は〝轟き〟と〝ブラウニー〟にメッセージで頼んだ。どちらもエアリス内にいたようだが、戦闘に秀でた轟きがダッカスに向かってくれている。到着したらまたメッセージをくれる予定だ」


 行動の早いノアに舌を巻きつつ、ブランカは小さく指を鳴らす。スープの鍋に蓋をして、ギリー君、見張りお願いね? と言いながら、ブランカはウエストポーチをしめなおして立ち上がった。


「じゃ、本人からと客観的情報を元に〝どれぐらい世界警察ヴァルカンに注意を割くか〟を決めましょう。他にも、〝チアノーゼ〟、〝白虎〟……警戒対象が多いわね。竜脈を移動するか、地上を行くかも微妙なところ……」


「狛犬のがなければ地上に出るんだがな。道案内がある間は、地下のほうが安全だろう」


 ノアはそう言いながら視線をギリーの背の上に向ける。子竜達に寄り添う巨大なドルーウ。伏せるその背に座り込み、杖を抱えてぼーっとしているぶち猫を見て、ノアもまた、出発の準備をしてリュックを背負う。


 ニブルヘイムは視線だけでそれを確認し、すぐにまた陸鮫との会話に戻った。ギリーだけが顔を上げ、靴ひもを結びなおす2人に声をかける。


『お気をつけて』


「ありがと、ギリー君。お留守番お願いね」


「見つけたらすぐに戻ってくる。木馬達が先に戻ったらそう伝えてくれ」


『承知した』


 ノアとブランカは肩を回し、溜息を吐きながらに出発した。




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