【臨時アナウンス開示】






【アビリティ派生反応確認――――エディカルサーバシステム稼働】


【データ参照――meltoaドラゴン関係】


【記録:精霊8番〝メルトア〟が担当――処理を開始】


categoryカテゴリー――派生アビリティ】


【習得条件達成――習得条件は全て秘匿されます】


【アビリティ特典――ステータス反映】


【スキル一覧――反映】


designデザイン――プレイヤーの因子を確認:深紅】


【当該プレイヤー担当精霊〝ルーシィ〟による報告参照――性質:戦闘民族――――戦闘民族?】


【……データ参照:スキル内容をシフト】


【環境確認――短期間での死亡数多数――解放条件達成】


【ニブルヘイムの忌み名を解放――特殊スキル追加】


【全作成データ――――〝コンバート〟】


【適応システム初始動――これより、全プレイヤーにアナウンス準備を開始】






releaseリリース】――【Under Ground Online】



【Episode. 104――〝騎竜士メルトア〟『type〝魔術師〟』】






【担当は〝meltoaメルトア〟】


【こちら〝エディカルサーバシステム〟――それではいつものキャッチコピー】






【――――〝不可能を可能に〟】





































 遠くに彗星湖を望むことが出来る竜爪草原のど真ん中。その上空は戦場となっていたが、地上には台風の目のように、一瞬の凪の時間が訪れていた。


 戦火の痕跡を残す地上では、草原の一部は焼け焦げ、穴が開き、一部は水没した上に、更に少し離れた場所では巨大な竜がのたうち回ったことで窪地まで出来ている。

 窪地には所々に竜の血が散っていて、その力に満ち過ぎた液体を浴びた草は、一様に枯れ果ててしまっていた。


 枯草を踏みしめて、ドルーウとユニコーンは地上に立っている。遠くから聞こえる軍靴ぐんかの音を聞きながらも、ドルーウは微動だにせず、じっと空を見上げていた。


 隣でドルーウを見るユニコーンの目には疑問と、理解出来ないものを見る時の色があった。


『ドルーウよ』


『ギリーだ』


『……何故、すぐに薬になると言ってやらなかった?』


 自身の主を至上とするならば、その望みを一番よくわかっていたはずのお前は、何故すぐにそうだと教えてやらなかったのかとモルガナは問う。


『……あれは薬ではない。薬とするには無駄遣いが過ぎる』


『らしくない、幼稚なことを言うものだ。純晶石が薬かそうでないかなど――』


 どんな結果をもたらすのかだけで十分だろう、とモルガナはギリーの苦しい言いわけを切り捨てた。らしくない、と言いながら、その濃紺の瞳がリカオンに似る巨体を映す。


『アレをニブルヘイムに使ってほしくはなかったのか?』


『……違う』


 ギリーはじっと上空を見つめている。いや、彼は空を見ているわけではない。星を見ているのでも、月を見ているのでもなかった。彼は、


『では何故、そんな辛そうな目で追うのだ』


 彼は、自身の主人を見ていた。


 竜に乗り、空を駆け、そして今まさに更なる才能を開花させた主人を見ていたのだ。彼は、憂いを多分に含む目でそれを見上げ続けていた。


『……この感情を、何と呼べばいいのかわからない』


 ギリーには翼が無い。ギリーは主人を、主人が望む戦場へ連れてはいけない。けれど、ニブルヘイムは違う。


 砂竜ニブルヘイムはギリーよりもずっと強くて、空も飛べる。


 ギリーにはわかっていた。主が何を望んでいるのかも。純晶石のことを教えれば、それが如何に無駄で、意味の無い、くだらない使い方だとこの世の誰が言おうとも、ニブルヘイムのためにそれを惜しむことがないことも。


 ギリーは全部、わかっていた。


『わかっていたけども、すぐには言いたくないと思ったのだ』


 言えば、主は迷わない。ああいう性格で、ああいう人だ。きっと自分の言葉を最後まで聞くことも無く、それを手にして駆けていくことはわかっていた。


 もし、主がこれを惜しまないなら?


 笑える話だ。そんなことは、あり得ないのだから。


『わかってはいたのだ』


『……それが気に入らなかったと? あの竜のために惜しまないことが』


『いいや、違う』


 ニブルヘイムのためにアレを砕くことを、ギリーは何とも思っていない。いやむしろ、誇らしげにすら思っている。


『だからこそ、主を選んだのだから』


 そういう人間だと信じられたから。そういう人だからここまで着いてきた。信頼を寄せてきた。このたびの主の決断は、ギリーにとって誇らしいものでこそあれど、気に入らないなどという思いは欠片でさえ抱いていない。


『では何が気に入らない』


 今度は面倒なものを見る目で、モルガナは視線をギリーから上空の竜に、それに跨る人間に移す。金色こんじきの矢と化したそれが、地上を振り返ることは無い。


『気に入らないのではない。何か、よくわからないのだ。あそこにいるのが、主を乗せて敵を倒すのが私ではないことが、なんとも……いや、よく、わからない』


『――――』


 モルガナはそれを聞いて、視線をギリーに戻した。すぐにまた夜空を駆け上がっていく竜に視線を戻し、低い声で笑う。



『人は……それを〝嫉妬〟と呼ぶのだ』


『……』


 ギリーはモルガナの言葉に少しだけ驚いて、それから小さくうなだれた。


『どうした? 知りたくなかったか?』


 うなだれたギリーに、モルガナは軽く言う。もしや、そんな暗い感情を知りたくはなかったかと。


『――いいや』


 うつむき、肩を震わせて、彼は小さく笑っていた。


『嬉しい――また、主に〝初めて〟を貰った』


 知るはずのなかった感情を貰ったと。ギリーは小さく笑いながら、今度は晴れ晴れとした表情で空を駆ける竜を見る。


『悔しい、羨ましい――そうか。これが、嫉妬というものか』


『あまりよい感情ではない』


『いいや、私はそうは思わない! 主に様々な感情を教えてもらったが、どれも悪いものでは無かった!』


 そう豪語するギリーに、モルガナは黙りこんだ。尾を振りながら上空の主を追い、数歩前に出るギリーを後ろから見つめながら、紺色の瞳はうれいに曇る。




『――いつか、そうは思わない時が来るのだ』




 モルガナは小さくいなないて、寂しげに目を細める。




『いつか――こんなことなら、知りたくなかったと思う時が来る』




 その言葉は誰に聞かれることも無く。若いギリーの耳に入ることも無く。風に吹かれて、枯草と共に散っていった。



































 竜爪草原の上空では、未だ白煙が世界を埋め尽くしていた。入手が難しい高位魔法がこめられた晶石同士がぶつかり合ってできた空間の中では、赤い竜と世界警察ヴァルカン所属のセリアとドラエフ――彼等とブランカが熾烈な逃亡戦を繰り広げていた。


 一方的に多い敵と対峙するブランカは、この厳しい状況に顔を歪め、ぶつぶつと不平不満を掲示板に書き散らしながら、白煙の中で逃亡を続けている。


「――【隠蔽ハイドラ】!」


 〝隠遁士ハイドラ〟有する隠蔽いんぺいスキルと、竜が持つ看破かんぱスキルとのいたちごっこ。


 白煙の中で繰り広げられる逃げ隠れは、ブランカに不利だった。人数も違ければ、外の状況もよく把握できない。白煙から出て炎で狙い撃ちされるのを警戒し、ブランカは煙の中から出られないから、余計に閉鎖された空間で追い込まれている。


 しかし、この煙幕はブランカにとって、逃げのかなめだ。これがなければ、この鬼ごっこは開始5分で蹴りがついていただろう。


 隠れるのに必要な煙玉の数だけ繰り返せる作戦とは言え、有限のものはいつかなくなる。今もまた、隠れたそばから竜の息吹が煙を吹き飛ばし、途端にきらめく星と夜空という背景があらわになった。


『【洞観ブラーム】! 見つけたぞ、小娘ぇ!!』


「チッ、うるさいわよ赤トカゲ!」


 背景に浮かぶ赤。夜空に同化しない色の鱗をざわめかせ、トルニトロイが息を吸い、何者をも焼き尽くす炎を吐き出すためにめいっぱいに胸郭きょうかくを膨らませるが、ブランカだってそれを大人しく見ているわけじゃない。


「ごめんなさいね、まだあるのよこれ!」


 トルニトロイにタイミングを合わせ、横合いからブランカを挟み撃ちにしようと現れたセリアとドラエフの顔面を狙い、うっすらと白く曇る水晶が投げつけられる。【白煙スモーク】のスキルがこめられたその晶石は、見事、彼らの鼻先で炸裂。


 再び夜空を白煙で埋め尽くし、またもや目標物を見失った怒りにでたらめに炎を振り回そうとするトルニトロイに、味方に被害が出るから無茶苦茶やるな、というセリアの叱責が飛ぶ。


「【隠蔽ハイドラ】! 【書き込み】――『ネブラちゃん本当に良い子。もふもふ幸せ。ていうか、何度も言うけど戦闘要員が遅い! 2対1(ドラゴン付き)鬼ごっこは辛い!』」


 状況を見て大人しくグリフォンにしがみついてくれているネブラを褒めながら、ブランカはもう何度目になるかわからない愚痴を書き込んだ。

 ブランカは、逃げ隠れと詐欺にだけは秀でているが、戦闘力的には正直そこまで高くはない。


 ブランカの十八番おはこは、戦闘前に相手をノックダウンさせることだ。情報を得て、メタを張り、完璧な罠を作り上げ、戦わずして勝つことを最も得意としている。


 だからこそ、こうして高レベルのプレイヤーやモンスター相手に戦闘が始まってしまうと、もうブランカには逃げるしか道がない。


 反撃しても勝てる力は無いのだ。真っ向勝負で勝てる力を望まなかったからこそ、情報戦の女王というかんむりをもらったのだから。


 今のブランカに出来ることは、敵の注意をニブルヘイムからそらし、時間を稼ぐこと。


 そのために繰り返されるだろう展開のために、再びポーチから晶石を掴んだブランカは、あることに気がついて青ざめる。


「ッ! なんかヤバい――!」



 獲物を捉えられない怒りにずっとわめき続けていたトルニトロイの声が、止んでいた。



 あれだけ喚いていた竜が黙ったことに、ブランカは危機的状況を察して焦る。白煙は散っていない。【隠蔽ハイドラ】の効果も解けていないはず。


 けれど、言いしれない悪寒がブランカの背筋を走り抜け、自身の乗るグリフォンに彼女は叫んだ。


「急上昇!」


 主人の声に反応し、グリフォンはその翼を動かして即座に上昇。直後、ブランカとグリフォンがいた場所の白煙が、ごっそりと吹き飛ばされた。


 姿は見えない。何も見えない。けれど、血生臭い鼻息がブランカの白い髪を真下から吹き上げた。


 鋭い牙と、青い瞳。


 ブランカの眼下、白煙の中、不自然にそれだけが浮かび上がる。ずらりと並んだそれの奥歯まで見通せることに、ブランカの顔は血の気を失い引きつった。


 奥歯まで見える――それは、その大顎が大きく開かれていなければあり得ないことで――。


「――――」


 咄嗟にスキルを発動しようとした喉が凍り付く。間近に、直接その青い目に見入られて、不自然に身体が動かないことを自覚しながら。ブランカは不名誉にも、声にならない悲鳴を上げる。


 牙の隙間からは火線と火の粉がこぼれ、押さえきれない熱が弾けている。その様子は、さながら静かな夜に似つかわしくない太陽のようだった。


 ――またたき一つ後には、灼熱の太陽にかれ、燃え尽きるだろう未来が見える。



 出ない声、上がらない悲鳴。



 このまま、映像を見ている誰にも知られることなく、失うものばかりのまま、叩いた大口のツケを払わされることを覚悟したブランカは、次の瞬間、今度は純粋な驚きに動きを止めた。


「――」


 トルニトロイの羽ばたきで月と夜空が舞い戻り、世界は澄み切った秋の夜を取り戻す。ゆっくりと忍び寄る雲が、星々の一部を隠し始める中。



 それは、地上から矢のように放たれた。



 黄金。富の象徴、すなわち、時の権力――力そのものの象徴とも言える色を全身に纏い、それは流れ星のように夜空を裂いた。


 巨大な身体には、美しい装身具。金に縁取られた深紅の鎧がその頭を覆い、続く首にも同様の鎧が続き、それは巨大な胸鎧メール・メイルへと連結。


 鎧は頭と首と胸を覆い、そこからはまた別の人工物がその背に繋げられている。巨大且つ、王侯貴族が座るような装飾がなされた鞍が、いつの間にかその背に取り付けられていた。


 座席から零れ落ちる深紅のベルベット。繊細な飾り彫りがその美しい深紅を際立たせ、そこに座る存在は堂々たる態度で手綱を振るう。


 驚きにそれを見るブランカの態度に、隠し切れないその威圧感に、トルニトロイが振り返った。

 青い目には苛立ちと嘲笑。地上へ叩き落したはずの同種と、その背にまたがるちっぽけな人間に、赤竜トルニトロイが肺腑を震わす声で吼える。



『――いーい度胸だ! 氷混じりの紛い物風情がァ!』



 氷混じりと罵倒されたニブルヘイムは無言。しかし、その翼は一段と強く打ち振られ、風を掴み、更に加速を重ねていく。

 無言で翼を振るうニブルヘイム。その背にいる小さな人間は、美しい赤革の手綱を引きながら唇を緩やかに動かし始める。


 それは、生放送を見ている者の身にも、地上でそれを見上げる者にも、不自然なほどはっきりと聞き取れる〝詠唱〟だった。



「――〝此処は死の国 砂と氷だけがある〟」



 その言葉を肯定するように、月が黒雲くろくもに隠れていく。氷と水を孕んだ雲が、月も星も夜空さえも覆い尽くし、世界は暗闇に閉ざされていく。



「――〝此処は死の国 どんな希望も吹き消される〟」



 目を閉じたまま、その人間は世界に宣言する。



 ――此処は死の国。砂と氷に支配された、希望無き世界だと。



 幻精霊たちはその呼びかけに応え、その人間が言う通りに世界を緩やかに変えていく。希望無き世界に。砂と氷に支配された国に。



 だってそう言っているのだから。



「――〝此処は死の国 誰の下にも明日あすは来ない〟」



 黒雲こくうんが迫る。空は黒一色に覆われて、夜を死に染めていく。星は隠れた。月も半分。空には雪片が舞い、死が満ちている世界を誰にもわかるように示していく。


 此処では命が失われた。モンスター達の命を奪った痕跡が、そこかしこに残っている。血の痕、涙の痕、慟哭どうこくの声、月が隠れていく世界で、生き残ったモンスターがそれを叫ぶ。


『そうだ、此処では命が失われた――』と。


 肯定を重ね、それは本来の規模を超えていく。世界がそれを肯定しているから。此処では本当に・・・死の国と言えるようなことがあったから。


 精霊達は、その願いを聞き入れる。


 世界が変わっていく。草原は氷原に、空には雪が舞い、草木は枯れ果てて灰となっていく。梢が腐り、地に落ちた。けれど、それに憤慨するはずの存在は、すでに存在しないのだ。


 森の中に、今や命はどこにもない。ならば、それを育み、それに育まれていた森だって朽ちるだろう。命とは、そういうものであるのだから。


 その運命が早まったところで、今やそれに涙する存在もない。


 精霊達は、その凶行を認めていた。だって、



 誰もがそう言っているのだから。




「――〝此処は死の国 命ある者は断罪される〟!」



 そうだ、と。どこからか詠唱を重ねるごとに地上からも空からも、怨嗟えんさの声が上がってくる。映像を見ている者も、その現場を目撃している者も、誰もがその声に身震いする。先の陸鮫りくざめの時には無い気迫と、真に迫った悲しみが、誰の心も打ち据えていく。


 いないはずのモンスターの声が、死した彼等の声が世界に響いている中。一頭の竜が、炎を纏いながら氷雪を溶かし、冷たい空気を焦がしながら咆哮ほうこうする。


『俺は太陽! 俺は灼熱の星の息子! 俺は生命いのちの象徴だ! この程度の暗闇ごときで、混じりもんが勝てると思ってんじゃねぇだろうな――!』


 暗い死の世界に、異質な存在。赤に輝く赤竜トルニトロイは、炎の化身のようにその言葉を否定する。自身をもって太陽にたとえ、暗闇に包まれる死の世界を拒絶する。


『〝燃えろ 赤の星の息子が命じる――〟!』


 舞い落ちる雪を鬱陶しそうに振り払い、赤竜トルニトロイも、突っ込んで来る金の矢を迎え撃とうと大口を開けながら詠唱する。炎竜王、カリブンクルス――実の父親の名を借りて世界を変える大魔術、再び収束する火線と光。極大の炎がその口腔を満たしていくが、そこに飛び込まんとする砂の竜は、わずかでさえも怯まない。



「〝此処は死の国 命ある者に死をもたらす〟!」



 背に乗る人間の詠唱が、迷いなく戦端を開いていく。死の国にて、あるはずのない太陽をとすために。狛犬と赤の竜は、高らかにその名を吼えた。




「【凍れる世界ニブルヘイム】! 叩き落せ!」



『【燃える赤の星カリブンクルス】! 焼け死んじまえ!』




 両者共に、その名と共に大魔術は成れり。



 死の国にて――太陽に矢がかけられた。





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