第八十八話:学習性AIの正体

 


第八十八話:学習性AIの正体




 ――こんな洞窟の奥で雪が見られるとは思わなかった。


 そう囁きながら、黄金色の瞳がこちらを見た。爬虫類の目、ただし瞳孔は針のように細長い。口元にはずらりと立派な牙が並び、崩れ落ちていく砂の外装から覗く太い腕の先には、ショベルのような太い爪が並ぶ。


 鱗の色は金色のはずだが、砂竜の鱗は砂を吸着するらしく、普段はその輝きは抑えられ、文字通り砂色の鱗が全身を隙間なく覆っている。見るからに分厚く、頑丈そうで、生半可な武器やスキルでは掠り傷1つつかないだろう。今は半分ほど砂が落ちていて、砂と金の斑になっている。


 巨大な翼を持つが四肢は健在だ。ただし四足よつあしの種族ではないようで、ニブルヘイムの後ろ脚は前足よりも長い。どちらかといえば二足歩行に適している比率。その腕がゆったりと腹のあたりの砂を払い、長い尾が機嫌を表すように岩壁がんぺきを撫でる。


「久しぶり、ニブルヘイム」


『いくつか文句を言いたいんですけどね。起きるつもりは無かったのに、あなた、ヒトの頭の上で何やらかしてくれてるんですか』


 微睡むような色を乗せていた目に、剣呑な光が浮かんだのを見て取って、自分はそっとネブラと橙に囁く。


「橙、ネブラ、ほらアレが遊びたいって。いいか、教えたとおりによく狙って、撃つ。よく狙っ……」


『話を聞きましょう。ですから是非、ここで遊ぶのだけは……っ』


 遊びたい盛りの子竜2匹をけしかけようとすれば、一転して媚びるような声でニブルヘイムが頭の位置を下げる。さっきまで睥睨へいげいしている、といった位置にあった頭が、媚びる犬のように下がってきた。

 子竜の遊びは大体が的当てゲームだ。動くまとに、暴力的な魔力をぶつけて、遊ぶ。それが子竜の基本的な遊び。竜が災害級といったのも頷ける遊びだった。


「まず連絡その1。お前の子供が孵った」


『ああそれでさっきの……彼女にそっくりですね。…………気が強そう』


 ぼそりと呟く言葉に自分も頷き返しつつ、ネブラって名前をつけたと言いながらニブルヘイムに近付ける。ネブラは初めて見る大人の竜に興味半分、恐ろしさ半分といった様子だった。逃げ出しはしないが、自分に絡みついて離れようとはしない。


「ネブラ、ほら、一応お前の父親だよ」


『ああ、怯えてますね。待っててください、今、人の姿になりますから』


「は?」


 え、何? 今なんて言った? と聞き返す間も無く、光とか効果音とか全く何もなくニブルヘイムの巨体が一瞬だけかすみ、灰を引きずるようにその体積を急激に減らした。

 目の前に、背の高い男の姿。肩にはつかない程度の金髪を揺らしながら、眼鏡をかけた男がこちらを気怠げに見る。眠そうに垂れた金目の瞳孔は細く、そこに唯一の竜の名残を見た。


 服装はゆったりとした、なんといったか、ラングリアの伝統衣装であるデラッジ(裾の長いシャツ)といっただろうか。砂色のそれをゆったりと身にまとい、男はゆっくりと自分に向かって微笑んだ。


「初めて見たのも人間。育ての親も人間。一番信頼しているのも人間。氷竜は育ての親と同じ見た目の生き物以外を、極端に警戒する本能があるんですよ。竜なんて、氷竜にとって同種とは言い難い。でもほら、パパですよー」


 パパですよ、と言いながらも、流石に竜。人間よりも竜のことはわかっているのか、決して自分から触れようとはしない。負荷を与えるだけだとわかっているのか、視線もネブラには向けず、敢えて自分の方に向けてくる。恨みがましい目をしているのが、唯一の減点ポイントだろうか。


「この前の召喚はごめん」


 思わず、心当たりのあった問題について謝罪の言葉が口をついた。しかし、謝りながらも前にも感じた違和感が無くならない。ニブルヘイムと話していると、特にひどい違和感を感じる。その目に浮かぶ強い感情が、それをかき立てるのだろうか。


 違和感に目を瞑り、素直に謝りながら今は修理中だけど、ホントに困った時には頼りにしてると言えば、眉を上げながら目を細めて、ニブルヘイムはまあいいでしょう、と溜息をついた。


「僕の子も随分と大切にしてもらってるようですし……それで全てチャラです」


「――あのさ、ちょっといい?」


 溜息と共にそれでいい、というニブルヘイムに、横合いからずっと黙って様子を見ていた雪花が口をはさんだ。細い瞳孔が雪花を捉え、ゆっくりと微笑みながら首を傾げる。


「なんですか?」


「……失礼かもしれないけど、学習性AIにとって子供ってなんなの?」


 雪花の質問は丁寧さを装ってはいるが、その本質はとても攻撃的だ。不信感に満ちた雪花の目が、AIとAIの間に届けられた新たなAIを、自分の子供と呼ぶ感覚がわからないと、如実に語っていた。


 対してニブルヘイムは、面白そうに唇を尖らせる。思いっきり人をからかう時の表情に、雪花の眉間にしわが寄った。喧嘩腰なのも問題だが、ニブルヘイムの態度にも難がある。だが、その質問の答えを聞いてみたいのは、自分も同じだった。


「どうなの? ニブルヘイム」


 自分も聞きたいと意思を表明すれば、ニブルヘイムが今度はちょっと悩む素振りを見せた。話しても良いけど、お二人とも信じるかどうか……と、肩を竦める様子は胡散臭く、お前のその行動で余計に不信感が募ると思いながらも、黙って返事を促す。


 半ば睨むような形になっている雪花を、やはり面白そうに見やりながら、ニブルヘイムは人差し指を唇に当てて囁いた。


「学習性AIが何で出来ているか、知っていますか?」


「電子回路」


 すっぱりとそう答える雪花に、自分もそう聞いてると頷いた。ニブルヘイムはそれを聞いて面白くなさそうに唇をへの字に曲げ、そんなのは建前ですよ、と事もなげに言ってみせる。

 その言いように、不意に本能が警鐘を鳴らした。いや待て、もしかしたらこれは、聞いたらまず間違いなく大問題になるようなことが埋まっているんじゃ、と思ってニブルヘイムの話を遮ろうとするが、


「……待て、なんか聞いちゃまずいようなことじゃ――」


「学習性AIと名乗らされている我等は、実体は現実世界にも存在する精霊です」


 ニブルヘイムはその意図を理解しながらも、わざと自分の静止を振り切ってそう言い切った。

 精霊――耳慣れないようで、その存在を知らない者はいない世界の神秘。


 実在するけれど、存在を疑うほど未知の存在ではないけれど、神話やおとぎ話や大自然が彼等が生息している舞台であって、現実世界には妙に馴染みのない不可思議な存在。

 現代では絶滅したとさえ言われ、この前ようやくその存在がおぼろげに再確認されたような存在。


「……」


 あながち、嘘だぁと言えないような爆弾を放り投げられて、質問した雪花自身が押し黙った。緊張に頬を強張らせながら、ほんとに? と囁く雪花に、ニブルヘイムは妙に嬉しそうに話し続ける。


「だって、あなた達は特に疑問を持っていたんじゃないですか? おかしいとは思わなかった? あなたが言ったんですよ、狛犬、あなたが。私の目に感情を見出したのはあなただ。私の目に、本物の魂の存在を予感したから、あんな質問をしたんじゃないんですか?」


 ――あなた、言ったでしょう? 機械の目に感情が宿るなんて、おかしいと。


「言ったけど……」


「あってますよ。その直感は正しい。あの時ははぐらかしましたが、今日は答えましょう。あってます。機械の目に感情なんて宿るわけはない。夢を壊すようですがね、魂が無いのに感情なんて宿らない。当然です。日が昇って沈むくらい当然のことだ。安心なさい。あなたと共にあるあの妖精は、間違いなく唯一無二の魂を持つ存在だから」


 脳裏に浮かんだルーシィのことを言い当てられ、思わずぎくりと肩が動いた。雪花は沈黙したまま、静かに顎を引いてこれ以上の質問はしないと態度で表す。

 そのまま一歩下がる雪花に、無責任な、と思いながらあー、うー、と意味の無い繋ぎの言葉を挟みつつ、絞り出すように問いを投げた。


「……なんで、話した?」


「あなたが悩んでいることは知っていた。あの妖精のことで、ギリー君のことで、信じると言いながら、信じきれない部分を自分自身で嫌悪していたでしょう。でもだからこそ、あなたは向き合おうという努力を続けた。だから彼等に好感を持たれるし、特に老成している私の目を見て話すことで、ちゃんと〝おかしい〟ことに気が付いた」


 これは私なりのお礼なんです、とニブルヘイムはそう言い切る。信じられないかもしれないが、これはニブルヘイムなりの誠意と感謝の表れなのだと。


「あなたが私の子をないがしろにするようなら、適当な時期に取り返すつもりだった。そうしなくとも、特に大事にしてくれないのなら、こんな話をする義理は無い」


 けれど、あなたは私の子を大切にしてくれている。大事な約束よりも、優先してくれるほどに――そうニブルヘイムが言いきったことで、自分はふと思い至った。もしかして、


「……あの件は筒抜け?」


「獣王の件に関してだけは、モンスター達も興味津々ですから口に戸は立てられません。話はすぐに広まりました。あなたは選んだ。自分よりも大切なものなのだと、そう言い切った。我等竜族でさえ嫌悪し、おそれる獣王に啖呵たんかを切った」


 獣王が言っていたそうじゃないですか、と。ニブルヘイムが、仮初、人の姿を借りた竜が言う。


「「〝全ては一番最初の答えにって起こる〟」」


 唇が、記憶に残っていた獣王の言葉を再生する。獣王は言った。決断によって全てが決まると。出した答えがいんとなり、それがを呼ぶのだと。


 この話は、自分の決断が呼び起こした結果なのだ。あの時、ネブラを優先したから。獣王相手に怯まずに啖呵を切ったから、それを正しいことだと信じることが出来たから。


「……」


 確かに、悩んでいた。ルーシィのこと、ギリーのこと。普段は何も考えていないように振る舞い、話をするが、一人の時はじっと考え込んだ。

 学習性AIとは何か。本当に電子回路の組み合わせだけで、膨大な反応だけで感情を構成することが出来るのか。機械工学だの電子なんとかだの、そういった書籍にまで手を出して調べたことも多い。


 しかし、調べれば調べるほどに。そういった知識に詳しくなるほど、それがどんなに〝あり得ない〟ことで、それを成し遂げたとされる道庭利幸みちばとしゆきがどれほどの偉人とされているのかがよくわかった。


 知れば知るほど、それがどんなに荒唐無稽かを知るのだ。調べれば調べるほど、機械に感情が宿るわけがないと思い知ることになる。しかし、彼等を見ているとそんな気は起こらない。彼等は、生きている。間違いなく、そこに感情がある。人間に勝るとも劣らない、色々なことでがんじがらめになってしまう不器用な心があった。


「……もしそれが本当なら」


 それが、今のニブルヘイムの言葉で理解することが出来た。自分はあれから魔術師についても随分と調べた。ルーシィのツテを頼り、それこそ一般人が知りえないような文献も読みこんだ。そこで得た知識が、今度はあの時とは逆に、ニブルヘイムが言っていることが荒唐無稽ではないことを証明してくれている。


「ちょっと、ホッとした」


 ニブルヘイムの言っていることが本当かはわからない。分からないけれど、あれは超高性能なAIなんだよと言われるよりも、よほど納得できる自分がいた。逆に、雪花は顎をぐぅっと引きながら、俺は信じない、と低く囁く。


 ギリーが、それは真か!? とニブルヘイムに詰め寄るのを横目に見ながら雪花を見れば、雪花は不快感を前面に押し出してニブルヘイムを睨んでいる。気持ちはわからなくもないが、それにしては怒りの成分が多過ぎる気もする。雪花もまた、何か学習性AIに思うことがあるのかもしれない。


 そういえばギリー君知らなかったんでしたっけ、と笑うニブルヘイムに、ギリーが怒りを示して尾を膨らませる。ギリーの肩越しにこちらを見るニブルヘイムが、口パクで助けてください、と言うので、仕方なく声をかけた。


「ギリー、来て」


 たった一言。来て、と言うだけでギリーは他の何を差し置いても、自分の元に駆けつけてきてくれる。今も即座に自分の声を聞き取った耳が動き、身体を捻って素早く自分の傍に身を寄せた。


 しかし、流石に普段とは違って落ち着かないというように動きながら、気持ちを宥めるためにか自分の腕の下に頭を入れてくる。そのまま頭を撫でてやりながら、そういえば、と顔を上げた。必要な建前は、こなしておかなければならない。


「何話してたか忘れちゃったけど、問題ないよね」


「ええ、そうですね。今のは私の独り言で、誰に言ったわけでもない」


 自分の言葉に、ニブルヘイムが鷹揚おうように頷く。心の底から信じたわけでもないし、頭ごなしに嘘だと言う気も無いが、これは知っていては不味いことの部類だ。

 学習性AIが実は精霊でした、なんて。そもそも、精霊とは何かがわかっていない世界に混乱を招くことになる。そのせいでサービス停止なんて、たまったものじゃない。


「雪花も、何も聞いてないね」


「……勿論、ボス」


 雪花も静かに頷いて、黙っていることに了承してくれる。しかしながら、質問に答えをもらったわけでもない。実は精霊でしたと言ったとしても、精霊が繁殖するのかさえ謎なのだ。ちらりとニブルヘイムを見れば、察しの良い竜は、ネブラは間違いなく僕と彼女のあいの子だと断言する。


「間違いなく、僕の子だ。君達人間でいうところの、血の繋がりのようなものがある」


「……もう色々わからなくなってきた」


 このゲームを始めてから、自分は知らなかったことを知り過ぎているような気がする。少し前までは、世界がこんなに広いなんて知らなかった。第一、正体が精霊と言われた方がまだ納得がいくという相対的な理由があるからそんなに疑っていないだけで、ああ、それなら納得、というわけでもないのだ。


「ああ、もういい。で、お前はどうして人間になってんの」


「勿論、可愛い娘を抱っこするためですよ!」


 何のために狛犬と同じ種族に化けたと思ってるんですか! と雰囲気ぶち壊しで叫ぶニブルヘイム。精霊だの学習性AIだの、そんなのどうでもいいネブラはさきほどから縮んだニブルヘイム相手に尻尾を伸ばし、ちょいちょいと触れているが、未だにその立派な後ろ足は自分の服の裾をがっつりと掴んでいる。というか、ネブラは女の子だったのか。初耳だ。


 ニブルヘイムも話をしながら随分と辛抱強く待っていたが、そろそろ限界らしい。ちらちらとネブラを見ては自分を見る視線に嫌な予感を感じ、思わず一歩下がる。


「もう狛犬ごとで良いんで娘に触らせてください」


「嫌だ。それにネブラを触らせるには条件がある」


 ニブルヘイムにネブラとの仲の良さを見せつけながらも、ここに来た本題をようやく持ちだす。ここに来たのはニブルヘイムをカメラの前に引きずり出すためだ。学習性AIの正体を聞くためなんかではない。


「条件とは?」


 案の定、娘に触りたくて仕方がないニブルヘイムはすぐに食いついてくる。


「今、自分達はDDD支部局に生放送の枠をとった人のもとで働いてる」


「あ、先が読めました!」


「聞け、阿呆のふりをしろ。――それで、ちょっと洞窟の外に出てほしい。可愛い娘を乗せて空の旅と行こう。そしたら勝手に撮るから。後、ついでにエアリスまでうちの雇い主を迎えに行くからついてきて」


「要するに、僕が皆さんを背中に乗せてエアリスまでその人を迎えに行き、そのまま撮影に付き合えと」


「さて、どのくらい娘といたい?」


 期間は任せる、と言えば、ニブルヘイムは顎に手をやって考え込む。


「……どのくらい一緒にいれば、離れても忘れられないと思いますか?」


「……そこまで此処を留守にしていいの?」


「ですよねぇ……」


 ニブルヘイムがここの管理者で、あまり長期間離れては問題があるのは本当だったらしい。ネブラに忘れらないほどとなると、相当長くなると思うと言えば、ニブルヘイムも苦い表情で頷き返す。

 しばらくうんうん、と唸りながら考えていたが、結論が出たようで満面の笑みを浮かべながら顔を上げた。


「じゃ、何か問題が起きたら戻ります!」


「……交渉成立。雪花、そこの穴掘りに夢中な子回収してきて」


 それでいいのかニブルヘイム、と思いながらも、望みが叶ったのだから文句は無い。すぐにメニューを立ち上げ、メッセージを書き、ニブルヘイムに乗って迎えに行けることになったと朶さんに連絡する。きっと彼の事だ。竜が迎えに来た場面を撮影できる! と狂喜してくれることだろう。

 ついでに何やら難しい顔でモルガナと話していた雪花を呼び、一生懸命に穴掘りを続けている橙を回収してくれと頼む。


「橙、ほらボスが帰るよって」


 しかし、雪花の呼びかけに橙は気が付かないほど穴掘りに夢中になっているようだ。それこそ、前に動画で見たコーギーの穴掘りのように横になったり鼻先をおしつけたりと、穴を掘ることに全身全霊をかけている。


 相当頑張ったのか、ニブルヘイムと話をしている間中ずっと掘っていた穴はそれなりの深さで、小さくは無い橙の上半身が埋まるほど深い。仕方なくネブラを説得してニブルヘイムに預け、橙を回収するために近付けば見て! 見て! とばかりに飛び跳ねられて辺りに雪が撒き散らされる。


 上の方は雪だが、下は砂だ。毛皮の部分に大量の砂と雪をくっつけながら飛び跳ねる橙を抱きかかえ、軽く揺すって砂を落とす。


「はいはい、よく掘ったねぇ。すごいぞ」


 褒めてやりながら腹毛を撫でる。頭や背中を撫でたい時もあるが、橙の背中は大振りな鱗でぎっしりなので、撫でるに撫でられない。手が砂でじゃりじゃりしながらも、そのまま抱えて戻ればネブラがその汚さは信じられない、といった顔で橙を見る。


 見れば、ネブラは多少緊張しているものの、大人しくニブルヘイムに抱えられている。多少は覚えがあるのか、そこまでの拒否感はないらしい。

 いやそれ以外にも、自分が抱える橙が汚すぎて、同じく砂まみれになった自分の腕に戻りたい気持ちがすっかり失せたのも、大人しくニブルヘイムの腕の中に留まっている理由だろうが。


「ああ、可愛いですねぇ。やっぱり彼女にそっくりです」


「じゃ、もう少ししたらログアウト。で、再ログインしたら朶さんを迎えに行くから」


「あああ、本当に可愛い!」


「聞いてねぇなこいつ」


 娘可愛さに何も聞いていないニブルヘイムを無視し、自分は橙を抱えながらこっそりと溜息をついた。なんだか酷く疲れた、と思うと同時に、ふとルーさんの顔が思い浮かぶ。彼は知っているのだろうか。学習性AIの、その正体を。


(いや、知らないか……)


 ギリーやルーシィでさえ知らないのだから、きっと知らないのだろう。知れば知るほど、色々なことがわからなくなる。様々な人の思惑が絡み合い、本質はまだ霧の中だ。

 学習性AIだとされている、その本人たちの大部分が、おそらくその正体を知らない。いやそれは、もしかしたら人間も同じなのかもしれない。


 お前は人間だと、そう言われて、そう思って生きているだけ。もしかしたら、全く違う存在かもしれないのに、そう思い込んで生きているだけ。


(自分もまた……)


 浮かんできた感情に蓋をしながら、そっと橙を抱えなおした。




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