第五十五話:礼儀あっての楽しみ
第五十五話:礼儀あっての楽しみ
「ああ、違う。火が弱すぎる」
「それも違う、もっと細かく刻め」
「そうだ、そのまま練って」
おっちゃんの指示が飛び交う中、全員がエプロンを着用しながら作業台の上で軟膏を作っていく。
思ったよりも簡単に作れるそれは、現実でも自分で作る人がいるくらいには、難易度の低いものなんだとか。
実際にニコさんは趣味で軟膏やアロマキャンドルを作ったことがあるらしく、皆の中で一番手際が良かったのもそのせいだろう。
「よし、これで完成だ。どうだ、思ったより簡単だったろう?」
本当に呆気ないほど簡単に軟膏は完成し、幅広の瓶に出来上がった軟膏を詰めていく。そこそこの大きさの瓶にたっぷりと入れられた軟膏は綺麗なクリーム色で、少しだけ安心した。
極彩色の軟膏が出来上がってしまったら、一々塗るたびに命の危険を感じてしまう。
「意外と取れましたねぇ」
「そりゃあこれだけ材料があればな。全員分あって良かったじゃねぇか」
これほどの量が取れたのは、巣を丸ごと潰して大量の蜜蝋を手に入れたからだろう。ライン草の根も大量に採れたし、材料には困らなかった。
あれだけ苦労したのだから、それに見合った報酬といったところだろうか。おっちゃん曰く、これで当分は何とかなるだろうとのことだった。
「まあ、これだけありゃあ次のポーション作成まで、かなり余裕があるだろう。今の方が材料集めが面倒だから、もうしばらくすりゃあもっと作るのは楽になるか、それかそこそこの金を出せば裏で買えんだろ」
「そうですね、材料が出回るか、裏取引になるかですね」
裏取引というが、街の外に出れば薬の売買は違反ではないはずだ。それでも外で堂々と軟膏が売られる可能性が低いのは、偏に今のPKの大量発生がどうなっているかわからないからか。
「外で……は、難しいですかね。知り合い通しでならありでしょうが、本格的な販売は無いでしょうね。売る程抱えていればPKの良い
モンスターよりもプレイヤーの方が楽に狩れる以上、PKの大量発生は未だ落ち着く様子は無い。しかしフベさんは少し考えてから、外での販売はあまり効率的ではないが、無差別PK自体は減っていくだろうと静かに言った。
「減るんですか? こんなに
「そろそろ、PKプレイヤーの首にかけられている賞金額も、笑い飛ばせないくらいの額になってきています。そろそろ共食いが始まるんじゃないかなぁと」
フベさんやニコさんが言うには、PKプレイヤーは一様に、モンスターの素材ではなく金をかき集めているらしい。
モンスターの素材はそのうち金で買える。しかし金はそう簡単に稼げるものではなく、採取やNPCの手伝いをしても一定額しか稼げない。
「確かに自分も返り討ちですけど、お金はPKで稼いでますね。上前はねた感じで」
自分はお金に随分と余裕がある方だが、成程、堅実に稼ぐのは少し厳しいのかもしれない。
「まあ、わかりませんよ。先の事なんて」
「だな。とりあえず軟膏も完成したし、そろそろ解散といくか」
肩をすくめたフベさんの言葉の続きを、あんらくさんが引き取って伸びをする。軟膏を作る為に一時、協力関係にあった自分達だが、この2日間が濃すぎてそんなことはすっかり頭から消えていた。
「そういえば、軟膏の為に協力してたんでしたっけ」
「このままギルドを作るには、目的が相反しすぎていますからね」
確かに、PKKギルドを目指すルーさんに、PKギルドを目指すフベさん達、アンナさん達はそもそもギルドを作りたいのか、入りたいのかも不明だし、自分だって目的は少し異なっている。
全員が全員、目的がてんで違うのだから、このまま全部纏めてギルドを作るのも難しいだろう。
「まあ、たまに集まって近況報告とかは良いんじゃないですか? ニコさんも基本は専属情報屋として融通してくれるみたいですし」
「それは勿論ですよぉ、任せといてください。皆さん限定に、定期的に情報メールは送りますから、お楽しみにぃ」
「と、いうわけで。僭越ながら私がしめますけど、良いですか?」
皆もフベさんの言葉に頷き、それぞれが何となく姿勢を正す。フベさんがまず初めに一礼し、では、協力ありがとうございました、と言えば、全員がそれを復唱しながら一礼した。
――『ありがとうございました』
すっきりと関係を終わらせ、次に協力する場面があった時、敵対する場面が来てしまった時、気持ちよく向き合えるよう。
VRで協力した他人同士は、事が終われば必ずこうしてお礼を言い合う習慣があるらしい。いつの間にか暗黙のルールとして存在していたこの風習には、素性の知れない者同士でも礼儀を忘れてはいけないという戒めの意味があるのだとか。
必ずグループの中で代表者が音頭を取り、礼と共に感謝の意を表す。気恥ずかしさもありながら、自分は初めてのそれを終えた。
伸びをしながら雪花が近寄ってきて、さて次は何をしますか? と首を傾げる。契約関係は未だ途切れていない為、しばらくは雪花と2人でプレイすることになるだろう。
「今日は自由。装備を整えて、明日行動する」
「りょーかい、長旅?」
「いや、もう少ししたらエアリスで祭りでしょ? それを楽しんでからかな、長旅は」
「了解、じゃ、俺は美女か美青年と楽しんで来るから!」
「装備は整えといてね。明日、陸鰐を回収できるか見に行くから」
「はーい!」
何とも軽い返事と共に雪花が嬉しそうにスキップしながら出ていくのを見送って、自分も息を吐いてからこれからのことを考える。
黄麗祭と呼ばれる祭りはもうすぐだというので、長旅はそれからにしようとは決めていた。祭りを楽しみ、しっかりと情報を集めてから、街から街へと移動していく算段だ。
「ギリー」
『主がそう考えたのなら、それでいいと思う』
近くで大人しく伏せっていたギリーに目を向け、声をかければ、察しの良いギリーは即座にそう答える。
ギリーの返事に後押しされ、決心は固まった。特別に中に入れてもらっていたアレン達を呼びつけ、考えていたことを伝える。
「――それで、どうかな?」
『……』
それぞれが悩みながらも、最後には自分の提案を承諾し、自らが認めた人達の所に歩いていく。会話が出来ないという不便を気にすれば、契約主がいる状態でも、複数人との仮契約は可能らしい。
その為、ありがたいことに4匹全員が自分との本契約を切らずに、他の人のサポートをすることに決まった。
フベさん達に直接話を通せば、驚いた顔をされたものの喜んでと受け入れてくれた。尾を振るリクを撫でながら、フベさんが嬉しそうに破顔する。
『フベは俺がいないとなー』
「このちょっと間抜けなところが可愛いんですよね。ありがたく借り受けますよ」
「びしばし鍛えてあげてください」
アレンはあんらくさんを、リクはフベさん、トトはニコさんを気に入ったらしく、チビはアンナさんに向かって走って行った。
アンナさんにひとしきり撫でてもらった後に、全速力でこちらにも走ってくる。
『一番はご主人だからね? 一番はご主人だからね?』
「はいはい、わかってるよ」
それだけを伝え、自分も頷けば安心したらしい。満足げに頷いてから、慌ただしくアンナさんの方に走っていく。
アンナさんと目が合ったので、目礼をすれば柔らかな笑みが帰って来て安心する。相性がいい人を選んだのだから当然だろうが、どこの関係も良好にいきそうだった。
「なんか、取り残されてる感じが……」
膝で膨らんでいるフィニーを撫でながらルーさんがぼやくも、ギリーがはぐれがいるだろうと言えば難しそうな顔で唸る。
「のんちゃんはねぇ……あれは呼んだら来てくれるのか……」
『寂しがりだから、まずは探してやった方がいい。ああ見えて意地を張るから、無理やり連れていくくらいが一番だ』
「そうなの!? あのマイペースがそんなにシャイなの!?」
驚愕するルーさんの当面のお仕事は、のんちゃん探しで決まったらしい。大変そうだが、のんちゃんがいればPKKも格段に楽になるだろう。
悩むルーさんの横を通り過ぎ、自分のリュックから卵が入った袋を取り出す。長椅子に座ってから慎重にそれを取り出し、ケット・シーに教わったように卵に両の掌を当て、すっかり慣れた感覚で魔力を放出する。
ぐいぐいと放出した傍から呑み込むように赤々とした魔力が卵に吸い込まれ、どくんと小さく鳴動する。
近くで様子を見ていたヴォルフさんも習うようにそれを真似るが、魔力放出の方法がわからないようだ。
最初は実際に掌を押し込むように動かしながらイメージすると分かりやすいと教えれば、数分の練習で出来るようになった。随分と器用らしく、既に問題無さげに卵に魔力を供給している。
「覚えが早いですね」
「昔から小器用なんだ。少しだけだが」
「凄いですよ、これ自分は何回も魔術を使ってて、ようやく出来るようになったんですから」
「ありがとう。君の卵の方が大きいが、何の卵かは?」
聞いても良いかと、控えめに尋ねるヴォルフさんに、素直に竜の卵らしいと教えれば、興味深そうに目を瞬かせた。
「竜の卵か。店主が最も高値が付くのは竜の卵だと言っていたが、実在するとは」
「ケット・シー曰く、竜は卵を放置するやつが少ないそうで、自然と発見率も下がるみたいですね。まあ、あの猫が取り違えてなければの話ですけど」
「精霊種は賭け事で嘘はつかないと聞いた。なら、それはちゃんと竜の卵だろう。孵ったら見せてほしい」
「勿論、楽しみにしててください。まあ、自分が一番楽しみにしてるんですけど」
横合いから顔を突き出し、ふんふんと卵をつつくギリーの頭を撫でる。長旅を祭りの後にしているのも、卵が孵ってからの方が動きやすいからだ。
卵のままでは盗難が相次ぐものの、生まれたAIが、誰が親なのかを認識してしまえば、土地柄から滅多な事では盗まれてそのままということはないらしい。
竜の子が泣けばそれだけで周りのモンスターや精霊、NPCが色めき立ち、出来うる限りの望みを叶えようとするためらしい。
「考えたものだ、学習性AIの種を仕込むなど」
「そうですよね。許可とかどうやって取ってるんでしょうね? これ結局、個人が学習性AIの種を育成するって事でしょう? 認可下りてるのか心配になってきました」
「学習性AIを逃がさない電網状の網が別格だからな。その為に学習性AIの個人育成の許可が出ているとか」
「……よく知ってますね、ヴォルフさん」
「――あんぐらのサーバーと知り合いなんだ」
一瞬だけ詰まった後、絞り出すようにヴォルフさんがそう呟く。そうなんですかと流した後に、その表現方法に引っかかりを覚えたものの、深く追及してはいけないような空気にその問いを呑み込んだ。
(サーバー担当と知り合い、じゃなくてサーバーと知り合いってどういう事だろう)
一瞬だけ狼狽したヴォルフさんは既に表情を普段通りの真面目そうな感じに戻しており、取り付く島はなさそうだった。
大人しく卵に向き合い、魔力供給を続け、呑み込まれなくなったところで終わりにする。9割方持っていかれたのだが、これはまさか卵が成長する度に必要魔力量が増えるのだろうか。
もしそうだとしたら圧倒的に足りないため、これから毎日無駄でもなんでも、魔術を宙にぶっ放す作業が始まるのだろうか。
「……笑えない」
どうせなら雪花やPKプレイヤー相手にぶっ放し、威力実験でもした方が効率が良さそうだ。着々と今後の予定を立てつつ、温かさを増した卵をしまってから顔を上げる。
武器屋に行き弾を補充し、ついでにもう少し威力のある対大型モンスター用の銃を物色したい。その後、おっちゃん経由で頼んでおいたアドルフの爪のナイフを受け取り、加工できる状態にした皮を回収。
戦利品の選り分けをし、必要ないものは売り払い、使えるものはどうやって使うかを検討し、それでちょうどログアウト予定時刻になるだろう。
2日目ももうちょっとだと疲れが見えてきた自分を叱咤し、立ち上がる。宿は雪花が取ってあるらしいし、荷物を持ってアンナさん達に挨拶をしてから店を出る。
「よし、出発だ」
今度こそ、自分の力でこの世界を冒険するために、最初の1歩を踏み出した。
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