第五十四話:理想と現状
第五十四話:理想と現状
「ギルド『
黒髪の神経質そうな男が眼鏡を押し上げてそう締めくくり、自棄になっているともとれる態度で唇をへの字に曲げた。
揺れるワイシャツの裾を引いて整え、男は静かに辺りを睥睨する。
アンナさんの店の中、総勢8名が見守る中で苛立たしげに報告を終えた、アリオールと名乗る男。彼は攻略組の一応のリーダーである女性プレイヤー“白虎”の使いであり、また“白虎”率いる『金獅子』のメンバーでもある。
今回、自分達メンバーが揃ったことを確認し、攻略組の総意であるという報告を伝えに訪れたのはつい5分程前の事だ。
めいめいに血と泥をシャワーで流し、着替え、食事を終えて一心地ついたタイミングを見計らって訪れるところに、しっかりとした礼儀を感じさせる対応である。
伝達内容は率直なもので、攻略組としてグループ分けをし、組織化しようとしたものの、従えるには癖が強すぎる者が多く、テストプレイ2日目にして統率の見切りをつけたという事後報告だ。
ルーさんの遠い目をしながらの補足によれば、他のVRゲームでギルマスや隊長を張っていた者がやたらと多かったことを鑑みれば、当然の帰結であるという。
「船頭多くして船山に登る……ですか」
「せんど……?」
ついこの前、家庭教師の仕事で生徒に教えたことわざが浮かんで口にする。これほど分かりやすい例えも無いだろうと思えば、あんらくさんには意味が伝わらなかったらしい。
首を捻るあんらくさんに、フベさんがそっと耳打ちする。
「Too many cooks spoil the broth.」
「――あぁ、そういう意味か。確かに最悪な味になるだろうな、それぞれ何を入れるかわかったもんじゃねぇ」
流暢な英語を喋ったフベさんに、すぐにあんらくさんは合点がいったと頷いた。恐らく、同じような意味のことわざに言い換えたのだろう。
簡単に訳せばコックが多ければスープの味が台無し、だろうか。確かに例えとしては大差なく、指揮を執る人間が多過ぎるのも問題だ、という戒めの意味も外していない。
単純に知識に欠けるのではなく、日本の故事・ことわざに慣れていないような反応だ。日本語の喋り方に違和感が無いので日本人だと思っていたが、もしかしたら生まれは日本では無いのかもしれない。
そんな感想を抱きながら視線をアリオールさんに向ければ、彼も深々と頷いてそれらのことわざに深く同意を示す。
「正にそうです。言うことなんて聞きやしません。何人か“白虎”さんに直接打ちのめされて鞍替えしたようですが、そうそう何度も指示(物理)なんてやってられません。よって解散です、解散」
「大変ですね、色々と」
「貴方方も入ってるんですけどね?」
ちゃんとね? 入っちゃってるんですよ? 聞いてますか? と青筋を立てながら言うアリオールさんだが、それには全員が明後日の方向を向いてスルーする。人は人、自分は自分だ。
「好き勝手に暴れるのは構いませんが、PKK希望がなに懸賞金なんてかけられてるんですか。ミイラ取りがミイラになってるじゃないですか」
「黙ってよ、アリオール。君の顔見てるとなんか神経質さが移りそうだから、こっち見ないで。間接的に喋って」
「憎まれ口ばかり良好では困るんですよ。過ぎて
働きなさい――、と最後にそう締めくくり、アリオールさんはルーさんに突き付けた指を下ろした。
増え続けるPKギルド。その勢いは止まることなく、大半が望む力と富を手に入れて味をしめたようだ。グレーがブラックに足を踏み入れ、その被害はどんどんと拡大している。
今や総プレイ人数の半数以上が、積極的なPKプレイヤーであることは間違いない。
しかしながら、流石にVRMMO。数やその実力に自信があるPKギルドは数多いが、それ以上に自分に自信があるプレイヤーも少なくない。
プレイヤースキルは確かに大事なのだが、対面式戦闘であるVRにおいて、大事なのは精神的に優位に立ち、好戦的に相手を威圧するその勢いだ。
画面の中の巨大モンスターより、目の前で唸る大型犬が怖いのと同じ。その勢い、声、態度、動き、その全てにおいてはなから勝負は始まっているし、その動作全てから威圧感を相手に放つプレイヤーは総じて強い。
現に、そういったプレイヤーは先程名前に上がっていた通り、個人個人でPKギルドと対峙し、そして勝利を掴み取っている。
「……“弥生”さんって女性なんですか。モーニングスターだとか、ハンマーだとかの鈍器を振り回してるって聞いてたんで、てっきり男性かと」
“白虎”からの解散の指示を受け、妙な騒々しさを見せる掲示板の中では、目立つ記事が特集されていた。
新しいニュースとして取り上げられている記事の中、血塗れの自分のスクリーンショットは無視しながら、今まさに、目の前に迫るモーニングスターを激写したスクショをタップする。
平均より少し上止まりのプレイヤースキルと、ずる賢い頭脳、それを上回る絶対の威圧感を与えながら、自分に敵対するものを全て抹殺しているのが“弥生”という名のプレイヤーだ。
VRを始めてからまだ少し、まだまだ伸び代はあるのだろうが、現時点でのプレイヤースキルは中の下と評される彼女は、ばっさばっさと行く手を阻むPKプレイヤーを倒している。
最近、と言っても数時間前の出来事らしいが、沼地に生息していたスライムの亜種みたいなモンスターにその強さを称えられたらしく、巨大スライムは彼女の後をついて回っているらしい。
迷惑そうな彼女に聞こえる位置で、「弥生ちゃんとスライム……いい」とか言った男性プレイヤー3名が、その手に輝くモーニングスターの錆になったとか。
「彼女は彼女でぶちぶちと潰してますね。見習ってくださいよ、あれくらいやれば少しは人狩りよりモンスター狩りに乗り出すでしょうから」
ぶちぶち、という比喩表現が素晴らしくその凄惨さを表している単語を選びながら、アリオールさんは彼女をそう評し、アンナさんに出してもらった紅茶を飲んでようやく僅かに笑顔を見せる。
お代わりをいただいても? という声に、すっと熱々の紅茶を新しいカップで差し出す所が、アンナさんの細やかな気遣いを表していた。
「素晴らしい味です――それで、用件は伝わりましたよね?」
「まあ、あんまり変わらないんですけどね? しっかり伝わりました、伝書鳩ご苦労様です」
「そうでしょうね、皆さんからすればね?」
フベさんの軽い揶揄に思いきり嫌な顔をしながらアリオールさんが唸り、ぐっと紅茶を飲みほしてから立ち上がる。
素晴らしい店だが雑な客が多過ぎると文句を言いながらも深々とアンナさんにお礼を言い、高そうなワイシャツの裾を引いてドアノブに手をかける。
「では、また。事情は知れているんでテストプレイ中はPKKの対象にはならないでしょうが、本サービス開始からが見物ですね」
最後に一番の嫌味を吐き捨て、アリオールさんはアンナさんの店を後にした。どう好意的に解釈しても、ルーさんをガン見しながらの発言に、その対象を疑う余地は無い。
深々と沈むルーさんをフィニーが慰め、フベさんが笑いながら手を叩く。
「では、まあ自由に動けるという確認が取れただけでしたが、これでようやく軟膏作りの始まりですね。手筈は?」
「書籍は用意しました。後はもう少しで……」
「――おい、わかったから押すな! 押すんじゃない! 全く……」
「あ、来ました」
ぐいぐいとドルーウ達の鼻面に押され、見知った髭面が店の中にどやどやと入り込む。背中を押す1頭1頭の頭を軽くはたき、小さく鼻を鳴らしながら視線に気づき、顔を上げるおっちゃん。
複雑そうな顔をして眉を寄せるその人に、フベさんが可愛らしくも無く小首を傾げた。
「おじさん、お久しぶりです。軟膏の作り方を教えてもらおうと思い、御足労願いました」
「……普通は教わる方に御足労いただくんだがねぇ?」
「おじさんの店の床に穴を開けても良いのなら、喜んで出向きますが?」
「前科持ちが言うと洒落にならねぇ――! あぁくそ、わかったよ! 床に穴開けられるよかマシだ!」
ふざけんな! と叫びながらも、フベさんの思惑通りにおっちゃんは情けをかけてくれた。――ここで断ったらどれだけしつこく纏わりつかれるかを想像したのかもしれないが、それはそれ、これはこれだろう。
「だがなぁ……いいか、お前等!」
先程までとは違う真面目な声色でおっちゃんが声を上げ、皆がやっぱりこの作戦は不味かったか、とばつが悪そうな顔をする。
ギリー達に指示して連れて来てもらった自分もまた、気まずさに顎を引いたが、おっちゃんは大真面目な顔で顔を上げ、
「俺が教えるからには、床に穴を開けるような不思議液体なんて作らせねぇぞ!」
と立派な教師発言をして、皆を思わず笑顔にさせたのだった。
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