2:Under Ground(意訳――形式の否定)

第五十六話:千蝉の伍月

 


第五十六話:千蝉の伍月いつつき




 テストプレイ2日目、本日は千蝉の伍月。祭りまでは後5日程だという街の様子は賑やかで、大規模な祭りに備え、NPC達は忙しそうに動いている。

 そんな街の人達の様子を眺めながら辿り着いたのは、自分が初めて武器を手に入れた店。“カラード武具店”との看板がかかるその店の前でギリーから降り、扉を開けば軽やかな音が鳴る。

 見上げれば骨のようなもので出来た、客の来店を知らせるチャイムのようなもの。可愛らしく装飾されたそれを横目にしながら、視線を前に戻して挨拶をする。


「こんにちは」


「いらっしゃいませ! 再びのご来店、まことに感謝、感謝です!」


 金づるが来たというリアクションを隠そうともしないお姉さんが、揉み手をしながら相好を崩す。

 会釈しながらギリーを置いて店に踏み入り、様々な武器で覆いつくされた店の壁を見て改めて壮観だとしみじみ思う。


「昨日ぶりですね」


「はい! 今回はどのようなご用件で?」


「威力が足りなくってですね、相談に……」


 そう、自分の愛銃『デザートウルフ』は文句なしに格好いいし、文句のつけようも無い使い心地なのだが、それはそれとして問題があった。

 威力である。そう、武器としての威力。このままでは小型や中型、元々の身体の構造が脆く出来ているコウモリなどの一部のモンスターにしか使えない。

 陸鰐の時のように、ピンポイントを狙い続けるのも難しいし、至近距離で撃つにもリスクがある。


 スナイパーライフルが扱えるアビリティに成長するまでは遠距離とは言わない。しかし、理想を言えば魔術師が最も不得意とする、遠距離、または近距離の敵対策の為の銃なのだ。

 対人用としては『デザートウルフ』はストッピング――ノックバック率の高さから言って実に使い勝手がいいものの、実際に使ってみたところ、モンスター用の武器ではないというのが結論だ。

 拳銃の簡単なイロハを知った自分にはわかっている。このリアルさを追い求めているあんぐらにおいて、拳銃でそこまでの威力を出せというほうが無茶だということは理解できる。実際、敵に人を想定しているなら、『デザートウルフ』は十分すぎる程に凶悪な威力を持っている。


 それか、魔法的な要素と組み合わせればもう少しファンタジーチックに、小型のまま威力を上げることは可能なのかもしれないが、その為の方法も知らないし、ということで今回相談に来たのだった。

 これより高威力の拳銃があるのならばそれを購入したいし、さほど威力が変わらないというのなら、それはそれで銃は完全に対人戦に特化したものとして扱うしかないだろう。


「ああ……ということは、銃使い最初の壁にぶち当たるようなモンスターに……。それではですね、そんな貴方に……!」


「ええ、当然と言えば当然なんですけど、陸鰐にはさっぱり効かなくって……」


「――」


 陸鰐、という単語に、いそいそとショーウィンドウの鍵を開けようとしていた手が止まり、店員は唖然とした顔で手にしていた鍵を取り落す。

 微かに震える様子さえ見せながら目を見開いて、店員さんは恐る恐る問いを放つ。


「――失礼ですが、陸鰐?」


「はい、結局ナイフと魔術で仕留めたんですけど、銃では仲間に動きを止めてもらって、片目を潰すのが精いっぱいで」


「仕留めた!? 拳銃で片目を潰した!?」


 絶句、という表現が正しいだろうか。叫んだ直後に硬直した店員は、すこししてから慌てて身を乗り出してくる。


「お客様……! でしたら! 陸鰐のようなモンスターを倒せるお客様でしたら、もっと違う方法での『強化』をおすすめします!」


「強化?」


 息せき切ってそう言う店員は、若干上気した頬で少々お待ちください! と叫んで奥に引っ込む。頬が赤く染まった理由がわからないが、どうやら強くする手段はあるらしい。

 大急ぎで戻ってきた店員に、仕留めたといっても相討ちだからと言ってみれば、それはそれで深々と頷いてそれでも凄いですと言われた。


 確かに、客観的に見たら凄いかもしれないが、あの時は運が良かっただけで、陸上で普通に噛まれていたらあんな真似は出来なかっただろう。

 もう一度やれと言われても出来ないし、したくない芸当だ。


「銃使い最初の壁、それは大抵、夜の草原の覇者『グルア』のことなんです」


「グルア……ああ、あのハイエナみたいな」


 単にハイエナの一言で済ませるには巨大で、もっと骨太だったが、まあハイエナをそのまま大きくしたような見た目だったことに違いは無い。

 自分が分かりやすいように言い換えれば、店員も学習性AIだ。ハイエナの例えに何度も頷きながら、奥から持ってきた金属の箱を机の上に置く。


「そうです、あの巨大ハイエナ。あれが大抵最初の壁になるんです。骨は硬いし分厚いし、筋肉も分厚いんで拳銃の軽い銃弾なんてもろともしない。拳銃で仕留めるには、眼窩から脳を撃ちぬくしかないんですが、まあそんな芸当、難しいどころじゃないのはわかりますよね?」


「あぁ、それは難しい」


 実際に銃を構え、動く的に命中させることは想像よりもはるかに難しい。敵はただ単に動くだけではなく、こちらに牙を剥いて襲い掛かってくるのだ。

 そりゃこちらに向かって牙を剥き出しに走ってくる猛獣を見れば動揺して狙いは定まらないし、敵は敵でいとも簡単にこちらの攻撃を避けてくれる。

 動かない的に確実に当てる腕があっても、土壇場で平常心を失えばそれだけで掠りもしなくなるのだから、不思議なものだった。


「で、そこで詰まった方には大抵、グルアにノックバックを与える程度には威力の高いマグナムリボルバーやら散弾銃やらを売りつけ、もとい、推薦するんですけれど、陸鰐と刺し違えるようなプレイヤーには役不足です。きっとすぐに威力不足になるに決まっているんで、お客様は今持っている『デザートウルフ』! あれを強化していくことをお勧めします!」


 長い解説を一つも噛まずに早口で言い切った店員は、金属の箱に手を翳し、『開錠』! と言い放つ。

 滑らかな金属の箱は一瞬だけ妙な紋様を浮かび上がらせ、次にぱちりと小さな音が鳴る。店員が箱を開けば、中には色とりどりの生き物の破片があった。


「これは?」


「これはですね、銃の強化に必要な素材です。モンスターの牙や爪や骨、ある種の鉱石。それらの屑とでも言いましょうか。当然、破片ですので実際の強化には使えませんが、説明する時のサンプルとなります」


 きらきらと光る鉱石の小さな欠片を持ち上げながら、店員は嬉しそうにそう語る。


「この世界の武器はですね、普通に上位互換のものを買うか、それとも自力で素材を取って来てもらって、加工して強化していくか、一から作ってもらうかに大別されます。まあ、特殊武器は色々と規格外なんで除外しますけどね」


 言いながら店員はエプロンの大きなポケットから紙片を出し、サンプルと共に机の上に広げて見せる。


「強化と言っても、溶かして作り変えると言った方が正しいですね。あんぐらでの武器の作り方は我々NPCもプレイヤーも同じですので、詳しくはそちらのほうに。簡単に言うならば、まあ結晶化させた因子で型を作り、銃などのパーツを組み立てる武器は、その中に金属なり素材を入れて部品を作り上げて組み立てるんです」


「……とりあえずまあ、ざっくり覚えときます」


「強化とは、元々ある武器を一度特殊なスキルによる結晶因子の中に封じ込め、溶かし、そこに新たな素材を入れて大きな外観を損なわずに一から作り変えることをいいます」


「つまり、丸ごと溶かして新しい素材を放り込んで、固めると出来上がり、ですか?」


「まあ端折ってぶっちゃけちゃえばそうです!」


 元気のいい割り切りに、苦笑しながら自分の愛銃をそっと取り出す。店員がすかさず机の上に真っ白な布を敷いたので、その上に丁寧に乗せる。

 一度水没したので整備を頼めば、説明が終わった後に整備方法を教えてくれるらしい。店によっては、整備を依頼された品物を着服し、見た目だけ同じ粗悪品と交換するところもあるらしいので、気軽に人に預けないほうがいいという忠告ももらった。


「どこまで現実社会を皮肉るつもりだよ……」


 まるで詐欺のお手本のような悪徳商売だが、学習性AIがそれでいいのだろうか。


「仕方ありませんよ、学習性AIも人にだいぶ近付きましたし、近付いたと思わせたい部分があるんです。騙し、裏切る。これは手っ取り早く人間的な面を錯覚させるのに、非常に有効な手段です……こちらがサンプルになります。わが店の『デザートウルフ』の原材料はこちらの『アルメタル』が主成分ですので、簡単な一覧となります」


「なるほど……。アルメタル、ってああこれか」


 色とりどりのサンプルが広げられる中、鈍い輝きを放つ濃い灰色の鉱石に、『アルメタル』というラベルを読み取ることができた。

 本当に欠片も欠片だが、妙に量がある。仕切りの中に袋に入った状態で入れられているそれを取り出し、店員は精製時の切れ端だと説明した。


「この切れ端は意外と需要がありまして。どの素材もそうなんですが、相性ってあるんですよ、やっぱり。既に何回も試されて、確立されている組み合わせなんかもありますが、そうでないものも多いんです。そんな時に、小さな結晶因子に放り込んで相性や適性を見るのに、こうした屑素材も重要になってくるんです」


「貴重な素材を使って失敗したら大損害だから、予め小さく削って試すのか。成程……放り込める量に限界は?」


「あると言えばありますし、無いと言えばないです。ただし放り込めば放り込んだだけ効果が出るのではないし、入れたものの分の重量は当然ながら消えたりしません。」


 更に相性が悪ければ失敗します、と言われ、くわしく聞いてみれば生産系のアビリティ、それに付随するスキルには、未だ未解明なことが多いらしい。

 腕の良い生産アビリティ持ちNPCは、これは秘伝といわんばかりに何も教えてはくれないらしいし、弟子になったらなったで見て盗めだとか色々と大変らしい。

 同じくらい大変ならば、商売をしながら客が持ち込む素材の破片で自分なりに検証、研究しながら、スキルの熟練度を磨く方を選んだのが、目の前の店員さんらしい。


「とりあえず分かっていることは、素材の質と、バランス、組み合わせ。強化において、この3つが最も重視すべき点です。この『デザートウルフ』は最低限、『鉄』以上の質の金属系素材ならば作れますが、もっと質の良い材料でも同じものが制作可能です」


「これは『アルメタル』だっけ?」


「鉄の次くらいなので、まあ普通くらいの金属ですね。銃の強化は基礎部分と追加特性の2種類ありまして、『銃を構成する素材変化』と『銃に付与できる特性追加、または変化』となります」


「ああ、じゃあ今はアルメタルで出来ているこの銃を鉄にしたり、より良い金属にしたりってこと。この銃に何か特殊能力を付与することの2種類が出来るんですね」


「そうです。とりあえずのサンプルはこちらですね。鉱石に関しては近場で行ける中でも最も高価な鉱石を取り扱っていますが、こちらは買い取っていただく形ですね。素材に関しては陸鰐の素材はかなり質が良い方ですから、そちらを使われてもいいかと」


「とりあえず、鉱石に関してはどの程度までの自由度が?」


「ああそうです、それが書いてあるのがこの一覧表です。銃のパーツは基本的には各種金属素材。珍しいものだとモンスターの骨、一部の宝石等でも作ることが出来ます。一定以上の強度値を確保できるなら、なんでだって作れますよ。私は取り扱えませんが、モンスターの硬い毛などで作られたものもあるらしいです」


 勿論、加工して強度は折り紙付きですけど、という店員。それこそ、腕と素材さえよければ何でもアリなようで、店員さんとしては骨、金属ならばある程度のレベルまで取り扱えるとのことだった。

 宝石に関しては作れなくもないが、大量に必要な事、宝石にかかる費用などの面から、おすすめしないとのことだった。

 彼女としては自分は金づるだが、破産してもらっては困るらしい。そこそこに太く長く、お付き合いをしたいそうだ。


「ん? 素材の質も合わせなきゃいけないんですか?」


「ああ、そうですよ。まあ、合わせるというか、素材に打ち負けないようにしないと。じゃないと、元になっている金属やらが耐えられませんから。もし骨で作るなら、骨の持ち主の他の毛とか、牙とかがおすすめですね。相性が悪いことがないので」


 最高とも言い難いが、同じモンスターから全て作ってしまえば、絶対に失敗はないという。バランスというのだから当然だが、面白みに欠けるし、性質が被ることもあるという。


「陸鰐の素材、もしくはアドルフの素材に釣り合う金属ってあります?」


「……む、ずかしいところですね。陸鰐に関しては問題ありません。しかし、アドルフ……失礼ですが、私も我が家秘伝の文献でしか知らないんですけど……竜脈のモンスターですよね?」


「そうです。竜脈に立ち入る機会がありまして、丸ごと1頭分なら。肉以外なら残ってます」


「竜脈のモンスターはかなり特殊で、魔法系の力に強く影響を与える性質が宿りやすいんです。そうなると、素材もただ質を合わせるだけじゃなくて、同じように魔力の通りが良いものを使わないと……」


 簡単に言えば、魔力とは本来流動的に動くものであり、穴がない入れ物に入れれば破裂する可能性が高いらしい。

 つまり、アドルフの素材を放り込むのならば、通常よりも魔力をするすると通す素材で基礎部分を作り変えねばならないらしかった。


「先程は元になる武器は壊れないとは言いましたけど、そこらへんの根本的な問題を無視すると、流石に元の武器も破損します。なので、竜脈の素材は知識が無い職人には渡さないほうが良いですよ」


 揉め事の種です、と小声で囁く店員につられ、自分も小声で返事をする。密談をしているようにも見えるかもしれない。


「もう一度竜脈に出向く可能性は……?」


「……ちょっとそれは難しい。今度こそ問答無用で潰されます」


 ケット・シーの性質は基本的には残忍であると自分は認識している。あの時はたまたま機嫌が良かっただけだろうし、機嫌が悪くなくとも、素材目当てで何度も竜脈を踏み荒せば、番人の名に恥じない動きで自分を排除しようとするだろう。

 素材目当てで再び竜脈に潜る気は、しばらくはない。そういうことは、もっと強くなってからの話だ。


「そうですか……まあ、そうですね。竜脈を踏み荒すなんて罰当たりですし……いやでも、まだ見ぬ素材が……!」


「それで、自分は何を用意すれば? 金ですか、それとも質の良い金属ですか」


 1人でヒートアップしかけた店員に声をかければ、店員はふと我に返った顔で囁いた。


「……モンスターなら何でも良いので、骨を集めてきて欲しいんです」


「……何故? さっきの話じゃ、地上のモンスターじゃ役不足なんでしょう? それもここら辺のモンスターは特に」


「そうです。それはお客様の強化に使うものではありません。実はわたくし、そのレベルの素材で強化する為の結晶因子スキル、【銃強化level 5:骨】の熟練度が足りてないんです。アドルフの素材を付与するなら、アドルフの骨や爪を基礎にすれば問題ないんですが、アドルフならlevel 5の筈。大分前にlevel 5にはなりましたが、おそらく熟練度100%じゃなければ確率で失敗します」


「……要するに、熟練度上げの為の素材を要求されたんですか。自分は」


「……お値段は持ち込みですので、こちらの不手際分値引きさせていただきます。熟練度上げの為の素材は買い取らせていただきますし、手数料も割引します。……お願いします、もしそれが成功すれば、恐らくlevel 6への条件の1つが達成されるんです! 私に作らせてください!」


「……わかりました。元を作った人に強化してもらうのが一番でしょうし、お願いします。本当に何でもいいんですか? 骨なら」


「はい! 骨ならなんでも!」


「じゃあとりあえず……ギリー」


 細かい値段交渉はしていないが、商談は大雑把に成立した。扉を開けて、入り口で大人しく番をしているギリーを呼び、持ってもらっていた重たい荷物を持ち上げる。

 ギリーにもう少しだからと言いながら店に戻り扉を閉め、首を傾げている店員の前に荷物の中身を見せる。


「……何の骨と牙ですか?」


「グルア4頭分の骨と牙です」


 PKプレイヤー“ヒューマン・アイザック”が連れていた契約モンスター、グルア6頭。雪花と共に討伐したので、取り分としては各自3頭としたのだが、雪花は仕留めた数の分だけで良いと1匹分辞退。

 そのため、自分で倒した4頭のグルアの死体は、全て自分の取り分となった。肉はギリー達に食べてもらい、骨と牙、爪などを持ち帰ったのだが、処分に困っていたので良いタイミングであったともいえる。


「頭の骨1つだけは記念に持っておきたいんですけど、それ以外はどうぞ」


「……とりあえず、これ全部こなしたら熟練度マックスになる気がするんで、プレイヤーコードだけ控えさせていただいても……」


「ああ、わかりました。連絡くださいね」


「はいぃ……とりあえず、1頭分頭の骨と牙全てを除いても、4頭分で……えぇ、これ40万フィートくらいになりますよ。白金貨40枚ですよ、40枚……!」


「……」


 ほぼ1頭で愛銃が5本も買えるらしい。金になるのは良いことなのだが、これだけモンスターの売却価格が良いと、契約モンスターを裏切ってでも売り捌きたくなるのだろうか。売らないけど。

 しかもグルアは夜の草原の覇者とは言われているらしいが、どう様子を見ても草原で最初にエンカウントする肉食系モンスターである以上、最終的にゲームが進めば雑魚であることに変わりはない。


 価格は常に流通量で変動するだろうし、プレイヤーが強くなればモンスターの値段も相対的に下がるだろうが、それにしても現時点でのモンスター換金額が高すぎる。

 これは相当にモンスターが手強く、簡単に倒せない癖にリスクが釣り合わないのだろう。

 PKプレイヤー達だって、モンスターの換金額が高額であることなど分かっているのだろう。それでも、モンスターに直接挑むのは採算が合わないのだ。だから誰もがPKなどという行為に走っている。


「……どうぞ」


「……どうも」


 そこそこに稼いでいるようでも、一気に40万もお金が飛ぶのは苦しいに違いない。守銭奴の様子が見て取れる彼女なら、尚更なのだろう。

 我が子を見送るように白金貨を目の前で40枚数え、差し出した。お金を入れる為の袋に入れ、じゃらじゃら鳴らしながら懐に仕舞い込む。

 治安はしっかりしているとはいえ、ベルトにしっかりと紐を絡ませた。


「じゃ、自分はこれで」


「……はいっ! ご来店ありがとうございました! 必ず連絡いたします!」


 涙目で袋の中の金を見送っていた店員はしゃっきりと背筋を伸ばし、元気よく頭を下げる。そのギャップに苦笑しながら店を出て、軽やかな音に見送られながらギリーの背に乗り込んだ。弾を注文するのを忘れたが、次に来た時で構わないだろう。

 『デザートウルフ』は連絡が来たら預けることにしたので、このまま夜逃げをされても自分的には懐は痛まない。


 そのまま大通りをいくつか曲り、数時間前におっちゃん経由で頼んでいた加工屋に挨拶する。滑らかな手触りのアドルフの骨の柄が取り付けられ、ナイフらしい見た目になっていた。爪に関しては研磨剤でより一層切れ味を増したらしく、沈痛な面持ちをしたお兄さんから、致命的な宣告をしてもらった。


「――鞘が無いことに気が付いたのは、完成度に惚れ惚れした直後の事だった」


「独白風に言えば誤魔化せるものじゃないんですけど、どうするんですか? この凶器」


 まさに凶器。試し切り用のモンスターの骨が、まるで山芋のように切れるのだ。覚えがある手応えは山芋だが、自分が今切っているのは骨だ。しかもかなりの強度の骨らしい。

 包丁のように力を入れず、さくぅと切れるのは恐ろしい光景だった。

 骨の薄切りを生産したところで、怖くなって丁寧に机に置いた。試していないが、刺し貫くことに関しても上等なものらしい。


「……アドルフって本当に兎なのか? こんな爪をもった兎なんているのか?」


「いたんですから、いるんでしょうよ」


 加工屋のお兄さんは少し若めの見た目をしていて、気さくな感じが漂っている。いかにも重労働系のお兄さんで、竜脈に棲むモンスターなど、文献でも見たことが無いというタイプだった。

 幸い、薬屋のおっちゃんは武器屋のお姉さんくらいの知識はあったらしく、自分を差し置いて絶対に骨を柄に使えとお兄さんに言っていたが。


「そんな兎、嫌だなぁ。あぁ、で……鞘だよね、鞘。剥き身で持てる勇気は?」


「片手に常にそんなナイフ装備してたら、変質者ですよ」


「だよね」


 頷いたお兄さんは難しい顔をして黙り込む。鞘のあてがないか考えているようだが、あったらこんなに悩まないだろう。


「安全な持ち運び方法はある。ただ……」


「ただ?」


「緊急時に即座に抜けないナイフとか、意味あるのかなと」


「ないですよ、それ。料理用じゃないんですよ?」


 お兄さん曰く、がっちがちに鞘と柄を固定してしまえば問題は無いらしい。まあ動かさなければ流石にどんなに切れ味が良くても何も切れないので、とにかく固定すれば安全だろうとのことだった。


「だけど、それをやると一々必要な時にその拘束を解かなきゃいけないわけで……」


「不意打ちする時以外に役に立ちませんね」


「そうだねぇ。あ、でも緊急の時――というか、何か刃物で切り付けられた時は、このナイフで受け止めないほうが良いよ」


「え?」


「これ、切れ味良過ぎて受け止めたら切っちゃうから。先っぽは飛んでいくだろうけど、柄に残った部分はそのままこっちに来るんだから、手とか切られて危ないよ」


「……」


 結論、切れ味が良すぎるのも非常に問題だった。結局、鞘の問題に関しては何も解決しないまま、自分はログアウト予定時刻を迎えることとなった。

 予定通りに5分前に到着した宿で興奮したように今日の戦果を語る雪花を無視し、悪くないベッドに倒れ込んでログアウトを待つ。

 システムが甲高い音で鳴き、世界の終わりを淡々と告げ、世界は闇に包まれた。





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