第四十六話:楽しい狩りの手引き
第四十六話:楽しい狩りの手引き
冷たい水を頭から浴びて、泥と血を洗い流す。
汚れは全て流しきり、ズタズタの初期装備は適当に袋に詰め、違う服に袖を通す。最初に着ていたものとも、予備の服とも違う、雪花が敵さん方の倉庫からくすねて来た防具らしい。
防具と言っても見た目は普通にお洒落な私服で、フードのついた黄土色のトレーナーに、袖の長いカーディガン。その上に茶色のジャケットを羽織り、防御と防寒、ついでに防熱機能もあるらしい。
焦げ茶色のジャケットだけ、貴重なモンスターの素材で出来た本物の防具だとか。火属性の狐の毛で出来ている手首のファーは、そのモンスターの性質通り燃えないという。もしうっかりファイアとかが引火して燃えたら、間抜けどころの騒ぎではないのでありがたい機能だ。
ズボンはジーパンみたいな見た目だが、ジーパンほど硬くなく戦闘にも問題無さ気。雪花が気に入ったと勝手に使用していたナイフは、見捨てずに探しに来たご褒美として雪花にやった。
陸鰐に止めを刺した武器だが、個人的に思い入れは少ない。それよりももっと、自分が心配していたのは――。
「――『三十六式オートマチック:デザートウルフ』」
小さいながらも陸鰐の目を奪い、ギリーと同じ名を冠する自分の愛銃。グリップ部分の黒と白と橙の斑が美しい、洗練された自動式拳銃。
自分と共に水没したことで壊れていないかを心配していたが、雪花曰く通常の水なら乾かすとか手入れとか色々と面倒だが、あれはただの水ではなく根本の性質からして異なる魔力の水だから問題ないという。
試しに装填してみるも、軋みやおかしい部分は無い。セーフティーをかけてサイ・ホルスターに銃を入れ、肩に回したベルトに予備のナイフを括りつける。
ポーチも全身に付け直し、弾薬、薬、携帯食料を確認。雪花の携帯食料らしいクッキーもどきを齧りながら、これもくすねてきたらしい焦げ茶色のブーツに足を通し、戦闘の準備を整える。
泉の水で喉を潤し、空腹値も万全。武器も防具もアイテムも揃え、意気揚々と雪花達の所へ戻れば、当然のように覗きをしようとした雪花がギリーに踏まれて地面に押し付けられていた。
下は草原だからまだいいが、これが砂地だったらもっと悲惨な様子になっていただろう。とりあえずギリーを呼んで退かし、これからの作戦を考える。
「起きろ雪花。蜂狩りついでに蜜蝋も欲しいんだけど」
「……ギリー君マジ忠犬過ぎ……蜂、蜂ねぇ。色々と上がって来てるよ、ほら」
「ん? ……平原震え
雪花の提示したウィンドウを覗きこめば、モンスターの細かい特徴が書かれていた。問題は大きさと数、そして凶暴性か。
最悪、逃げるだけに徹し、蜜蝋取りは蜂達が狩りに行っている間に行ってもいいが、とりあえずの問題はルーさんというよりかは、のんちゃんの救出だ。
「状況を確認しよう。平原白蜂の巣はここからもう少し西にある小さな谷、というよりかは亀裂? が近いのかな。そこに細長く巣を作っていて、ルーさん達がいるのはこっから見て巣の右端から2割くらいの距離。そこの中腹に開いた洞窟もどきにいる、でいいのかな?」
草地の間、竜脈への穴を埋めた場所に広がる土の地面に、拾ってきた棒で簡単に見取り図を描く。
谷間の両岸を表す線を描き、簡単な丸で蜂を表現。右端から2割ほどの位置に星マークを描き、のんちゃん達の位置を大まかに把握する。
そこにギリーが足を出し、器用にも爪の先で星印から真っ直ぐに線を引く。引いた線の先に丸を描き、そこに綺麗な※を描き足す。
『そうだ。外側から魔法系スキルで穴を掘り、その洞窟との道を作るのが一番安全で現実的な案だが、問題はそこまでの魔術なり魔法なりを使えば、膨大な純因子に反応して蜂達が一斉に大挙してくるということだ』
「純因子って?」
『魔力は魔素というエネルギー伝達物質、因子という有色エネルギー、純因子という無色の高密度エネルギーの3つが結合した物質とされている。詳しく説明する時間は無いので省くが、この世界において生きるために必要なエネルギーと言えば分りやすいか』
「あー、エネルギーとしてとりあえずは覚えよう」
魔力の構成、魔素、因子、純因子と話が出たが、今はそれを突き詰めている時間がない。大人しく頷いて話の続きを促せば、簡単には把握しているらしい雪花がドヤ顔で指を立てる。
「植物は因子を糧に、草食動物は植物に含まれる純因子を糧に、肉食動物は草食動物に含まれる純因子を糧にしている、っていう食物連鎖の話は、『魔術大全』のはじめに、の部分の言葉。持ってますから、後で読みます?」
「読む。ふぅん、じゃあつまり、純因子はモンスターにとってもプレイヤーにとっても、身体を動かすためのエネルギーってことか。大量の純因子を感知すれば、それだけ良い餌があるってことで、蜂が寄ってくる?」
『その場合正しくは、おこぼれを求めて、が近い。大量の純因子の発露は、そこで戦闘が起きているという事だから、数で勝てるようなら両方、勝てないようなら、負けて弱った方に集団で襲いかかる。それが震え蜂科の特徴だ』
ギリーが説明した平原震え白蜂の狩りは、おおよそファンタジーというよりかは、現実世界のスズメバチの狩りの習性を聞いている気分になる話だった。
ギリー曰く、平原震え白蜂とは、積極的な狩りもするほどには獰猛だが、元気な獲物は出来るだけ狙いたくない。そこで、純因子を感知する能力に特化し、戦闘で弱った方の個体を集団で襲い、捕食する。
その際、効率的に狩りをする為に囮を使用。獲物の前にふらふらと低空飛行で現れ、今まさに目の前で力尽きましたというように、地面に落ち、小刻みに震え、やがて動きを止める。
獲物がそれに反応し、死んだフリをした個体に近付いた瞬間に、辺りを包囲していた蜂に一斉に襲い掛かられる。
恐ろしいことに実はこの作戦、二段構えになっており、一回目にこの作戦に引っかかった獲物が、二度と同じ手に引っかからないことは分かっているため、その都度地形を鑑みて集団が待ち伏せする場所が変わる点にある。
その為、森では震えている蜂を見たら死を覚悟しろと言われるまでに危険なモンスターであり、その最大の特徴である震える狩りに照らし合わせ、そのような狩りの仕方をする蜂系モンスターを、『震え蜂科』と称す。
腐肉漁りもするらしく、死体の匂いには敏感で、近くに大型モンスターの死体があれば夜明け前でも動き出すという。
「怖っ。震え蜂科、怖っ」
「そんなのにわざわざ打って出るとか……いやいや、今の俺は悲しい暴君に仕えるしがない傭兵の身……さぁ、ボス! ご指示を!」
「ころころキャラ変えんの止めてくれない?
「ちょいちょい黒いよねボスって! このどっちつかずが良いんじゃん!」
「うるさい、要は穴掘り部隊と陽動部隊に分ければ良いんだろ。雪花お前、自分と一緒に陽動な。ギリーとモルガナは穴掘り部隊。さっさと片付けて合流して、ライン草採って帰る」
要するに純因子に反応して蜂が集まって来るのなら、その性質を利用してもっとド派手に放出してやれば良い。
ついでに出来る限り殲滅。蜜蝋をたんまりと持って帰る。ついでにモンスター素材も捌けて、一石二鳥、万々歳だ。
「よし――殲滅だ」
「あの、ボス? 陽動って言ってなかった? まさか陽動とは名ばかりの殲滅部隊なの? 100匹近く殲滅するの!?」
二人で!? と悲鳴を上げる雪花に銃を突きつけ、ここから更に殲滅部隊として作戦を練る、と言い渡す。
真っ暗闇から羽音だけで迫り来る、50匹近くのコウモリと死闘を繰り広げ生き残った自分にとって、こんな明るい場所で的のでかい蜂を仕留める事くらい簡単だ。
ノルマは変わらず一人50。楽勝……と呟けば、雪花がひくりと左目をひくつかせ、一体何を経験してきたんだと腰元の剣を片手に項垂れる。
「スキル見せろ、作戦を練る。ギリー達は戦闘開始と共に穴を掘ってのんちゃんとルーさんを救出。完了したら助太刀に来ること」
『了解した』
『うむ、胸のある人間の言は聞かねばな』
「うっそー……マジでやるの? やっちゃうの? いっちゃ――」
「“火の精霊よ 点せ 【ファイア】”!」
「――あっつい!」
不満げな雪花がぶつぶつと文句を言うので黙らせれば、剣を片手に黄昏たように空を見上げだす。そんなことをしていないでスキル欄を見せろとせっつけば、今度は項垂れてスキル欄を開示した。
涙ぐましい抵抗だが、まあ雪花だしやらせれば出来るものだと信じている。多分。
とりあえず開示された情報を見ながら、使えるスキルと組み合わせを考えながら熟考し、綿密に作戦を練る。
細長く密集している蜂達を相手にするなら、端から各個撃破が望ましい。鉄板が入ったブーツをがつりと鳴らしながら、めまぐるしくシュミレーションを繰り返す。
甲殻は硬いが、銃弾で貫けない程ではないらしい。打撃も効かないわけではなく、寧ろ斬撃の方の耐性に優れていると言う。
時折、防具にも使われるのか討伐対象とされることもあり、モルガナ曰く、その時は甲殻目当てに大量の水の魔術で動きを止め、そこからゆっくり討伐するのだとか。
「水……水、そうな。足りないな」
「そうだよ! 二人で【フラッド】撃っても水没どころか軽い雨くらいだよ」
「魔力の形で動きをある程度指定できる筈だ。事前に丸太で簡単なシェルターを作り、入口を塞ぐように水塊を出現させる。大きさを保つ為に、交互に水の魔術で補充……シェルターが小さいな。ダメだ」
一つ目の案は没。時間があれば検討するが、戦闘に耐えうる空間を確保するには、相当の木材と組み立てる時間がいる。時間がない今は不可能。次。
「水の魔術で動きが遅くなるのは翅の抵抗が大きくなるからだろう、ということはモルガナ、翅は燃えやすい? にくい?」
『燃えにくいと言えば燃えにくいし、燃えやすいと言えば燃えやすい。震え蜂科の翅には特殊な蝋のような物質が表面を覆っていて、その蝋が溶けてしまえば、その下の翅は非常に燃えやすい。その為、火は避けて通る』
「と、いうことは結構な火力が必要ということで、時間も必要。現実的じゃないな、補助か。モルガナの雪……降らせている途中で袋叩きにあうな。一気に凍結させることは?」
『夏よりまだマシとはいえ、これだけ因子の色が違ければ、相応の範囲しか無理だな。せいぜいが初めに……いや、一息に全部仕留められないのならば、準備が追いつかず数に押し負ける』
確かに一息に全域を凍らせられないのならば意味がなく、雪も降らせれば動きが鈍るとかそんな即効性は期待できない。時間が経てば鈍るだろうが、時間が立つ前に集団で襲われる。
「総合的な問題点は数だな。一度に大量にかかってこなければ、恐らくそこまで驚異的なモンスターじゃない。どうやって分断するか。分断、分断……あ、そうだ」
「何か思いついたー? ボスー……」
暗い顔で項垂れていた雪花が顔を上げ、こちらを見る。
「穴なんて掘らなくて良いや。全部、巣から誘導して一纏めに隔離すれば、ルーさん達も簡単に出られるんだから、そうしよう」
「どうやって?」
胡乱げな視線を向けてくる雪花に親指を立て、傍らにあった巨大な陸鰐の死体に片足を乗せる。
その巨体は肉の塊であり、そうつまりは、蜂達にとって純因子の塊と同義である。狩りだけではなく、集団で腐肉を漁り、その場で我先にと食い尽くす習性も持つのなら、一纏めにすることは簡単。
集まった蜂達を陸鰐ごと、ギリーと協力して地属性魔術で巨大な落とし穴に叩き込み、その上に雪花とモルガナで水と氷の蓋をしてもらう。
「取りこぼしは各自、対応」
ニヤリと笑えば、雪花も引きつった笑みを返した。決戦前に『デザートウルフ』の調子を再度確認。問題が無いことを確認してサイ・ホルスターに叩き込み、陸鰐に片足を乗せながら宣言する。
「動きが鈍い夜明け前に、餌で釣って殲滅する!」
楽しい狩りの始まりだった。
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