第四十五話:竜脈脱出大作戦

 


第四十五話:竜脈脱出大作戦




「魔力よーし、場所よーし、危険よーし」


 暗い通路のど真ん中。前を見ても後ろを見ても果ての無い暗闇を見透かすことは諦めて、自分は今、地上への道を見つめている。

 地上への道、そう、それは天井。地下深くの空間なのだから当然だが、その出口は必ず上へ上る道である。


 上、つまり、岩壁の上に重く堆積しているであろう地面を抜け、地上に出ること。それがこの竜脈という迷路の脱出方法だ。

 道を探していたのでは時間がない。その内、ログアウト時間がやってきて、無防備に危険に晒された自分の身体は、あっという間にモンスターにやられてしまうだろう。


「上ってことは、崩しゃあ良いんだろ」


 うん、と頷いてからぎゅっと硬くリュックの紐を結び直し、麻靴の紐を絞める。印をつけた天井から少し離れ、その印を中心として指先を向けて集中する。

 道がないなら作ればいい。教会から続いていた、長い長い階段のように。

 途中、巨大モグラや獣王に会って延びに延びていた作戦だが、今こそそのお披露目の時! 竜脈脱出大作戦の始動である!


「“なまりの色 精霊の色 土の精霊と見紛う色”……!」


 自分の赤々とした魔力が渦を巻き、一度手の内で膨らんで行く。フレイムにも見られるこの現象は、同じく地属性の2番目の魔術でも同じらしい。

 赤い魔力が手の内で凝縮され、見る間に布を織るように複雑な魔法陣が編まれていく。じっと印を見つめながら、シミュレーションを開始。


 ケット・シーがさり気無く言っていた、地上から竜脈までの距離はおおよそ10メートル。ビル三階分くらいの高さと言えば感覚は掴めるが、果たして、この魔術でどこまで穴を開けられるかは非常に疑問だ。

 竜脈という場所柄を考えても、そこまで辿り着けるかどうか。不安だが、スキルの説明を見る限り危険もデメリットも存在しない。


 後は魔力が足りなくならないように祈りながら、詠唱を続けてスペルを唱えるだけ。


「“流砂よ崩せ 分解せよ”!」


 詠唱に従い魔法陣が編み込まれ、自分の手を離れて、印をつけた場所に溶けるように消えていく。スキルの説明では地属性の魔術は、その全てが分解と結合の力であると記されていた。アレナもこの魔術も分解の力。

 ここから地上までの岩や土を壊し、粒子にまで分解して穴を開ける。そうすれば後はそこに無理矢理、足をかけ、登っていくだけの簡単な作業だ。


 スペルを待ち兼ねるように安定しない魔力に、更に魔力をぶち込んでいく。魔力に引かれて魔力が集まるとは妙な喩えだが、辺りから見えない魔力が集まって、自分の魔力と混ざり合ってようやく見える。

 まだ、もう少し、見えない部分を想像で補って、巨大な柱をイメージして魔力を上へ上へと押し上げていく。


 見えない魂が漂う竜脈。魔力に満ちたこの場所では――。


「……【アルトール】!」


 ――魔術の全てが肯定される。


 思わず失敗の恐怖に目を瞑り、そうして砂の山が落ちてこないことに安堵して目を開く。もしスキル説明の解釈が間違っていて、単にこれがアレナと同じ、砂に変える規模が変わっただけの魔術であったら、今頃自分はこの場所に自分で墓穴を掘った如く、生き埋めになっていたことだろう。


 目を開けて見ればその心配は杞憂に終わり、閉ざされた空間である竜脈の空気が、そこに漂う魂が、外を求めて上がっていく感覚にやってやったぜと拳を握る。

 背後から風が吹き抜け、大穴を抜けて空へと昇っていく。風が吹かない竜脈に、風が吹いた。その意味を、自分も解らないわけではない。


「……っし、やってやったぜ」


 拳を握り、悪い笑みを浮かべながら肩を回す。此処を上れば、ゲームは自分の大勝ちだ。


「うっしゃあ! 竜の卵ゲットォ!」


 眼前、光も無く、音もなく、竜脈にどでかい穴が開いた。

































『雪花急げ! このエロ魔人! 主の匂いがしたのだ、こっちだ! 急がねばならない!』


「も、これ何かの持久走? うっわ、スタミナ超増えちゃった雪花困っちゃーう」


 一方変わって陸鰐を引きずりながらの無理な行軍。逆に陸鰐を引きずっていたからこそ、プレイヤーにもモンスターにも襲われなかったという理由があるのだが、彼等はそんなことはつゆ知らず、ひたすらギリーの鼻を頼りに、西へ西へと進んでいた。


「もっさん乗せてよー、疲れたよー」


『角に突き刺した状態でなら運んでやろう、雪花よ』


「突き刺すとかえっろ。俺はバック派なんだけど、もっさん何派?」


『顔の見えない性交など滅びればいい』


「覗きはそうだけどさー、もっとこうあるじゃんよ! 俯せの時の腰のラインとか、尻の感じとかさぁ!」


『黙れ。我はアンチ・バック派だ』


「エロい話でもしてないともうやってらんない! 疲れた! ギリー君まだなのー?」


 ずるずると陸鰐を引きずりながら、モルガナが次第に不機嫌になっていくのを見て見ぬふりをする雪花と、必死に主の無事と行方だけを求めるギリー達の行軍では、息が合うわけも無く、雰囲気は重たいの一言で説明できる。


「大体さ! どこまで行くの! もうアレだ、平原震え白蜂の巣に近いんじゃないの? 西の方にあるとか話あったじゃん」


『もう少し先だ。水に沈めてしまえば問題な……』


「あー、エロいことしたーい。したーい……したいっつか、見たーい」


『雪花よ。人に尋ねておいて聞かないとは何事だ』


「もっさんも見たいくせに。大体もっさんの趣味って、あんぐらのモンスターとして不毛じゃない!? 俺等プレイヤーが来るまではNPC相手だったの?」


『馬鹿め。これだから腰振り機は……我らAIは神の元で働いている。プレイしているのと同じだ。メンテナンス期間は自由になる。データ通貨を払えばインターネットなど容易く覗ける』


「嘘だろオイ、ネット派だったの!?」


『生派だ』


「だからどこで解消してたん――まさか、もっさんお前、あの禁断の手を!?」


『ふ……刑務所が怖いお前では到底できまい。哀れよな雪花、存分に泣いてもいいぞ?』


「俺もAIで生まれたかった! 俺もAIで生まれたかった!」


 この非常に下世話でエグイ会話を、もし狛乃が聞いていたら、速攻でこの1人と1匹に炎の魔術でも叩き込んだことだろうが、生憎ここにはツッコミは存在しないし、ギリーはその狛乃を探すのに必死で聞いていない。

 恐る恐る茂みから様子を窺い、今のような会話を聞いてげんなりした顔で去っていったモンスターが、一体どれだけの数に上るのかも彼等は知らずに小走りに平原を進み続ける。


 時刻は既に12時半。夜更けも夜更け、月は既に空高く上がり、薄ら寒い真夜中となっていた。

 必死に微かな魂の反応を追いながら走っていたギリーが、徐に立ち止まる。ぐるぐると草原に突き立つ竜爪岩の周りをうろつき、必死になって地面を引っ掻く様子にモルガナと雪花も軽口を止めて立ち止まる。


「まさかボスの生き埋めとか無いよね?」


『違うわ! 下から反応がある。主の魔力だ、術を使うのか? 上がってきている、穴を開ける気かもしれない!』


 嬉しそうに尾を振りながら振り返るギリーに、雪花はようやくこの大がかりな捜索が終わると息を吐き、モルガナがずりずりと陸鰐を引きずりながらギリーの傍まで歩いて行く。

 機嫌良さ気に尾を振るギリーが主の手助けをしようと魔力を放出、土を分解して穴を開けるという事をモルガナがさらりと雪花に伝え、雪花はん? と首を傾げる。


「……穴って、どこに?」


『あ、邪魔だぞ雪花』


『……馬鹿面のすぐ目の前だそうだ、雪花よ』


 ギリーが当たり前のように雪花を少し邪魔なオブジェクト扱いし、それをわざと遅れて伝えたモルガナによって、雪花は今日最大の不運に見舞われる事となる。


 雪花の目の前の地面が徐に光り、同じように身構えるギリーによって深めの穴が開く。ドルーウの魔術は分解も出来るがそこまでの精度は無く、精々、土を砂に変えて抵抗を少なくし、それを自在に操る程度。


 つまり、分解したといっても砂として大部分が残るわけで、その砂は主が下にいる以上、ギリーにとって穴の中に残しておくなど言語道断であり、そして彼は雪花に対してそこまでの配慮を意識的にしないわけで――。


「嘘、待て、それはちょっと――!」


 ――結果として、雪花の埋まった砂の山が出来たのであった。














 大穴を上り、上り、上って行き、空の様子が見えた時の感動は言い表せない程の感動だった。

 満点の星、土と血に汚れながらも、しっかりと背中に感じる竜の卵の感触。得たものと、出会い、知り得たこと、全てが夢の様だったが、今この手に卵を抱える自分は夢ではない。


 穴を抜けた先、ギリーとモルガナがいたのもびっくりしたが、嬉しかった。ギリーが言うにはモンスターは、契約しているプレイヤーの大まかな位置は分かるのだとか。

 それだけを頼りにひたすら追いかけて来てくれた熱意はとても嬉しいし、自分が初めて仕留めた獲物だからと、陸鰐の死骸を敵さん達から守り通し、持ってきてくれたのも嬉しかった。


 けれど、けれどだ。


「……この状況は何?」


 眼前、砂の山から砂に塗れて、息も絶え絶えな雪花の頭が覗いている。ようやく頭だけでも砂の中から脱出できたようで、ぜーぜー言いながらも風の魔術を連発し、砂を吹き飛ばしながら這い出そうと必死になっているその姿。


「何があったの?」


『雪花がいけない。邪魔だと言うのに退かないから』


「いや、でもね? 流石に駄目だよアレは。ね? 反省しよう?」


『……わかった。今度からもう少し待ってみる』


「はいはい。良い子。ありがとうね、手伝ってくれて」


 ぐるぐると機嫌良さ気に喉を鳴らすギリーを撫でてから、砂の海で溺れる雪花に手を差し伸べる。

 いつもだったら放置だが、今は自分も血と泥に汚れまくった酷い姿だ。今更、砂に汚れるなんて言ってられないし、雪花がギリーについて来たということは、ボスと傭兵の関係は未だ途切れていないのだろう。


 雪花が優秀な手駒であることには変わりないし、いくら忠実に言うことを聞くロールプレイであったとしても、心象は良い方がいい。互いに人間なのだから。


「ボス! 酷いんだよボスのペットが! 確実に狙ってたよ! 死んだら良いとか思ってた顔だったよ!」


「ほら、雪花って死にそうにないから。大丈夫? ありがとう、探しに来てくれて」


「そうな――あっれ、なにそれボス、ヒデェ状態。それ返り血?」


「袖以外は自分の。いや、凄かった。色々話したい、とりあえずそこから出てくれると嬉しいんだけど……あ、入ってたいなら良いんだよ? 自分のダメさ加減を治したくてとか、そういう理由なら……」


「いや何も好きでこの砂山に身体埋めてるわけじゃないからね!? 俺が反省とかするような男に見えるわけないから、それ絶対嫌がらせだよね!?」


「ううん、願望」


「そう願われてんの!? 俺!」


 ちょっとした軽口を叩きながらも、掴んだ手を引っ張って砂山から雪花を救い出す。ぶちぶちと文句を言いながらも這い出した雪花は、膨れ面でお礼を言い、必死に砂をはたいている。


 モルガナが水で流してやろうかと聞くも、ドロドロになるでしょと雪花が怒る。ツナギを脱ぎ捨て、短パンとタンクトップの状態でばんばんと派手に砂を叩き落としている雪花は置いておいて、自分はギリーにだけこっそり竜の卵を見せる。


「竜の卵なんだって」


『それは……珍しい』


「うん。大事に育てるの」


『む、では協力しよう。竜種のことは竜種に聞かねばわからないこともある』


「竜種の知り合いとかいるんだ」


 温かい卵を抱えながらすごいねと言えば、ギリーは大きく頷いた。ギリー達が前に棲んでいた砂漠に、竜種が棲んでいたそうだ。

 生まれる前に話をしたいねと言いながら、真っ白な卵を撫でる。ぶるりと震えるそれを丁寧にリュックに戻し、とりあえず着替えたいと思いながらも伸びをするために上を見れば、見慣れたようなシルエットが星空を遮っていた。

 違和感と、そして不意に思い出した本来の趣旨。全てが一瞬で繋がって、ギリーの背を叩き、自分でも声を上げる。


「あれ……ギリー! 吠えて! ……おーい! おーい!」


 指示に従い即座に喉を反らし吠え声を上げるギリーと自分の声に、見慣れたシルエットが反応して慌てたように下りてくる。

 近くまで来てようやく夜空との違いが判る。星空でなければ気が付かれないであろう、黒と灰色の羽毛を持つトラッド種、フィニーが何度も羽ばたきながら地面を蹴り、ぎゅいぎゅいと普段よりも煩く鳴いて何かを伝えようと躍起になっていた。


『落ち着け、大丈夫だ。何があった?』


「フィニー……だよね? てことはルーさんに何かあったの?」


 興奮状態で騒いでいたフィニーがギリーの呼びかけに段々と落ち着いていき、ゆっくりと膨らんでいた羽毛が落ち着いていく。

 それと共に声も落ち着き、逆に普段だったら有り得ないような、弱った声できゅーいと鳴いた。


『……また、それは面倒な』


「何だって?」


『ルーとはぐれが、この近くにある平原震え白蜂の巣に迷い込んだようだ。蜂の巣は谷底にあるのだが、その中腹の洞窟に逃げ込んだらしい。PKを撒くのには成功したが、谷間に夕方の狩りから帰ってきた蜂共が溢れ、出られなくなったらしい』


「……不運な」


『狩りの帰りは満腹だったから手を出されなかったようだが、朝は腹ペコで狩りに出かける筈だ。その時点で終わりだろうな。ルーはフィニーに掴まって脱出できるだろうが、はぐれはそうはいかない。ルーはその為に残っているらしい』


 思わず、率直な感想を漏らせばギリーが静かに現状の危険さを更に語り、余り余裕は無いのだと思い知る。

 一難去ってまた一難。受難は続くなと思いながらも、ぐっと伸びをしてから未だ細かな砂と格闘している雪花とモルガナを振り返る。


「雪花ー! 傭兵さーん!」


「なぁにボスー! なんかあったー?」


「蜂退治に行くよ、これから」


「……えぅ、いえっさー……」


 え、と言いそうになった声を誤魔化して、流れの傭兵さん(笑)が引き攣った笑顔でそう頷いたのを確認し、自分も軽く深呼吸して外界の空気に馴染む。

 涙目で本当に行くの? と尋ねてくる雪花に満面の笑みを返し、自分の荷物は? と聞けば、きちんとエアリスから持参したリュックが差し出される。


 念のため入れていた予備の着替えを取り出す前に、どこか水浴びできる場所は無いかとギリーに問えば、近くに小さな泉があるという。

 巨大モグラと死闘を繰り広げ、アドルフとプロレスごっこをし、その他モンスター達と暗闇で戯れ続けた自分にとって、もはや外は天国にも近い場所だった。

 ルーさんとのんちゃんを助けるための作戦を考えつつ、もう一度だけ深呼吸してから自分の荷物を持って歩き出す前に。


 色々とあった竜脈をちらと振り返り、ギリーに頼んでこの道を永遠に閉ざしてもらう。


 また訪ねる時は違う道で。ケット・シーに会いに行けたら良いと思う。その時は竜の子と一緒に、きっと美味しいお茶菓子を持って。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る