第四十七話:狛犬、本領発揮
第四十七話:狛犬、本領発揮
軽いストレッチ。この作り物の身体にどれだけの意味があるのかはわからないが、いちにぃさんし、と屈伸運動。
リアルでもとんとやっていないような動作に新鮮さを感じながら、腰を捻ってフィニッシュ。気分だけでも完璧だと満足感を得ながら、眼下に蠢く真白い蜂の大群を見る。
「絶景」
皮肉と、正直な感想入り交じる呟きに、ギリーが黙って傍に寄り添う。月光を反射しながら谷底に蠢く蜂達は本当に美しい色合いをしており、害が無く、間にガラスでもあったならいつまでも眺めていたい気持ちになる。
しかし、それもガラス越しならばの話。実際にはこうして眼前に広がる自然の中、大量の蜂達は獲物を求めて本能のままに蠢いている。
「……綺麗だな」
短く感想。静かに目を瞑り、そして開けば感慨は後の話。
緊張をほぐすためと言って対岸でひたすらスクワットをしている雪花に合図を送れば、同じように合図を返す。示し合わせたようにどちらからともなく視線を同じ方向に向け、遠目に見える純白を注視。
眼下に蠢く純白の蜂。その白い甲殻を揺らしながら、その大顎を持ってしても噛みきれない程の硬度を誇る陸鰐の皮膚に食らいつく彼等。
風雲系モンスター、震え蜂科、『平原震え
「注意するべきは大顎。巨体と硬い甲殻を持つために暴力的な方法に強く、毒を持たなかった種。狙い目は翅……」
巨体と甲殻故に毒を持たず、飛行能力に難がある。狙い目は翅というのも、甲殻よりかは脆く、そこを傷つけてしまえば飛べなくなるかららしい。
ただし特殊な蝋や翅自体にも高い価値があり、それらを得ることを目的とするならば、途端に強敵と化すだろう。
「“
しかし今回はその限りではないので、存分に弱点は狙う方向。陸鰐に群がる100近い数の蜂団子を見つめながら、手の内で魔力が膨れ上がる感覚を楽しんでいく。
陸鰐の下に魔力を展開。深い穴を連想しながら、じっと静かに詠唱を続けていく。
平原震え白蜂のモンスターとしてのランクはE。その為、彼等は一見、臨機応変に見える高性能AIという立ち位置にいる。
彼等は感情では動かないように設定され、臨機応変さも本能という「設定」の前には敗北する。つまりは、自分や雪花の放つ魔術の純因子よりも、陸鰐の死体が含む純因子の方が多い場合、彼等は此方に見向きもしない。
これが学習性AIであったのならば、こんな杜撰な計画は立てられない。このような特殊な条件下でのみ、この作戦は成功する。
「“流砂よ崩せ 分解せよ”」
陸鰐の下、地面に染みこませた魔力が広がるのを待ち、ギリーも同じように補助魔法を展開する。
事前に作戦の説明をしたフィニーには既にルーさん達の所へ行ってもらい、作戦成功と共に自力で出てきて、協力できたらしてくれるように頼んである。
雪花とモルガナの準備が整った事を合図で確認し、さぁ、狩りだと自分を奮い立たせる。
「【アルトール】!」
――ヴオォォオオオオ!!
自分のスペルとギリーの雄叫びが、世界のシステムに呼びかける。叫びにうっすらと目を開けるように、緩やかに世界が振動し、そうして陸鰐に食らいつく蜂達を丸ごと大地深くにかき抱く。
陸鰐の真下に突如出来上がった巨大な穴。そこに落ちる陸鰐を放すまいと食らいついていく蜂達を見ながら、大振りなナイフを抜いて構え、開幕に叩き込むための詠唱を開始する。
「“
「【フラッド】!」
遅れて、雪花の声とモルガナの嘶き。巨大な水塊が蜂団子の上部を呑み込みながら、穴の入り口に出現し、モルガナの嘶きによってその球体は緩やかに凍結への道を辿る。
初めから水塊から逃れたもの、表面近くだったために水塊から脱出し、空中で威嚇音を立てながらこちらに向かって牙を剥くもの。
締めて、二十数匹の白い蜂の群れが、ぅわん、ぅわんと飛び上がり、自分と雪花を威嚇している。
「――――」
熱い、堪えられない溜息のような息を吐く。全身の肌がさざ波を立てるように泡立つ感覚に、堪えきれず口元が笑みを描く。
「――“葉は落ちて再生する 繋がって 踊れ 【ラファーガ】”」
独特の韻を踏んだ詠唱だけを認め、世界は願いを聞き入れる。分断された魔力が空を跳ね、狙った範囲だけに風の刃が飛び交い、致命傷ではないが広範囲にわたってその翅のコーティングに浅く、深く、傷をつける。
一番、蜂の数が多い直線を狙って撃った風の刃がその狙いを果たし、コーティングにより鈍い色をして光らなかったその翅が、月光に照らされて淡く輝く。
その虹色の光を追うようにして雪花がオーバーに腕を振り上げ、それを見た自分はギリーと共に右に回避。
遅れて聞こえたスペルの叫びと、轟音と共に肌を炙る深紅の炎が吠え猛る。
「【フレイム】! うっわ、意外といるじゃん!」
打ち合わせ通りに傷をつけた個体だけを狙い、雪花の魔術が蜂達を劫火に叩き込んだ。群れの真ん中に打ち込んだ風の魔術を、なぞるように展開されたフレイムによって、蜂達は大雑把に炎の壁で分断される。
ラファーガによりコーティングを剥がされた蜂達は翅を燃やしながら落下。地面でもがくものの翅が無ければ飛び上がれず、途端に脅威とはならなくなる。
二十数匹、それぞれ壁を隔てて、こちらにも10匹程度。いつもより少ない群れの数と、次々とやられた仲間達という部分を加味しても、彼等は巣を襲われたら反撃するという本能からは逃れられない。
翅を唸らせ、今度こそ突進してくる蜂達に対し、ギリーが補助の魔法を展開する。地面から吹き上げる砂に阻害され、こちらに向かって来る蜂は半分以下に抑え込まれる。
真正面から来る蜂を蜂とは思わず、ただの白い塊として認識。極端なくびれがある巨大な白い物体として見れば、恐怖に足が動かなくなることも無い。
「“水の精霊に似る 線を繋ぎ流れと為す【ウォーター】”!」
まずは先制、水の魔術で3匹を水中に沈め動きを遅くし、残り1匹に向かって姿勢を低くしながら右手に握ったナイフを振り抜く。
腹の甲殻を力だけで砕けるか試してみるも虚しくキン、と跳ね返され、反撃の為に開かれた大顎に、即座に反対の手に握っていたアドルフの爪を下から真上に振り上げる。
「――ふッ!」
真っ二つにするつもりで一刀両断。鋼すら跳ね返す甲殻を易々と切り裂き、大きく開かれた大顎を更に広げて、純白の塊を一息に絶命させる。
右手のナイフは投げ捨て、あらかじめの予定通り、『デザートウルフ』を右手に握る。装填、セーフティーを解除してあるその銃の引金を引き、水の檻から抜け出しかけた1匹の腹に威力を重視し、至近距離から発射。
腹に少し穴が開いた程度では止まらないのか、もう3発。計4発入れてようやくぐらりと巨体が傾き、再び水塊の中に沈んでいく。
「ギリー、もう少し粘って!」
2匹の絶命を確認すると共に、砂に足止めされていた1匹が接近してくるのを確認。
銃弾を撃ち込みながら後退し、再び水の魔術で足止めする。作戦的には大まかに数を減らしていき、更にそこから殲滅する過程で一度に戦う数を減らしていく。
1匹1匹なら、恐怖に身体が動かないとかが無ければ問題なく、陸鰐よりかはずっと安心して対応できる。
より酷い状況を知らなければ、この巨大な蜂にも恐怖したかもしれないが、あれよりかは大したことはない。
「【ウォーター】!」
再び水の魔術を発動し、1匹を残して近くにいる全ての蜂を水中に呑み込んでいく。近寄って来ていた純白は一度銃弾を撃ち込み、怯む瞬間に合わせて踏み込んで、ナイフを一閃。
くびれた腰の部分を両断し、鉄底のブーツで全力で頭を踏み潰しながら、次の魔術を選択する。
4匹目、水塊から頭だけを出した個体にナイフを突き立て、真横に引いてその頭を両断する。流石に頭の甲殻は特に硬く、抵抗があったがここ数時間で鍛え上げられた筋力値にものをいわせて振り抜いた。
「後6匹……」
驚異的な切れ味を誇るアドルフの爪。それを加工というのもおこがましい、柄を付けただけのナイフ。
硬い甲殻までも切り裂いて、傷一つないそれが体液に濡れて鈍く光る。ウォーターの檻から抜け、次の塊がこちらに向かって全力で飛来するのを視界に収め、高揚した精神が普段よりも滑らかに身体を動かす。
「5匹目!」
全身の力と遠心力を利用した回し蹴りを巨体の腹にぶち込む。甲殻は砕けなかったものの、動きが途端に鈍くなり、大顎にだけ注意しながら全力でその腹を踏み抜いた。
竜脈でも思ったのだが、人間の力は腕の力よりも足の力だ。特に踏み抜く力は地面の質にもよるが威力が高い方で、殴っても効かないのに踏み潰したら効いたとかは意外とある。
特に飛んでいる敵は常に空気のクッションがあるようなものだから、そういう敵に特に効くように感じるのかもしれない。
「次……!」
ギリーによって隔離してもらった最初の5匹を葬って、次の工程に入るために二歩下がって詠唱開始。
「“藍の色 精霊の色 水の精霊と見紛う色 流れよ 繋げ 膨張せよ 【フラッド】”!」
早口で唱え終えた水の魔術が、砂の檻の中で立ち往生している蜂達をあっという間に呑み込んでいく。
その名の通り洪水のような水の塊が蜂達に容赦なく押し寄せ、1匹残らず水塊の中に取りこまれる。
「ギリー! ゴー!」
ギリーが補助の魔法を解除。吹き荒れていた砂嵐が止み、ギリー自身も攻撃の為に動き出す。
魔力で出来た水の塊に頭を突っ込み、純白の蜂の腹に食らいつく。1匹は軽いダメージを与えながら引きずり出し、こちらに向かって放り投げ、もう1匹は全力でその甲殻を噛み砕く。
更にギリーがもう1匹に噛みつこうとしている間に、こちらも放られた塊に容赦なく蹴りを入れる。
蜂が体勢を整える前に回し蹴りを打ち込み、怯ませた所に頭に銃口を押しつける。そのまま残りを全弾発射。体液を飛び散らせながら震える蜂が、地面に墜落するのを見送り、弾倉を引き出し交換、次弾を装填。
「もう1匹!」
『承知した!』
自分の声に応えたギリーが再度水塊に頭を突っ込み、水中でもがく蜂の身体を引きずり出す。阿吽の呼吸、腹に噛み付いて引きずり出したタイミングに合わせ、踏み込み、平原震え白蜂の頭をアドルフの爪が両断する。
飛んだ首が谷底に落下。鈍い音を立てながら最後の1匹をギリーの顎が噛み砕き、こちら側に分断した蜂は全て殲滅。
生き残りがいないかを確認してから、ようやく落ち着く為の息を吐く。
「ふー、よしっ」
良い汗かいたし、最高の気分。
涼しい風が吹く夜空を見上げながら、自分は満面の笑みを浮かべた。
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