第三十六話:作戦開始

 


第三十六話:作戦開始




 靴を履き、装備を整え、残弾数を確認して愛銃をホルダーへ。身体のあちらこちらに取り付けたポーチの中身を確認し、ギリーの毛の感触を堪能してから腹を決める。


 時刻は9時半。初秋の闇が辺りを包み、薄ら寒い風が吹きはじめる。残暑を感じるのも昼間までで、夜は肌寒い空気が森の内に吹き溜まる。

 未だ鳴き止まない蝉の声を聞きながら、思考のギアを上げていく。徐々に歯車が噛み合い始め、思考速度が滑らかに勢いを増していく。


「――まずは、奇襲ありき。かな」


 用心棒として雇ったような気がする雪花を伴って、そう断言しながら暗い森をぐるりと確認。近くに異変はないものの、逆にいつこちらが奇襲を受けるかは分からない。


 森の中でのゲリラ戦は奇襲ありき。どちらがより隠密性に優れているか。どちらがより不意を打てるか。それだけで勝率はがっくんがっくん変動する。


 自分の姿を敵に見せず、敵の動向は須らく把握。それを第一目標にすることを伝えれば、雪花は大人しく頷いて腰に差した短剣を撫でる。


「謎の多い雇われの身ロールプレイだから、雇い主の意見には反対しませーん。悪手でも好手でも良いんで、そこんとこは了解済みで」


「そこは良いけど。裏切ったら執拗に責めたてて、アカウント放棄にまで持ち込むからそのつもりで」


「わーお、「あんぐら」だから出来る荒業だね! 運営仕事しろよ! みたいな」


 ボスって案外ねちっこいね、とか言う雪花を黙らせるべくギリーをけしかけ、ぎゃあぎゃあと騒いでいる内に先々のことに思いを馳せる。


 恐らく雪花は裏切らない。謎多き中二的お兄さんの、各地を転々とするどきどき傭兵生活ロールプレイ(R20)とか言っていたから、多分そのロールプレイの設定通りの行動を取るだろう。


 要約すれば、雇い主の行動には、良くも悪くも一切口を挟まない犬になりますプレイである。


 雇い主が倒されない限りは裏切らないが、雇い主が倒された時点で契約は自然消滅。ただし、もし明確に“仕事”の指示を出された状態で、自分の手落ちで雇い主を死なせてしまった場合は契約続行とするらしい。プロ意識だとか、どうたらこうたら。


「とりあえず、さらさらと喋って。あのバカップルは何だったの」


「わかってないで鉛弾ぶち込んだんだ。すげー、ボス。紙一重だねー」


「……」


「あの2人はボスが追ってる人達で間違いないヨ! ボスが言ってた特殊武器を狙ってるヨ! それ以外にも攻め時だと思われてるヨ! 合計で何人いるかは知らないけど、本隊からあの2人だけ離れてたのは、バカップルだからで察してくれると嬉しいヨ!」


 ギリーに頭を噛み砕くスタンバイをしてもらえば、容易に雪花は喋り出す。特殊武器が原因なのはわかっていたが、攻め時とはもしや陸鰐のせいだろうか。

 そうなるとのんちゃんのせい、回り回って自分のせい。ああ、笑えない事態だと自嘲しつつ、ただ撃ち殺しただけの自分の甘さに舌を打つ。


「……チ、片方囮にして口割らせればよかったか」


「あの2人は究極いちゃつきたかっただけみたいだけど、他はそこそこ真剣に動いてるかな?」


「うん……うん。とりあえず、蝉が鳴いてて詠唱が聞こえにくい今の内に何とかしたい、ような気がする。とりあえずは合流が目的だったんだけど」


「そのフベさんってのはどこで落ち合う予定なの? メッセージ機能凍結で一度はぐれたら面倒だよ、結構」


「フベさんはライン草群生地で落ち合うことになってるから。1人見つける度に一発空に目立つ雷を撃つって話だし、まだ見つけてないのかな。人数分上がったら、普通に遠吠えでコンタクト取れるし」


 ギリー達の意思疎通は遠吠え一択。便利でもあるが、その分敵に自分の現在位置を伝えやすく、行き違いも起きやすい。本当に敵が近くにいた場合、面倒なことになる。


 映像も繋いでみたがまるでわからない。とりあえず死に戻りだけはしていないようで安心だが、あてもなくそこそこ広い森の中を探すのは骨が折れる。


 やはり森をまわって随時奇襲をかけるかと思いつつ、黙ったまま指示を待つ雪花に指示を出す前に、自分の状態を把握しようとステータスを表示する。新スキルも把握して、より万全の状態で挑みたい。


「【ステータスオープン】……ん?」


 とりあえず現状のステータスを把握して、熟練度を見ようと思って開いたステータスにわずかな違和感。特に魔力の数値が減っていて、時間経過の回復と、【フレイム】、【ファイア】の短縮を撃った分を計算するもどうもおかしい。


 他に何かしたかなと考えて、顔を上げれば胡散臭い雪花の顔。流石に無いだろうとは思いながらも、念の為に恐る恐る彼に問う。


「……雪花は、MP吸収とか出来たりするのかな?」


「えっ、何突然! そんな吸収とかエロ……ゴメン、うん。知らない、出来ない。流石にない」


「出来ない……とするとこれはなんだ。何がどうして減ってるんだ。他に使ったスキルは【隠密】だけ……【隠密】?」


 【隠密】スキルはMP消費系スキルじゃ……と思いながら更にスキル欄をタップして表示。【隠密】のページを開いて表示すれば、そこには何も変わっていない説明文がしっかりと表示され、あれおかしいなと首を捻る。


「えーっと、【隠密】」


 仕方がないので疑問を確認すべく、ステータスを開いたままスキルを使用。注視していたステータスの中で、魔力が一気に減ったのを見て思わず硬直。

 しずしずと再びスキル欄を表示して、隠密の説明を表示させればそこにはあった。正しく言えば、増えていたが正しいだろう。



【隠密】“巧妙なかくれんぼ”熟練度49%


 効果:発動中の移動音声を消す。影を消す。臭いを消す。姿を背景に同化させ見え難くする。【索敵:Ⅰ】の効果を一定範囲まで無効化する。

 制約:はっきりした発声と共に解除される。視認されると共に解除される。魔力を消費する。

 特殊:このスキルの発動にスペル、【隠密】の発声は必須。



「ボスー、一瞬だけ微妙に見えるようで見えなかったんだけど、それ【隠密】スキル?」


「ああ、うん。ちょっとあれだ、えーっと……ルーシィ! ルーシィ先生ー!」


 疑問があればすぐ先生に聞きましょう。そんな言葉を思い出しつつ、手を叩きながらルーシィを呼べば、即座に空中に亀裂が入り、そこから小さな妖精が転がり出る。

 空中で一回転し、くるくるしながら現れたルーシィはどこか焦っているようだ。落ち着きなく視線が巡り、自分を見つけてぴたりと止まる。


『はいはいはい、何ですか! 今調整で忙しいんですから、手短にお願いします!』


「じゃあ速攻で。疑問その1、スキル説明が変わってるんだけど、これも変更になったの?」


『え、【隠密】スキルは……あ、それは最初から仕様です』


 よくよく見れば【索敵:Ⅰ】に対する部分も説明文が変化している。元は【索敵:Ⅰ】には引っかからない、みたいな文章だったのに、一体いつの間に変わったのか。

 魔力消費についても知らなかったし、気がつかなかったとルーシィに言えば、あっけらかんと彼女は言う。


『それは簡単です。相棒が一度も、ステータスを開きながら【隠密】を使わなかったから。【隠密】発動状態で、【索敵:Ⅰ】の感知範囲に入らなかったから、です』


「……え、スキルの説明文って最初から全部書いてあるんじゃないの?」


『他にもまだあった筈ですよ。【隠密】スキルの制約って。運営会議で問題になったらしいって、AIの間でも噂になりましたから覚えてます。強力だな、効果が。とか思いませんでした?』


「まあ確かに、おかしいなとは思ったけど」


『この世界は神様が管理して、調整している世界って明言していますから。スキル説明は神様の優しさって話ですね。基本は表示されますけど、詳しくスキルの成り立ちとかの核心に迫る部分は手探りで探していくしかありません』


 例えば、相棒の説明文には表示されていますが、【索敵:Ⅰ】の効果を受けたことが無いプレイヤーの説明文には、そもそも【索敵:Ⅰ】と【隠密】がぶつかった際、どうなるのかなんて表示されていません、とルーシィが言い、雪花がはいはいと口を挟む。


「俺の方の【隠密】にはそれあるよ。後は発声による解除、視認されて解除、ダメージ受けると解除、大きな音とかでも解除。多分、この千蝉が鳴いてる状態だと【隠密】発動できないんじゃないかな」


 ほら、【隠密】って自分の魔力が自分を覆って隠してるから、内側からでも外側からでも、一定の音とかが穴を開けちゃうんだよ。と、そんなことを言われても、その大半が初耳の条件だ。


 詳しく聞き出せば、どうやら熟練度50以上からは、自分の魔力がはっきり視認できるほど魔力自体が自分を覆って隠すらしく、そこから様々な実験を繰り返して今のような結論に至ったらしい。


 そもそも、スキルの原理など考えたことも無かった。まさかこの世界はスキルまでもが、きちんと説明できるようになっているのだろうか。


「魔法系の造詣ぞうけいも深い傭兵って設定なの、俺」


「それ以前にどうして【隠密】が熟練度マックスなの。まだ2日目だしお前、初期アビリティ魔術師だろ。そんなに使ったのか。何に使ったのか簡単に想像はつくけど、何をどこまで見たお前」


「あはん、うふん、くらいまでは」


 折角だからと見せてもらった雪花のスキル欄に燦然さんぜんと輝く、【隠密】の熟練度100%の文字。何に使っていたのかは簡単に想像がつく。覗きの為に研究を重ねたに違いない。やたらと制約の欄も多く、どれだけ心血を注いで試行錯誤したのかを思えば脱力ものだ。


 他にも知らないスキルが沢山あり、自分のステータスと見比べても、出遅れてる感が半端じゃなかった。何これ悲しい。


「知らないスキルが結構あるな……」


「俺はそこそこな方だよ。ボスが少ないんじゃ? あ、魔術スキルはもしかして【フレイム】だけ?」


「……他はまだ」


「ふーん。でも動きは良かったから、格闘系もいれたら良さそう。樹上で蹴りいれながら詠唱できるなら、魔術師は向いてるよ。良かったねボス、のびしろがあって」


『相棒! 私もう行きますよ? 良いですよね?』


「あ、うん。ごめんね呼びつけて。いってらっしゃい」


『いってきます!』


 慌ただしいルーシィを見送って、さて自分達こそのんびりしている場合じゃないと我に返る。蝉の声が鳴り響くこの中で、【隠密】が使えないとなると大問題だ。


 敵も使えないという部分に良しとするべきか、いやそれならそれでさっさと準備をしなければならない。それか、蝉が鳴き止むまで作戦を練ることに没頭し、静かになってからの作戦決行を考えるか。


「……雪花は、このスキルを見るに……万能型?」


「そ、万遍なく。広くある程度深く」


「……」


 まず、目的は敵の殲滅か、仲間との合流か。攻撃的に振る舞うか、それとも逃げに徹するのか。この時点で方向性を決めなければならないが、彼等が狙っているのは特殊武器。そして、狙っているのは少なからず勝てる可能性があると思われているからだ。


 人間同士の争いにおいて、その争いを回避する方法はいくつかある。

 まずは闘争、次に同じ音でも意味が正反対の逃走ときて、次に和解、協力、次に拮抗、牽制と続く。


 闘争――敵を殲滅し、可能性自体を叩き潰す。これは悪くない手だが決して良いだけの手ではない。圧倒的な力量差による負けは敵に敗北感と無力感、“次”を想起させない絶望的な差を感じさせることが可能だが、ゲーム内における勝ち負けにおいて、負けはリベンジを誘発する可能性が多分にある。


 死に戻りが存在するこの世界において、リベンジはそう難しいことではなく。オンラインゲームは時間をかければ大抵の人が一級品くらいにまでは強くなれる。よって、脅威がますます育っていく可能性が存在する。


 次に逃走――逃げ隠れを繰り返し、争うきっかけすら与えない。三十六計逃げるにしかず。戦わないのだから敗北も無く、逃げ続けるのだから対面する余地も無い。最も消極的なようでいて、ある意味でとても面倒な手段である。


 逃げ続ける事はゲーム序盤の、持てるものが少ない状態ではとてつもなく面倒で、その行動にも制限がつく。出来れば却下したい案の1つだ。


 次は和解、協力――同盟関係にも似た、互いの利益を優先しての対等な友好関係。互いに争うことをせず、もっと強大な敵を据えることで互いの目を互いに向けないことが重要になる。


 向かい合わせで争わないグループは無く、長く穏やかに共にあるには、同じ方向を向かねばならない。しかしながら、先に弓を引いたのはどちらなのだと問われると、フベさんがユア達を消し炭にした時点で、この案は最も廃案に近い。


 一度争い出した者同士が握手をするには、それこそこちらの特殊武器を相手方に譲渡するなどの、大きな譲歩が必要になる。それでは本末転倒だ。


 最後は拮抗、牽制――互いに武力を持っての、闘争一歩手前の拮抗状態。得られるものの価値と、それを手に入れるまでの過程で発生する損害をしっかりとさし示し、そこまでして手に入れるべきものかを訴える。


 互いに爪と牙を持つ者。ついでに頭脳も付け加えれば、その争いには多大なる被害と損失が待っている。サバンナでライオンと鰐が無駄に争わないように、得られるものの価値が相対的に下落すれば、その争い自体に意味が無くなる。

 一番良さ気な手段でいて、一番手間のかかる手段だ。ついで、この案でも戦闘は避けられない。


 楽を考えるのならば、単純に負かしてしまうのが一番のような気がするが――。


「――先々まで考えたら、敵は根っこから減らしておくほうが良い……か」


 今回の敵を退ければ、それで終わりの話なら良い。たまたま互いに気に食わなかったとか、獲物の取り合いだとか、そんな単発的な理由で起こった争いなら別に良い。


 しかし今回は明確に原因が存在し、しかも特殊武器という長期的に誰もが欲するであろうものが問題として根底にある。

 自分で使うにも良し、売り捌くも良し、コレクションにするも良いし、それこそ自己顕示欲の象徴とするでも良い。


 世界に一つというプレミアムは、ゲーム好きなら誰もが欲しがる。もう少しして特殊武器が何本か出てくれば、あの『血錆のグラディウス』の価値も変わるのだろうが。


 無い物ねだりをしても仕方がない。特殊武器の価値がすぐに暴落するとも考えにくいし、得られるものの大きさを考えれば、リスクが大きくても構わないという輩は当然消えない。


「……和解は無理、逃げるにも数が多い、牽制……? いや、乗って来るか? 真っ向から叩き潰す……にはそうだな、もっと恐怖心を刻み込むような……雪花。他に情報は?」


「例えば?」


「……さっきみたいに、纏まってる場所とか」


「あるよ。近くに疑似セーフティーエリアに守られていた町がある。その封印を破いて――って言っても踏み込んだだけなんだけど、そこにあった教会支部を根城にしている」


「主要な建物は?」


「……お馴染みの教会支部。統括ギルド支部。空家がたくさん、とはいっても、家の数は全部で50くらいしかない小規模な町」


「ここからの距離は? ユアのギルドと合同?」


「早歩きで15分だけど、森に囲まれてるから目視は無理だよ。そう、『ハーミット』と『アダマス』の2つのギルド」


「何人いる」


「わからない」


「……」


 矢継ぎ早に投げ掛けた質問に、雪花はよどみなくすらすらと答えていく。聞かなければ知っていても教えない。それもロールプレイの一環なのか、それとも彼自身の在り方なのか。


 予想はついたことだと自分に言い聞かせる。寧ろ雪花は最初に丁寧に教えてくれた。悪手も好手も、意には介さないと。それはつまり、積極的な献身は契約外のことだと公言している。判断するのは貴方なのだから、自分は一切の口を挟みませんと。


 従順で良しとするか、油断も隙もないとするか。恐らくはそれすらも雇い主の判断次第で、自分には関係の無いことだとするのが彼だ。


「……そう、そうか」


 得た情報を精査していく。小さな町を根城にしている、教会、統括ギルド、主要な機関は基本的には町ごとにあるのだろうか。


 “選定の日”以降、世界から人々が消えたという話から、町の人達は消えてしまったとするのが妥当だろう。空家が使いたい放題ということでもある。

 統括ギルドはともかくとして、教会とはプレイヤーが死に戻りをする場所でもある。どこの教会に死に戻りをするのか、それは、最後に訪問した教会に死に戻るとするのが妥当か、それとも――。


「死に戻り場所の判定条件」


「教会が存する町に踏み込んだことがあることを前提として、死んだ地点より最も最寄りの教会へと死に戻る」


「つまり、今自分が死んでも――」


「その町に踏み込んだことのないボスは“始まりの街、エアリス”へと死に戻りする」


「……それなら前提が変わる、か」


 ユア達は、その町に死に戻りをしたのだ。それは計らずとも、危機的状況が増したということでもある。

 まだ、まだ動かない。だがもう少しで動くだろう。士気を高め、作戦を練り直し、対策を立てて来る筈だ。数は力、早々に対策を立てなければ、こちらの息の根が止まってしまう。


「最善策、最善策は……」


 やはり、望み薄だが真っ向から叩き潰すしか策は無いのか、そんな思いが浮かんでくる。

 ただ出来るだけ可能性は高めたい。恐怖心を植え付けて、次なんて考えもつかない程に叩きのめして、どっちが上だかを徹底的に証明する。それを目指そうというのなら……、


「……フベさんのやり方でも、ちょっと足りない」


 不意の暴力は恐怖にならない。次こそはと思われては困るのだ。どうしたらいい、何が怖い? 自分がやられたら嫌な事は? もう手を出すのは止そうと思う程の大事件は?


「――社会的抹殺?」


「なんかボスが怖いこと言い出したよ……ギリー君は何かないの?」


『黙れ色情魔』


「うん、あれだ、罵られたことだけはわかった」


「煩いよそこ2匹。うーん、どれもイマイチだな」


 仲良さ気に見えて仲の悪い1人と1匹。肩を寄せ合っているように見えるが、互いにどつきあっているらしい。

 ギリーの声を解するわけでもないだろうに、意味は伝わったようで雪花はわざとらしく萎れた表情でギリーを煽り、ギリーは殺してはまずいことを知っているため、ただただ唸りながら雪花を睨む。


 とりあえずは周りの警戒を2人に任せ、再び思考に没頭していく。無策のまま動き回るのが一番の下策。何か1つくらいは方針を固めなければ、どう動くかもままならない。


「あのお礼参りの関係者なら、余力はそんなに無い筈だ。一度失ったものを積み重ねて、それでも余裕はないと思う。逆に捨てるものが少ないということは、やり直しがしやすく、無謀な事にも踏み切りやすい」


 特殊武器とは言ったものの、ルーさん、あんらくさん、フベさんの3人が居る時点で戦力的には手を出したくない集団のはずだ。


 元々他のゲームで同じギルドだったらしい、あんらくさんとフベさんの連携は言わずもがな。ルーさんはルーさんで、年の功なのか人と呼吸を合わせることに長けている。


 数で押すには分裂後だし、組んだとしても敵さん達がそこまでの連携を取れるとは思えない。現に、しっかりとした連携が出来ていないからこそ、あんな杜撰な作戦を決行してフベさんに良いようにやられたのではないのだろうか。


 そうだとすれば、争う気がないことを示しても無意味ではないか。刃物を構えた人間に、何も持たずに平和を掲げて近寄ることは愚かしい。


 牽制が必要だ。


 ただ叩き潰しても死に戻りのリスクを減らすだけだ。あちらの武器や金は繰り返す内に尽きるだろうが、経験は消えはしない。襲撃の数が増えれば、それだけ敗北の確率も上がっていく。


 いや、もっと悪い可能性を見て見ぬふりでうっちゃっている。町の空家に、武器や金が欠片も無いとは言い切れない。世界設定のリアルさを追求するのならば、生活の痕跡をふんだんに残すだろう。それは死に戻りに左右されず、彼等はその町を拠点とする限り、資金を安全に確保したまま、安心して身一つで森の中に繰り出すだろう。


 そうして何度も何度も繰り返す内に、いつか、不意を打たれて殺されましたじゃ、意味がない。彼等が何も考えずにこちらに向かって来る理由を増やしてはならない。


 では、向かって来るその理由は――?


「特殊武器、統括ギルドからの賞金、プライドと体面、武器とアイテム、金、素材」


「わぁお、利益の塊みたいだねボス」


「……特殊武器は外せない、統括ギルドからの賞金も無理……消せるものがないな。と、いうことは」


「いうことは?」


「やることは決まってる。利益よりも経費がかかる商売をする人間はいない」


「そりゃそうだね。利益は今上げた部分か。経費は……」


「それらを手に入れるまでの労力、武器の費用、防具の費用、諸経費諸々、あとついでに精神面」


 PKは言ってしまえば商売の一種と同じものだ。犯罪として扱われる部類ではあるが、そこらの倫理観に目を瞑り、ただ1つの社会現象として考えれば、武器や防具、かかる労力の分を計算し、より利益が出るように物や金を手に入れる職業といっても過言ではない。


 職業とは仕事の事だ。仕事とは利益を上げる事だ。


 10億相当の銀行強盗をするとして、経費が20億かかりますでは話にならない。経費は利益を上回ってはいけないのだ。仮にプライドや意地でそれが見えなくなっていたのだとしても、それを覚ましてやれば無意味さに手を引く可能性は常より高い。

 この手のゲームに慣れている者が多いのならば、それは最終的な自滅を意味すると理解が及ぶ、はず。


 結論に至って顔を上げれば、いつの間にか蝉の声は止んでいた。辺りを抜け目なく警戒するギリーの横腹に寄り掛かり、雪花がじっと指示を待っている。


 こちらが結論を出すまでは、深い部分にまで口を挟む気は無いと公言していた通り、雪花はそれが良いとも悪いとも評さずに、ただ傭兵としての立ち位置で挑発的にこちらを見る。


 悪手でも、好手でも。それを止めるも称えるも、傭兵としての仕事ではないと彼は断じた。ロールプレイを楽しむ為に、今の所は彼がそのルールを破ることは無いだろう。

 従順な犬は牙を舐め上げ、剣呑な光をゴーグルで隠して顎を撫でる。


「で、流れの傭兵に何を命ずる?」


「そうだな。流れの傭兵らしく、派手に暴れてもらおうか。要点は――――」


「……」


「――――そんな感じで」


 月が、再びその身を隠し始め、空は暗く、森も暗く。声無き世界はただ秋風に揺すられて、ざわざわと梢を鳴らして心を不安でいっぱいにする。


 笑みを消した傭兵が、いつの間にか手にしていた長剣を、鞘から少しだけ抜いて寒気がするような音と共に鞘に戻す。

 何かの決め事のようなそれの意味を問いただす前に、彼はぼそりと呟いた。


「――りょーかい」


 低く、低く。おぞましいと思うほどの声色でそう言ったツナギ姿の傭兵は、一瞬にして後ろ向きに地面を蹴り、森の深い闇に溶けて、文字通りその身をくらました。


 ギリーを見ればゆっくりと首を横に振られ、その存在の感知は不可能と知る。予想以上の、掘り出し物。しかし、言い換えればそれはまた。


「……自分の手にはおえない、かな」


 競り負けた瞬間に、彼が寝返ることは確実だ。そうなってしまえば敵の厄介さは跳ね上がる。ギリーと自分を相手にしては勝てないと嘯いたが、それだってどうだか怪しい。

 彼はどんな手段であろうとも、あのバカップルを仕留めたという部分にだけ焦点を当て、自分を雇い主として選んだのだ。


 流れの傭兵ロールプレイとは言っていたが、忠実になぞらえるならそれこそ忠義や友情などありはしない。

 それは美しいまでに心情抜きの契約関係。同情も友情も存在せず、涙ながらに訴えても意味がない。敵に回した時に、心強かった分と同じだけ、こちらに対しての脅威と化す。


「……行こう、ギリー。こっちはこっちで、やるべきことを片付けよう」


『承知した。索敵は……』


「大丈夫。問題なく使えるようだから、効果範囲外を回りながらついて来て」


『わかった』


 新たに習得したスキル、【索敵:Ⅰ】はしっかりと発動している。視界の端に赤々と表示されていた雪花の存在こそが、スキルが正常に機能している証拠でもあった。


 ギリーも全く同じ効果ではないが、似たようなスキルを持っているらしい。互いに足りない範囲をカバーしながら、敵と味方を探し出さなければならない。


「……味方は保護、敵は一発教会送り」


 それさえこなせば、後は雪花が上手くやってくれることだろう。成功するかは彼次第だが、慣れた様子でやってのけるだろうことは、想像にかたくない。

 愛銃を抜きセーフティーを確認する。構えたまま泉を離れ森に入り、夜に紛れて歩き出す。


「じゃ、作戦開始」


 【隠密】を発動させながら、皆の無事をちょっと祈った。


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