第四話:【Under Ground Online】におけるモンスターとは
第四話:【Under Ground Online】におけるモンスターとは
自分は今、揺られている。
2メートル近い大きなリカオンもどきの背に乗って、ゆらゆらと夜の草原を歩いている。
『主。不具合ないか? 揺れるだろうか』
「あー、うん大丈夫。むしろあったかくていい」
『ならばいい』
「……うん。たのしい。すごくたのしい」
草原を踏みしめる音。踏んで潰れた草の青臭い匂い。平原のあちらこちらに不均等な間隔で突き立つ、巨大な竜の爪のような真白い岩。空に瞬く星屑と、どこからか聞こえてくる遠吠えの声。
何だか妙に風情があると、にまにまと緩む顔を自分でぺちぺちと叩きながら、それでも漏れる感想は「楽しい」一択だ。
楽しい、楽しい。楽しくて仕方がない。大きな肉食動物の背に乗って移動するというのはファンタジー最高の夢だと思う。本当に楽しい。楽しいったら楽しい。
『ルーシィちゃんは揺れまくりです! どうしてルーシィちゃんだけ縄に繋いでぶら下げて運ぶんですか!』
『お前が飛ぶの疲れたって言うからー』
『リーダー悪くないじゃーん?』
『そうだそうだー』
『したっぱ風情が偉そうに! 泥にはまってきゅんきゅん言ってたくせにぃ!』
『きゅーん!』
『ひゃっはは! 似てる似てる!』
「……」
『……主、黙らせようか?』
「いや、いいよ。何だかんだいって楽しそうだし」
自分も楽しいし、向こうも楽しそうだからよしとしようとそう言えば、ギリーはちらりとサブリーダーのアレンが咥えるルーシィと、きゃんきゃんはしゃぐ子分達を見て、また前を向いてゆったりと歩き出す。
辺りはもうすっかり暗くなっていた。真っ暗だが空には満月がかかっており、その光だけでも十分に見える。いや、それだけの理由ではないのかもしれないが。
「……『ステータスオープン』」
いつの間にか増えてしまったスキルの数々。それをもう一度見直して、今後の方針をどうしようか切に迷う。ステータス画面を覗き込めば、最初に開いた時と違い、パッシブスキルなるものがいくつもあった。
突っ込みどころは色々あるのだが、まずギリーとアレンという2頭のモンスターと契約したことによるパッシブスキルが5つ。恐らく戦闘中に取得条件を満たしたのであろう敵の動きを一瞬だけ止める【遠吠え】と、ギリーの背に乗って現実逃避をしていて条件を満たしたらしい、【瞑想】とかいうやるとMPがちょっぴり増えるアクティブスキル2種の取得。
どれもそれなりに役に立つであろう【スキル】ではあるが、まあ問題は今後である。
まず、フォルダをいくつか閉じて見やすくできたということは、ゲーム初心者の自分からしたらとても大きな一歩だ。先程までステータスの確認がしづらくて、ルーシィに教えてもらったのは内緒にしたい。
次に、そうして少しはスマートになったステータスの数々についての感想。よくわからない。
何を基準にしたらいいのかまず不明だし、数値が高いことは良いことだというのはわかるのだが、それにしたって何をどう目指して、どの数値を明確に伸ばしたらいいのかがさっぱりわからない。後【スキル】がどれだけあるかのわからないし、意外なところで取得できるのが不思議だ。
運動したことで
4という数字がもたらす感覚ほど低くない数値(平均を取れば大体8くらいなので)だということはわかっているのだが、それでも気分はよろしくない。そのせいで30キロという一番遠い場所に配置されたという恨みも、少なからずある。
一応、メニュー機能の一部に見つけたメモ機能に、数値の上がり方については書き留めておこうと思う。今後の指針に役に立つかもしれない。
数値の上がり方といえば魔術の数値がどんな基準で上がるのかも考えたい。ぱっと見た限りでは使用回数と使用魔力量との関係で上がるようだが、地属性の【アレナ】だけは素人目に見てもおかしな数値の上がり方をしている。これは最初に使用した【スキル】に、熟練度上昇の補正がかかっているのかもしれない。
結論が出た。とりあえず名前からいって最初の拠点であるらしい、“始まりの街、エアリス”へ行こう。そこから考えよう。
ギリー達が“始まりの街、エアリス”まで送ってくれるのは良いとして、とりあえずの問題は、ギリー達を街の中まで連れ歩けるのか、連れ歩いて悪目立ちしないのだろうか、という2つだ。
『相棒ー! この犬達どうするんですかー? 街の中まで行くんですかー?』
「ルーシィ……セーフティーエリアの中ってモンスターの侵入不可じゃなかった?」
『野生のモンスターは極端に嫌がるってだけの話です。サモナーとかのモンスターが嫌がらないように、〈契約〉ってシステムがあるんです。〈契約〉してればピリピリしません』
「なるほど……ギリー、アレンどうする?」
『……主が嫌でなければそばに』
『リーダーはそれで良いけど、コイツらどうするんだ』
ルーシィを繋ぐ紐を咥えたまま、器用に喋って後ろを向くアレンにつられて見れば、後ろの方でまるで子供のようにきゃいきゃいと跳ね回るドルーウ三匹。略して三馬鹿。
どうみてもガキっぽい動作できゃいきゃい遊びながら着いてくるその様は、確かに不安しか煽らない。リーダーがいなくて大丈夫だろうかコイツら。もしや、リーダーがいるからこそ生き残ってるんじゃないのかコイツら。
『……アレン、任せた』
『……別に良いけどさ。一応、契約してくれんのかな? 多分コイツら強くなる前にご主人のが強くなりそうだしさ』
「〈契約〉ってモンスターにも逆補正かかるの?」
『かかるよ。一見すると、ステータスはがた落ちするけどね。アンタと共に強くなるんだ。離れていても。進化もしやすくなるし』
「進化?」
進化。確かに今アレンはそう言った。そういえばギリーも先程同じことを口にしていた気がする。
進化とは何だと、彼に咥えられるルーシィをちらりと見れば、逆さまの状態のまま小さな人差し指を立てて、ルーシィがドヤ顔で口を開く。
『えーえー、こほん! この世界の全てのモンスターは全て段階別にAIが搭載されていますが、rank:D以上のモンスターにも全てレベル制の“アビリティ”や【スキル】が存在していまして、プレイヤーが一次職から二次職へと派生するのと同じように種族が変化することがあるんです! これをルーシィちゃん達サポート妖精は「状況特化進化システム」と呼んでいます!』
「種族が変化? 蜥蜴が竜になるみたいに?」
『そうです! 世界のリアルさを強調するシステムの1つです! 因みにモンスターの【スキル】はプレイヤーの【スキル】とは異なる分類が存在しており、系統は同じでも名称が異なったり、効果が違ったりします。同じものもありますけど。基本的にモンスターの“アビリティ”はその種族名として表されますね』
「状況特化進化システム」――つまり、このゲームはモンスターやNPCにまで死に戻りという現象を強要するだけでなく、プレイヤーが持つ“アビリティ”や【スキル】というシステムまでをもモンスターにも強要するというのか。
“アビリティ”を種族名として表すというのなら、その“アビリティ”の派生は「進化」という扱いになるという意味か。確かに現実なら変わらないものなどいないだろう。それがNPCであれ、プレイヤーであれ、モンスターであれ。つまりそれは――、
「――モンスターはただ受け身の存在じゃない、ってことか」
『はい、そうです。通常のMMORPGにおけるモンスターとは常に受け身の存在です。ただ狩られるのを待つだけの身。研鑽や変化など必要なく、一定のステータス・一定のスキル・一定の姿形・一定の行動パターンをなぞらえるのが従来のモンスターです』
確かにそうだ。自分の事前調べでは、モンスターとはポップ――出現するもの。通常そこにあるものではなく、ランダムにフィールドに出現し続けるものでしかない。
そこに存在する、という設定を持つボスモンスターといえども、その行動には制限がつき、洞窟の最奥から這い上がってくるわけではない。倒せばドロップアイテムがあり、そしてそのアイテム欲しさに、何度でもリポップするモンスターを探しに行く。モンスターは確実に狩られる側であり、狩る側にはなりえない。
「それをぶち壊すのが学習性AI……死に戻りというシステムがあり、AI側の意識がリセットされないことが大前提なら、それは脅威だな」
通常のMMORPGのボスモンスターには、言ってしまえば形式美のような「倒しかた」というものが存在するらしい。
常に同じステータス、同じ行動。それらを吟味し、考え、踏破してきた先人たちの「倒しかた」は常に有効なものであり、予想外の行動など有り得ない、というのが今までのモンスター達だ。
しかし、このゲームではいつプレイヤーが狩られる側になるか分かったものではない。学習性AIの名は伊達ではない。人間よりもはるかに膨大な記憶容量に正確に記録されるデータは決して色褪せたりはしない。同じ手は通用しない。死ねば死ぬほど賢くなり、そして研鑽を重ね強くなる。
小狡い人間の知恵が及ぶとしたら、それは群れるという、人間本来の強みを生かすか、個としての強大さを突きつめて圧倒するしかないだろう。
「怖いな、ホント……それと〈契約〉の関係は?」
『〈契約〉の効果は話しましたね? プレイヤーとモンスターが相互にリンクし、共に強くなるのも〈契約〉の醍醐味です。プレイヤーとの魂の接触は、種族変化に大きく影響することがあるんです』
月夜の草原に、朗々としたルーシィの解説が続く。
ギリーはゆったりと歩いていて揺れも少なく心地良い。〈契約〉により得たスキルの効果か、月明かりだけでもずいぶんと明るく、見えすぎるほどにしっかりと夜の平原を見渡せる。
アレンが小さくくしゃみをし、悲鳴混じりのルーシィの声が聞こえる。
『ひゃああ! 気を付けてくださいもう! ……え、えっと、魂の欠片を呑み込むのがまず前提条件なんですが、互いの魂がリンクしていると性質まで変化することがあるんです。性質とは地極系とか水冷系とかそういうのなんですけど、これには一定の相性というものがありまして、通常の種族変化の場合はその性質は一定で、特定の組み合わせ以外には絶対に変化しません』
「ギリー達は地極系だっけ? それも後で一覧で教えてよ」
そういえばスキル欄にある魔術スキルにも、火炎系や水冷系といった記載があった。初めは属性のことなのかと思ったが、その横に火炎系:火属性と書かれているということは属性とはまた違うのだろう。いやはや難しい。
『はい。ドルーウの場合、通常の種族変化では地極系から鋼鉄系以外に変化することはありません。ですが、〈契約〉した場合は異なります。〈契約〉したプレイヤーが水冷系を得意とし、水冷系のスキルばかりを使っていた場合、通常では起こらない変化が起こります』
「特定の系統に特化していた場合?」
『はい、それは水冷系に限りません。そして、そのように〈契約〉したプレイヤーが特定の系統に特化していた場合、モンスターの種族変化に“有り得ない”ことが起こります』
「へーえ、面白い話」
もふもふとギリーの首筋の毛を撫でる。意外にも地面から遠いから下を向くのは怖い。下は見ずに、わさわさと探るようにギリーを撫でる。
「有り得ない」ことを可能にするなんて、素敵な話じゃないか。種族変化とかも何か滾るものがある。今まで実況動画しか見てなかったけど、ゲームって楽しいんだな。超楽しい。
この世界の原理というのは、時に曖昧で時にはっきりとしている。無理なものは無理、と言ったかと思えば、いや、でも出来るかもしれないと違う側面を覗かせる。まるで本物みたい。そう言われたくて作ったのだろう。
今考えてもわからなそうなことは考えない。後で時間が出来た時に系統と属性の違いを教えてもらおうと、教えてもらったことについてだけメモ帳に打ち込んでいく。
ふかふかとしたギリーの毛並みに指を入れたまま顔を上げれば、涼やかな風が頬を撫でる。風が存在し、その中に匂いを感じ取れるだけでも驚きだ。
空には斑に雲がかかり、満月が黄金色に光っている。草原は風にそよそよと揺られているし、ギリー達が踏みしめれば草の潰れる匂いがする。
見えず、喋れず、関われず。現実の世界よりも、よほど本物めいた世界だ。自分にとっては。
「ギリー……」
『どうした、主』
「……ありがとう」
『? ……ああ』
呼べば、答えてくれる。
呼ぶことが出来る。
見ることが出来る。
「…………」
幸せだと、言っても良いのか悩みながら、自分はそっと目を伏せた。
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