第三話:ぎぶ・あんど・ていく:Ⅰ

 


第三話:ぎぶ・あんど・ていく:Ⅰ




「……ところでこれどうしようか」


『MPの回復を待って煮るなり焼くなり! でしょう!』


 満面の笑みでそう言い放ったルーシィの言葉が理解できているのか、ドルーウ達の一部はますます悲痛な声を上げる。


 泥沼に足の大部分が沈み、動けなくなりながら叫んでいるドルーウに、さあ今です! やるのです! と無責任にルーシィは言う。


 しかしこのゲームはモンスターを倒すことによって経験値が貰え、レベルが上がるというシステムではないため、目の前のこのモンスター5匹を倒しても経験値もお金も貰えるはずもなく……。


「うーん……」


『確かに経験値はありませんが素材は取れます! 生け捕りの道具もないことですし1頭は殺してバラして持って帰りましょう!』


「物騒」


『何言ってるんですか! モンスター倒したらそれでアイテムドロップなんて、R25制限までかけた現実はそう甘くありませんよ!』


「解体必須かよ」


『あたりまえです!』


 25禁ゲームにとって解体は当たり前らしい。確かに、このゲームの謳い文句に異世界トリップしたようなリアルさを貴方に! とかあったが、ここまでリアルで大丈夫だろうか。


 ゲームなんてネット上のまとめサイトに載っていることぐらいしか知らない自分でも、これが異色であることくらいはなんとなくわかる。解体必須のVRファンタジーの話なんて、噂にも聞いた事がない。


 ああ、だから過剰なまでの年齢制限付きなのか、と思い至る。確か説明書には18歳以上とあったが、テストプレイヤーは25歳以上限定だったはずだ。もしかしたら、実装時に年齢制限が変わるのかもしれないと、よくよく考えてその齟齬そごに気付く。


『きゃわわわ!』


『ひゃいんひゃいん!』


『…………』


『早くしないと夜になっちゃいますよ! すでに若干暗いですし! 解体は必須です! そりゃまあグロいですが、出来なきゃ素材なんて手に入りませんよ! 草売って生計立てる気ですか!?』


「……」


 ルーシィは意外と手厳しい。それはまあ、必要なものを手に入れるのにそういう行為は必須だろうが、運営はいったい何を考えて解体なんてものをシステムに組み込んだのか。


 恐らく、現実のそれよりも綺麗な見た目をお体裁で繕って、グロさを出来るだけはぶいたものが出てくるとは思うのだが、いかんせん戦闘の勢いに任せてモンスターにトドメを刺すのと、完全に落ち着きを取り戻してしまった今、改めてトドメを刺すのはまた色々と違うものだ。


 泥沼でもがく5匹のドルーウを見て、本当に一瞬錯覚する。ここは異世界で、切ればきちんと痛いわけで、血が吹出すだろうし、即死しなければ苦しいだろうし、感情もあるわけで――いやでもここはゲームの世界で。


 あまりにもリアル過ぎる世界がもたらす、異世界へと迷い込んだような感覚。運営がこれを狙っていたのだとしたら、大成功だ、おめでとうと賛辞を贈るしかないだろう。


「……」


 見れば三頭はまだ悲鳴を上げたりもがいたりしているが、一際身体の大きいリーダーと、次に身体の大きいドルーウは泥沼の上で項垂うなだれていた。まさに死を待つだけとでもいうような様子で、じっと自分の足を呑み込んでいる沼を見つめている。


 一応、周りに危険はもうないかと辺りを見回せば、真っ赤に染まっている空の端が今度は濃い藍色のような色に滲んでいる。遠目に見える森の枝葉から、鳥なのかコウモリなのか、よくわからないモンスターが大規模な群れでどこかへ飛び立っていくのを見て、本能が何やら薄っすらと危険を嗅ぎつける。


 ――早めにこの場を離れた方が無難であり、尚且つゲーム初心者の自分だけでは実力不足。


「……ルーシィ手伝って」


『はい勿論! 手順はですねー……え、あれ? 何やってるんですか?』


「引き上げるんだよ。お前も引っ張れ」


 はっきり言ってしまえば、自分は犬や猫が嫌いな性質ではない。寧ろどちらかといえば好ましいと思う程度には好きな部類だ。事情が事情なのでペットは飼ったことはないが、ネットの動画を見て――ゴーグル着用で見るのでちょっとした贅沢なのだが――可愛いな、飼いたいなと思ったことも多々ある。


 そして、しつこいようだがもう一度言おう。戦闘中ならばともかく、無抵抗の状態の、はっきりと知性のある中身を持った動物を殺すという作業が、一体何人の人にできるだろう。


 生粋のゲーマーなら、そうは思わないのかもしれない。これはゲームで、中身が学習性AIだとしても関係ない、ゲームだと断言するなら出来るだろう。あるいは、逆に本当にこれが異世界での出来事であれば、殺して解体できる自信はある。差し迫った自身の危機があるからだ。


 しかし、これはゲームであり、この目の前のリカオンもどきを殺そうが殺すまいが、はっきりいってどちらでもゲームは出来るのだ。殺さなければこの先ゲームを続けられないということは無い。


 それよりもゲーム初心者であり、現状確認もせずに30分も無駄にフィールドのど真ん中に突っ立っていて、【スキル】の試し打ちすらしていなかったために危機に陥り――それを少しばかりの悪知恵と幸運で乗り切っただけの自分にとって、この世界を熟知しているであろうAI搭載のモンスターというのは、十分すぎる武器になる。しかも5頭と数が多い。


 究極、ルーシィが言う通り草売って生計立てても良いし、別に殺さなくてもこうしてモンスターを無力化したうえで〝むしれば〟良いのだ。毛を拝借するくらい問題ないだろうと思うし、しばらくしてゲームが回り始めれば流通というものも整備されるだろう。


 素材として必要なものがあるのならば、わざわざ自分の手を汚す必要もなく、いくらでも入手するあてがあるはず。


 結論。殺すメリットよりも殺さないメリットの方が高いので、助けて確実に恩を売り、ギブ&テイクに持ち込む方向でいこうと思う。


 とりあえずは、一番岸に近い部分で項垂れているリーダーに手を伸ばす。岸に膝をつき、首に抱き着き抱え上げるようにして泥の中に手を差し込み、引き上げようとするも動かない。


『何やってるんですか!? トドメささないで引き上げたら駄目ですよ!』


「解体じゃない」


『えええ!? に、逃がすんですか!? 闇討ちにあいますよ!?』


「闇討ちとかあるの、怖い……違うよ。良く考えろよルーシィ。殺すメリットより、助けて恩を売るメリットの方が多いんだよ。解体嫌だし。自分はゲームを効率的にやる方法なんて知らないし、MMOの常識とかもわりとうといんだし」


 MMO――大規模オンラインとは、群れるものであるとどこかの音声ネットでAIが推奨した説を聞いた事がある。


 そのAIが言うには、MMORPGにおける運営とプレイヤーの関係は常にギブ&テイクでなければならず、運営はプレイヤーを長期間確保して利益を得たい。プレイヤーは純粋にゲームを楽しみたい、という目的が両者には常に存在し、そして運営側は常に利益確保のためにプレイヤーを誘導し、意図的に群れさせるのだという。


 理由の一つに、MMORPGにおける、ソロでの限界に至るまでの早さがあるらしい。剣士系でも魔法系でも、補助系でも生産系でも、どれもソロでやっていたらいつかどこかで行き詰まるそうだ。というより最近のMMORPGはそのように作られているものが主流なのだとか。


 ということは、コミュ症ではないもののあまり人と仲良く群れられる性格ではないと自覚している自分には、初めから少し不利というものだ。出来るかもしれないが、出来ない可能性も多分にある。


 打算たっぷりの思考にふける自分の耳に、少し呆然とした様子のルーシィの声が届いて、ふと顔を上げる。


『そんな真っ向から、押し付けがましくモンスター助ける人いるんですか。ルーシィ初めて見ました』


「もう少し若かったら、可哀想で殺せないよ……! とか言いながら助けたかもな。若さゆえの無謀っていうんだそれ」


『28歳、大人ですね……ルーシィ、ここの仕事の前は中高生をターゲットにしたVRでサポートしてたので、そんな意見は初めてです。中高生だとこのまま「俺は無駄な殺生はしないんだ」とか格好つけて、モンスターに慕われてって流れが人気なんですよ』


「それ学習性AIが相手なら無意味。コイツは馬鹿認定されて闇討ちが関の山」


『ルーシィちょっと不安になってきました……もう少し遊び心を思い出しましょう?』


 不安そうにするルーシィを無視して引っ張っても、びくともしないドルーウの身体。泥に埋まって少しは小さく見えるが、近寄ってみればかなり大きいことがわかる。


 話はしっかり聞いていたのか、引き上げようとする自分に噛みつこうといった攻撃の姿勢は一切ない。しかしながら予想以上に重たい身体はビクともせず、さて困ったと泥から腕を抜いて腰を伸ばす。


「よく見るとデカイなお前。ほらもがけ、足掻け」


『…………』


『……無理ですよ。半分埋まってるじゃないですか』


「んー……お、MP上がってる。スキルでどうにかできないかな」


 ずっと表示していたステータス欄にちらりと視線を向ければ、MPの分母は12にまで上がっていた。


 遠慮なく0まで使ったからか、まだ6しか回復していない。スキルの熟練度も少しだけ上がっていたが、微々たるものだった。一体100%までどれほど使わなければならないのだろう。


『……水で流しながら抜いてみます? 一匹抜いたら手伝うでしょうし』


「それだ」


 最初はぶつくさ言っていたルーシィも諦めたのか、自分の頭の上で肘をつきながらむくれている。半ば髪に埋もれたサポート妖精は不満そうながらも、それでも可愛いもんだと思いながらステータスに目を戻し、閉じていた詠唱文を再び目の前に表示させる。


「『詠唱文表示』」


「〝水の精霊に似る 線を繋ぎ流れと為す【ウォーター】〟」


 手慣れてきた動作と共に詠唱、最後にスペルを唱えて魔術を発動させる。

 指先から溢れる赤いもやの量を調節し、ドルーウの前足の部分に向け、視線により更に固定。試してみたいことがあったのでより集中し、赤いもやを塊状に出すのではなく、円錐のように先が細くなるようにイメージする。


『――!』


 指先から勢いよく放たれた水にドルーウが驚いたように声を上げる。自分でも驚いて目を丸くすれば、ルーシィがぱちぱちぱちと拍手をしながら欠伸をした。


『言い忘れましたー。魔法と違い、魔術は細かい調整がききます。詠唱中に限り、ですが。使う魔力の量、どのように顕現するかを少しなら調節することが出来ます』


「どういう原理?」


 確かに冊子では、このゲームには魔術と魔法という別々の分類が存在し、それぞれにメリット、デメリットがあると書いてあったが、魔術の自由度が高すぎるんじゃなかろうか。魔法の立つ瀬がないじゃないか。


『後で魔術大全でも借りて読んでください。ルーシィちゃんでも説明は難しいです。詳しくは統括ギルドへ! ってやつです。とにかく、放出した魔力の形によって威力が変わったりもします。変換の際の分量は放出した魔力と同等です。限界はありますが、魔力の形は対象方向に向く面積が広ければ広いほど勢いが緩く、面積が狭ければ狭いほど勢いを増します。尖っていればいるほど、尖っている方向に威力が上がるイメージです』


 なるほど、発動方向に向けての面積によって勢いが変わるというシステムは確かに画期的だ。対象に向いている「面」の面積が広ければ広い程に勢いを緩め、対象に向いている「面」の面積を、「点」程に狭めることで勢いを増していくという根源的なイメージがつきやすい。威力にも限界があるだろうが、これも一つの多様性だろう。


「ふむ……〝水の精霊に似る 線を繋ぎ流れと為す【ウォーター】〟」


 泥に埋まっていた右前足を魔術の水で掘り起し、もう片方にも魔術を使う。思ったよりも泥は柔らかく、消費MP1で十分に溶かすことが出来た。


『グルルル……』


 唸り声を上げるドルーウを無視して、両方の前足を引っ張り、岸へと誘導する。ふさふさしていて思うより太いその首に抱き着き、引っ張り上げればゆっくりと後ろ足が抜けてくる。


 泥の感触が嫌にリアルで、底なし沼のフィールドなんてあったら暴動が起きそうだなと、関係ないことをつらつらと思った。


『ああ……ルーシィちゃん不覚……ドルーウの晩御飯だなんて』


「妖精って美味いの?」


『そこ尋ねるんですか!?』


 軽口を叩きつつもうひと踏ん張りと引っ張り上げれば、ずぼっと良い音がして急に軽くなり、力を入れていたぶん変化についていけずに尻餅をつく。


 小さな草が沢山生えているといっても、そこまで衝撃を殺してくれるわけではないようだ。相応の衝撃を受けて、驚きながら腰をさする。


「あいたた……なんか痛くないけど衝撃があってリアルだな」


『痛みの設定ONにも出来ますよ?』


「ONにする奴いる……いるかもな」


 溜息を吐きながら立ち上がろうとすれば、すっと目の前が暗くなり、圧迫感を感じて起き上がれなかった。人間というのは面白いもので、座っている時に目の前に誰かに立たれたりすると、どうも無意識のうちに尻込みして立てないのだそうだ。


 どうやらそれは脳内でも同じようで、目の前の大きな生き物の圧迫感により、起き上がるどころか軽く腰が引ける思いだ。


『……クルルル』


 思っていたより、大きい。


 リーダーのドルーウの体長は2メートル、体高が1.5メートルほどだろうか。他のは体長が1、体高が0.8くらいなのだが、リーダーは一際デカい。無駄にデカい。長めの脚が泥に浸かっていた分、錯覚したのか倍ほどに見える。


「や……とりあえず他の引き上げるのを手伝えよ? ぎぶあんどていく、でいこうぜ?」


『グルル……クルルル……』


「ルーシィ……翻訳機能ないの?」


『あ、ありますけど……ただ唸ってるだけです』


「……えーっと、落ち着け? な?」


『あああ! やっぱり晩御飯になるんだー!』


「うるさい! 耳元で叫ぶな!」


『…………』


『相棒のせいですよ! 考えなし! 最低!』


「うるさいって言ってんだろ! 刺激す……んん?」


『ふぇ……?』


『…………』


 圧迫感は未だ消えない。

 目の前に立ちはだかるドルーウはしかし、自分を見下ろして何やら一時停止のように止まっている。

 冷静に考えれば害意は無いのだから、協力関係に同意しているものだと思うのだが、如何せんモンスターは表情に出ない。


「……わかんない。意思疎通ツールを要求したい」


『……あ、名前! 名前つけてみてください! そのドルーウに!』


「名前……? それ〈契約〉の? え、ギブ&テイク通じた?」


『早く! 晩御飯は嫌です!』


「そんなに急に言われても……」


 目の前の巨躯を見上げるも、これに名前をつけろと突然に言われても無理がある。


 不治の病らしいあの病気っぽい名前をつけるのもアリだが、でもそれでは後々このドルーウが可哀想だ。かといってそんなにネーミングセンスがあるわけではなく、良い名前はじっくり考えたい派な気もするのに。


「……何かない?」


『ルーシィちゃんが考えたものじゃ、絶対に納得しませんよ』


「えー……」


 そう言われても……とりあえず、完全に危険はないような気がするので、圧迫感を放つそれにあえて手を伸ばし、そのふさふさな首に腕を回してよっこらせと立ち上がる。


 触ってみてもやはり首回りは太く、がっしりしている。肩幅もあり、思うより毛皮は薄く、肉厚な筋肉が感じ取れる。

 目は薄い黄色がかった茶色。毛皮はリカオンに似てはいるが、あれよりも斑で派手に見える。これで案外、迷彩になるのだろう。


 迷彩――そこまで考えておもむろに口を開く。ただ安直で、でも真っ直ぐな名前だと思った。


「〝ギリー〟……とか」


 そう呟いた瞬間、ドルーウがぱたりと尾を振って頷いた。と思えば、その口に何かを咥えて差し出してくる。


 またしてもぴりっと頭に刺激が走り、何だろうと頭を振りながらも思わず手を伸ばして受けとれば、それは綺麗な石だった。1センチほどの宝石のように透き通るそれは、何と言ったか……8面体のような形をしていて、琥珀色に輝いている。


「何コレ……」


『説明したじゃないですか、〈契約〉を認めた石ですよ! それで意思疎通できます!』


「何だっけこれ……呑み込まないと意思疎通だけ?」


『持ち歩くだけの場合は意思疎通と、契約しているモンスターのステータスに自分のステータスが追いつくまで、補正がかかります』


「……どうしよう?」


 一体どうしたら良いのだろうかと〝ギリー〟と名付けたドルーウを見る。ドルーウはおもむろに口を開き……


『好きなように。私はどちらでも構わない。傍につくだけだ』


「……喋った」


『正しく言うならドルーウが〝喋った〟んじゃなくて、相棒が〝聞き取った〟んです』


「え、傍につくだけって……」


あるじのお供をする。先程ずっと述べていたようだが、確かにギブ&テイクだ。主はゲームに不慣れで、しかもここは〝始まりの街、エアリス〟に遠い。我らもプレイヤーと契約することによって補正がかかり、進化もしやすくなり、他のモンスター役よりも一歩どころか二歩三歩とリードすることが出来る。なるほど――ギブ&テイクだ。よろこんでお供しよう』


「え?」


『稀に見る堅物引き当てましたね、相棒。流石です』


「堅物? お供? え? 自分よりもなんか理路整然としてて交渉リードされてたけど、これモンスター? え、序盤のモンスター?」


『ドルーウって序盤ではかなり強い方ですよ。しかも小規模でも群れのリーダー!』


『うるさいぞ妖精役。本来負けたモンスターは狩られるか、助けられたのなら供として付くべきだ。しかし主がギブ&テイクと言うのならば確かにその方が頷きやすい。それにみたところ問題のある性格ではないから、きっと不遇な扱いはしないだろう』


『そぉんな考えのモンスター役、見たことありませんもん。堅物って言うんですそれ』


「……ええ?」


 目の前で静かに言い争いを始める妖精とドルーウ。傍から見ていると随分と滑稽だが、これは一体どうするべきなのだろう。というよりも何がどうなって……えっと、どうなっているのだろう。


 少なくとも、テストプレイ初日に起こるようなことではないと思うのだが、それは気のせいなのだろうか。モンスターに学習性AIが入っているのだから、同じような考えに至ってプレイヤーに契約を持ちかけたモンスターもかなりいるのだろうか。


 手の中の石はほのかに温かい。ただのVRゲームなのに、温かさを持たせるなんて運営はどこまで本気なのだろうか。


「……ギリー」


『はい』


『はい……!? はいだって! 返事がは……あべし!』


 煩く騒ぎながら飛び回るルーシィを尻尾の一振りで叩き落としたドルーウは、くるりとこちらに向き直り、礼儀正しくぴっしりと座って見せる。


 どうやらルーシィが堅物と言うのも無理はないようだ。じっと静かにこちらを見る視線に苦笑しながら、手の中の暖かな石を差し出す。


「これ……いいの?」


 〈契約〉の石。魂の欠片。仄かな温もり。


 温かなそれは、まるで命そのもののようだった。たかがデータの塊。しかしそこに入り込んだAIはまるで本物みたいに意思があって、感情があるように振る舞う。


 どっちだろうか。思い悩むも、わからない。

 そんな声なき問いに、迷うようにドルーウがちょっとだけ尾を揺らしたことに、自分は驚いた。


『……嫌なら、捨て置くか、殺せばいい。元々負けたのは我らだ』


 思い至る。


 きっと、いや、そうであって欲しいだけかもしれないがきっと……。


「…………」


 手の中の温もりを見下ろす。温かい、温かいそれを自分は――。




 ――――一息に呑み込んだ。



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