1:Under Ground(意訳――目に見えない仄暗い世界)

第一話:【Under Ground Online】へようこそ





冊子抜粋――【Under Ground Online】について。



このゲームは18歳未満の方はプレイすることが出来ません。


警察署にて登録を済ませた方にのみアカウントを発行しております。アカウントは一人一つまでとなります。


住所、氏名、市町村登録番号の登録が必須となります。プレイヤーの個人情報は秘匿されます。


現実世界の関係の下行われるゲーム内での犯罪行為、ゲーム世界での関係の下行われる現実世界での犯罪行為等の被害は直接GMゲームマスターへとご連絡ください。


このゲームではよりリアルな〝異世界〟を作り上げるために、高性能AI並びに学習性AIを多数使用しております。


運営はゲーム内での犯罪行為に対しなんら責任を持たず、また取りしまることもありません。


顔の造作は〝ホール〟が読み取ったものを微調節します。


基本的にはアカウントの再発行は行われないので、注意して設定を行ってください。






 ――……以上が、さっくりと呼んだ説明書の『初めに』の部分の要約だ。他にも様々な注意書きがあったが、ざっと読んだのでよしとしよう。


 隅から隅まで読まなければ気が済まないという決意で冊子を開いたのだが、これを完璧に読んでいたら到底ログイン時間に間に合わないと気が付いたのだ。


 他にも膨大な情報がこの冊子には詰まっており、さながら時代遅れの骨董品である紙製の辞書だ。まず文字が細かい。説明がくどい。


 各種ステータスの説明に始まり、隠しステータスの意味と意義といった内容が続き、ゲーム内でのダメージ計算の簡略図に、アビリティとスキルについての説明。ゲーム開始後のスタートアップで選択することができる、初期アビリティの一覧が続く。


 アビリティとは、この【Under Ground Online】においては「才能」や「資格」といった意味を持ち、主に攻撃に使われるスキルと呼ばれるものを発動するのに必要なものらしく、習得数に上限はないんだとか。


 少しだけ音声ネットで調べたら、不死薬が出回ってからのMMOに多いシステムらしい。「無限ジョブ」・「無限スキル」制のMMOは、長期的なサービスを前提としたシステムである、というようなことを高性能AIが読み上げていた。


 細かい説明はログイン後、テストプレイヤー1人に1匹ずつ付けられるサポート妖精によっても行われるとのことなので、おぼろげに輪郭を掴むだけで流し読みをした冊子を閉じる。


 思ったよりも自由度が高い、というのが感想だった。自分の顔を弄れない、性別を偽れないなどの部分はさっき繋いでみた音声ネットの情報によれば賛否両論らしいが、ある意味でリアルさが増して自分的には良いと思う。


 閉じた冊子をその辺に適当に放り、音声端末を指定の方法で叩けば午後2時55分です、と無機質な声が時刻を告げる。もうすぐだ。


 わくわくしながら居間を出て、宅配業者にVR接続機器――〝ホール〟を設置してもらった部屋へ。


 カプセル型のシングルベッドに似ているゴツい機械は真っ白で、側面には飛び立つハヤブサのロゴが鮮やかな群青で描かれている。


 カバーを開け、安全装置がきちんと作動しているのを確認し、ログイン時間を5分後の3時に設定。ゴーグルを外して、〝ホール〟の内部に横になる。


 祈るように目を閉じて、自分は待った。そして運命の時は訪れる。



『3時まで、後5秒です』




 3、2、1――――。




『設定された時間です。自動的にログインいたします』




 音声と共に世界は光に包まれて、自分の意識は沈んでいく。VR世界へと――深く潜っていくさなか。どこか遠くで、滑らかな音声を聞いた気がする。無意識に、その内容に耳をすませようとして、



 けれど、意識はふつりと途絶えた。





-----------




 意識を閉ざした狛乃は、その光景を見ることは無い。その声も、理解する日は恐らく来ない。


 強制的に意識を落とされた狛乃の身体に、〝ホール〟内側の機関部から、いくつものリボンのような光の渦が溢れては殺到していく。


 そのリボンは取扱説明書にある説明とは違い、脳ではなく心臓に集中していた。身体を透過し、何かへと到達。利用者の意識が無いことを再度確認し、〝ホール〟は滑らかな声で《本部》へとする。



【魂の深度、問題なし。因子層を突破、純因子層へと接続。防衛、免疫機能の反発無し。深層意識の保護、問題なし。共鳴開始――完璧エボリー――仮想創造世界への同調完了】



 〝ホール〟は、こうしめくくる。



【心象神経、接続――アバター誤認識、良好――夢と安心の企業、《ラプター=オルニス》が、VR世界へとアナタをお送りします】




 ――光は、ぷつりと弾けて消えた。
























第一話:【Under Ground Online】へようこそ

























 不思議なほどすっきりとした目覚めにも似て、自分は仮想世界で目を開いた。


 眼前に広がるのは乳白色――確かそんな名前の色だったように思いながら、そっと辺りを見回してみる。


 裸眼で目が見える以外に、不自然なほど違和感は無い。電子の網目がはしる床に目を落とし、次に足、腹、腕を見て、何度か手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。


 見える、という事実に驚く。という表現はおかしいかもしれないが、確かにそんな感覚を持って再び頭を上げて辺りを見回す。ブレも無い、無粋な電子の音もしない視界に、早くもテンションは高かった。


 周りは一面、乳白色の何もない世界。平衡感覚がおかしくなりそうな膨大な空間で、自分は試してみたい事を思い出し、喉に手を添えて発声のイメージをする。


「あ」


 それだけで、声が出る。そんな当たり前のことに思わず綻ぶような笑みを浮かべた。


「すごい……!」


 声が出ることを確認し、それから『初めに』の最後に書かれていた一文を思い出した。そっと窺うように呟いてみる。


「『セットアップ』」


 確認の為に発した意味のない音とは違い、どこか反響するような声が空間に響き、吸い込まれていく。


 指定されたキーワードだからなのだろうと辺りを見回せば、視界の端に何かきらきらと光る亀裂があった。それは空間にびしびしと不穏な音を立てながら広がっていき、一メートル程の大きさになった瞬間に派手な音を立てて何かが飛び出す。


『はじめまして! サポート妖精のルーシィちゃんです! よろしくお願い致します!』


「……え」


 突然のきらきら光る物体の登場に、思わずびっくりして一歩引いてしまった。まず声が大きい。元気が良すぎる。あと近い。


「よ、よろしく……ルーシィ」


『……はい! ルーシィです! テストプレイ中、相棒専属のサポート妖精を任された学習性AIです!』


 よろしく、と言った後に名前を呼べば、ルーシィは花が咲くように微笑んだ。


 綺麗な白っぽい肌の色に、結い上げた焦げ茶の髪。蜻蛉のような虹色に輝く羽根が閃き、薄青のひらひらした服を身に纏っている。綺麗な青い瞳が笑みの形に崩れ、学習性AIだというサポート妖精はくるくると自分の周囲を飛び回る。


 どうやら身体情報を確認していたようで、いくつかの数字をぶつぶつと呟いたかと思えば、どぎまぎしている自分の様子を窺って、今度は落ち着いた声色でこう言った。


『――まずは身体設定からです。アバターは平均型にしますか? それともご自身の身体をそのまま?』


「あ、えっと。自分ので」


『はい了解です! 【データ参照】――【アクセス】……両性の方ですね』


 青いドレスを閃かせ、指定されているキーワードなのだろう単語を呟くルーシィの目の前に、青い電子の網で組まれた巨大なボードのようなものが現れる。


 簡略化された人型のように見えるものをじっくりと見つめ、AIらしいさっぱりとした反応で頷いた。


『肉体は女性よりなんですね、相棒! ……あ、いえ。次の設定に移ります……』


 意識して――いや、ものすごく意識してハイテンションを抑えているのだろう。青い瞳には気づかいの色が溢れ、ちらちらとこちらのテンションを様子見しながら対応を変えているようだ。


 ただ時々、気安い感じの発言が混じる。その度にしまった――! みたいな顔をして、真面目な顔を作っている様子に思わず笑ってしまった。


「ははっ、なんか……ありがとう。気を使ってくれて」


「いえ、いいえ! お仕事ですから!」


「気安い感じでいいよ。その方がリラックスできそうだし。それに、これからゲームを始めるんだから、楽しい方が良い」


「……!」


 自分がそう言えば、ルーシィは満面の笑みで応えた。


 すぐさま、あのですね、こんな設定が出来ましてね! と周囲を飛び回りながらテンションを上げていき、その度にうんうん頷く自分の返事を反映して、仮想世界でのアバターが出来上がっていく。


 髪の長さと色はそのままで、虹彩は黒。性別欄は両性とし、ステータスは総合値が50になるようにサイコロを振らされた。


 ステータスは6種類。体力、魔力、筋力、瞬発力、速度、運。


 運だけは低かったようだが、ルーシィ曰く、【Under Ground Online】において、初期ステータスに差などほとんど無く、運が絡むのもゲーム内での、一部の確率スキルのみであるという。


 アビリティの説明は冊子通り、「才能」や「資格」であり、他のゲームでのジョブのようなものとルーシィは言った。アビリティはスキルを内包し、習得制限は無く、その可能性は無限であると。


 その他にも、PKが可能であるとか、〈瀕死〉状態になるとアレだとか、筋力の表示は12の部位の平均値であるとか……一番、面白いなと思ったのは、筋肉は使わなければ衰える――だから毎日ログインして動け、と言っていた時のルーシィの顔だった。そういうのって、VRMMOの常識なのだろうか?


 ここら辺から、情報量にあっぷあっぷし始めた自分を見て、ルーシィが後は実践で覚えましょうか! と提案する。


「そ、そうだね……」


「それで、それで? ご感想は?」


 わくわくした表情でルーシィがこちらに身を乗り出すが、自分から言えることは1つだけ――。


「――無駄にリアルで飲み込み切れない」


「無駄……! 無駄って言いました今!?」


「アビリティ決めよう……アビリティ」


 長い説明も終わった事だしと、よろよろと事前に決めていたアビリティを選択しようとした瞬間。目の前に急に緑色の物体が現れて、目と鼻の先でその物体は瞬きを繰り返す。


 茶色い睫毛に縁どられた宝石のような青い瞳が自分と真っ直ぐに目を合わせ、ふわりと花のように笑って言う。



『アビリティの前に。まずは――相棒の、名前をどうぞ。それが【Under Ground Online】における、世界に踏み出す第一歩です』



 そういえば、自己紹介も何もしていなかったのだと。相手が高性能であっても所詮はAIだからと。そんな思考まで読まれている気がして一瞬息が止まりそうになる。


 近代で、AIは溢れている。


 サーバーの重みからゲームへの投入は一部のボスにとどまっていた今まででも、「一家に一台、学習性AI」を、といった電子ペットとも呼ばれるものがピンからキリまで広く販売され、人となんら変わりない反応を見せている。


 何億、何兆、何京。いや、それよりもっと。膨大な配列や組み合わせの元に「疑似感情」と呼ばれるものを身に着けた学習性AI達は、そこから更に情報を収集し、様々な「個性」というべき何かを身に着けると言われている。


 開発した研究者自身が、「未曾有の事態」と命名するほどに色鮮やかな「個性」を持つ彼等の権利を主張する者も少なからず存在するほどに、その「疑似生命」ともいうべきものは広く世界に浸透し始めている。


 そして、そんな彼等は傷つくのだ。


 人の言葉に。それがまやかしの感情だとしても。


 すでにその傷つくという現象そのものが世間一般で広く認知されるほど身近な存在になっているのに、人はやはり彼等を「機械」であると軽視する。



「……狛乃。白井しらい狛乃こまの



 気負う必要は何もないのだ。相手は機械なのだから。


 それでも。相手が「機械」でも。傷つけるということは悲しいことだ。いや――いや、そうではない。


『こまの。しらい、こまの。狛乃……ばっちりです! 私なんかに、本名ありがとうございます!』


 そんな綺麗な感情ではない。他ならぬ自分が、言葉で傷ついたことがあるから。その言葉を発して自分を傷つけた相手と、同じ存在になりたくないから。


 人はなりたくないものを、本能的に忌避する生き物だ。自分がなりたくないもの。自分が毛嫌いしているもの。傷つけたくない、という綺麗な字面は、そんな嫌悪の裏返しでしかない。


『ゲーム名はどうします?』


「……〝狛犬〟にする」


『了解です! さて最後に、アビリティを選んでもらいます! テストプレイ終了後も変更は不可ですから、慎重に選んでください! アビリティ取得は想像より難しいですから!』


「……うん」


 傷つきたくない。


『説明はいりますか? 一応、説明書に載ってたと思いますけど』


 傷つけられたくない。


「いらない。決めといたから」


『ホントですか!? では早速選択してください!』


 だから自分は身勝手にも、知らぬ間に誰かを傷つけたくなくて、偽善的に行動するのだ。


「……うん」


 少しだけ冷水を浴びた気分になりながら、初期アビリティ一覧をスクロールしていく。嫌な考えを押し込めて、ゲームなんだから、現実じゃないんだからと自分に言い聞かせる。


 ぴたりと目当てのものを見つけて止まり、ゆっくりと指を伸ばしてタッチする。説明書を熟読し、どうしようかずっと悩んでいたそれを前に、思わず笑みが零れた。


 夢物語だと思っていた――叶うわけがないと思っていた夢が、叶いかけている。


 目が見えないことなんてない、カラフルで素敵な世界。声が出ないなんてこともない、素晴らしい世界。性別なんて気にされる事のない、混沌とした世界。



 自分はそっとそのパネルをタッチして、【スタート】と呟いた。





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