【Under Ground Online】

桐月悠里

0:Under Ground(意訳――光無き世界)

プロローグ:【Under Ground】


 ――全てを読み終わった時、〝明日も頑張ろう〟と思える小説を。



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プロローグ:【Underアンダー Groundグラウンド】 意訳――『光無き世界』




 静寂の中、自分は静かに目を覚ました。


 ぼんやりと瞬きを繰り返し、目を開けていても眼前いっぱいに広がる暗闇を振り払うように目を閉じる。


 手探りで寝ていたソファーから手を伸ばし、すぐ近くのテーブルからゴーグルを掴んで引き寄せた。


 側面にあるスイッチを押し、髪が乱れるのも気にせずに頭に装着。プツプツという音が聞こえた直後に、ゆらりと一瞬の揺らぎを見せながらも鮮明な色つき画像が直接脳に映し出される。


「――」


 めまぐるしいスピードで近代化が進んだ今、金を持っているなら身体パーツの破損で悩む人はいやしない。


 世界で今もなお進化し続ける技術は盲目である自分にも光をもたらし、健常者と全く変わりない世界を確保してくれる。


 ――……けれど、時々は見えないほうが良いと思うこともある。


 ベッドの真上に一つだけ存在する、天窓から差し込む淡い光。不精から使われていないベッドと、ソファと、小さなテーブルと端末以外のものが存在しない、殺風景な暗すぎる居間を見ていると尚更そう思うのだ。


 最後の家族が死んで半年。それ以来、自分以外の誰もいない――誰の訪ねも無い暗い部屋。


 それに呼応するように、同じく暗い自分の心。見れば見るほど暗い気持ちになるのだから、現実逃避をしたくなるのも当然だろう。


 枕元の壁に埋め込まれている照明のスイッチを押せば、一瞬で明かりがつく。ソファから立ち上がれば、ごつり、という鈍い音と共に、タオルケットと音声端末が床に滑り落ちた。


 床に落ちた衝撃で起動したのか、オレンジ色のつるりとしたそれは『おはようございます、白井しらい狛乃こまの様』と定型文の挨拶を読み上げてから、続けて『桜庭おうば市役所から、〝不死薬〟服用済み検査の結果が届いています』と連絡事項を告げてくる。


 ――〝不死薬〟


 端的にいえば、それは人間を不老にする薬の名前。不老不死ではなく単なる不老だが、ひと昔前なら騒がれたそれも、今の時代では老いて死ぬか、人生を延長するかの第二の選択でしかない。


 自分も今年で28歳。いや、これからもずっと28歳であるというべきか。


 20代であるからまだ身体の衰えこそは無いものの、自分は半年前に家族が老衰で死んで、その葬式が終わった後に迷わずその薬を飲み干した。


 死んだのは父方の祖父であり、世界に唯一存在する最後の家族だった。そしてその唯一の存在が死んだ時に感じたのは、漠然とした、しかし、しっかりと輪郭を伴って背後からじわじわと迫り来る恐怖だ。


 悲しみよりも先に、ありありとした恐怖が自分を責めた。自分はこの先どうなるのか。預金は祖父が貯金をしていたし、両親の保険金やらがまだ残っている。


 ネット上のアルバイトにて、自分で稼いでいるお金もある。自分のライフスタイルをかんがみて、税金やら雑費やらを含め計算をしてみても20年はゆうに暮らせるほどの貯金はある。


 しかしその後は?


 自分は盲目だ。これを卑下するつもりも過大評価するつもりもない。ただ事実として自分は盲目であり、失声症でもある。


 この先、老いてしまったらどうやって生活するのか。老いた身体でいったいどこまで何が出来るのか。


 日がな一日、家から一歩も出ない自分に出会いなどというものはなく、一緒に暮らしてくれる家族が出来る確率は限りなく低い。


 真っ先に浮かんだイメージ。それは暗すぎるこの居間で一人年老い、動くことも助けを呼ぶ事も出来ずに朽ち果てる惨めで恐ろしい〝未来〟。


 考えすぎとも言えないような現実が迫って来るのに耐え切れず、孤独なまま生きていくことなんて出来ないくせに、考えることを止めて小瓶を煽ったことから現在の戸籍は28歳(打ち止め)となっている。


 誰だ、不死薬煽った奴の年齢わきに(打ち止め)とか提案した奴は……。


 そうやって、お役所のよくわからない表記に苛立ちを覚えられるほど精神が安定、したというよりかは考えることを止めて問題から目を逸らしたという、現在に至り――。



 ――……毎日、毎日。代り映えのしない日々が続く現在いま



 自由に起きて、カップ麺を食べて、適当に音声ラジオやニュースを聞き流し、ネットサーフィンに興じる無為で閉じた毎日。寂しくなれば酒を煽り、たまの贅沢でアニメやゲーム実況などの映像を貪って……、



(……でも今日は、そんないつもとは違う)



 ソファの前、小さなテーブルの上に置かれた段ボール箱に目を向ける。


「――――」


 溢れる好奇心に任せ口を開くも、その喉から音は出てこない。もう慣れたこの現象は、しかし金で何とかなる部類ではなく心因性の失声症だ。


 盲目で声も出ないと宅配に出るのも面倒で危険だが、防犯は過度に取りつけられた監視カメラが担っているし、祖父が生きていた頃の改装により手が届く部分に窓は無い。


 声が出ないのも、目が見えないのも不便であるし、この現実では絶対に覆せない事実だ。



 でも、一つだけそれを度外視する世界がある。



 段ボールのテープを剥がし、中に入った大型ディスク五枚と、時代遅れな分厚い説明書を引っ張り出す。揺らぐ視界に映る表紙には、〝ようこそVRゲーム。【Under Ground Online】へ!〟とある。


 ――VRMMO。


 仮想世界に五感を繋げてどうのこうのという、覚醒したまま夢を見ることが出来る技術。これもまたブラックボックスだが、重要なのは何が出来るかだ。


 VR、仮想世界の中では目が見えないことなどない。脳に直接映像を見せているのだから当然だが、勿論声が出ないこともない。これも脳波を読み取りとかなんとか言っていた気がするが、声帯を震わせているワケではないから問題ない。


 VR用据え置き巨大ゲーム機の値段は少々張るが、それでも尚残る圧倒的な魅力が散財を惜しませなかった。


 はやる気持ちで、説明書を開く。分厚いそれを全部読むつもりで早寝をしたのだから、隅から隅まで読み込まないと気が済まないし、読まねばならない理由もある。ゆっくりと読み込んでいくなか、読んでいるだけで面白さが伝わってくるようでわくわくが止まらない。


 ――【Under Ground Online】


 アンダーグラウンドオンライン。VRが民間に確立されて――要するにアーケードの時代を終え、家庭用据え置きタイプとして登場してから――3年ほどで現れたVRMMO。


 誰もが夢見るようなファンタジー世界に、徹底的なリアル志向。独自の理論による魔力の設定、非レベル制、無限スキル制、モンスターへの学習性AIの初の大量投入。


 やるゲームを決めてからVR機器を買おうとは思っていたが、近々販売を予定されるこのゲームをラジオで聞き、テストプレイの募集にメールを送ったのは気紛れだった。


 少しでも気晴らしになればいいと。異世界のような世界というものは、自分が思うよりも楽しいかもしれないと。実況動画とたまに読む本くらいでしか知らない、ファンタジー系のゲームに手を出してみようと思ったのだ。


 盲目、失声症と、もう一つ特殊な両性であるということを書いたせいか、どうやら優先的にテストプレイヤーに回されたらしく、ありがたいことにメールの返事は早かった。


 おそらく、盲目でも問題なくVR内で映像を見ることが出来るのかなどを検証したいという部分もあったのだろう。


 利害の一致はありがたいことに、強運でもなんでもない自分がこの度めでたくテストプレイヤーに選ばれたわけだが、プレイは今日の午後3時から。


 噛みしめるようにページをめくるなか、この退屈な暗闇から解放される光明に、自然と笑みが浮かび上がる。




 そう――これは、自分が暗闇から歩き出す物語。




 想像もつかない激動の日々への始まりは……あるおだやかな、小春日和のことだった。



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