鐘が鳴る。

結は、僕に投げつけた質問の後から、何も言ってはくれなかった。

それは、僕に余計な発言をさせないようにする為だった。


「……。」


「……。」


着々と結の口に運ばれるかつ丼は、僕が食べるかつ丼よりおいしそうに見える。

米粒の一つ一つが色付いて、それは“食事”をしているのだとよく分かった。


彼のスマホの画面は溜まりに溜まったメッセージを未だに見えないものにしている。

知ってる。きっと全部、親からのメッセージだ。


『__きっと、また進路の話だろうな。』


結の親は厳しい。

それが愛故の行動だったとしても、それは鎖になって、結の行く道を縛っていた。


いつからだったのかはもう覚えてないけど、それは確実に歪んでいた。


食事や娯楽、勉強や人付き合い。全てを管理され、無難で確実な道へ進められる。

そこに彼自身の意志や選択権は加味されることはない。


執着か、無関心か。愛か、嫌悪か。

相容れない二つの顔を見せる母親の顔を、僕は結の語る日常から見出してしまった。


そんな彼を助けたかった、助けられると思っていた。

叫べば言葉が届くと思っていた、一緒に逃げれば日常から逃げられると思っていた。


『___できるわけないじゃん、そんなの。』


零れた諦めの言葉は、僕に圧倒的な敗北感と無力感を与えた。

痛んだ日々の傷口に塗った塩、それは僕の無神経な言葉だった。


ただ、僕はその無神経を止められない。

それが僕の名前を、僕を僕たらしめる、鎖だったから。


「…結は、どうするか決めたの。」


僕の放った言葉に結が手を止めた。

ゆっくりと顔を上げた結の瞳は、僕を色もなく映している。


「…さぁ、俺が決められることじゃないし。」


イラついたような、どうでもいいような声は僕を制止させた。

これ以上踏み込ませないように、助けなどむしろ迷惑だと。


「…そっか。」


僕のかつ丼はすっかり冷めていた。

冷めきっている、その感覚だけが身体を支配しているけれど

その寒ささえも、慣れてしまった僕はきっとどうかしている。


そして、僕が君の事をこんなにも気にかけて

こんなにも、君を助けたいと思ってしまう事は、どうかしているのだろうか。


このもやもやした引っかかりを、どうするのが君にとっての最善だっただろうか。


「____相心?」


「!」


「なに、ぼーっとしてたけど。」


いつもの顔で、いつもの声色で笑っている。

仄暗い日々の割れ目から覗く黒さを微塵も感じさせない顔で。


「__お腹いっぱい、だなって。」


「えぇ~?それ小だろ?もっと食わねーと倒れんぞ~」


「まさか、ちゃんと食べてるよ」


笑ってごまかす君がいるなら、僕も笑っておこう。

君が君の為に鐘を鳴らすその姿が、僕は好きだったから。


君が鳴らす鐘の音が、あまりにも大きすぎたから。

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