第4話
俺、佐野誠。
いい男だったのに、今は何とも寂しいことか。
ビーチに来ているっていうのに、ビキニ姿の女の子にときめきを感じないなんて。
それどころか。
「おお! いい女。ひゅーひゅー!」
なんていうバカ男どもの奇声を浴びまくっている。
おちおち寝転がってもいられない。むっくり起きて睨みつけると、
「おお怖っ!」
と、逃げてゆく。
ちぇ!
……とかなんとか、言ってみたところで、それは去年までの俺だよな。
その気になった女の子たちと、わりとよろしくやっていたものだけれど。
今はナイズバディなモデル体型のハーフ美女ときたもんだ。これじゃあ、女を引っ掛けたくても無理だろ?
残念だけれど、いい男が横にいて様になる女だ。
そういえば……矢野。
いつのまにか消えている。
俺は気になって立ち上がった。
水着はビキニではない。ワンピース。ハイネックの情熱的なオレンジ。
ビキニも似合うと思うけれど、真琴にはマネキンの名残が色濃く残っている。
日によって、人間らしかったりもするんだが、今日は首を着け直したせいか、よりマネキンぽさが出てしまっているようだ。
おへその下ぎりぎりのところに、胴体と足のつなぎ目があり、ビキニだと見えてしまうかも知れないからな。ハイレッグだけれど、太腿の繫目には、はりつけるタイプのタトゥを着けたから、目立たないと思う。
抜群のスタイルとはいえ、元マネキン人形は苦労するぜ。
豊かな金髪が邪魔なので、さくっと巻き上げて留めてみる。頭のてっぺんにある品番あたりでピンを使う。
あらわになった肩に、誰かが手を触れた。
「公太?」
「おまえに馴れ馴れしく呼ばれる筋合いはない」
矢野は、しかめっ面しながらも、俺にコーラを手渡した。
「飲めよ。毒は入っていない」
そう言って、もう1本のコーラを、矢野はごくごくと飲み出した。
毒が入っていたとしても、俺はたぶん死なないけれどな。もう死んでいるから。
俺は、コーラの缶に口をつけた。
「ありがとう。でも、私だって、あなたに『おまえ』呼ばわりはされたくないわ。私には、真琴という名前がちゃんとあるんだから」
一瞬、刺すような眼差しを感じた。
「俺が、おまえのことを『まこと』と呼べるはずがない。俺の親友だった誠は、たった一人だけだからな」
俺は、思わず絶句した。
――公太。おまえ、そこまで俺のことを?
「きゃーんっ! 何よ、何よ、このお熱い雰囲気はぁ!」
突然の姫子の声に、俺ははっと我に返った。
確かに、今の俺と矢野だったら、美男美女カップルに見えてもおかしくはない。
だが、待ってくれ!
俺は、これでも、れっきとした男だ。しかも、公太は親友だ。
そんな、腐女子な思考には、気持ち悪くてついていけない。矢野もそう思うはずだ。俺の本当の正体を知ったならば。
知るわけないし、信じるわけもないんだけれどな。
矢野ったら、俺が何度も「私は誠なの!」と主張したのに、全く相手にしてくれない。それどころか、俺が誠を殺したんだと思い込んでいる。
「あ、熱い? 熱いったら、矢野君!」
俺は、姫子の話をそらすために、矢野に話をふった。
「せっかく海に来たのに、どうして服のままなの? 見ていて熱苦しいわ。あなたも水着になって、泳いでくればいいじゃない!」
海の家には海水パンツも売っている。それほど高いものでもない。
バイクに乗ってきた矢野は、ジーンズにブーツにジャンパーだった。ジャンパーの下も長袖のTシャツ。きっと熱さにめげてコーラを買ってきたに違いない。
「……その間に逃げるんじゃないだろうな?」
「逃げるなら、あなたがコーラを買ってきている間に逃げているわよ」
それを聞いて安心したのか、矢野は着替えに海の家へと向かった。
矢野の姿が海の家の中に吸い込まれるのを確認して……。
「姫子! 帰るぞ!」
「えぇ? 帰るんですかぁ? 矢野君と約束したのにぃ?」
間延びした声で、姫子が叫んだ。
「あったりまえだ! 約束ってものは、破るためにあるんだ! あんなのに四六時中つきまとわれていたら、息が詰まるだろ?」
「でも、困ったことがいくつか……」
「何だよ!」
「あたしのジョーズのスイミングキャップ、行方不明なんですぅ~」
「そんなの、困らないだろ!」
俺は、姫子の腕をつかむと、走り出した。
「ままま、マコ姉さまぁーーーぁ。まだ、困ったことがあるんですううう!」
「そんなの、家に帰ってから言え!」
「ふわーい」
俺たちは、こうして矢野から逃げ出した。
だが、駐車場まで来たとたん。
俺は、硬直した。
「お、俺のPMWがないっ!」
「だからぁ、困ったことがあるって言ったじゃないですかぁ~」
俺が確かに車を留めたスペースには、白墨で文字が書かれていた。
――悪魔さんカードの引き落としが出来ませんでしたので、車を没収いたします。by 悪魔さんファイナンス――
「そんなの、ありかよーーー! じゃあ売るなよーーー!」
俺は、思いっきり叫んだ。
すっかり忘れていたが、悪魔というものは、人間に甘い汁を吸わせたところで、地獄にたたき落とすものなのだ。
俺は、悪魔の誘惑に負け、海辺に取り残されることとなったのだ。
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