第3話


「後方300メートル! 敵、バイク発見!」


 姫子が、突然らしからぬ切れのある言葉を発した。

 風を切って走っているのは確かだけれど、なぜ、急に『風の谷のマウシカ』のコスプレになるんだよ? ドリトンはどうした?

 だいたいその衣装、どこに詰め込んでいたんだ? と思ったとたん。


「ぎゃーーーーーー! ドリトンが飛んで行ったわああああぁ!」


 オープンカーだからなぁ。気をつけろよ。

 ふとバックミラーで確認すると、ドリトンの衣装をすり抜け、オリハルコンの剣を飛び越え、顔面直撃のイルカにも耐え、追跡してくるバイクが一台。


 姫子が、敵と呼んだヤツ――それは。


「矢野公太かよ? あいつも、懲りないヤツだなぁ」



 矢野は、俺――佐野誠の幼馴染みだ。

 俺とヤツは、性格は正反対だったが、親友と言える仲だった。

 ところが、俺が死んでしまったとたん、ヤツの態度は変わってしまった。

 今の俺――浅野真琴を、どうやら誠を殺した犯人だと思っているらしい。執拗にあとを付け回している。

 もういいじゃないか。俺も俺の死を納得していることだし。

 ……ってな事を、言って聞かせてもなぁ。怒り狂って、真琴に対する反発を強めるだけだった。

 よく考えると、当たり前か?

 犯人だと思っている女に「もういいじゃない」と言われて「ああそうですか」というヤツはいない。

 だが、ヤツの執着心は異常だぞ? ストーカー並みだ。


 とにかく。

 その矢野公太が、俺のPMWを追いかけてきているわけだ。

 振り切ってやりたいところだけれど、何せ、渋滞だ。明らかにバイクのほうが有利だよな。


「おい、どこへ行くんだ?」

 まるで警察のような尋問だ。俺はうんざり、ため息まじりで答えた。

「海にドライブよ。それが何か?」

「外車とは、ずいぶんと羽振りがいいな。まさか、保険金とか……」


 自分を殺して保険金を受け取るバカがいるか?


 俺は、ますますあきれた。

 言い返そうとしたが、言い返したのは姫子のほうだった。


「保険金なんかじゃありませんっ! マコ姉さまったら、あたしの悪魔さんカードを限度額オーバーにしてくれたんですよぉーっ! どうしてくれるんですかあぁ!」

「悪魔さんカード?」


 ヘルメットの奥で、矢野が眉をひそめたのが見えた。



 悪魔さんカード。

 買い物も交通違反も、何もかも、万能なカードだった。

 俺は、その使い勝手の良さにすっかり夢中になってしまった。だが、その支払いは、姫子の出世払いだった。

 どう考えても、姫子が悪魔として出世するとは思えないから、永遠の負債ってことになる。

 しかし、矢野のこの反応。ヤツには、悪魔さんカードは利かないらしい。


「姫子のいうことの99%はくだらないんだから。全うに請け合わないでほしいわ」


 なぜかむっとすると、女言葉になる。

 まぁ、今の俺は金髪ハーフ美女なんだから、そのほうが自然と言えば自然だが。


「その残り1%に、おまえのシッポが隠されているようだな」


 大真面目に矢野。

 もう勝手にしてくれ。相手にしていられない。





 そんなこんなで、すったもんだしながらも海についた。

 だが、俺はすっかり疲れ果てた。

 泳ぐ気にもなれないぜ。

 俺は、ビーチマットの上に、ごろんと寝転がり、顔にツバ広の麦わら帽子をかぶった。


 片手には……。

「おまえは怪しい」

 と言い続ける矢野。

 いい男なんだから、少しは女をナンパでもしてこい! 


 もう片手には……。

「マコ姉さま! 泳がないんですかぁ?」

 と叫ぶ悪魔ッ子。

 童顔のマシュマロ・巨乳少女なんだから、ビキニ姿は目の保養として……。

 その、ジョーズのスイミングキャップはやめておけ。


「えええ? だってぇ、かわいいと思いませんかぁ? この、ちょうど開いた口のところが、しっかりと頭にはまってぇ」


 それでニコニコしているのは、やはり悪魔だよ。

 ジョーズに咬まれたような頭のまま、姫子はルンルン海へと向かっていった。


 ……俺は、他人のふりしておく。

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