第2話


 サングラスの金髪美女が、颯爽さっそうとオープンカー。

 このシチュエーションに萌えるぜ。

 俺は、さっと髪を払ってみせた。その仕草が、シルバーメタルのボディに映り込む。本当はブルーがいいかな? と思ったが、ハーフ美女の真琴にには重たすぎると思い、明るい色にした。


 佐野誠時代には、考えられなかった車だ。


 俺は、ずっとオヤジの古いドヨタ・ガローラに乗っていて、ちょっと恥ずかしかった。しかも、オヤジも使っていたから、滅多に運転できなかったし。

 俺の友人たちも、似たり寄ったりだった。

 自分の車を持っていたのは、堀井和夫くらい。しかも、友達でわいわいつるむのが好きなヤツだったから、ワンボックスカーだった。


 女を引っ掛けるのに、そりゃないだろ?

 姫子の悪魔さんカードに感謝するぜ。



 海はいいぞ、広いぞ、大きいぞーっと、勧めたら、その気になって、泣き止んで、喜んでいたはずの姫子。


「マコ姉さまぁあ! それってないですぅ」

 いきなりの文句とはどうした?

「ツーシーターのオープンだなんて! あたしたち以外、乗れないじゃないですか!」

 当たり前だよ。他に誰を乗せるっていうんだよ。

「だって! クマちゃんとか、猫ちゃんとか……」

「ダメ! ぬいぐるみは、海には連れていかないの!」

「だってぇえええええ………」

 姫子は、上目遣いで俺を睨んだ。


 だいたい、姫子が持って行こうとするものは、邪魔なだけだ。過去に役に立ったと言えば、悪魔さんカードと悪魔さんスマホくらい。

 魔女の扮装に黒猫とか、探偵の扮装にダックスフンドとか、やめてくれ。

 そもそも、俺にとっては、姫子そのものが、かなり余計な存在だ。

 せっかくかっこいいハーフ美女・真琴なのに、その助手席が悪魔っ子かよ? 百歩譲ってそれは許すけれど、海のドリトンのコスプレだけはやめてくれ。しかも、無理やりイルカの浮きを積み込もうとしているし。

 姫子は、むぎゅー、むぎゅーと叫びながら、イルカを座席の下に押し込んでいる。

 ……空気を抜けば積めるけれど、アドバイスはやめておく。



 快調に海岸通を……と、行きたいところだが。

 何だよ、この渋滞は。

 俺は、苛々して煙草に火をつけた。

 実のところ、誠はまだ車の運転に慣れていない。しかも、今の俺は真琴。体の制御が完璧ではなく、反応速度がかなり怪しい。


「きゃーっつ! マコ姉さま! つ、つ、つ」

「何だよ、その【つ】って言うのは?」

「追突しますぅ!」


 もっと早くに言ってくれ。


 前の車にコツン! とあたってしまい、怖そうな兄ちゃんが降りてきたぜ。

 俺も覚悟を決めて、車を降りる。

 姫子は、イルカを抱えてびくびくしている。

 ミュールの足をさっと出し、パタンとドアを閉め……。


「ご、ご、ごめんなさぁい。まだ、新車で運転に慣れていなくってぇ」


 かっこいい女の真琴だが、相手が男だったら、ここは姫子風の対応だろ?

 相手の男は、強面だが、どうやら普通の人らしい。俺の姿をまじまじと見て、顔色を変えた。

 そりゃそうだ。モデル体型金髪ハーフ美女が、脚線美丸出しのホットパンツだぞ? それに上もキャミソールときたもんだ。


「い、いえ。あの……」

「警察呼ばなくちゃ、ダメかしら?」

「あの、その……バンパーも傷ついていないし……いいんじゃないですか?」


 下手に事故証明なんかとったら、時間もかかるし、保険料も高くなるしな。それに、きれいな女性にお願いされたら、男は弱い。俺も、ずいぶん弱かった。


「ありがとうございます。助かります」


 俺は、ほっとして車に乗り込もうとした。

 そこで、ぎゃっと声を上げてしまった。



 おどろおどろした暗雲が、俺の車から立ち上り、雷が光っていた。

 その中に、青黒い顔の悪魔が仁王立ち。眼光は黄金。歌舞伎のような隈。口は、耳まで避けて真っ赤。


「ぐふふふふ……うらめしや……」


 そうか、あの男が顔色を変えたのは、俺の色気よりもこの恐怖からだったのか。

 ちょっとセリフが違うと思うけれど。


 しかし、この悪魔、どこから来たんだ?

 ……と思ったら。


「あー、よかったですね。マコ姉さま!」


 ひゅるひゅるひゅるーんと縮んで、姫子の姿に戻っていた。

 俺は、立たないはずの鳥肌を立ててしまった。


「い、今のは何だよ。姫子」

「あたしの、本来の姿ですぅ~」


 本来の姿? 確かに悪魔だけあって、迫力だったが。


「これで、警察でもきて、また悪魔さんカードを切られでもしたら……。もう限度額オーバーですからね。サイの河原で石崩しのバイトでもしないと、生きていけなくなりますもの」

「石崩し?」


 俺は、ふと、ばあちゃんが教えてくれた話を思い出した。

 悪い事をしていた小さな子が死ぬと、サイの河原で石を積まなくては向こうの世界には行けない。ところが、積み上がる頃になると、小鬼が現れて、その石の山を崩していく。だから、また最初から始めなくてはならない。


 ――だから、誠や。いい子でな。


 石を積まなくてもよかったが、悪魔っ子に憑かれたのは、やはり悪い子だったからか?

 まぁそれは置いておいて。


「悪魔っていうのは、そんなバイトまでするのか?」

「そうなんですよぉ。結構精神的に辛いんですよぉ。小さな子が一生懸命積んだ石を、ガシャーン! って崩して歩くっていうのは」


 うん、やはり、姫子は悪魔失格だ。

 本来の姿よりも、絶対にこのマシュマロ風な容貌と間延びした話し方のほうが、似合っていると思う。

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