第2話、倉田沙織
一年B組、倉田沙織。成績優秀、人柄も良く男女両方から好かれる人気者である。外見は茶髪がかったボブヘアーで額は前髪で隠れており、小顔で見た目も良く、男子によくモテる。実際、何人かの男子に告白を受けたことも何度かある。しかし、彼女は誰とも付き合うことはしなかった。
高校生にもなると、異性と付き合う人は結構いる。公言していないだけで実は付き合ってたりする友達もいて、突然「私、あの人と付き合ってるんだ」なんて言われて驚くこともある。
周りの友達が彼氏を作り始めると、彼氏がいない私は「沙織も彼氏作りなよ」なんて言われることもしばしば。
私だって恋に興味がないわけじゃない。折角高校生になったわけだし、部活で友達を作って色んなところへ遊びに行ったり、もちろん勉強も頑張ったりして、そして……かっこいい男の子と付き合ってデートに行ってみたり……。
告白は自分で言うのもあれだけど、事実として沢山受けたことがある。でもどの人も話したことないような人ばっかで、特に良い評判も聞かないし、正直いきなり初対面で告白なんてされても困るだけだ。
しかしかといって、これといった理想の男性像があるわけじゃない。テレビでこの人かっこいいな〜とか思ったりはするけど、それも見た目だけの話。勿論かっこいいに超したことはないけど、やはり見た目以上の何かしらの魅力がある男性と付き合いたいと私は思う。
そんな私が、ある男子生徒のことを意識するようになったのは、一年の二学期に入ってすぐのある日のことだった───
二学期に入ると、夏休みも明けたばかりだというのに、クラスの話題はあることで持ちきりになる。それが文化祭だ。
九月の中頃にはもう文化祭が始まるので、今日のロングホームルームでは、クラスでやる文化祭の出し物を決めることとなった。
高校生になってから初めての文化祭ということもあって、みんな気合を出して出し物を提案していた。勿論、みんながみんな真面目に提案したわけではなく、女子のメイド姿が見たいからと男子の一人がメイド喫茶を提案したり、それに対抗して女子が執事喫茶を提案したりと、学生特有の和気あいあいとした雰囲気がそこに流れていた。
私はこの雰囲気は嫌いじゃない。むしろ好きだと言っても良い。なんていうか、こういうの、すっごい高校生してるなって感じる。
沙織がそんな風に感傷に浸っていると、後ろの席の沙織の友達、
「ねぇねぇ、さおりんは何がいいと思う?私、結構執事喫茶いいと思うんだ〜。このクラス、結構イケメン多いし」
まいちゃんとはこの学校で初めて知り合った。席が近かったので、それがきっかけで話していく内に意気投合して、今じゃすっかり私の一番の仲良しの友達だ。
「私は何でもいいかな。みんなで楽しくできればそれでいいよ。あ、でもメイド服は着たくないからメイド喫茶は嫌かな」
「え〜さおりん可愛いんだからいいじゃん。私なんて胸ないしチビだし、自信ないよ〜」
「そんなことないよ。まいちゃん十分いけるって」
二人がそんなお喋りに
その瞬間、さっきまで私語を慎む様子もなく、楽しそうに喋っていたクラスの誰もがその口を閉じ、その男子生徒の方に視線を集めた。沙織達もまた、彼の方へと視線を向ける。
「うわっ……相沢じゃん。また変な事言いそう……」
まいちゃんは彼を見て思わずそう本音をもらした。
彼の名は相沢祐輔、当然ながら私と同じ一年B組。ルックスは結構良くて、入学当初は女子の人気も高かったんだけど、彼の奇行の数々により、女子は疎か、男子からも距離を置かれる存在となった。
私が彼を初めて認識したのは、入学から一ヶ月が経った5月の中頃だったか。その頃になると、彼の噂が入ってきた。
なんでも、入学から一ヶ月ぐらいしか経っていないというのに、彼に告白をした女子が何人もいるとのことだ。それ自体は彼の顔立ちの良さを考えれば普通かもしれないけど、問題なのはそれに対する彼の対応だ。
彼は告白してきた女子達に必ずこう聞くらしい。
『君は僕のことを生涯愛してくれますか?』
いや重い重い!
いや、私も男の子と付き合うなら真剣に付き合いしたいと思ってるし、彼の恋に対する真剣な気持ちもわからなくはないけど、流石に重い!
告白をした女子の話によると、彼は更にこう続けたという。
『君が僕を生涯愛してくれるというのなら、僕は全力で答えるから』
いやそのセリフはクサすぎるでしょ!重いとか言う前に引くわ!
それが私の、彼のこのセリフに対する素直な感想だった。
なんにせよ、高校生で、それも入学したての女子達の中に、彼のこの重すぎる期待に答えられる女子はいなかった。実際これに頷けば付き合えるのかもしれないが、なんかプレッシャーすごいし、こんなイタイセリフ平然と吐く男と付き合いたいと思う女はいないだろう。ちなみに私も嫌だ。
それからも彼に関する色々な噂を耳にした。というか同じクラスなので目にすることもあった。
四限が長引いて購買のパン争奪戦に出遅れた時は、二階の教室の窓から飛び降りてショートカットして買いに行ったり、クラスメイトに女子トイレの構造が知りたいから入ってこいよとちょっかいを出されると、本当に中に入って、しかも中に何があるか、どこがどうなってるのかまでを、しっかり見取り図に書いて、ちょっかいを出してきた奴に提出してみせたり、様々だ。
他にも色々あるが、その中で何より驚いたのが、あの
水瀬深雪。一年C組、つまり私の隣のクラスってことなんだけど、彼女のことを私はよく知っている。いや、私でなくても地元の学生ならみんな知っていると思う。
彼女は中学のとき、ある男子生徒と付き合っていたらしい。それ自体は問題ないんだけど、彼女はとにかく疑り深かった。俗にいうヤンデレってやつなのか、彼氏が少し他の女子生徒と一緒にいるだけで機嫌を悪くし、時にその相手や彼氏に暴力を振るうことすらあった。
そんなだから、とうとう彼氏に別れを切り出されてしまったのだが、その時彼女が取った行動に誰もが驚愕した。
彼女はカバンからナイフを取り出し、彼氏に襲い掛かったのだ。この時は彼氏が間一髪ナイフを避け、走ってその場を逃げ出したため、刃傷沙汰になることはなかった。そして被害が出なかったということもあって、学校側もこの問題を大きくはしなかった。しかしそれ以降、彼女は誰からも避けられ、誰も彼女に関わろうとしなくなった。
そんな彼女と相沢くんが付き合ったという噂が一学期の終わり頃流れ出した。その噂に学年の誰もが驚いた。実際にクラスの男子が相沢くん本人に確認をとって、交際していることを認めているところを目にしたので事実のようである。
しかし何故あの二人が付き合うようになったのか、それは誰にもわからない。というか彼女はあの彼の重い一言を受け入れたということなんだろうか……。
重すぎる恋愛観、奇行の数々、ヤンデレな彼女持ち、これだけでも彼をみんなが避ける理由はわかったと思う。事実、私もなるべく関わりたくないと思っている。
そして、そんな彼に司会進行役のクラスの委員長が苦笑いしながらも、彼の意見を聞こうとする。
「えっと……じゃあ、相沢くん。何か提案あるのかな……?」
「みんなで漫画を描いてそれを展示するというのはどうかな?俺的に結構良いと思うんだけど」
シーン
さっきまで和気あいあいとしていたというのに、クラスの空気は一気に静まり返った。
当然といえば当然だ。この年に一回の特別な文化祭という行事でそんな地味な事をやりたがる人は殆どいないだろう。
いや、ほんとこの空気どうするの?みんなさっきまで楽しくやってたのに、あんたのせいで台無しじゃない。
沙織は心の中で相沢に腹を立てた。
実際、後ろの席のまいちゃんも彼の提案に苦い顔をしていた。
しかし、そんなクラスの雰囲気などの気にも止めずに彼は話し続ける。
「みんなは純の漫画見たことある?凄い面白いんだよ。純の漫画を展示すれば絶対ウケると思うんだよね。それにみんな純に漫画の描き方を教われば、皆の展示も良くなると思うしいいと結構いいアイデアだと思うんだ」
純というのはおそらく彼の唯一といってもいい友達、
ていうことは、彼は友達のお膳立てをしたいということなのだろうか。だとすればそれ自体は友達思いで良い事だとは思うけど、彼のことだから思いつきで行動してる気がしてならない。
現に
これ絶対彼の了解貰ってないでしょ……。彼のためにやってるのかもしれないけど、これじゃあ余計なお世話もいいとこだよ……。
そしてクラスの反応も依然として微妙な反応だった。だってそうでしょ、高校生活の中で三回しかない文化祭の一回を、地味な直筆漫画の展示で終わらせたい人なんてそうそういないと思う。
そういうのはどっちかというと、美術部とか漫研(うちにないけど…)とかの出し物だと思う。少なくともクラスの反応を見る限りでは、賛成に回る人はほとんどいなさそうだ。私も賛成するつもりはないし。
まぁ、飲食系のお店が出せるのは各学年三クラスまでだし、もしうちのクラスがその争奪戦に負けたらどの道展示をやることになるだろうけど、だからといって漫画を描くのは手間がかかり過ぎる。飲食系ならみんなやる気出すと思うけど、もし仮に展示系になったら、多分楽な展示物にして、部活とかの出し物にみんな精を出すんじゃないかな。
委員長も一応黒板に案の一つとして書き留めているが、おそらく採用されることはないだろう。
そして結局、クラスの出し物は人気の高かったメイド喫茶と執事喫茶の混合喫茶になることになった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます