第21話 意地の張り合い

 構成員に追い出されるようにして、俺たちは拠点の入り口まで連れられていった。一緒についてきたトールを振り返り、問いかける。

「トール。お前、あの人とどういう……」

「ご主人様ですけど?」

「は?」

 即答された言葉に、困惑の前に間抜けな声が出てしまう。トールは無表情のまま重ねて答えた。

「だから、ご主人様です」

「え? ……は?」

「なんですか他人の恋愛事情に文句つけないでくれません?」

 れんあいじじょう。

 言葉にされても理解できないその単語に、俺たちはきょとんと目をしばたかせることしかできなかった。

 そうしているうちにトールは構成員たちを伴って拠点の中へと消えていき、俺たちは玄関の外で二人取り残された。

「……なんだったんだ」

「さあ……?」

 俺たちは顔を見合わせ、考えても仕方がないことに気が付くと、何も見なかったことにして大通りに向けて歩き始めた。

「これからどうする」

「またシルバのこと頼る? ……あんまり借りを作っておくと、いざというとき面倒だから、緊急時以外あんまり使いたくないんだけどね」

 シルバはそんな奴だったのか。納得するような、少し意外のような思いを抱きながら俺は考え込み――それからリリィのスーツを見て提案した。

「とりあえず一度署に戻るか」

 リリィはきょとんとこちらを見る。俺はリリィと俺の服を交互に指さした。

「俺もお前もぼろぼろだ」

 しわのついてしまったスーツを揺らしながら、二人で署へと帰り着く。特課の部屋には、俺は一着だけ、リリィは二、三着のスーツを予備として置いてある。面倒ごとに巻き込まれがちな俺たちはそういう備えが必要、という理由だった。

「ちょっと、何見てんのえっち!」

 ヤクザ者たちにボロボロにされたスーツを脱ぎ、新しいスラックスに足を通そうとしたとき、リリィは大げさに上半身を隠しながら突然叫んだ。

「は? 男同士でそんなこと気にするのか」

「逆に気にしないの!? 僕の裸見て下半身反応しないってどうかしてるんじゃないの!?」

「いつものように見てるだろう。お前が盛ってるときに」

 馬鹿げたことを言い出したリリィを無視しながら着替え終わり、俺はジャケットの前を留める。リリィは頬を膨らませてこちらを見ていたが、これも無視をした。

 その時、特課の部屋のドアが勢いよく開かれた。

「リリィさん、ブラッドさあん!」

 飛び込んできたのは、特殊鑑識課のヒューガだ。彼は満面の笑みで資料らしき書類を掲げている。

「もー、探しましたよお! 一体どこに行ってたんですかあ!」

「どこって捜査だが」

「それもそうですね! ささ、これを見てください!」

 妙にテンションの高いヒューガに引きずられるようにして俺たちは机の前にやってくる。ヒューガは手に持ってきた書類をもう一度持ち上げてみせた。

「じゃじゃーん!」

 まるで子供のような掛け声で、自慢げに書類を掲げてくるヒューガに胡乱な目を向けてしまう。ヒューガはそんな俺たちにかまわず、満面の笑みで言い放った。

「ネイザムに関する情報です!」

 驚きで目を見開き、俺は机に置かれた書類を覗き込む。そこにはいくつかの数値、それから靴の写真が添付されていた。

「履いていた靴を押収していたんですがね、そこに特殊な塗料が付着していたんですよ」

 写真をどけて、ヒューガは数値のところをぐるぐると指さしてみせた。俺には理解できないできない数字の羅列だったが、おそらくヒューガの言う意味が含まれているのだろう。

「塗料のつきかたから言って、ネイザムがそこに行ったのはおそらくつい最近」

 熱の入ったしゃべり方でヒューガはそう断定する。

「それってどこなの」

 リリィの問いに、ヒューガ再び書類を取り上げると、地図を指した。

「ニューカサブランカ中央銀行」

 この市の金融街のど真ん中に存在する巨大な建物の名前を聞き、俺は踵を返してドアへと大股で歩み寄ろうとする。

「どうですか、自分たちもやればできるでしょ! シルバなんかに頼らなくても! シルバなんかに頼らなくても!」

「よくやったヒューガ。これで捜査ができる」

「ありがと。さすがは特殊監察課だね」

 跳ねて主張してくるヒューガに目を向けずに、俺たちは部屋を出て銀行に向かおうとする。のんびり歩いて奴に逃げられたらことだ。だがパトカーよりも電車のほうが早いだろう。

 署を出て駅へと向かう。駅の時計が指す時間は午後二時だ。銀行が閉まるまで時間がない。比較的空いた電車がホームに滑り込んでくる直前、リリィは口を開いた。

「ところでワンちゃん」

 雑踏の中でリリィの声がやけに大きく聞こえる。

「今から行く場所の情報だけど……どうして今更になって出てきたのかな」

 うつむきがちだった顔を上げ、リリィの目と俺の目が合う。リリィの目は真剣なまなざしをしていた。

「最初の捜査の時点で見つかってもいいはずの情報だよね」

 遠回しに何を言われているのかわかり、俺は眉をひそめた。

「誰かが痕跡を捏造したって言いたいのか」

「可能性としての話だよ。ほら、前の事件の時覚えてる?」

 前の事件の時。順番に思い出し、解決されていない違和感があることに気づいた。

 ネイザムたちはどうやって俺たちが捜査を始めようとしているという情報を得たっていうのか。

「まさか、俺たちが捜査をしようとしていることが相手に筒抜けだった……?」

「そういうこと」

 こくりとリリィは頷く。ほぼ同時に電車が轟音を立てて俺たちの前にやってきた。それに乗り込みながら、リリィは小声で言った。

「今すぐにどうというものでもないけれど……、警戒の必要はありそうだよね」

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