第20話 協力

「このっ……」

「待って、ワンちゃん!」

 ヤクザたちに手首を縛られそうになった時、俺は抵抗を試みようとしたが、リリィに小声で制止されて大人しく拘束されることにした。

「何か考えでもあるのか」

「……まあね。これはサイコメトリーじゃなくてただの勘なんだけど――僕たち、すぐに殺されるようなことはないと思うよ」

 背中に銃を向けられながら、俺たちは拠点の奥へと連れていかれた。先導する男たちの中にはトールもなぜか混じっている。

 最奥には大袈裟なほどに華美な扉があった。構成員たちはその前で立ち止まると、声を張り上げた。

「ヤンファンさん、失礼します!」

「おう、入りな」

 構成員の口から出た名前に、やはり、と思いながら俺たちは目配せをする。扉は内側から開かれ、その中に広がる空間に俺たちは目を軽く見開く。

 そこには中華風に統一された部屋があった。赤を基調に統一された室内、毛の長い絨毯、つるされたシャンデリア。

 どれも普通に生きていればめったにお目にかかるものではなく――いや、高級中華料理屋にはあるかもしれないが、それほどに珍しいものだった。

 その部屋の奥に一人の男が足を組んで座っていた。

 俺たちは後ろから拳銃でせっつかれ、その男の目の前に跪かされる。男の髪は銀色で、後ろに撫でつけてオールバックにしている。目元には眼鏡がかけられ、三白眼を楽しそうに細めていた。そして中華風のその顔立ちは――つい先ほどフォードラゴン社で俺たちを追い返したあの男と同じものをしていた。

「ヤンファンだ。何もないがまあくつろいでくれや」

 明らかな皮肉に顔をしかめると、男はサメのように鋭い歯を見せて笑った。

「見ての通り、俺はここの幹部をやってる。そんな俺の前に連れてこられたってことは――自分たちの置かれてる状況はわかってんだろうな?」

 姿勢を一切変えないまま、ヤンファンは俺たちに言い放つ。警察官だとはいえ俺たちは不法侵入者だ。殺されて海に沈められても仕方ない状況だろう。ヤンファンはますます楽しそうな顔になった。

 そんな彼の隣にちょこんと座ったのは、何故かこの場所にいた人物だ。

「トール」

 いつもとは違い、白衣を着ていない彼の名を呼んで問いかける。

「なんでだ、トール」

「ああ、そこに困惑してんのか」

 ヤンファンは俺たちを鼻で笑ってみせた。トールはいつも通りの冷たい表情で俺たちを見下ろしている。違うのは――潔癖症であるはずのトールが、わざわざヤンファンに寄りかかるようにして座っていることだ。

 困惑を極める俺たちに、ヤンファンは言う。

「そうだな、これは――俺の飼い猫ってとこかな」

 彼に体を預けていたトールの顔を、片手でつかんでヤンファンは自分に向きなおらせる。

「そうだろトール」

 その問いかけにトールは眉一つ動かさなかった。その代わりにその口から発せられたのは、常ならば絶対に言わないような言葉。

「……にゃあ」

「いい子だ」

 猫の鳴きまねをしてみせたトールの頭をヤンファンはがしがしと撫でて、その肩を抱く。トールは彼にしなだれかかる姿勢になった。

 状況がどうしても把握できない。だってトールは警察の検視官のはずで、こんなところにいるはずないのに。普段の彼はこんなことをするはずがなくて、まさか――よく似た別人だとか。

「本人だぞ、国家の犬ども。んで、この話はここで終わりだ。そろそろ本題に入らせてもらう」

 足を組み替えてヤンファンは俺たちを見下ろした。

「実はな、つい先日、俺たちの金を持ち逃げしたアホがいる」

 突然の言葉に、俺はそれが何の意図で発されたものなのか分からずに眉間にしわを寄せる。

「てめぇらに協力してもらいてぇのは、そいつの情報を俺たちに提供することだ」

 ヤンファンは手首を返して俺たちを指さしてみせた。

「それができたなら、お前たちは首と胴体が引っ付いたままここから帰れるってことさ」

 それが意味することを理解して、無意識のうちに体が震えそうになる。それをなんとか気力で抑えつけようとしていると、ヤンファンはリリィに目をやった。

「お前のサイコメトリーなら簡単だろう。なぁ、リリィ」

 傍らのリリィを見ると、ぎゅっと苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。そんなリリィの目の前に、ヤンファンは何かを投げ捨ててきた。

「奴が残していった物だ」

 それは一つのカギだった。カギには複雑な文様が刻まれており、それを使うであろう扉は簡単には開かないものであることを示していた。

「何をすればいいかは分かるな?」

 ヤンファンは身を乗り出してささやくようにして俺たちに言う。構成員たちはリリィの縄を解き、同時に俺の側頭部にぴたりと拳銃を向けて引き金に指をかけた。

 リリィはそれを見て顔をしかめると、床に落ちたままのカギにそっと手を触れさせた。

 待つこと三秒。リリィはゆっくりと目を開いた。

「駄目。また妨害されてる。完全には探知ができない」

 首を横に振るリリィを見て、ヤンファンは目を細める。

「妨害、ねえ」

 体を起こすと、ヤンファンは元の位置で背を預けた。そんな彼の顔をトールは見上げる。

「……俺のお仲間ってとこかな」

 顎に手をやってヤンファンは言う。

 仲間。一体どういう意味なのか。同じヤクザの構成員だという意味にも取れるが、いや、これはむしろ――能力のことを指しているのか?

「ねぇ、ヤンファン」

 不意に傍らのリリィが発した言葉に、俺はぎょっとしてリリィを見る。そこにはちょうど怒り狂った構成員に顔を殴られたリリィの姿があった。

「さんをつけろ! てめぇら自分の状況が分かってねぇみたいだな!」

「……あーいいさ、呼び捨てでも。それぐらい活きがよくなけりゃ張り合いがねぇ」

 ヤンファンはひらひらと手を振って、構成員を下がらせる。彼は不満そうな顔でリリィから離れていった。

「で、なんだリリィ。何か言い残しておきたいことでもできたのか?」

 俺たちを見下しながらヤンファンは言葉を発する。リリィはその視線にひるまずに、ヤンファンを見た。

「これと同じように妨害されてる証拠は最近見たことがある。この事件、僕たちが追う――ネイザムという男が関与しているかもしれない」

 ヤンファンは少しだけ目を見開いた後、再び俺たちに顔を近づけた。

「ほう、お前は俺たちが持ってるかもしれないその情報が欲しいと。……だが、ただでその情報をやるわけがねぇことは分かってんだろうな」

「分かってるよ」

 リリィは即答する。何の策があるのか、俺はリリィを見やる。

「僕たちはそのアホを見つけるだけ」

 突き放すようにリリィは言う。

「その後君たちが何をするか、僕たちは関与しない」

 彼はヤンファンをまっすぐににらみつけながら言葉を発した。

「それでいいでしょ?」

 ヤンファンは目を見開いた後、にっと鋭い歯を見せて笑ってみせた。

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