第19話 ヤクザのアジトと彼


 男の笑顔に追い出された俺たちは、近隣のバーガーショップで向かい合って作戦会議をしていた。店の椅子は脚が低めで、俺たちは二人とも足を余らせる形で座っていた。

「あいつ多分、『悪食』のヤンファンだ」

 ポテトを口の中に放り込みながらリリィは言う。一応、機密情報を扱っている自覚はあるのか、その声は小さい。

「ヤクザ関連の事案で何度か見たことがある」

 俺は目の前のバーガーに手を付ける気にならずに、リリィが大きく口を開けてそれを食べているのを目で追っていた。

「その『悪食』っていうのは何なんだ?」

「さあ? 僕もよく知らない。ただ、関わったことのある裏社会の連中とか――ああいうのに詳しいトールが言ってたんだから、そう呼ばれてるんじゃないかってだけ」

 塩のついた指をぺろりと舐め、それからリリィはバーガーの包み紙に手を伸ばした。

「まあこれは噂なんだけど」

 包み紙を開くと、その中には分厚いバンズにジャンクな肉が挟まっているバーガーが入っていた。

「『悪食』のヤンファンはすっごく面倒な超能力者――らしいんだって」

 口を大きく開けて、バーガーに噛みつく。ソースと野菜が横からはみ出て、リリィの口の端を汚した。もぐもぐとそれを咀嚼しながらリリィは言った。

「施設出身者らしいんだけど、僕とは入れ違いにどこかに引き取られてったらしいから、よくは知らないんだよね」

「……施設?」

 何を意味している単語なのか分からず俺は問い返したが、リリィはそれに答える気はないらしく、もう一度口を大きく開けてバーガーにかぶりついた。

 ほんの三口でそれを食べ終わると、リリィは包み紙をくしゃくしゃっと丸めて、プレートの上に包み紙を投げた。俺はリリィに身を乗り出した。

「これからどうする」

「うーん、そうだね……」

 リリィは顎に手を置いて考え――そして懐から四つ折りにされた書類を取り出した。

「ここにシルバがくれた奴らのアジトの一つがある」

 写真付きのそれを机に置き、そのうちの一点を指でとんとんと叩いた。

「……こっそり探ってみちゃう?」

 にやりと笑いながらの言葉に、俺は少しだけ不安になる。だが、相手に超能力者がいるというのなら、確かに手っ取り早い手段だ。俺が頷くと、リリィは低い背もたれに無理やり体をもたれかけさせながら、俺を軽く指さした。

「とりあえず、さっさと食べなよ。さめちゃうよ」

 俺は目の前のバーガーを見下ろし、それからリリィに目をやった。

「リリィ」

「ん?」

「ここ、ついてるぞ」

 手を伸ばして、リリィの口の端についていたソースを取ってやる。リリィは一瞬おいて、真っ赤になった。



 クイントの拠点はフォードラゴン社の付近、社屋の陰に隠れるようにして存在していた。いざという時に対応できるように近く、そしていざという時に切り捨てられるように別棟としての位置なのだろう。

 フォードラゴン社には遠く及ばないが、かなりの面積があるビルだ。こちらはもうヤクザであることをごまかす気はないらしく、その入り口にはいかつい男性が二人立っている。

「どうする? こっちも正面から行っちゃう?」

「流石にそれはまずいだろう。……裏口を探すか」

 俺たちはそれを物陰からうかがった後、彼らの目を盗んで、拠点の横に伸びている細い道に入っていった。

 窓を数える限りでは、清潔感のない灰色のビルは七階建てのようだった。今欲しい情報があるとすれば、かなりの奥になるだろう。

「情報、どこにあるかな」

「さあな。どこかに書類にまとめてあるのかもしれないし、誰かの頭の中にあるのかもしれない」

「じゃあどうする?」

「決まってる」

 ビルの壁面を睨みつけながら俺は言った。

「情報を知っていそうな適当な奴を捕まえて、吐かせるまでだ」

 俺の言葉を聞いたリリィは、ぴゅうと口笛を吹いた。

「ワンちゃんって本当に大胆な手を取るよね」

「遠回しに言うな。ヤクザの手口みたいだと言えばいいだろう」

「そこまでは言ってないでしょ」

 軽い足取りでリリィは裏道を歩いていく。俺はそれにゆっくりとついていき、裏口らしきドアを見つけた。ドアの前には二十代らしき男性が立っている。おそらくは見張りだ。 

「……あいつ一人か」

「利用させてもらおっか」

 男に近づこうとした俺をリリィは押しとどめ、小声で言った。

「僕が先に行くよ」

 目くばせをされ、俺は立ち止まる。リリィは俺にウインクをした。

「ワンちゃんは暴力担当ってことで。よろしくね?」

 それだけを言うと、リリィはふらふらと見張りの男に近づいていった。俺もその後ろをついていき、隙をうかがう。

「ねーお兄さんっ。お兄さんかっこいいね」

「え、おお」

 突然声をかけられた男は困惑したまなざしでリリィを見る。リリィは彼の腕を取ってしなだれかかった。

「僕さ、今溜まってるんだけど、今から一緒にイイコトしない?」

「えっ……お、お前娼夫か何かか?」

「まあそんなとこ。ねえ、シようよ。僕もう我慢できないんだ」

 体を押しつけて耳に息を吹きかける。男は体を震わせた。

「サービスするよ。ね?」

 男はがくがくと震えながら、なんとか言葉を絞り出した。

「ダ、ダメだ。俺はここを任されてて……」

「じゃあ中でやろうよ。いいでしょ?」

 リリィは裏口のドアを指さす。男は少し考えた後、リリィの手を無理やりに引いて建物の中へと引き込んだ。ドアの向こうに消える寸前に、リリィはこちらに視線を送ってきた。

 ――行くか。

 他に見張りがいないか確認しながら裏口へと駆け寄り、開きっぱなしになっていたそのドアから拠点へと侵入する。裏口のすぐ近くには開け放たれたドアがあり、のぞき込んでみると、小部屋の中でリリィが押し倒されていた。

 リリィのシャツの前は引きちぎられ、もう少しでことが始まるといった様子だった。俺はこちらに背を向けている男の後頭部に銃を突き付けた。

「動くな」

 それまでリリィを凝視していた男はぴたりと動きを止め、震え始めた。

「ここを案内してもらおうか」

 首を一回振り、見張りの男はこちらに振り向いた。その顔色は真っ青だ。

 ――これなら中を見て回れるか。

 そう油断したその時、男は急に俺につかみかかろうとしてきた。腕をつかまれた俺は、銃を奪われないように手を伸ばしてそれを避ける。

「このっ、誰か! 誰か来てく――」

 ガッと鈍い音がして、男は急に脱力して床に倒れ伏した。その後ろではリリィが拳銃のグリップを振り下ろした姿勢で立っていた。

「やっちゃった……」

「息は……あるな。仕方ない。ここに繋いでおくか」

 動揺した様子のリリィに俺は平然と言ってやる。男の体を引きずって手錠をかける俺に、リリィは無理やり笑みを作ってみせた。

「ワンちゃん慣れてるね……」

「こういう違法捜査は俺の十八番だ。……まあ、それが行き過ぎて捜査一課を追われたんだけどな」

 がちゃりと音を立てて手錠を閉める。俺はリリィに握ったままの拳銃をしまうように言いながら部屋の外に出た。

 部屋の外には幸運にも誰もいなかった。俺たちは歩みを進めながら小声で会話する。

「情報を知っている人間はどこにいると思う」

「やっぱり最上階かな。偉い奴は上の階にいるって相場が決まって――いや、待って」

 立ち止まったリリィにならって、角で立ち止まる。

「ここ、ヤクザの事務所なんだよね。だったら襲撃されたときに、すぐに逃げられるような場所に幹部やボスはいると思わない?」

「なるほど。じゃあ一階か?」

「ううん、一階だとカチコミにあったときに真っ先に制圧されちゃうでしょ。だとしたら――」

 そこでリリィは言葉を切り、それから足元を指さした。

「地下、とかないかな」

 ありうる話だ。俺たちはアイコンタクトをすると、地下に下りる階段を探し始めた。

 道中、何度か構成員らしき男たちとすれ違ったが、こちらがあまりに堂々としていたせいか、幸運にも侵入者だと気づかれることはなかった。

 そうして俺たちは歩いていき――裏口からゆっくり確認しながら歩いて五分の場所に、地下に下りる階段を見つけた。

 俺たちは足音を殺して、階段を下りていく。ちかちかと明滅する明かりの下を歩いていくと、通路の奥から誰かが歩いてくるのが見えた。

「誰かいる」

 立ち止まろうとしたが、隠れるところはどこにもない。これは堂々と歩いていくか、それとも制圧するしかない。俺たちは身構えてその誰かが近づいてくるのを待った。しかし――

「え……?」

「トール……!?」

 奥から現れたよく見知った顔に、俺たちは思わず声を上げてしまう。トールはいつも通り冷静な声色で言った。

「お二人とも、こんなところで何してるんですか」

 特に疑問を抱いていないかのような言い方でトールは尋ねてくる。俺は呆然としながら尋ね返した。

「トールこそ、ここで何を」

「……何でもいいでしょう」

 目をそらしながらトールは言う。

「行くならさっさと行ってください。僕は何も見ませんでしたから」

 そう言われて無視ができるような事態ではない。俺たちがさらに尋ねようとしたその時、上階から慌ただしい足音が近づいてきた。

「動くな。てめぇら、どこの組のモンだ」

 とっさに銃を取り出せず、俺たちは両手を上げることしかできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る