第12話 作戦会議

 テイクアウトしてきた箱に入った中華を前にしながら、特課の部屋で俺たちは向かい合っていた。

「もー! ワンちゃんがぼんやりしてるから取り逃がしちゃったじゃん!」

「それは否めないが……お前だって見逃しただろう」

「うるさい! 言い訳は聞きたくない!」

 机をドンと叩かれての言葉に言い返せず俺は押し黙る。

 ほんの十数分前、言うだけ言ってさっさと去っていったあの男の背中を俺たちは見送り、はっと正気に戻った時には彼の姿はどこにもなかったのだ。

「大体ワンちゃんはさぁ! もうちょっと身だしなみに気をつけた方がいいんじゃない!? そんな身なりにも気をつけられない人間だから、容疑者にも集中できずに取り逃がすんじゃないの!?」

 俺をののしれるのなら何でも良かったよかったのだろう。突然の全く関係ない罵倒に、さすがの俺も一言もの申したくなって口を開いた。

「それを言うなら、お前のその香水もどうにかしろ。きつすぎるんだよ匂いが」

「ハァーー? 人の香水にケチつけてるぐらいなら自分の加齢臭にも気をつけたらどう!?」

「ばっ、か、加齢臭なんてまだしてないわ! ……してないよな?」

 おそるおそる尋ねると、俺の表情が面白かったらしく、ぷっと噴き出してリリィは機嫌を直したようだった。

「してないよ。たまにたばこ臭いだけで」

「それは……すまなかった。たばこは嫌いだったか?」

「別に? ただ僕以外の前では吸うんだって思っただけで」

 前から分かってはいたことだが本当に情緒不安定な奴だ。怒ってみたり笑ってみたり癇癪を起こしてみたりで忙しない。

 一気に機嫌が良くなったリリィは、目の前の中華の存在を思い出したらしく、箸を取り出して箱の中に突き刺し始めた。

 俺もそれにならって箸を取り、箱に入っているアーモンドチキンをつまみ上げる。大口を開けてそれを咀嚼していると、同じく大きく口を開けてチキンを頬張っていたリリィが、もごもごと言いながら口を開いた。

「あの名刺、触って視てみたんだけどさ」

 飲み込んでから喋れ。

 そう言おうにもこちらも口の中に食べ物がある。視線だけを上げて問いかけると、リリィは袋に入れておいた例の名刺を取り出してひらひらと振った。

「やっぱり何かに妨害されてるよこれ。吸血鬼事件と関連があるかも」

 ごくりとチキンを飲み下し、俺はリリィに切り出した。

「空の国についてだが」

「何?」

 リリィはサラダに箸を伸ばしながら答えた。俺は箸を置いて問いかける。

「本当に死者をよみがえらせることなんてあるんだろうか」

「さっきも言ったじゃん。可能か不可能かは分からないって」

「ああ。だが、別の視点から考えてみたらどうかという話だ」

「……というと?」

「奴らが死者をよみがえらせることに何の意味があるんだ?」

「死んだ人間を生き返らせたかったからじゃない? 単純に考えてさ」

「だが死者をよみがえらせることは、確かに感情としては納得がいくものだが、リスクの方が大きいだろう。戸籍のない時代ならともかく、今は全市民が戸籍で管理されているんだ」

 サラダの箱に箸を入れながらリリィはこちらを向いて何度か目をまたたかせる。

「仮に管理されていない人間がいるとするなら、ホームレスの子供ぐらいだが、それなら空の国に蘇生の依頼をする金なんてないはずだ」

「……ああ、なるほど。戸籍上死んでいる人間を生き返らせたりなんかしたら、すぐに露見するってワンちゃんは言いたいんだね?」

「そういうことだ。そしてもしそうだとするならば、空の国が死人を出しているという情報より先に、そちらの噂、しかも具体的な蘇生の噂の方が上がってきそうなものだが、捜査資料にはそんな記述はなかった」

 リリィはふむ、と顎に手を押いた。

「うーん、なるほどなぁ」

 少しの間考え込んだ後、リリィは珍しく捜査に対して前向きなことを言った。

「そこも踏まえて明日の調査に行かなきゃだね」

「ああ、そうだな」

 いつもこうならいいのになあ、とは思いつつ、一度置いた箸を持ち上げる。目の前にあるのはアーモンドチキン三箱にサラダ、それからチャプスイが二箱だ。

 まずは手をつけたアーモンドチキンを手早く平らげ、サラダをつまみつつ、チャプスイをかきこむ。量はそれほど多くないが、運動していないのだからこれぐらいが適量だろう。

 そんな俺を箸を止めて眺めていたリリィは、感心したような声色で言った。

「ワンちゃんよく食べるねー」

「そうか? これぐらい普通だろう」

「いやいや、かなり食べてるって。そんな量どこに消えて……」

 言葉を切ったリリィは、俺の体を上から下まで何度も見た後、しみじみと言った。

「身長と筋肉か……」

 うんうんと何回か頷いて、リリィは自分の箱へと手をつけはじめた。しかし、ほんの二、三分中身を口に運んだ後、リリィは手を止めた。

「あー、おなかいっぱい! 残りは食べていいよ!」

 そう言いながら、こちらに箱を寄せてくるリリィを凝視してしまう。

 本気か? まだ半分も食べていないぞ?

 そのまま部屋から出ていってしまいそうなリリィを呼び止める。

「おいちょっと待て、リリィ!」

「待ちませーん」

 軽い足取りでそのままドアの向こうに消えていくリリィを中腰になって見送っていた俺だったが、ふとリリィが残していった箱をのぞき込んで思案した。

「……これぐらいならいけるか」

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