第11話 残る謎

 霊能力者ショーン。それが捜査書類に書かれていた人物の名前だった。

「――霊能力者?」

 レナート警部に渡された書類に目を通した俺は、顔を上げると同時にリリィに問いかけた。

「超能力はあるかもしれないとして……霊能力なんてものもあるのか?」

「まあね。ただ、多分あるとしか言えないし、超能力の管轄というわけでもないんだけどね」

 爪をいじりながらリリィは答える。それから大きなため息をついた後、とてつもなく嫌そうな顔をして体を丸めた。

「そういうの、いっしょくたにまとめて特課のとこに来るんだよねー……」

 椅子からずり落ちていくリリィを目で追う。数秒後、予想通りリリィは椅子から転がり落ちた。

「いったぁ!」

「ちゃんと座らないからだろう。自業自得だ」

「うっさいな! わかってるよ!」

 ぎゃんぎゃん噛みついてくるリリィを見下ろす。リリィは椅子によじ登ってくると、偉そうにのけぞってこちらを見下してきた。

「で、どんな事件だったの。読んだんでしょ、説明してよ」

 自分で読め、という言葉を飲み込み、俺は捜査資料に再び目を落とした。

「霊能力者ショーン。最近、中流階級の家庭を中心に勢力を広げている新興宗教『空の国』の教主だ」

「へぇ、面倒な組織のリーダーってわけだ。で、その宗教に何か問題があるの?」

「人体蘇生ができるという触れ込みの宗教らしいんだが、そのリーダーたちが何らかの形で殺人を犯している――という噂があるらしい」

「噂? じゃあまだ死体とかは出てないんだね?」

 手を伸ばしてきたリリィに、捜査資料を手渡す。リリィはそれをテーブルの隅のほうへとぽいっと投げ捨てた。

「じゃあこれは後回しでいいね。ワンちゃん、先に吸血鬼事件の関係者への取り調べに立ち会ってきてよ」

「吸血鬼事件? あれはもう俺たちの管轄を外れたはずじゃ……」

「何言ってんの、吸血鬼事件はまだ終わってないよ」

 当然といった顔で、リリィは俺に指を一本立ててみせる。

「一つ目、被害者はあの儀式でアシュレイに殺されたはず。なのにどうして、そしてどうやって、彼女の遺体を発見現場に運んだのか」

 確かにその通りだ。だが「どうやって」という疑念はどこから来るのか。いまいちその考えが飲み込めていない俺に、リリィは鼻を鳴らして言葉を続けてきた。

「彼女には吸血跡しかなかったんだ。カバンに入れたとしても、傷一つないのはおかしいよね?」

 なるほどそういうことか。納得した俺に、リリィは二本目の指を立ててきた。

「二つ目、彼女の後ろにいたのは誰だったのか」

 立てた指をゆらゆらと振りながらリリィは俺に比較的真剣な眼差しを向けてくる。

「僕のサイコメトリーを妨害する何かが遺体やあのカードには仕込まれていたはず。いくつか妨害の方法はあるけれど……彼女がそれを最初から知っていたとは考えづらい」

「何故そう思う」

「超能力者っていうのは基本的に日陰で生きる人間なんだよ。だからこんなに派手な事件を起こすのは比較的最近能力に目覚めた新参者ってわけ」

 新参者、という言葉に棘を含んだものを感じたが、それを尋ねる間もなくリリィはほとんどこちらを睨みつけるようにして言葉を発した。

「そんな新参者に、探知を妨害する方法を教えた誰かがいるはずだ。彼女の後ろに誰がいたのか……それが分からないと、この事件は解決したとは言えないよ」

 不機嫌そうなその眼光を受け止める。もしかしたら今回は真面目に事件に協力してくれるのかもしれない。そんな淡い期待を抱いた直後にリリィは俺に軽く敬礼を飛ばしてきた。

「というわけで取り調べへの立会いよろしくっ!」

「……は? 待て。その間お前は何をしてるんだ?」

 リリィはびくっと肩を震わせた後、可愛い子ぶった表情を作ってきた。

「えー? 僕、この後大事な予定があってぇ……」

「また男漁りか」

 そっぽを向いて口笛を吹き始めるリリィの頭を上から掴み、俺は彼に目を合わせた。

「来い」

「……チッ!」

 派手な舌打ちをしたリリィを引きずって、取調室へと向かう。腕をひっつかんで大股で歩いていくと、ちょうど取調室のほうからやってきたレナート警部と行き会った。

「レナート警部」

「……アシュレイなら三番の取調室だ。行くなら早くしろ」

 俺たちの姿を見て顔をしかめた警部は、親指で背後の取調室を指さした。その嫌そうな顔の意味は分からなかったが、俺はリリィを部屋のほうへと引っ張っていった。

「はい。ほら行くぞっ」

「うえー……」

 部屋の前で待っていた刑事に軽く挨拶をし、三番のミラー室へと入っていく。リリィは部屋に入るまでは俺にもたれかかってぶつぶつと言っていたが、部屋に入った途端、ほんの少しだけ真面目な顔になって姿勢を正した。

「あなたは女性たちを集めて、彼女たちを殺害していた。そうですね?」

 女性相手の取り調べだったためか、彼女の前に座る担当は女性警官だった。

「あなたはどうやって彼女たちを集めたんですか?」

「舞台を用意したのは?」

「後片付けはどうしていたんですか?」

 警官が何を尋ねても、アシュレイは何も答えようとしなかった。彼女は頭を垂れて脱力し、座っているのもやっとというありさまのようだった。

「……あれは本当にアシュレイか?」

 堂々とした印象しかなかった彼女とはうってかわってのこの様子に、思わず疑念の声をあげてしまう。リリィはそんな俺をちらっと見た後、部屋を出ていき、部屋の前にいた刑事へと何かを伝えにいった。

 その数分後、部屋の中に刑事は入っていき、女性警官に耳打ちをした。彼女はそれを聞き、それから机の上で手を組んだ。

「どこでリリィという男のことを知ったんですか?」

 その言葉を聞いた途端、アシュレイは突然立ち上がると、女性警官に食ってかかった。

「リリィ!? リリィがいるの!?」

 アシュレイの後ろに控えていた刑事たちが暴れる彼女を押さえ込み、座らせようとする。

「あいつを出しなさい! あいつさえいれば私の美貌はぁ!!」

 喚き散らす彼女の気迫にガラス越しだというのにのけぞってしまう。彼女の見た目は、腕はやせ細り、顔面はシワだらけのまるで老婆のようになっていたのだ。平然とした顔でそれを見るリリィを俺は見やった。

「……何をしたんだ?」

「あいつから精力をおもいっきり吸い取ってやったんだよ。元々が吸血で若作りをしていただけだったみたいだね」

 フンと鼻を鳴らして、リリィはガラスの向こうのアシュレイを笑う。そして取り調べが終わりそうになっているのを見ると、さっさと部屋から出て行ってしまった。俺もそれを追いかけると、リリィは部屋の前で俺を待っていた。

「結局情報は何も出てこなかったな」

「あんまり期待はしていなかったけれど――こうなると霊能力者事件を追うしかないかあ。めんどくさーい」

 隠そうともせずに本音を言い放つリリィを睨みつけながら特課の部屋へと戻ろうとする。

「噂ってだけじゃどこから手をつけていいのか分かんないよね」

「だがヤバいという情報がある以上は動かざるを得ないだろう」

「そうだけどさあ」

 リリィは爪を軽く噛みながら前を歩いていく。

「そもそも死人を生き返らせるだなんてそんなことが可能なのか」

「分かんないよ。もしかしたらできるかもしれないし、できないかもしれない」

「不可能ではないのか」

「僕だって精力なんて目に見えないものを吸い取っているわけだし、僕たちが知らないだけであるかもしれないじゃない?」

 一応納得はできる理論だ。俺が顎に手を置いて考えていると、リリィは急に振り返ってきた。

「んーでもそれよりさ」

 リリィにぶつからないように俺も立ち止まる。リリィはいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「まず、お昼食べに行かない?」

 ずっと食いっぱぐれていた腹の虫がぐうと音を立てた。


 俺の了承を取り付けたリリィは、上機嫌な足取りで署の玄関に向かって歩いていく。俺は流されるままにそのあとをついていった。

 こいつと昼飯を一緒に食べに行くだなんて初めてだ。そういえばこいつが何かを食べているのは見たことがないかもしれない。こんなに線が細くて本当にまともに食べているのだろうか。

 困惑のような心配のような微妙な気持ちになりながら署を出る。天気は相変わらず晴れで、痛いほどの日差しが照り付けてくる。

 ――と、その時、一人の男が俺たちに声をかけてきた。

「特課のお二人ですね?」

 俺たちが出てくるのを待っていたかのように、その男は署の前にいた。突然所属を当てられて警戒する俺たちに、その男は名刺を取り出して渡してきた。

「はじめまして、『空の国』の幹部、ヘルマンと申します」

「……は?」

 思わずそれを受け取りながら、俺はきょとんと目をまたたかせる。

「いえ、教主様が、警察の方々が私たちを調べようとしているとおっしゃったものですから、自分から情報提供に来た次第です、はい」

 何を言われたのか分からないまま俺たちは男の前に立ち尽くす。男は俺たちを見比べた。

「明日の朝九時からお待ちしております」

 奇妙な笑みを浮かべながら、男は大げさに一礼をした。

「どうぞ、存分にお調べになってくださいませ」

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