さらば胴体


月が綺麗だねと言われ見上げりゃ首が落ちた。どうも上手に騙されたもんだと感心した。首の皮を、肉を、骨を、通り抜けていく冷たいそれは、切れ味がよっぽどいい刃物だったんだろう。新鮮な魚は捌かれても少々ぴくぴくするが、いま自分がそうなのだろう。瞼は最後まで降ろすまい。できるかぎり光景を見ていようと思った。月が綺麗だね、なんていつもなら言わないような君が、いつもは見せないような笑みをしていた。口裂け女と見紛うような口角の上がり具合、どうも自分の策がはまったことがよほど嬉しいのか、それとも。いや、もう遅いな。刃物が首を通りきって、倒木よろしく視界が傾く。そしてそう間の無いうちに、我が頭は重力に従うことになろう。血が吹き出す音が聞こえた。炭酸飲料が爆発するような、存外間の抜けた音だった。そういえば、家で瓶ラムネが冷えてたんだっけ。もったいないことしたなぁ。いや、なにもできてないんだけど。間もなく本当になにもできなくなる。いったい誰があのラムネを飲むことになるんだろう。誰がビー玉を逃がしてやれるだろう。視界が逆さまになる。直に地面だ。あれ?そういえば走馬燈とやらは始まる気配が無いけれど、いったいどうしたんだろう。せっかくだから、というのもなんだか滑稽であるけれども、どうせ死ぬなら見せていただきたいのだが。・・・ダメ?あぁそう。私にはそんな機能はなかったと。ほう。いったいぜんたいどこの仕業だろうね。私は工場で造られた覚えも、そこで螺子を落とした覚えもないんだが。どうして走馬燈の権利行使ができないんだろうね。ゴトン。どうやら地面に落ちて跳ねたらしい。もはや痛覚なんてものは無く、ただただ衝撃たけが抜けていく。視界が回る。

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