25.私か、この街か、選んで

 目が合わせられない男と女の間に琴子はいるだけ。二人の間には見えない隙間風が通っているようにも見えた。

「お待たせ致しました、海藤店長。こちらです」

 いつも琴子と一緒に服を選んでくれる彼女が、黒い制服ワンピース姿の『海藤店長』にフリルのスカートを手渡した。

「では、お借りいたします。もし共に販売できた時には、お知らせいたしますので、そちらのレジでの計上をお願いいたします」

「承知いたしました。よろしくお願いいたします」

 元婚約者の男と何年ぶりに再会したのだろうか。なのに、彼女の表情は一瞬の吃驚のみで後はまったく崩れず凛々しい表情を維持していた。その冷静さというか、冷徹さに、琴子は圧倒されている。動揺はどこにもみられない。

「失礼いたしました」

 『お客様』との間に割って入った故か、『海藤店長』が会釈をして踵を返す。

 いつものショップの彼女がちょっと緊張している様子も見て取れる。おそらく格上のブランドショップの店長が自らやってきたからなのだろう。

 海藤店長が着ている制服がどこのショップのものか、琴子でも知っている。一階下のプレタポルテ、壁側に大きな店構えで君臨する国内大手メーカーのトップブランド。大人の女性が上品に着こなすためのブランドで有名。客層はセレブなマダムに、大人のキャリアウーマン。琴子などまだ着こなせもしない大人のブランド、そしてたぶん……このデパートでトップを争う売り上げを持っているだろうそんなショップ。単価も琴子が着ている服より、プラス一万円から二万円は当たり前。コートなど十万以上するに違いない。そんなショップの店長、だなんて。正直、茫然とさせられる。そして納得もした。『英児が選んだ女性だ』と――。

 その彼女が冷めた横顔で去っていく。英児はうつむいていたが、彼女が去る前に意を決したように彼女を呼び止めた。

「念願の店長になれたんだな。おめでとう」

 彼が肩越しにやっとかけた言葉に、やはり元婚約者ゆえか、海藤店長の歩みも止まった。彼女もちらりと肩越しに見えるか見えないかの目線を返してくる。

「そちら様も。お店の評判をよく耳にします。念願のお店も繁盛されているようでなによりです。おめでとうございます」

 まったく同じことを互いに同じ分だけ祝っておしまい。英児はそれ以上はなにも話しかけず、そして海藤店長はしゃんとしたまっすぐな姿勢でこのショップを出て行った。

 何故か同時に、ここにいる三人がほっとした一息をついたので、思わず三人で顔を見合わせてしまう。最初に笑ったのは英児だったが、言葉が出ない様子……。それを素早く悟ったのも、場慣れをしているだろうショップ店員の彼女だった。

「お、お知り合いだったのですね。海藤店長と」

 そして何も言えないでいる琴子はどきりとする。『元婚約者』だなんて言えないだろう英児がどう反応できるのかと。

「うん。同級生」

 笑ってさらりと答えたので琴子はびっくりしつつも、『婚約者の彼女じゃなかった? 勘違いだったのか』と困惑した。

「同級生……でしたか」

「うん。店長になりたいと言っていたのを覚えているだけ。だいぶ、前の話だよ」

「あー、やっぱり。海藤店長は本当に仕事ができて、素晴らしい販売員なのですよ。ほんと私たちのお手本なんです。以前から、きちんと向上心をお持ちだったのですね」

 ショップの彼女がちょっとぎこちなく笑ったが、琴子には取り繕っているように見えてしまった。だがそれは、サインを終えた英児も同じようで、苦笑いを浮かべていた。

「変わっていないんだな。完璧主義すぎて突っ走るところがあるから、周りとうまくやっているか……なんて俺も思うんだけどね」

 英児のその言葉で、ショップの彼女が『ぎくり』と一瞬たじろいだのを琴子も見逃さなかった。そして英児はさらに苦笑いを見せる。

「ふうん、やっぱり未だに自分にも周囲にも手厳しそうだな。彼女らしい。俺と似てるからわかるんだよ。俺も最近だけれど、師匠に『譲れないものには完璧を求めすぎて、度量が狭い』ていわれたばかり」

「えー。滝田様のように事業が安定されている経営者の方でも、そんなこと言われるのですか」

「言われるよ。いつまで経っても。まあ、言ってくれる親父がいるだけ俺はまだマシでね……」

 そこで黙ってしまう英児の表情が曇った。『俺はマシ、でもあいつのことは心配』。そんな顔に見えてしまい、琴子の胸がにわかに痛んだ。たまにしか会わない同級生にそんな顔をするはずない。やっぱり婚約者だって……、確信する。

「ありがとうございました。またご一緒にいらしてくださいね」

 行きつけショップの彼女が店先で見送ってくれる。

 大きなショップバッグは英児が持ってくれる。徐々に混んできたフロアを二人で歩く。やはりいつもの英児ではなかった。琴子が『寂しそう』と感じる時の遠い眼差しで、ぼんやりと歩いている。

 だけど。そっとしておこうと黙ってついていると、英児がやっと笑顔で琴子に振り返った。

「騙せないよな。琴子には」

 隠すことなどなにもない。そんな迷いを振り払った笑顔。琴子はそれだけでほっとできた。

「あの人なのね。すぐにわかった。同級生は嘘なの?」

 気後れした笑顔で、英児がうつむく。彼らしくない様子をみせるので、琴子の心も軋む。それでも英児は琴子に告げた。

「ここ、あいつの職場だから。元婚約者だなんて言えないだろ。それに同級生は本当の話。つっても学校が同じだったとかそんなんじゃなくて、ただの『同い年』。俺と同じ三十六歳な」

 三十六歳――。琴子の中で、訳のわからない『ずっしり』とした重苦しいものを感じ取る。

「海藤って……彼女の……」

 ストレートには聞けなくて口ごもっていると、英児からきっぱり答えてくれる。

「ああ。結婚していないみたいだな。姓が変わっていないから」

 三十六歳、独身のキャリアウーマン。つまり、別れた二人は未だ『お互いに』独身ということ――。

「まあ、でも安心した。あいつがなりたいと言っていた店長になっていて」

「お仕事ができる人……なのね」

「うん。昔から売れる販売員だったみたいだな。そして俺と似てるんだ」

 琴子の横で英児が笑う。でもその笑顔がどこか寂しそうだった。そしてやるせなさそうで、苦しそうだった。

 そんな英児が琴子をじっと見つめた。やっとまっすぐに目を合わせてくれる。そして人混みの中だけれど、琴子の肩をぐっと抱き寄せてくれる。

「大丈夫だよ。本当に終わっているんだ、俺とあいつ。それに痛いほど判っているんだ。『俺達、似すぎていて駄目だった』と。もし、やり直せたとしても同じ事の繰り返しなんだと痛いほどわかっている」

 さらに英児が琴子を抱き寄せてくれる。でも、指が食い込むほど肩を握りしめているいつもと違う『力』が、彼のなにかを揺さぶっている不安を物語っているよう。だから琴子を必死に捕まえているような気がしてならなかった。

「俺は琴子がいい」

 怖いくらいの真顔で言われた。

 でも琴子は複雑――。いつもきっぱりしている英児が、はっきり言い切ってくれたなら信頼できる。でも……。琴子は泣きたくなる。

 そんな怖い顔で言わないで。いつもの悪ふざけをしている悪ガキみたいに悪戯をしながら言ってほしい。

 『オマエがかわいいから、今すぐこれに着替えてくれよ。すぐに脱がして遊ぶ』と――。そんな悪ふざけの少年みたいな顔で言ってほしい。

 それがいつもの貴方なのに――。


 


 ―◆・◆・◆・◆・◆―


 


 英児は気がついているだろうか。

 彼の傷口が、どうやって出来てしまったかという本質的な理由。そこに近づくことを無意識に喋っていたと――。

 

 初めて彼の過去を知った夜。つきあい始めたばかりの恋人に『なにがあったか』告げる気を見せてくれたが、実際に言おうとすると英児は苦しそうに躊躇っていた。だから琴子からは絶対に根ほり葉ほり聞いてはいけないと思っていた。

 でも。英児が少しだけ言った。『似たもの同士。似すぎて俺達は駄目になったんだ』と。

 きっと自分が好きなことには、とことん取り組んで極みを目指すアグレッシブでバイタリティーに溢れるタイプ。とても似た生き方の二人。だから意気投合して愛しあい、結婚を約束した仲になれた。

 だけれど、少し違ったのではないかと琴子は予測する。

 英児の完璧主義は『俺の生き甲斐である車屋』に関してだけであって、他は本当に大らかでさっぱりしている男。真面目すぎる琴子をそばで笑い飛ばして『どうってことねーよ』と気持ちを軽くしてくれる。

 でも。あの店長はもしかすると、何に対しても完璧だったのかもしれない。

 何故なら。キャリアウーマンで、デパートでは花形の婦人服売り場でトップブランドであるショップの店長となれば、そこは経営者の英児同様の『完璧にこなすべくシビアさを持った女性』であることも、あの雰囲気からよく伝わってきたから。

 『似たもの同士』は、意気投合すればとてつもなく分かり合える。でも、逆に諍いを起こせば、怒りも相乗効果で増幅するばかり、退けない気持ちも似すぎていて絡まりに絡まって泥沼に転じる要素も持ち合わせる。それぐらいは琴子にも予想が出来た。なにかがあって、似すぎてどうしようもなくなって泥仕合になって別れた――。そんな予測が出来た。


 デパートを出て、銀色のフェアレディZが中心街から海へ向かっている途中。やっと市街を抜けるところで信号待ち。やはり英児は、ゼットに乗ってからもずっと黙りこくっていた。そして琴子もそっとしてあげることしかできない。それとも無理に明るく盛り立てたらいい?

 ――『ピッピッ』。

 クラクションの音に琴子ははっとする。待っていた信号が既に青。先頭で停車していたゼットはまだ発進もしていない。

「英児さん、青」

 ハンドルを握ってぼうっとしている彼の腕をそっと掴んで知らせる。

「あ、ああ」

 ギアを片手にクラッチとアクセルを踏み、ゼットが走り出す。

 走ることが好きな彼にしては、珍しいミス。そこでやっと英児も我に返ったようだった。

「やっぱ俺、すげえ動揺しているな」

 正直に言ってくれるだけまだマシ。逃げも隠れもしない英児の正直すぎる性分が逆に痛みを広げているようで、琴子が泣きたくなってしまう。

「無理もないわよ。『帰ってきた』とか言っていたわよね。ずっとこの街にいなかったけど、帰ってきていてびっくりしちゃったんでしょ」

 彼が致し方ない微笑を浮かべ、正直にこっくりと頷いた。

「別れるとき、あいつ阪神のショップに転属することになっていたんだ。むこうのほうが都会だろ。ここらの地方でトップ販売員を目指すなら、やっぱり大阪か神戸の売り場に立てること、そこのショップに選ばれることなんだよ」

「でも……。婚約していたなら、彼女もこの街で英児さんと暮らすつもりだったのでしょう」

 深く長いため息を英児が漏らす。やはり言いにくそうで、前方に視線を固定して運転しているものの、その頬が引きつっているのを琴子も見てしまう。

「元々、阪神への転属話は出ていたんだけど、結婚をするからと断っていたんだよ。なのに、俺の母親と上手くいかなくなった途端に、神戸に転属願いだしやがって。会社側としてはやっと千絵里がOKしてくれたと喜んで配置換えしちまったけど、俺としてはなにもかもあいつと夫婦になって暮らすつもりであの店を作ったんだから、『一緒に神戸に来て』と言われても行けるわけないだろ」

 つまり。英児に『私かこの街(母親)か選べ』と迫ったようだった。

 ……そんなことがあったんだ。琴子は驚く。それによく聞きそうな話だが、愛している男の過去だと思うと、酷く生々しくて重かった。

「出来るかよ。俺のあの店と自宅、もう建築中だった。母ちゃんだけじゃない、矢野じいも出資してくれて建てたんだからさ」

「矢野さんが。あのお店を建てるお金をだしてくれていたの!?」

 ハンドルを回しながら英児が頷く。

「自宅兼の店をたたんで売った土地の金を矢野じいが『投資』と言って資金として出してくれたんだ。長年暮らしていた家と店をぶっ壊して、奥さんと一緒に老後に快適なマンション住まいにするんだって乗り換えたんだ。その代わり、俺を一生雇え。それには俺が死ぬまで店を潰すなという約束でさ。俺はあの店から逃げるわけにはいかなかったんだよ」

「それって。でも、彼女だって英児さんがそんな迷惑をかけてまでなにもかも捨てて、一緒に来てくれるだなんて、そんな無茶なこと言う女性には見えなかったんだけど」

 だけれど。英児はふっと笑う。そして見たことがない、どこか憎々しさが窺える棘のある笑みを浮かべて。

「俺、アイツに教わったんだよ。『完璧』なんて全然強くねえって。完璧は、パーツが一個でもなくなったら『不完全』。パーツが揃っているときは『最強』、だがどこか一個でも欠けたら即座に分解してしまう非常に脆いだけの『最強』だってね」

 つまり、アイツはそんな女だった。

 そう聞いただけで、琴子は息を呑む。英児のその例えだけで、かつての婚約者同士の諍いが目に見えるようだった。彼女が脆く崩れて、子供のように駄々をこねた。大人としてのけじめを忘れ、英児に無茶な条件を突きつけて困らせ、それでも選んでくれると信じていた女の気持ちが目に見える。

 でも……。琴子には何故か、千絵里という女性の気持ちの方が痛いほどわかってしまう。恋人の英児よりも。そんな女の気持ちが。きっと彼女もわかっていたはず。こんな要求は子供っぽいと。でも嘘でもいい、『いいよ。おまえのためならなんだって捨てて、おまえと一緒にいることを選ぶよ。なによりも、どんなものよりも』、『おまえが一番だから』。嘘でもいいから、そう言ってほしかったんだと琴子は感じてしまった。一度でもそう言ってくれたら、こんな子供っぽい喚きを改めて、いつもの『英児が愛してくれた素直な千絵里』に戻れたに違いないって。

 ごめんなさい。英児。私……。どうしよう、彼女の気持ちがわかってしまう。

 そう言いたいけど、言えなかった。とても、とても。

 だけれど。英児が出した答えも男としても社会人としても正しい。大人ならば英児が出した答えを選択するだろう。冷静になって考えれば、自分たちが家庭を築こうとしたその店も自宅も、自分たちだけではない家族や先輩の力を借りて成り立とうとしていたのだから。

 感情的になって後に退けなくなった女の意地と、冷静に理論的に社会的立場を優先することを譲れなかった男の意地が、とことんすれ違った。そう見えた。

「それで。最後が『これからずっと一緒に生きていける私より、死んでいく母親を選んだ』と罵倒されてそれっきり」

 琴子は目を覆いたくなる。それは英児には絶対に言ってはいけなかった言葉ではないか……と。あの完璧そうなやり手の千絵里さんだからこそ、わかっていたはずなのに。そこまでやり尽くしてしまった彼女に、共感してしまった琴子が目を覆いたい。決して本気ではない『売り言葉に買い言葉』というだけのことだろうが、それでも人として『言ってはいけない』ことと、そこをぐっと我慢してこそ他の言い分も相手に聞き入れてもらえるだろうに。まさかその一言を決定打にしてしまうとは、あまりにも残念すぎる。

「母ちゃんは、店が完成しても一年ぐらい準備期間として空けておいてもいいのでは。千絵里のところに行ってやれと言ってくれたんだけどな。母ちゃん自身も『もう長くない老体よりも、これから共に生活する伴侶』だっと行ってくれていたんだ」

「え、待って。お母さんと上手くいかなくなったのに、お母さんはそんなことを言ってくれたの?」

 英児が黙ってしまう。

「悪い。ちょっと、気分が悪くなる……んだ」

 本当に胸を大きく上下させて、あの英児が落ちつきなく呼吸を乱していたので琴子は硬直する。

「……うん。もう、いいから。だいたいわかったから。そうね、そう。私たちにはもう関係ないものね」

「悪い。琴子……。俺も今でもよくわからなくなるんだよ。あれだけがよくわからないんだ、今でも」

 割り切れないことが世の中にはある。でも英児はすっぱり割り切って迷いなく進む男。この車のように、まっすぐに前を見て走っていける。でも、だからこそ『いつまでも割り切れない過去』が英児の心にべったりと貼り付いて剥がれないまま。それがこの種の男には非常に気持ち悪いものなのだと琴子は思う。

「今日はもう出かけなくていいから、帰ろう。ね、英児さん。私、お昼ご飯作るから。流星轟でゆっくりしましょう」

 こんな状態で、楽しめるはずがない。それよりも、琴子よりずっと昔から英児を知っている『親父代わり』である矢野さんのそばに帰したほうがいいような気がした。

「嫌だ。意地でも漁村のおっさんのところに行く。琴子と日曜のランチって飯を食って仕事する」

 しゃきんと背筋を伸ばし、いつもの頼もしい横顔に戻り、英児は再びアクセルを踏む。ゼットが進む速さで迷いを振り切るように。

 でも琴子は英児にお願いした。

「お願い。ちょっとだけ車をどこかに停めて」

 市街を抜けてもうすぐ空港そばを通るトンネルを抜ける。そこを出てしばらくした路肩に、英児は琴子の願い通りに停めてくれた。

 サイドブレーキを引いた英児の顔が、またしょぼくれていた。

 どんなに空元気になっても、どうしようもなく引きずっている男の姿を、恋人の彼女に隠しきれなかった男の情けなさ――というところなのだろうか。

 だけれど、琴子はそんな彼の顔をのぞき込む。

「こっち、向いて」

 琴子に見つめられ、やっと英児が顔を上げたその瞬間、すぐ。琴子は助手席から、英児の首もとへ手を伸ばして抱きついた。

「琴子?」

 両腕を彼の首に巻き付けて、彼の顔を確かめると、すぐ目の前。びっくりしている英児も琴子をただ見つめているだけ。その隙をつくように、琴子から英児の唇を強く塞いだ。

 今日、『ん』と呻いたのは彼のほう。いつもは彼から強引に奪う唇を、今日は琴子から果敢に奪う。

「……琴子、」

 やがて全身が堅く力んでいた英児の身体が徐々にくったりと柔らかくなっていくのを琴子は感じ取る。そしていつもの熱くて優しい手が琴子の背中や黒髪をゆっくりと撫でてくれる。

 なにかの緊張から解けたかのように、もう英児は笑ってくれていた。

「優しくて、あったかくて、柔らかい。俺はもう琴子から離れられない。これがなくなるなんて、嫌だ」

 やっといつもの英児らしく、力強く琴子を抱きしめてくれる。女の首元肩先に顔を埋め、彼がそのぬくもりに溺れたいと何度も何度も額と頬をこすりつけてくる。琴子の目が微かに潤んだ。

「忘れているでしょ。何があってもそばにいるって。私、貴方に約束した」

 『うん。そうだった』。柔らかな英児の息だけのささやきが琴子の耳元に落ちてくる。

「ずっと、一緒だ。これからも、ずっと」

 琴子、俺の琴子。

 切実な声で何度も耳元で囁かれる。

 それだけでいい。琴子がまた唇を寄せると、今度は英児から強く熱いキスをたくさん返してくれた。


 


 

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