146話 『魔王VS姉 とりあえず殴る大決戦』
「……まさか」
オープンテラスのテーブルに座る『今の桜』は、そう一言だけ呟きすぐに口を閉じた。
「姉さん……?」
「ねー、ちゃん……」
テルミと莉羅は姉をまじまじと眺める。
桜が先程一瞬だけ見せた表情。あれは……
「本物の姉さんですか?」
だが桜はテルミの問いに何も答えなかった。
黙りこくり、目の焦点も合っていない。
様子がおかしいと思い、テルミは姉の顔の前で手を振ってみたが、何も反応しない。
莉羅は姉の目を見つめ、そして気付いた。
「……
桜が決めたタイムリミットまで、残り一時間と二十三分。
◇
桜の
「驚いたな桜。いつの間に
元凶の登場。だが本物の桜は特段驚きもせず、
「うっさいわね。余計な会話したくないから、さっさとあたしの身体返せっての。ばーかばーか」
と悪態を付く。
桜と桜。まったく同じ顔の二人が、十メートル――意識の中なので距離を測定するのはおかしいが、とにかく十メートル――ほど離れて対峙する。
「ねーちょっとクソ野郎。あたしがいくら類まれなる超絶美少女だからといって、姿を真似するのはやめなさいよ。ムカツクから、どうにかしてくんない?」
「ふふっ、そうだね。確かに混乱する……でも心配は無用さ桜」
今の桜――泥人形の体が、氷のように溶け出した。
「ここは意識、精神の世界。入って数十秒も経てば勝手に、本来の精神に一番しっくりくる姿になる……ほら、僕の場合はこんな姿さ」
泥。
まさに泥の塊としか言えない姿へと変わった。
子どもが砂場に水を撒いて作ったような、泥んこの山。それがうねうねと動き、口も無いのに喋っている。桜と同じ声で。
「うっわ。きっもきっも! 何あんた。大魔王の正体ってそんななの!? そんなキッショい姿で、あたしの声で喋んないでよー!」
「不評だね。でも声もすぐ変わるから、ちょっとだけ我慢しておくれよ桜。ふふっ、それに僕は大魔王様ではないよ。大魔王様が作り上げた『力』……力自身に意識が宿っている。キミが戦った魔神くん――人間達から磁力怪獣テツノドンと呼ばれている彼と同じタイプさ」
そう言って泥の塊は、粘土をこねるように形を整え変わっていく。泥の体なので自由自在に変化出来る。
そして、遥か昔に大魔王から作られた姿――泥人形の姿になった。
男であるとも女であるとも解釈出来るような、美しい顔立ちの人形。
「あら。テルちゃんの足元にも及ばないけど、同じタイプのイケメンね……いや、美女? どっちよ」
「男でも女でもないさ。ベースは僕の創造主の娘だけど、そこに故郷の人達の美的感覚を基準に、老若男女から好かれる要素を集めて作った容姿だからね。地球の美的感覚も似たようなもので良かったよ」
という声も、大昔のものに戻っている。
「あっそ。どうでも良いわ」
桜は会話に飽きたと言わんばかりに大あくびをし、
「とにかくあんた、あたしの中から出ていなさい。超能力だけは置いてってね。はいサヨナラ」
と横暴な台詞を吐き、泥人形を睨み付けた。
「ふふっ、桜らしいセリフだね。でも出て行くかどうか決める前に、一つ聞かせてくれないかい?」
泥人形は言外に「出て行く気は無い」という意味を含ませながら、美しい顔をぎこちなく笑顔に
桜の体とは違い、やはり泥の体では自然な表情の変化は出来ない。
「僕は、桜がもう
「あんた、クール気取りな喋り方してるワリに頭悪いわね」
泥人形の問いに、桜は煽りながら即答する。
「迷路なんて解く必要ないのよ。あんたが作ったのなら、あたしの力で崩せるに決まってんじゃん。罠になってるって気付いた瞬間、タコもろとも木っ端微塵にしてあげたわよ」
泥人形は「タコ?」と首を傾げる。
桜の深層心理が作り上げたメカ・タコゾンビ様を筆頭とするタコ軍団のことを、泥人形は知らないのだ。タコ達は勝手に泥人形の味方になっていたのだが。
「タコはともかく。へえ、迷路を力技で破壊か……なるほどね……でも……」
泥人形は、桜の自信たっぷりな表情を見ながら呟いた。
迷宮の罠を破壊したのは流石だ。
が、しかし。それだけですぐに
自分が桜の肉体を乗っ取った時は、桜の怒りや不安による動揺で生じる意識の隙間を縫い、無理矢理に這い出て来た。
それ以前にも何度か、桜の口を借りて一言分だけ喋った事がある。その時は桜が『超能力』に関する考え事をしていたり、イライラで心が乱れていたりと、一瞬だけ付け入りやすい隙が出来ていたからだ。
しかし先程テラスで「ホント!?」と桜が言葉を発した時、泥人形の精神はしっかりと安定していた。
意識の隙間は無かった。付け入る隙など微塵も無かった。
なのに桜は、一瞬だけとは言えすんなりと出て来た。
この現象には何か理由がある。
そしてその理由はハッキリしている。
あの時テルミが「好きです」と告白したことだ。
それで桜のテンションとモチベーションが、泥人形の精神を凌駕して……
――と。泥人形が考えを巡らせた、その瞬間。
「うっらあああああああ!」
「……!?」
ずどん、とロケット砲が直撃したような激しい衝撃。
桜は一気に距離を詰め、泥人形の顔に右拳を浴びせた。
泥人形の首から上が砂クズとなり吹き飛び、顔が無くなってしまう。
ただし泥の体であるため、すぐに首断面から代わりの顔が生えてくる。
「魔人ブウみたいな奴ね」
「……けほっ。やれやれ。乱暴だね桜」
泥人形は綺麗な笑みを作り、己の首をそっと撫でた。
その様子を見て、桜はふんっと鼻で笑う。
「なーに平気なフリしてんのよ」
「事実、平気なのさ。僕は泥だし、それにそもそもここは精神世界。物理攻撃が効くワケ……」
そこまで言って泥人形は突然足をふらつかせ、前に倒れ込み地面に膝をついた。
尚も倒れようとする上半身を支えるため、咄嗟に両手を前に出す。
「僕は……平気なはず……」
「全然平気には見えないんだけど。そのポーズって鹿のモノマネ? うふふふ、似てなーい。きゃはっ」
桜は腕を組み大きな胸を揺らしながら、不敵に笑う。
「意識内だろうが何だろうが、あたしが
「…………うん。そのようだね。驚いたよ」
泥人形は小さく息を吐いた。
泥の体なので、呼吸を整える必要は無いのだが……それでも整えた。
よく考えると、『宿り主』に泥人形の人格を認識されてしまったのは、これが初めてだ。
桜の前にも別の宇宙で、一人の少女を『宿り主』として選んだ経験はあるが、あの時は結局泥人形としての人格を表に出す事さえ出来なかった。
今回のように泥人形が見つかってしまえば、体の中に『宿り主』と『泥人形』の二つの人格が、お互いを認識した上で存在するという状況になる。
それは多重人格のように自然と発生した意識では無いし、ジュブナイルSFのように望んで別人格と共生するシチュエーションでもない。
主導権を奪い合い、争う間柄となる。
精神世界内での攻撃は、それ即ち、相手の存在へダイレクトにダメージを与えるものとなるのであろう。
そして桜は本能でそれをすぐに理解し、実際に殴って確認したのだ。
「……だけど。たった一撃で僕にこれだけの痛手を……」
泥人形は「本当に驚いたよ」と言葉を繰り返す。
「まさか桜が、僕の力をこんなに使いこなせていたとはね。
「はぁ~?」
桜はわざとらしい動作で大袈裟に首を傾け、泥人形の台詞を遮った。
その態度に、泥人形は少々困惑する。
「桜、なんだか不服そうな顔だね。一応褒めてあげているのにさ」
「あんた、なぁ~んか勘違いしてんじゃないのぉ!?」
桜は大仰に腕を組み直し、胸を更に大きく張り、尊大な態度で言い放つ。
「『僕の力』じゃないでしょ。大魔王の力? 泥水マンの力? 違う。これは『あたしの力』よ。 あーたーしーの! あたしだけの力!」
そう言って、親指で自分をビシッと差した。
泥人形はしばらく唖然としていたが、
「その物言い、桜らしいね」
とクスクス笑い出す。
「でも知っているだろう? キミがどう言おうと確固たる事実として、これは元々僕が持っていた力さ。いやもっと正確に言うなら、僕自身こそが力……」
「あ~、あんた分かってないわー。全然分かってないわね!」
またもや台詞を遮り、桜は泥人形に人差し指を向ける。
「あんたの人格はただ、大昔どっかの宇宙で『あたしの力の原材料』にくっ付いちゃったゴミクズよ。ワカメに付いてる寄生虫みたいなもんね!」
と言って桜は再び親指を自分に向けた。指が行ったり来たりと忙しい。
そして桜は、ますます居丈高になる。
「あたしが
次に桜は親指を畳み、代わりに人差し指を立て、それをそのまま泥人形に突きつける。
「
その宣言に、泥人形は顔に
それを見て桜はますます勝ち誇る。
「全部あたしの思い通りになるのよ! わーっはっはっは! おおぉーっほっほっほっほーーっ!」
正義のヒーローらしからぬ、悪役チックな笑い声を上げた。
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