145話 『魔王と姉と弟』

「ふふっ」


 桜は、百メートル先のテラスにいる集団を見て怪しく微笑んだ。


 もちろん『今の桜』は、九蘭一族の監視に気付いている。

 しかし追い返す必要も感じないので、何も言わない。


 それよりも今は、目の前にいる『弟』だ。


「……どうして殺したのですか」


 テルミが怒りを露わにしている。

 暴力団員五人を否応無しに殺害した事を、咎めている。


「何を怒っているんだいテルミ。ああそうか。僕が感知能力テレパシーで、あの暴力団員たちの心を読んだのが気になっているのかな? 自分の心も筒抜けになっていないかって。でも安心して良いよ。観測者みるもの妨害壁ジャマーを張っているので、テルミのプライバシーは守られているよ」

「そのことではありません」

「そう。じゃあ何かな?」


 と言って微笑む桜。

 何故テルミが怒っているのかは理解した上で、揶揄からかっている。


「あの人達が犯罪者だとしても、あなたに殺す権利はありません」

「でも彼ら五人も皆、人を殺した経験があるんだよ? 麻薬売買や売春斡旋は基本スキルみたいなものだと思ってたし。これでもかってくらい、分かりやすいステレオタイプな凶悪犯なのさ」

「それでも司法に任せるべきです」

優等生テルミらしい意見だね」


 桜はタルトを食べる手をとめ、ドリンクを一口飲んだ。

 前髪を指でくるくると弄り、魅惑的な表情を浮かべ、莉羅をちらりと見る。


「テルミがお望みのようだ。観測者みるもの。僕の魔力を貸すから、いつものように蘇生よろしくね」

「…………にーちゃん……どーする……?」


 テルミはこくりと頷いた。

 それを見て莉羅は魔力を借り、蘇生を開始する。

 直接死体に触れられる状況では無いので、いつもより多少時間が掛かりそうだ。


「何なら手助けもしようか?」

「……のー、さんきゅー……」


 取り付くしまもない莉羅の態度に、桜は大袈裟に肩をすくめた。

 蘇生術の待ち時間中、桜は追加でチョコレートケーキを頼む。


「食べ過ぎです。姉さんの身体なんですから自重してください」

「おや、テルミは桜のプロポーションが気になるんだね?」

「そういう訳ではありませんが……」


 などと会話している間に、五人の暴力団員たちが生き返り、同時にむくりと立ち上がった。


「きゃあああー!」

「ぎゃあああああ!」

「えええええええ!?」


 と、五人が倒れた時よりも尚一層大きな悲鳴が、警察関係者や野次馬達から上がる。

 無理もない。先程まで死体だった者が動き出したのだから。それも五人も。

 ますます騒がしくなる往来を横目で見た後、桜は弟妹に目を向けた。


「これで無事解決だね。満足したかいテルミ?」

「……ありがとうございます、莉羅」

「おや、僕にはお礼は無いのかな?」

「…………ありがとうございます」


 テルミは腑に落ちない表情で、渋々礼を言った。

 桜は「どういたしまして」と言って、ケーキを一口食べた。


「しかし人を殺したからって、僕だけ責められるのは不本意だね。桜もこの場にいればきっと、あの暴力団員達を『どうにか』したはずさ」


 そんな桜の呟きに、テルミと莉羅は何とも言えない顔になる。賛同も否定も出来ないからだ。

 その様子を確認して、桜は小さく笑った。


「犯罪者を完膚なきまでに懲らしめて、トラウマを植え付けて再起不能にする。そんな桜のヒーロー活動は善良な民衆たちにとってはプラスかもしれないけど、でも明らかに法を破っている。私刑ってヤツさ。まあ桜が好きなバットマンも同じ苦悩を抱えてたから、桜にとってはそこも含めて本意かもしれないけど」

「……でも姉さんは……」

「そう言えば桜は」


 テルミの反論を遮り、桜が台詞を続ける。


「桜は人気者だったね。でも桜を慕うのは、『完璧なお嬢様』という上辺に惹かれた者達だけ。沢山の人に囲まれていても、常に『完璧』を演じる桜は、いつも孤独だったのさ」


 桜は唐突に、先程までの会話とは無関係な話を始めた。

 テルミと莉羅は不審な顔になる。


「一体何の話をしているのですか」

「ふふっ……昔、まだ桜が僕の超能力・・・・・に目覚める前。キミ達は言ってたよね」




『せっかく大勢の友達がいるのに、姉さんはいつも集団の先頭で一人黙って歩くだけ。それでは寂しくないのですか?』

『いいえ。全然。まったく。ちっとも寂しくないわ。むしろそれがめっっっちゃ快感!』

『……自己愛の、塊だ……ね』

『もー、そんなに褒めないでよ莉羅ちゃん!』



「桜は本気でそう答えていた。何故なら弟と妹がいれば、自分にはそれだけで充分だと考えていたから」


 確かに、昔そんなやりとりをしていた。

 テルミと莉羅にも覚えがある。


「人気者にも二種類ある。桜のように畏敬の象徴であるパターン。そしてテルミ、キミみたいに優しいから友達が多いパターン。今もほら、忍者がキミを心配して見守っているよ」

「に、忍者……?」


 遠くで監視している九蘭家の者達を一目だけ見て、桜は喋り続ける。


「とにかく桜は孤独だろうが何だろうが、ただ人気者になればそれで満足だった。単に桜自身が楽しめればそれで良い、ってだけだとも言えるね。そう。楽しめれば良いんだ。悪人は当然、自分に歯向かうのなら善人だろうとやっつける。何故ならそれが楽しいから」

「そんな……違います。姉さんは」


 というテルミの反論は、またもや遮られる。


「違わないさ。表面的には明るいけど、桜の本質は人間の中でも殊更冷酷で冷徹な方なのさ。悪人は死んで当然だと思っているし、殺しても構わないと思っている。実際に何度か殺している。だから僕もあの五人を殺したのさ」


 その言葉を聞き、莉羅はムッとして反論する。


「……あなたの魔力が……ねーちゃんの、情操に……影響を与えた……から……」

「いいや、そうじゃない。あれが桜の本心さ。確かに僕の影響はあるけど、それは元々そういう『残酷さ』の素質があるからさ。そうだろう観測者みるもの?」

「……うー……りら、あなた嫌い……」


 逆に同意を求められてしまった莉羅は、不貞腐れて目を伏せた。

 

「まっ桜が殺しちゃった人間は、観測者みるものが全て生き返らせてはいるけどね。以前桜が蘇生しようとさえ思わなかった外国のマフィア達を助けるために、キミはその日の夜中に『テレポートでコンビニ行くから魔力貸して』なんて嘘をついて、秘密裏にきちんと生き返らせていた。お姉さんを人殺しにしたくないからだよね? 健気だね観測者みるもの

「……うる、さい……」


 莉羅はますます不貞腐れ、ストローでオレンジジュースを一気に飲んだ。

 テルミはそんな莉羅の髪を優しく撫で、桜の瞳を真っ直ぐに見た。


「……確かに姉さんは、少し横暴な所や、少し残虐な所もあるかもしれませんが……」


 という兄の言葉に、莉羅は「少し、かなぁ……?」と思ったが口には出さなかった。


「でも姉さんは僕の大切な人です。あなたに姉さんの事を、とやかく言われたくありません」


 テルミは毅然とした口調で言った。

 莉羅も「そう、だ……そうだー……」と兄に加勢する。


 一方の桜は「へえ」と小さく呟き、再びテルミに問う。


「大切な人。その観念が、どうも僕には分からないんだ。大魔王様も娘や奥さんを大切に思っていた。どうしてだろう。娘とは血が繋がっているだけ。奥さんとは血も繋がっていないのに。どうして?」


 首を傾け、本気で悩んでいる。


「僕も大魔王様を見習って、自分と関わりが深い順番に『大切な人』を決めていたんだけど……どうも、未だにしっくりこないんだ。知りたい。どうしてだろう。娘を大切に思うのは、肉親だから? 奥さんを大切に思うのは、女性として好きだから? その理屈は分かる。でも真理が分からない。ああ、大魔王様が死ぬ前に聞いておけば良かったよ……」


 ぶつぶつとそう言って、莉羅の顔を覗き込むように凝視する。


「この質問は、僕が泥の身体だった頃にもしたかな? してなかったかな? まあ良いや。肝心なのは今知るコト。さあ教えてくれないかい観測者みるもの? 人はどうして、人を大切に扱えるのか?」

「知ら、なーい……」


 莉羅はそっぽを向き、桜は「やれやれ」と溜息を付く。


「ではテルミ。キミに聞こう」


 そう言って桜は次に、テルミの顔を凝視する。


「人という大きな括りじゃ無くても良い。キミはどうして、桜を大切な人だと思うんだい?」

「それは僕の……」

「それ? 『それ』とは一体何のコトだい? やっぱりキミは」


 桜は椅子から立ち上がり、テーブルに手を付き、前のめりになってテルミへ顔を近づける。


「桜を女性として愛しているから?」

「ち、違っ……」



 違います。

 肉親だからです。



 と、いつものように言えば済むものを。

 だがテルミは言葉を詰まらせた。


 今否定してしまうと後悔する。

 どうしてか、そんな気がしてならなかった。


「……分かりません」

「分からない? また一体どうしてだい」


 しつこく聞く桜。

 ぎこちなく口を開け、次の言葉を探そうとするテルミ。

 そんな兄を見て莉羅は、何かを諦めたような、少しだけ寂しい表情になった。


「どうして分からないのかも、分かりません。でも一つだけ確かな事は」

「確かなコトは?」

「僕は姉さんを……」


 深く息を吸い、意を決したように言葉を紡ぐ。


「好きだからです。愛しているからです」






「ホント!? テルちゃん!」






「……え?」


 はつらつと聞き返してきた、桜の瞳。

 これは決して泥人形の瞳では無い。


「姉さん?」

「ねー、ちゃん……?」


 姉の目だ。

 弟と妹は、直感でそう理解した。

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