144話 『魔王の無限タコ地獄』

「ハーロハロハロハロウィン(笑い声)! この心のコマ撮り映画ガーディアンである、アルゴン・タコナイトメア・ビフォア・クリスマス様が」

「血祭!」

「ハロウィ~ン!」


 もう何匹もとい何機目か分からぬタコロボットを粉砕し、桜は「はあ~」と深いため息をついた。


 薄々気付いてしまったのだ。

 タコを壊し、先へ進み、タコを壊し、先へ進む。

 この行動をいくら繰り返しても結局は、


「もしかして、同じ場所をぐるぐる回ってるだけじゃないのコレ!? こんなんじゃ一生出られないじゃんかー!」


 そんな怒声混じりの推察は、まさに大当たりであった。

 タコのバリエーションや風景イメージは変わっているが、結局一か所に留まっている状況だ。


 外の桜・・・中の桜・・・の存在をハッキリと感知出来ない――つい昨日まで『中』にいた泥人形は、当然この法則を知っている。

 なので仕掛けを施していたのだ。中の桜・・・が迷子になってしまう仕掛け。


 まんまと引っ掛かってしまった桜は、


「無限タコ地獄だわ!」


 と腹立たしく叫んだ。

 一旦作戦を立て直そうと考え、地面に腰を下ろす。

 すると、


「イ~カイカイカイカ(笑い声)! このパール・タコイカ握り様が」

「駆除」

「イカ~!」


 懲りずに襲ってきたタコを間髪入れずに爆破させ、桜は改めて座った。


「考えるのよあたし。IQ200はあるかもしれないと誰かが噂してた、あたしの麗しき脳細胞を活性化させて……」

「ゴーリゴリゴリ(笑い声)! このペーパー・タコチンパンジー様」

「煩い」

「ゴリ~!」



 桜が勝手に決めた二十四時間期限リミットまで、残り二時間と一分。




 ◇




「痛っ……あの急に死んじゃった暴力団員たち……痛っ……か、カラテガールが超能力で殺しちゃったのかな? 痛いっ」

「さてな、多分違うんじゃないか? カラテガールの性格ならあんな暗殺みたいな方法じゃなくて、変身して直々に悪人をひっ捕らえるだろう」

「そっかぁにゃるほど……あ、いや。コホン。そうだな……痛いっ」


 膝や股関節を押えながら、九蘭百合が出来るだけオトナっぽい口調で頷いた。


 チビっ子先生こと百合は今、親戚数名と共にヒーローカラテガールもといキルシュリーパーこと桜を監視している。

 テルミ達が座っているオープンテラスから百メートルほど離れた別のテラスにて、こそこそと様子を伺う。

 もちろんこれだけ距離を置くと、桜が何を話しているかは分からない。だが近づくのは危険だ。しょうがなく姿だけを見ている。


 ちなみにテルミ達と知り合いである百合は、大きめの黒いキャップで顔を隠している。


「それにしても、まさか……痛っ……真奥桜さんがカラテガー……痛いいぃ……ガールだったとはな」

「ねえ百合ちゃん。どうしてさっきから痛い痛い言ってるの? 虫歯?」

「子供は寝る前に歯磨きしないと駄目だぞ」


 と親戚から言われた百合は「こ、子供じゃない!」と手足をばたばたさせ抗議した。

 その動作がもう子供にしか見えないのだが。


「昨日の夜中から、関節がギシギシして痛いんだよ……痛っ」

「それ成長痛じゃない?」

「せっ!? ば、バカにするな。私は二十六歳のオトナだぞ!」

「えっ。十歳でしょ?」

「ちーがーうー!」


 背筋を伸ばし、出来るだけ目線を高くしようとする百合。

 だが、


「おい百合ちゃん。ちょっとうるさいぞ。もっと小さな声で喋ってくれ」

「うぐ……ごめんなひゃい……」


 親戚の青年に文句を言われ、しょぼくれて謝り、


「私の方が年上なのにぃ……」


 と誰にも聞こえないように呟いた。

 その横で、親戚達は深刻な顔で会話をしている。


「何故だか急に毒霧の力も消えてしまって……もし力が戻らなかったら、俺達これからどうなっちゃうのかね」

「百合ちゃんみたいに副業持ってるヤツは良いわよねえ。私はファミレスのバイト経験くらいしかないし」

「いよいよとなったら、介護の資格でも取るか……はぁ……」

「わたくしことクイズ忍者は、今こそクイズで食べる道に進みます!」


 そんな若い者達の愚痴る姿を見て、年配の者達は苦い顔をする。


家長いえおさはまだ目を覚まされない。今はとにかく、カラテガールの行動に注目しておく事しか出来ない……皆、望みを捨てるな! 今更就活したくないぞ!」


 彼らは完全に力を失っている。もう一生、毒霧にはなれない。

 元々個人差はあったが、若さを保つという体質も失っている。

 桜――泥人形が、霧の力グロリオサの源であるドラゴンを消滅させてしまったからだ。


 しかし、彼らはそんな事情を知らない。そもそもドラゴンの存在も知らなかった。

 どうして急に力を使えなくなってしまったのか、その理由が分からない。

 この能力停止が少しの間だけの現象なのか、それとも恒常的な現象なのか、その判断さえつかない。


「カラテガールの超能力によって、一時的に力を封じられただけ……かもしれない」


 と希望的観測を捨てずに、とりあえず真奥桜の監視をしているのであった。


「それにしても、痛っ、カラテガールの正体が真奥桜さんだったなんて……」


 百合は先程茶化されて中断していた台詞を、改めて口にした。


「確かに胸も大きいし、怖いけど……でも学校のイメージと違うなあ……痛いっ」


 何はともあれ。

 担任でこそ無いが、桜は百合の生徒。こうなっては放っておく訳にもいかない。

 それに、とばっちりで九蘭家の皆から監視される形になるテルミも心配だ……むしろこっちの理由の方が大きいのだが。


 百合はもうとっくに組織を抜けている……と自分では思っていたが、何故か一族の皆からは「任務のため一人暮らしを始めただけ」と認識されていた。なので特に問題無く親戚達と行動を共に出来ている。


 今日監視任務に当たっている親戚達は、半数以上が百合よりも年下だ。

 その年下の一人として例のクイズ忍者も同行しており、


「本当なら俺は今日、テルミ少年の家でクイズ大会を開く予定だったのになあ」


 などと呟いている。

 そんなクイズ忍者の言葉に、百合がピクリと反応した。


「……そう言えば、きみは屋敷でも真奥くんと楽しそうに話してたけど……痛っ……ど、どうして仲良くなってるんだ?」


 と尋ねると、クイズ忍者は得意気な顔で答える。


「昨日クイズ談義で盛り上がってな。少年もクイズ好きらしくて」

「えっ、そうなんだ。真奥くんがクイズを?」

「嘘だよ~信じちゃダメ、百合ちゃん。コイツ一方的に適当な事喋ってただけだし。百合ちゃんの生徒くんったら良い子だから、無理矢理話に付き合わされてたのよ」

「そ、そうか……真奥くんは良い子だからなあ……痛っ」


 百合はどこか抜けた台詞を口にし、百メートル先にいるテルミを眺め、帽子を深くかぶり直した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る