-130話 『大魔王 ―誕生―』

「『強き者と戦いたい』なーんて、ハタ迷惑だけど純粋で高潔な望み」


 宇宙の一点を見つめて、泥人形が小さく呟いた。

 更に別の方角にも顔を向け、


「『恋をしてみたい』……そんな、可愛らしくピュアな望み」


 そう、再び呟いた。

 彼は今、暇潰しがてら宇宙空間を散歩中。近くに大魔王はいない。


 泥人形はウサギから得た「他の宇宙へエネルギーを送る方法」を駆使し、レーダーの原理で別宇宙を観測していた。

 と言っても、遍在する大きな力を何となく感じる程度なのだが……しかしウサギと出会う以前は、宇宙が崩壊するレベルの巨大なエネルギーしか感知出来なかった。それが今では、多少小さなエネルギーでも感知出来る。

 その点でも、ウサギが持っていた情報は有益であったと言えよう。


 そうやって観測した、他の宇宙にいる強大な力達。

 別宇宙観測にはラグがあるらしく、どれほどの過去に存在した力なのかは分からない。

 ウサギを旅立たせた科学者は、宇宙の時差を修正しながら観測する手法を考案していたようだ。しかし、その方法も泥人形には分からない。


 ただ分かる事は、大いなる力を所有する者達は皆、何かしらの『望み』を抱いていた。


「キミも、何か望みを持っているのかな?」


 泥人形は、亜空間から自分を見ている『何者か』に問いかけてみた。

 いつも通り返事は無いが。


「望みは力を更に強くする……のかもね。でも彼らに比べて僕はどうだろう。力だけは有り余ってるけど」




 ◇




 その日、大魔王と泥人形は生命が存在しない岩場だけの惑星を訪れた。

 大気は毒。激しい雷。到底人が暮らせる環境では無い。

 しかし二人が持つ魔力の前では、楽園だろうと地獄だろうと同じ。バリアを身体に張り巡らせ、どのような環境にも適応出来る。


「しばらくこの惑星に滞在する」


 大魔王がそう提案すると、泥人形は理由も聞かず従った。

 超能力で岩を切り、組み立て、城を作る。

 仮住まいには勿体無い。数百人が同時に住めそうな、荘厳たる城だ。


 大魔王は最上階の豪華な部屋。

 泥人形はその下にある、少しだけランクが落ちる部屋。

 


 大魔王は机に腰を落ち着かせ、自分が編纂した『魔術学書』の原本を開いた。

 横に紙を置き、本を読みながらペンを走らせる。


「……制作時には膨大なエネルギーを必要としたが、解体するだけなら少しの魔力で良い」


 先進機能型泥人形ゴーレム。その破壊方法を確認している。


 大魔王自身が考案した泥人形ゴーレム。魔術学書を読まずとも、破壊方法は頭の中に入っている。

 だがそれでも読んで再確認しておきたかった。

 何故なら不安だから。緊張しているから。


「人形の体内。泥が紋様を描き、魔力の中核を成している。その紋様をかき消す……ただそれだけで良いのだ。一定の魔力量、一定の周波数。定めた信号を人形に打ち込む……それで」



「僕が壊れるってワケさ」



 扉の外から声。


 大魔王は息を詰まらせた。

 心臓が鳴る。脳の血管が鳴る。ドクドクと耳を騒がせる。

 大量の汗が首筋を濡らした。


 遅れてノックの音。

 返事を待たずに、泥人形が部屋へ入って来た。

 扉の鍵をかけておいたはずなのに……いや、この城は泥人形が作ったものだ。開くのも当然か。


「本気かい、大魔王様?」


 泥人形が言った。

 大魔王は何も言い返さず、ただ人形を見て呼吸を荒くする。


「ウサギくんへのプレゼントを見てからかな? 大魔王様がおかしくなっちゃったのは」

「……おかしいのは貴様だ。あれはプレゼントではない。呪いだ。悪意に満ちた呪い」


 ようやく、そう言い返すことが出来た。

 人形はそれに対し笑顔を作る。学生達を観察して学んだ、人を安心させる笑顔。


「うん、確かに呪いさ。でも誤解だよ。悪意は無いんだ。あれは『望みを叶える』ための真っ当な手段だからね」

「馬鹿な。呪いを掛けられ、あのウサギがどうやって望みを叶えると言うのだ」

「ふふっ。誤解だって言ったでしょ? 大魔王様。もっと根本的なトコロで誤解してるよ」


 そう言いながら、泥人形は指を振る。


「叶えたいのはウサギくんの望みじゃないのさ。僕の大切な人が抱いている、尊い望みのため」

「大切な? 人形風情が何を……」

「褒められた事じゃないかもだけど、僕は人に順位を付けているんだ。それをそのまま、叶える望みの優先度にしている。じゃないと、両立出来ない望みを二人以上から頼まれた時に困っちゃうからね」


 泥人形がもう一度指を振ると、空中にホログラムのような立体映像が浮かんだ。

 人の姿だ。それも沢山。大魔王やその家族、それに学生達。楽しそうに笑い合っている。


「僕の二番目に大切な人――それは大魔王様、あなたさ。何故ならば僕の創造主だから。そして三番目は、あなたの娘。大切な人にとっての大切な人。それに本の中で出会った、僕の初めての友達だからね」


 ホログラムの娘が、ぺこりとお辞儀をした。

 大魔王の息がますます苦しくなる。


「四番目だったのは学生の皆。まっ、その中でも順位はあったけど……でももう皆消えちゃった」


 その台詞と同時に、ホログラムから学生達がいなくなる。

 代わりにウサギ――ロンギゼタの姿が現れた。


「だから今の四番目はウサギくん。楽しいドラマを見せてくれている・・・・・からね。もし大魔王様の奥さんが生きていれば、多分彼女が四番目だったろうけど……」

「もういい黙れ」


 その怒鳴り声に、泥人形はおどけるように肩をすくめた。ホログラムが全て消える。

 大魔王は深呼吸し、静かに語り始めた。


「確かに吾輩はおかしくなっていた。どうかしていた。もはや手遅れだが……奴隷人形、貴様を起動停止する」

「おや。娘を助けるのは諦めるのかい?」

「そうだ。貴様を壊した後に魔術学書を焼き、娘の魂を解放する。その後吾輩も自害するのである」

「本気みたいだね。でもただの炎で本を焼いても、娘は救われないよ? 正確に言えば、本の中に閉じ込められている訳じゃないんだ。本のページとページの狭間にある異次元に囚われているのだからね」


 人形が一歩、大魔王と魔術学書へと近づく。


「でも魂の消去……ふふっゴメン。魂の『救済』が大魔王様の新たな望みだと言うのなら、方法を教えてあげるよ。時空を乱す程強大なエネルギーの坩堝るつぼに、本を落とせば良い。惑星百個を消滅させて得るくらいのエネルギーかな。今まで溜めた分なら、余裕でお釣りが来るね」

「……ならばその方法を使って、娘の魂を解放する」

「そっか。でも……」



「お父さん。私を消しちゃうの?」



 娘の声。


 泥人形が幼い少女――死んだはずの娘の姿になっている。

 大魔王は顔を歪めた。怒りで視界が歪む。


「やめろ……娘の真似をするな!」

「真似じゃないよ。演じると言って欲しいな。高等な遊戯さ」

「ただの下卑た悪ふざけだ!」

「そうかな? そう見えるかい?」


 娘の容姿を真似たままで、人形は首を傾けた。

 その後すぐ泥の体を再構築し、元の姿に戻る。

 ただその顔からは、今までの笑顔が消えていた。


「でも僕も、起動停止するワケにはいかないんだ。だって、望みを叶えられなくなっちゃうから」

「もはや吾輩に望みなど無い。あるとすれば、貴様と一緒に消滅する事だ」

「あはは、また誤解してるね。違うよ、二番目あなたの望みじゃない。一番大切な者の望みだ。僕の一番。それは……」


 人形は己の胸に手を当てた。


「それは僕自身。当然でしょ?」


 泥人形は無機質な表情で淡々と喋る。まさに人形の顔。

 その様子に、大魔王は背筋を凍らせた。


「僕の望み。僕にとってこの世で一番大事な、もっとも尊い望み。この前決めたばかりだけど、それは別の宇宙に行ってみる事。どうしてかっていうと、純粋な好奇心からだね。せっかく大魔王様の望みと合致してたのに……でも、道を別つと言うのなら仕方ない」


 まばたきもせずに、人形は語る。


「ウサギくんへの呪いプレゼントも、僕の望みのためさ。宇宙を越えるヒントを得るため。ウサギくんの位置情報を『博士』って人でなく、僕へ発信するように書き換えた。そのためのマーキングだったのさ」


 ウサギには宇宙間の時差と遅延を修正して、情報を送信する機能が付いていた。

 それを受信する泥人形には、リアルタイムの別宇宙情報が入って来る。

 泥人形にとって、願ってもいない貴重なデータとなっている。


「でもね、どうしても足りない。宇宙を無理矢理越えるためのエネルギーが、全然、まったく足りないんだよ」


 泥人形は表情を作らぬまま、大袈裟に悲観的な口調で嘆く。

 同時に、ふところから小さな箱を取り出した。


 この箱はエネルギーを溜める機械。

 数多の惑星を消滅させ得たエネルギーが封入されている。

 箱の中身は、他の宇宙に存在するどんな力よりも強大…なのだが、


「この箱に入っている、百万の星を砕いて集めた『力』でも、ちっとも足りやしないんだ。どうしようも出来ない。ホントのコトを言うと、どれくらいのエネルギーが必要なのかさえ分からないんだけど。でも、今まで集めた分では足りないって事だけは分かるんだ。何故かって? 箱に入れてる『力』を全て足しても……」


 泥人形は、己の額を指差した。



「僕一人の魔力に、これっぽっちも及んでいないのだから」



「な……!? くだらぬ冗談は……」


 大魔王は言いかけた台詞の途中で口を閉じる。

 己が作ったはずなのに、得体のしれない泥人形。

 何が本当で、何が嘘なのか……全て、本当なのか。


「やはり貴様は……危険極まりない!」


 大魔王はその筋肉質で太い腕に力を込め、泥人形を思いきり殴りつけた。

 人形はびくともしなかったが……しかし触れると同時に、大魔王は『人形の解体』を行う。

 一定の魔力量。一定の周波数。人形の核である紋様をかき消す、泥人形ゴーレム停止の魔法。

 

「……核が消えた」


 完全に打ち込んだ。

 これで泥人形は機能を停止する。


 大魔王は小さく「すまんな」と呟いた。

 元はと言えば自分が作った泥人形ゴーレム

 勝手に作り、勝手に壊す。その行動を悔い恥じた。


 だが後悔ばかりしても仕方がない。今は人形の最期を見届ける時だ。

 そうだ。泥人形の核となる紋様は消え去ったのだ。

 確かにその手ごたえがあった。



「酷いなあ大魔王様」



 手ごたえはあったのに。

 紋様は消したのに。


「な……に……?」

「本当に壊そうとするなんて。僕は悲しいよ」


 泥人形は平然と喋り続けている。


「僕の望みを知って、それでも邪魔をしようって言うのかい? ならば僕は、僕が最も優先するものを守るために障害を排除しないといけない。たとえその障害が、二番目に大切な人であってもね」

「馬鹿な、確かに核は破壊した……」

「そうだねお父さん・・・・。僕の核は完全に壊れてるよ。でもそれで泥人形ゴーレムが土に還るかどうかは、心の持ちようなのさ。僕はこうして自我を持っている。知識を持っている。興味を持っている。力を持っている。人形の体と僕の意思。それは……」


 泥人形は大魔王――己の創造主であるギェギゥィギュロゥザムの額に、指先で軽く触れた。

 ギェギゥィギュロゥザムは硬直し、微動だに出来ない。目をこじ開け、口で必死に息をする。




「時空の因果で繋がっているのさ」




 ◇




「子は親の意思を継ぐもの……か。ふふっ。ウサギくんは『遺志でなく意思だ』と言ってたけど、僕の場合は本当に遺志だね」


 楽しそうに独り言を口ずさみながら、次に破壊する惑星を探し出す。


「『別に職業を継ぐってワケじゃないぞ』とも言ってたけど。でも僕はそれくらいしか親孝行が出来ないからね」


 超能力で泥をこね、大魔王の姿に変化する。


 筋骨隆々。鋭い目付き。立派なあご髭。

 学生達に囲まれていた頃の、横柄で、変人気質で、明るかった『大魔王』の姿。

 それを演じるは、泥人形。


「ぐははははは! 望みのため、貴様らを消滅させてくれるわ!」


 いくつもの星を。

 いくつもの命を消していく。


「吾輩は、大魔王である!」

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