-128話 『大魔王 ―グロリオサ―』

 泥人形が大魔王を演じるようになって、いくつの星を消しただろうか。

 本物の大魔王がまだ生きていた頃に、百万と千と五個目の星を消すまでは数えていた。

 しかし大魔王が死に、ついでにその娘の魂も消滅させた後からは、もはや数えていない。「数えておけ」と命令する者がいなくなったからだ。


 経過した年数は、最初から数えていない。

 故郷の星を滅ぼしてから百万の星を砕くまでに、何万年も経っていたが……大魔王はその時間に気付いていなかった。それどころか、たった数年の出来事だと勘違いしていた。


 昼夜の無い宇宙空間。

 そして星を消して得た膨大な濃縮エネルギーの影響。

 時間間隔が、完全に狂っていたのだ。



 一方の泥人形は、濃縮エネルギーから何の影響も受けていない。

 何故なら泥人形が元々持ち合わせているエネルギーが、何千万何億もの星を砕いて得たエネルギーよりも、遥かに強いからである。

 しかし、だからこそ困った事態になっていた。


「行き詰っちゃったな」


 とある惑星にある、人通りが少ない街道。

 道端に咲く小さな花の前。

 泥人形は無表情なまま、溜息を吐いた。


 これ以上惑星を滅ぼし続けても――


「この宇宙の全生命を消滅させても……別宇宙旅行への燃料おあしどころか、僕の魔力以上のエネルギーにさえならない」


 やはり全然足りないのだ。

 溜め続ければいつかは足りる、等という時間の問題では無い。そもそもの総量が足りていない。


 十の惑星を破壊した所で、薄々その可能性には気付いた。

 万の惑星を破壊した所で、統計的にその可能性は大きいだろうとも気付いた。


 しかしそれでも、予測だけでは分からない事もある。

 破壊する惑星の土壌や、その住民達の質によって、得られるエネルギーには大きなムラがある。

 様々な星を崩壊させ続ければ、いつか例外的に『強い力』が発生するかもしれない。

 なによりも泥人形自身が、例外的な強い力を持って生まれた存在なのだから。


 その奇跡を捨てずに、ずっと大魔王として破壊活動を続けていた……のだが……


「それもちょっと飽きて来ちゃったなあ。僕の望みはハードルが高すぎたのかも?」


 そう言って人形は、名も知らぬ花の香りを楽しむ。


 望み――ウサギのロンに出会った時、ふと思い付きで決めた己の望み。

 その後に他宇宙を覗き見て知った、『強大な力を持つ者達』が抱く望み。

 望みは力を強くする……ただの、理想の戯言かもしれない。だが精神の支えという意味では、あながち間違いでは無いのだろうとも思う。


 それでも泥人形は、「望みを持ったおかげで力が強くなった」と感じた試しが無い。

 最初からずっと変わらず、宇宙で一番強い力。そのエネルギー絶対量は常に一定。強くも弱くもなっていない。


「――まっ、色々と考え直すべき時期に来てるのかな。とりあえず今一つだけ言えるのは、僕は別の宇宙には行けないかもってコトだね」


 強大な力で宇宙をねじ曲げ、別宇宙へ通じる穴を作る……この方法は、もはや殆ど望み無し。

 やはりそこには、現象を解析した上で作り上げた『理論』や『式』が必要なのか。

 ウサギのロンを作った科学者。彼はその『理論』を知っているのかもしれないが……


「キミも知っているのかな、観測者みるものよ。キミ自身が考えずとも、博士って人の行動やノートを覗き込んでさ」


 泥人形は空を見上げ、亜空間に語り掛ける。


「僕は別宇宙の大きな力とそれに付随する思考を、何となく感じるだけ。一方キミは完全に僕を『見ている』。その一点において僕を越えた力の持ち主だ。大魔王を越えた……いわば、超魔王ってトコかな? 安易な名称だけどね……ふふっ」




 ◇




 そんな悩みを抱えていた泥人形は、宇宙空間でとある少女と出会った。

 その少女は首と胴体が離れており、膝から下も無い。両手で己の顔を持ったまま、二本のももで何とか立っている。

 傷口からは血の代わりに、漆黒の霧が湧いていた。


「……おじさん、誰?」

「吾輩は吾輩だ」


 なんて、無駄に勿体ぶっちゃってる、子供っぽくてマヌケな言い回しだったかな? 『吾輩』が『吾輩』であるのは、一々言わずとも当然なのだし。

 と泥人形は考え、一応「吾輩は大魔王」と言い直した。


 しかし目の前にいる少女には、最初の台詞でも丁度良い子供っぽさだったらしい。

 疑問、恐怖、興味。三つの感情が顔に現れている。


「貴様らは幽霊か?」


 泥人形は大魔王を演じながら尋ねた。

 貴様『ら』と複数形なのは、目の前にいるのが少女一人では無いから。生物や鉱物の亡者を大勢引き連れている。

 幽霊では無い。残留思念のようだ。


「ふむ、その異形なひょろ長い化け物が本体か」 


 そう言って少女の背後に広がる闇を見ると、巨大な黒い竜が「グロロロロロ」と唸りながら登場した。

 少女は「ひっ……!」と悲鳴を上げ、生首を地面に落とした。どちゃりと肉のぶつかる音がし、血の代わりに黒い霧が立つ。

 同居している竜が怖いらしい。トラウマがあるようだ。

 少女以外の亡者達も、悲鳴を上げて逃げ出した。


 竜が大口を開け襲い掛かって来た。しかし人形は意にも返さない。超能力で竜の動きを固め、絞めつけた。

 と、いとも簡単に対処こそしたが……この竜は、泥人形が今までに見たどんな『力』よりも強い。


 そして思い出す。


 この竜は、ウサギのロンギゼタが宇宙間移動して来た際に一瞬だけ感知した、無のエネルギー体だ。

 つまり『別の宇宙にいた力』。そうだ、確かに別宇宙の力であるはず。


「なるほど」


 泥人形はまず仮定を打ち立ててみた。

 強大な『力』は持ち主の死後も『世界』に残り、新たな持ち主を探し旅をする。

 その旅路には、宇宙や時空という括りは無い。

 自由に、どこへでも行けるのだ。



 さて。

 仮定の答え合わせ。


「子供よ、どうして謝っていた?」


 そう言って、地面に落ちている少女の生首を拾い上げた。

 少女は驚いている。思念体の姿になって以降、生身の者と触れるのはこれが初めてなのだろう。

 だが泥人形は構わず、少女の記憶を覗き込んだ。


「リオ。そしてオーサ。ふふっ、僕の仮定は大当たりだね」


 少女には聞こえない小さな声で、泥人形は呟いた。

 そしてせっかくなので、リオにも呪いのマーキングを施しておく事にした。今後役に立つかもしれないからだ。

 今回の呪いは、悲しみの念を憎しみの念へ転換する魔術。


「どれ、吾輩が貴様を……いや、貴様達全員を助けて進ぜよう」


 呪い付加の動作に、そんな理由を付けてみた。

 ただし嘘では無い。悲しみに囚われるより、憎しみに囚われ旅をする方がよほどマシだと考えた。

 憎しみでなく楽しい感情へ転換する方法もあるにはあるのだが……しかし『悲しみ』からの転換となると、元々自然に発展しやすい隣り合わせの感情である『憎しみ』が一番スムーズである。


 理由など述べずに黙って呪いをかけても良いのだが、そこは一応大魔王としてのキャラ作りだ。

 その時点では、まだ・・大魔王だったのだから。




 ◇




 そして泥人形は自殺した。



 元々、体内にある紋様は消えていた。

 ただ「そろそろ死ぬか」と思うだけで、すぐに死ねた。


 体に執着は無い。

 ただの泥だから。


 魂には少しだけ執着があったが……だが、死んでから気付いた。




 魂は、無かった。




 ◇




「あの子、丁度良いかも?」


 泥人形だった『力』は、故郷とは別の宇宙で、新たな宿主に出会った。


 人形が力だけの存在となり、多くの宇宙を漂流するようになってから、既に百億を越える年月が経っていた。

 宇宙によって時の進み方は違うのだが、泥人形を取り巻く環境としては百億年。

 いい加減、この生活にもうんざりしていた。


「お邪魔するよ」

「……な、何!? えっ、ちょっと……え? 今何か聞こえたような……」


 泥人形の力は、とある妊婦に憑りついた。

 正確には、妊婦の中にいる胎児。女の子だ。

 この子はきっと、


「僕と相性が良い気がする。そろそろ体が欲しくってさ」


 泥人形は自殺後、ずっと新たな肉体を求めていた。


 肉体を捨て、純粋な『力』のみの存在となれば、宇宙を越えるのは簡単だった。

 しかし泥人形の望みは、あくまでも『生身の肉体を持ったまま』宇宙を越える事。

 それは「先代の大魔王がそう望んでいたから」程度の理由でしかないのだが、ルーツはどうでも良い。


 そこで泥人形は『力』――つまり今の自分自身――の宿主となれる生物、または非生物を探し当て、乗っ取ってしまおう。と考えている。


 勿論『宇宙を越えた後に生身の肉体を得る』のは『生身で宇宙を越える』という目的とは食い違う。

 しかしそこには一旦目を瞑る。まず『宇宙を越える』という事象を体験した後に、改めて生身での旅に挑戦すれば良いのだから。




 数か月後。

 女の子は無事に産声を上げた。


 ただし誤算が一つ。

 人形が女の子の体を乗っ取るのは、思っていた以上に困難であった。


 今の泥人形はあくまでもただの『力』だ。

 その力の持ち主は、女の子自身。

 泥人形は従。女の子が主。

 その関係を崩せない。


 しかも女の子にとって、この力は強すぎる。

 力は体の奥底にずっと封じられたまま、ちょっとした念動力サイコキネシスを放つ事さえ出来なかった。


 とは言え、人形も今更焦りはしない。


「まあ仕方ないか。気長にチャンスを待つかな」


 そう考えながら、女の子の生活をずっと監視していた。

 監視という単語には語弊があるかもしれない。

 女の子の五感や思考が、勝手に流れ込んでくるのだから。




 ◇




 十数年後。

 女の子は活発で美しい少女に成長していた。


 歳が近い男の子に、恋をするようにもなった。

 少女とは対照的に大人しい性格だが、世話好きで優しい男の子。


 男の子の部屋にて、二人はキスをする。

 お互いを触れ合う。

 その先も……


 そうやって少女は、大人になった――




 ――その直後。住んでいる惑星が、粉々に吹き飛んだ。

 



「ひゅー……ひゅー……」

 

 少女が壊したのだ。

 意思とは無関係に。

 大人になったと同時に引き出された超能力。それが、さっそく暴走した。


 エネルギー変換の消滅魔法を使ったのではない。

 単純に、強大過ぎるエネルギーを扱いきれなかっただけ。そのせいで星が砕けた。

 息をするたび、時空が歪んでいる。


 惑星に住む全生命が死んだが、少女だけは死ななかった。

 宇宙空間に放り出されても、問題無く生きている。無意識の内に超能力で肉体を守っているためだ。

 ただし、


「……ひゅー……ひゅー……」


 もはや何も考えていない。

 少女の思考は、壊れてしまっていた。


「あーあ。ダメだったみたい」


 泥人形も、まさかこうなるとは思っていなかった。

 少女の人格は破壊されたが、それでも別に泥人形の人格が表に出たという訳では無い。

 もっとじっくり超能力に慣れさせた後、自然な流れで交代しないといけないのだろうか。


「ひゅー……ひゅー……ひゅー……」


 少女はその後、宇宙を彷徨い続けた。

 千里眼で命ある惑星を探知し、そこへ向かう。

 生命、仲間、つまり生前の恋人や家族を追い求めての行動。

 だが目的地に辿り着き、そこの大気で息をした瞬間。惑星全てを破壊した。


 そうやって、悲劇の流れ者として宇宙を旅し続けたが……数千年後に、とうとう肉体が崩壊し死亡した。


「残念だよ、僕は結局何も出来なかった。キミの望みを、皆との再会を、叶えてあげられなかった。キミは今の僕にとって二番目に大切な人だったのに……さよなら。悲しいね」


 泥人形は、再び力だけの存在となってしまった。


「でも何となく理屈が分かったよ」


 泥人形は、これまでに得た経験を一旦纏め、考察してみた。



 本の妖精――猫くんから得た物。

 多くの宇宙からランダムに選ばれた知識を統合し算出された、宇宙真理の一部。


 ロンギゼタ――ウサギくんから得た物。

 他宇宙の知識。

 それに、今の・・ウサギの燃料となれる生命――つまり『泥人形の呪いに対し、多少なりとも相性が良い者』の発生率。


 そして今回の失敗から得た物。

 この『力』に耐えうる、肉体と精神の閾値。



「今回みたいに暴走せず、僕の力にきちんと適応できる『誰か』が現れるとしたら……そうだな、多分……」


 本当に、多分だ。

 本当に、何となくしか分からない。

 だがそれで充分。



 時間。誤差は九十九億年。

 場所。誤差は三百三十三億光年。

 ただし「どの宇宙か」は分かった。



「その場所を目指そう。そうだ、ついでにウサギくんやリオも呼んでみようかな」


 泥人形は力だけの存在。自分自身で超能力を使うのは、もはや無理だが……しかし、思念を飛ばすだけなら出来た。

 遠い昔にマーキングしていた魔力を頼りに、ロンギゼタとリオの深層心理へ思念を送る。

 細かい日時指定は、また『その時』が近づいてからで良い。



「さあ本当に見つかるかな。僕の新しい宿主。新しい身体。ねえ、キミはどう思う?」


 泥人形の『力』は、弾んだ声で亜空間へ語りかけた。



「見つかるといいなあ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る