-332話 『大魔王 ―ロンギゼタ―』

 星を砕き、莫大なエネルギーを得る。

 そのエネルギーの欠片を使い、大魔王と泥人形は宇宙を翔けた。

 宇宙空間での移動方法および呼吸法は、泥人形が知っていた。


 そうして彼らは、生命に満ちた惑星ほしを見つける。

 旅立ち後、初めて見つけた一つ目の星。


「すまぬ、皆よ」


 巨大な声が、星の住民達の頭中に直接響いた。

 言葉はどの国の物とも違うが、何故だか意味は理解出来る。

 空を見上げると巨大な人間の姿……と言っても、この惑星に住む知的生物とは似ても似つかぬ姿ではあるが。


 大魔王が巨人に変身し、宇宙空間から生物達に語り掛けているのだ。

 変身魔術は大魔王自身が元々知っていた。ただここまで巨大になれたのは、星を消滅させて得たエネルギーの一部を使ったから。

 一部と言っても全体から見れば微々たるもの。余計なエネルギーの無駄遣いという考えも沸かない程度。


 そして大魔王の姿は不思議な事に、惑星のどこにいても見れた。

 昼間の地域も、夜の地域も。全ての空に浮かんでいる。

 これは傍らにいる泥人形が、光の屈折を操作しているためだ。


「吾輩の娘のために死んでくれ……すまぬ…………」 


 大魔王はしばらく沈黙した後、三度目の「すまぬ」を言って、惑星を消した。

 膨大なエネルギーが発生し、それらは全て、泥人形が両手に抱えている箱に集まった。

 この箱は大魔王が昔考案していた、魔力を集約する機械の理論を元に作ったもの。ただし泥人形の知識によって、より強大なエネルギーを保存出来るように改良してある。


「どうしてわざわざ謝ったんだい? 大魔王様」


 宇宙空間に浮かぶ泥人形は、そう尋ねながら箱の蓋を閉じた。

 しかし大魔王は質問には答えず、


「その呼び方……」


 と、泥人形が口にした『大魔王』という言葉に反応した。

 人形は微笑み、箱を撫でる。


「おや、気に障ったかな。でもやってる事はまさに大魔王だからさ。それに学生達から『大魔王』ってあだ名で呼ばれる分には、内心楽しんでたよね?」


 そんな泥人形の言葉に、大魔王は渋い顔をする。


「……まあ良い。お父さん、よりはマシであるな」

「ふふっ、そうなんだ。それはそれでショックだなあ」


 人形は魔法で箱を小さくし、ふところに仕舞い込んだ。

 そして『どうして謝ったのか』という話に戻す。

 とは言えどうせ大魔王は答えないだろうし、泥人形も道徳心から来る詫びの言葉という理由は分かっている。

 なので今度は質問では無く、関連した別の話題。


「どうせなら、もっと大魔王らしい物腰で演説・・したらどうだい? さっき消した星に住んでた皆のが聞こえたよ。『どうして僕達が、誰とも知らない化け物に突然殺されなきゃいけないの?』ってね。大魔王様が中途半端に謝ったせいさ」


 その人形の言葉に、大魔王は一瞬だけ肩を震わせた。


「どうせ滅ぼされるなら、圧倒的な悪にやられる方が良い。理不尽であればある程、災害に遭うようなものとして逆に納得しちゃうものだからね」

「……余計な口を挟むでない」


 大魔王は睨み付けるが、人形は気にせず喋り続ける。


「あはは、最近の大魔王様は気が沈んでるね。大学でやってたみたいに、胸を張って大笑いしたらどうだい。きっとスッとするよ。それとも、気分が良くなる魔法をかけてあげようか?」

「……やめろ」

「なら、代わりに僕が演説をやってあげるよ。あの頃の大魔王様みたいにね……いいでしょ?」




 ◇




「ぐははははは! 吾輩の力で宇宙を滅ぼしてくれるわ!」


 大男が、偉そうに高笑いをしている。

 筋骨隆々。鋭い目付き。立派なあご髭。惑星を握りつぶせる程に巨大な体躯。

 泥人形が化けた大魔王だ。

 音が伝わらない宇宙空間で喋っているのだが、強力なテレパシーにより、その声は銀河中に響き渡っている。


「吾輩に従わぬ星の住民共よ。我が血肉の一部となるが良いわ」


 男は更に巨大化し、星をぱくりと食べてしまった。

 食べたのはただの演出だ。口の中で『統括魔力の四元素(地水火風)への同時複合変換、および破裂消滅』理論に基づいたエネルギー変換をしている。


 この演出は銀河中にいる生命体への警告。とは言え、警告してもどうせ殺すので大した意味は無い。

 それよりも、単なる遊び心からのおふざけという面が大きい。


 遊び心――泥人形の情緒は、生まれた頃よりも成長していた。

 学生達の遊びを観察し、誘われるがままに付き合うだけだった以前とは違う。

 自ら能動的に『遊ぶ』ようになっていた。


 大魔王を演じるのも、そんな遊びの一環だ。

 何も言わずに、すぐ殺してしまう事も出来るのだから。


「ぐあっはははははーーっ!」


 そうやって泥人形は、いくつもの星を楽しそうに消していく。

 反対に大魔王は、日に日に言葉数が減っていく。




 ◇




「ちょっと行って来るよ。面白そうなものを見つけたんだ」


 ある日、泥人形はそう言って出かけていった。


 と言っても、瞬間移動を駆使した数秒の旅。

 すぐに戻って来た人形は、いつもの青年の姿から何故か少年の姿に変化していた。

 そしてその手に、特殊なエネルギー体を持っている。


 濃いエネルギーで構成されており、もはや殆ど固体の生命。

 だがあくまでエネルギー体であるため、これを捕獲できるのは泥人形の特殊な超能力あってこそである。


「離しやがれよ! オイラをどうするってんだい!」


 エネルギー体が喋った。

 その姿は、大魔王の故郷に生息していたウサギに似ている。

 ウサギと言っても、地球のウサギに似ているだけの別の動物だが。


「それで、このウサギは何なのだ?」


 大魔王が訪ねると、少年姿の泥人形が答える。


「他人の寿命を喰らい、悠久の時を旅する生命体。『燃料』となる生物と友情を育みあい、同意の元で魂の一部を貰う……そして、その人格を真似るんだって。まるで童話だね」

「ど、どうしてそれを知ってんだよ!」


 泥人形の言葉にウサギは驚いた。

 何も教えていないのに、全てを知られている。


「キミの心が教えてくれたよ。ロンギゼタ109くん」

「うわあ、オイラの名前まで!」

「それに友情を育む相手は主に少年少女が多いらしいから、僕もこうして少年の姿になってあげているのさ」


 泥人形は微笑む。

 その横で大魔王は眉間にしわを寄せた。

 気付いてはいたが……やはりこの人形は、他人の心を読んでいるのだろう。


 そう思いながらも、この珍しいウサギを前にして、学者としての探求心が久しぶりに顔を出す。


「ほう。無駄に長く生き、一体何をしたいのだ?」

「無駄なんかじゃない、オイラには崇高な目的があるんだ! 目的! あるの! わああああ! 目的ぃいぃぃぃいいああああやあややああ」


 そうやって大袈裟に喚いて、どうにか逃げる隙を作ろうとするロンギゼタ109。

 代わりに泥人形が詳細を答える。


「別宇宙への転移研究。その準備段階での別宇宙観測実験における、観測点としての役割を担っているらしいよ」

「別宇宙だと? それはつまりこのウサギは」

「ああ。他の宇宙からのお客さんゲストってコトさ」


 別宇宙への旅。それはまさに自分達が探求しているもの。

 このウサギ型エネルギー体を作った科学者も、「他の宇宙へ行く」理由があるのだろう。


 だが観測用エネルギーを一旦打ち上げるという考えは、自分には浮かばなかった。

 いや、大学にいた頃ならば容易に浮かんだはず。

 故郷の惑星を破壊してから、学者としての思考を捨て去っていた。


「ふん、小難しい事を考えるヤツがいるものだ」


 大魔王はそう言って、顔も知らない科学者を思いながら、輝く星々を見た。

 自分も数年前まではその『小難しい事』を考えていたのに。もう何万年も昔のような気がする。


「だが……という事は、このウサギは宇宙を越える方法を知っておるのであろう?」


 大魔王は期待する。

 しかし泥人形は残念そうな表情を作り・・、「確かに知っているみたいだけどね」と首を横に振った。


「エネルギー体を飛ばす方法だけさ。そのエネルギーには人工的な魂も含まれているけど、でもこれじゃ生身の肉体と魂は無理だね」

「そうか……でも一応その『エネルギーを飛ばす方法』は記録・・しておけ」

「分かっているよ大魔王様。既に僕が記憶・・した」


 泥人形は自分の胸に手を当て言った。

 その仕草にはもう何も言わず、大魔王は改めてウサギのロンギゼタ109を見る。

 ウサギは「うぅ……」と、強面である大魔王に怯えていた。


 そんなウサギを見て大魔王は、何だか可哀想になった。

 この人工的に作られた生命が長い旅をする中で、今のように恐怖にさらされる事態に幾度となく遭っているだろう。

 それなのに、


「何故貴様は、そんな苦行の旅路を甘んじて受け入れておるのだ?」

「当たり前だろ。オイラの生まれ故郷では、子供は親の意思を継ぐモンなんだ! 別に職業を継ぐってワケじゃないぞ。親の考えをソンチョーしてんのさ……って、こんな言い方したら博士が死んじゃったみたいだな。まだ生きてるぞ! 多分! 遺志じゃなくて意思!  博士がやりたいからオイラは旅してんの!」

「へえ、そういうモノなんだ?」


 泥人形は皮肉でなく、興味深そうに言った。

 一方大魔王はウサギの言葉で心が苦しくなった。親孝行なウサギ。娘の笑顔を思い出す。

 このウサギが少し好きになり、そして、だからこそ、ウサギがますます可哀想になった。


「だが長い間宇宙を漂っていては、さぞ暇であったろうな」

「そうだね」


 泥人形は大魔王の顔をちらりと見て、そして無表情な人形の顔に戻る。


「このウサギくんも、楽しいイベントを――色んな人との出会いを欲している。それは『使命だから』という理由だけでなく、大魔王様が言ったように『暇だから』だね」

「な、な、何を勝手に! そんなの思ってないやい!」

「いいや、思っているんだよキミは。望んで・・・いる。僕がその望みを叶えてあげても良いよ?」

「ううう、うるさいよ! その手の詐欺には乗らないもんね!」

「へえ。しっかりしたウサギくんだね」


 泥人形は、ウサギの額を指先で軽くつついた。


 大魔王は考える。

 泥人形がそう言うのならば、ウサギは心の奥底で『楽しい事』を望んでいるのだろう。

 その考えも悟ったように、人形が大魔王の顔を見た。


「なら、彼にちょっとしたプレゼントをあげたらどうだい? 副作用はあるかもしれないけど、今よりも楽しい兎生じんせいを送られるはずだよ」


 そう言って、ロンギゼタ109の耳を撫でる。

 ウサギは嫌な予感がし、人形の手を跳ね除けようと頭を振った。

 しかしそれは無意味な抵抗に終わる。


「な、なんだよ! やめろ、離せよ! オイラは博士のために……!」


 ロンギゼタ109が嫌がる声を気の毒そうに聞きながら、しかし大魔王は一応人形に聞いてみる。


「プレゼントとは何だ? 申してみよ人形」


 それに対し人形は、クスリとも笑わずに答えた。


「とても簡単なものだよ。大魔王ギェギゥィギュロゥザム様」




 ◇




「あはは。見てよ大魔王様。ウサギくんと新しいお友達が、ヒーロー映画みたいに大活躍してるよ」

「…………」


 泥人形は「それは見てからのお楽しみさ」と言って、結局細部を教えなかった。よって大魔王は、泥人形がウサギに掛けた魔法プレゼントの概要を知らない。

 ただ黙って、千里眼でロンギゼタ109の様子を見ていた。


 ウサギは大魔王達に出会った事を忘れている。

 そして今は、ある惑星にて一人の少年と仲良くなっていた。以前聞いた説明と同じだ。


 しかし、ウサギと友達になった少年が突然『特別な力』を発揮した。

 肉体を強化し、超人となる。

 ウサギ自身もその異変に驚いていた。


「これが、貴様の与えた『プレゼント』か?」

「まあね。でもこれだけじゃないのさ」


 ウサギも少年も最初は戸惑っていたが、子供らしくすぐに適応する。

 超能力を駆使し悪人退治。

 そうやって、一人と一匹は友情を育んでいく。


 ウサギの力もどんどん少年に『馴染む』。

 泥人形が言った通り、ヒーロー映画を彷彿とさせる展開だった。

 

 が。しかし。


「おい待て。これは……」


 大魔王は額に汗を流し、目を見開いた。

 力が『馴染む』につれ、少年が目に見えて消耗していくではないか。


 少年の身体を、魔力が支配していく。

 この魔力。ウサギが持つエネルギーの波長に似ている。

 まさにウサギの燃料補給にピッタリな。


 ある日、ついに少年は倒れてしまった。 

 ウサギは少年を心配しながらも、ふと無意識に、口から言葉が漏れる。


「オイラ、お腹空いちゃったな」



 ……………………



「痛い、痛いよ、やめてよロン……!」

「オイラもやめたいよぉ……でも、どうして……オイラどうして……」

「痛いよ……やぁ……ぁ……」

「ごめんよぉ……ごめんよぉ……」


 ウサギは謝りながら、少年の魂を喰らい続ける。


 本来ロンギゼタは、友人から魂の『一部』だけを貰う。

 ほんの一部だ。数日で完全に回復する程度のエネルギー。

 それだけでウサギは悠久の時を活動出来る。


 しかし今は、魂の全てを喰らい尽くそうとしている。



「好き嫌いせず残さず食べないと、キミが死んじゃうよ?」



 心の中で、誰かがそう言っている。

 止まらない。

 自分の意思ではどうにも出来ない。


「あ……あぁ……ろ、ロン……ボクを騙してたの……?」

「違う、違うよオイラ……でも、でもどうしてもお腹が空くんだよぉ……あぁ……ううぅぅ……」


 そして少年は絶命した。

 その後すぐ、ウサギに仕掛けられた『統括魔力の四元素(地水火風)への同時複合変換、および破裂消滅』の発展形理論による爆発が起き、少年の住む惑星も破滅した。



「とてもハードな展開ドラマだったね。でもこれでウサギくんは、もう暇では無くなったはずさ」


 泥人形はそう言って、ニコリと魅力的な笑顔を作る。


「…………き、貴様……」



 これはプレゼントでは無い。

 もはや呪いではないか。



 そう思ったが、大魔王は何も言えなかった。

 何故ならば、自分も今まで多くの命を奪っていたから。


 どうして今更ウサギや少年に同情しているんだ。どうして衝撃を受けているんだ。そんな権利も無いのに。

 しかし……だけど……



 泥人形が『誰かの望みを叶える』のは、純粋に好意によるものだと思っていた。

 大学にいた頃、学生達に対しては本当に真摯に応えていたのだ。

 今も極悪非道な破壊活動を続けているが、それはあくまでも「娘を生き返らせる」という望みに基づいたもの。

 だが先程の『呪い』は――明らかに、悪意に基づいている。


 何故だ。星や生命を壊し過ぎたせいで、泥人形の性質が変わってしまったのか。

 それとも最初からこうだったのか。

 

 ウサギと自分の姿が重なる。

 もしかして、自分もこの人形に騙されているのではないか?

 遊びの道具になっているのではないか?

 分からない。

 だが、ただ一つだけは言える。




 泥人形こいつは、危険過ぎる。




 今更ながら、思考が恐怖に支配された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る