-33話 『神と神々』

「神である我の神力しんりょくを見よ」


 ジョカが手をかざすと、信者である男の傷が癒えた。

 擦り傷切り傷のような、いくらでも誤魔化せそうな小さな怪我では無い。

 獣に喰われて欠損していた、左の目玉が再生・・したのだ。

 男は両手を挙げ感謝を表現し、他の信者達は驚きに騒めいた。


「ほう、凄い力もあったものだ」


 ジョカの技を見て、ルイは感心した。

 ルイ自身もテレパシーや毒霧能力を持つが、傷を治すという能力を見るのは始めてだ。 



 しかしこのヒーリング能力は、正確にはジョカの『力』では無い。『技術』だ。

 やり方さえ知っていれば、誰でも出来る『技術』。

 そのやり方を知らないのに、やれる……と言うのが、ジョカの超能力なのである。


 ただしヒーリング能力には、大きなエネルギーが必要。

 そのエネルギー――ジョカ本人は神力しんりょくと呼んでいる――を体内に蓄えている事実こそが、ジョカを神たらしめている由縁である。


 とは言え、オーサの毒霧のように、持ち主が死んでも世界に残留する強大なエネルギー……という程に強い訳では無い。

 つまりジョカが持つエネルギーは、「各惑星に数人はいる」レベルの、宇宙規模で見るとありふれた『強い力』。

 それでもその星の住民達にとっては、畏怖の対象だ。



 ……と。そんな細かい事は、勿論ルイもリオも、ジョカ自身も知らない。


「とりあえず、あのジョカさんとやらに話しかけてみようか」

「そうね。早く行ってルイ!」


 ルイもリオもジョカに興味を持ち、彼女に会ってみようと考えた。

 もしかすると、霧の力への適正があるかもしれないからだ。


 しかし、演説と奇跡のお披露目を終えたジョカに近づこうとすると、


「ジョカ様、今、会わない。会えるの、たくさん皆、集まった時、だけ」


 と、ボディーガードに追い返されてしまった。

 つまりジョカは個人面談不可。信者達の集会時にだけ顔を出すらしい。


「ダメだって。じゃあルイ、いつものようにお土産作戦?」

「そうだね。虎なんかどうだろう」


 お土産作戦とは、ルイが他の部族民達と仲良くなるために編み出した策。名称の通り、要は社交術である。

 余所者への警戒が殊更強かった時代。その警戒をほぐすため、良い品を贈るのだ。


 そして今回のお土産は、虎の毛皮。

 ルイは、ジョカの服に虎の毛皮が使われているのを目聡く発見していた。

 おそらくは好みに合うのだろう。


 勿論、ただ毛皮を剥いだだけの物では無い。

 霧の力で狩った虎を、霧の力で高級な毛皮に仕立て上げるのだ。


 まず毛皮に付着している血肉を、黒い霧で全て消す・・

 次に緑の霧で、毛の表面を目には分からぬ程に微少な量だけ溶かし、再度固め、光沢を出す。

 毛皮加工の技術など無かったこの時代に置いて、ルイの作った綺麗な毛皮はこれ以上ない宝物となった。


 さっそく土産を手にジョカが住まう大きな洞穴へと赴き、ボディーガードに交渉する。


「この毛皮を、ジョカ様にお納めしたい。出来ればお近づきになりたいのだけどね」

「わ、わかった。ちょっと、待て」


 ボディーガードは毛皮の美しさに目を丸くしながら、慌ててジョカの元へと運んだ。

 そして計画通り。ルイは、ジョカへの謁見を許されたのであった。


「見事な宝をくれました。礼を言います。そなたの名は?」

「ルイ。是非お見知りおきを。ふふっ」

「うん……そなた、他の者達と違って言葉が綺麗ですね。我と同じだ……顔も、ちょっと似てます……えへへ」


 ジョカは嬉しそうにはにかんだ。


 ルイもジョカも、進化の先取り現象で生まれた神。頭や口元の形が似ている。

 それに、人間の声帯が今ほど発達していない時代において数少ない、流暢に会話出来る者同士だ。


 信者達の前では畏れ多い空気を醸し出していたジョカだが、こうして二人きりになり近くで見ると、どこかあどけない女性であった。

 年齢は、外見で言うならルイと同じ十代中盤。

 ただし神であるため歳を取っていないだけ。この時の実年齢は三十歳。


「ところでルイ。どうやってこの毛皮をなめしたのですか?」

「こうやったのですよ」


 ルイは能力を隠すこと無く、素直に披露した。

 霧を固め緑色の針を作り、洞穴の隅に向けて投げる。岩陰に隠れていたネズミに命中。ネズミは小さく鳴いた後、神経毒によって動かなくなった。


「まあ!」


 ジョカが驚いている間に、ルイは黒い霧と緑の霧を使い分け、見る見るうちにネズミから綺麗な小さい毛皮を作り上げた。


「……ルイ。そなたは……そなたも我と同じ、神なのですね!」


 ジョカはぴょこぴょこと飛び跳ねながら、ルイの両手を取って喜んでいる。


「同じか。うん、多分そうなんだろうね。しかしジョカ、俺は神という言葉を今日初めて聞いた。神とは、一体何なのだい?」

「万物に対する高位の存在です。人間と精霊達を導く、特別な存在」

「特別な存在か。確かに俺もジョカも明らかに他より特別・・だね」

「そうでしょう! ふふふ!」


 ジョカは無邪気に笑っている。

 自らを神と称す事に、悪意の欠片も無い。心底から人を導こうと考えている。

 まさに、星に選ばれた『神』だ。


「×●ァ●△だね。あたしの国にも似たようなのがあったよ」


 意識内でリオが呟いた。

 単語は当然違うが、リオの世界にも神への信仰はあったのだ。

 ルイは、「この神という概念は、別の世界にも広く一般的に存在するのだろう」と察する。


「……なるほど。そういうものかもしれないね」




 ◇




「ルイ、我と一緒に皆を導きましょう!」


 というジョカの誘いに乗り、ルイとリオはしばらくこの地方で生活すると決めた。

 ジョカには毒霧の適正は無い。それはすぐに分かった。

 しかし、ジョカの元には多くの人や精霊が集まって来る。

 霧に適正がある者も、いつか現れるかもしれない。



 ルイもその不思議な力により、ジョカと同じく『神』として扱われた。


 ジョカが治める地方の人々は、『ルイ』と上手く発音出来なかった。

 特に『ル』の部分で舌を動かせない。「フイ」や、無理矢理ルを言えても次に繋がらず「ルッキ」となってしまう。

 いっそ開き直って「フッキ」と呼ぶ者まで現れた。


「フッキですって。ねえフッキ。えへへ」


 ジョカは面白がり、ふざけて自分もフッキと呼ぶようになった。

 自分の部族内で付けられた名前を呼ぶ事で、その古風な乙女心を満たしていた側面もある。




 ◇




 そのまま、更に一万年もの時が経った。

 現在から数えると、約二万年昔。

 その間、毒霧の少女リオは一人で怒ったり笑ったり泣いたり、相変わらず不安定な精神のままであった。


 一方のルイは、ジョカとそれなりに楽しく暮らしている。


「フッキ。そなたはいつまでも若いですね。羨ましいです」

「そうかな? きみもずっと若いままだぞ」

「そなた程ではありません。ぷんっ」


 ジョカは少し拗ねてみせ、上目遣いでルイを睨んだ。

 出会った当時は外見十代中盤だったジョカも、今や十代後半程度に成長している。

 神と言えど、不老不死では無いのだ。


 しかし、ルイはずっと十三歳。

 少しずつ歳を取るジョカの隣で自分だけ若い姿でいるのは、何だか恨まれるような気がする。

 という訳で、言葉遣いだけは少しだけ大人びるようになった。


「そうだジョカ。ヨクモが今日の昼頃に到着するようだ」

「まあ。急いでお酒の用意をさせましょう」


 ジョカは慌てて信者達に命令を下しに行った。

 この時代の酒は、果物や樹液が自然に発酵したものを集めた、非常に希少で貴重なもの。

 そんな高級品で歓迎されるヨクモとは、ここより東の島に住む神の子だ。



 この一万年で、地球上には更に神々が増えた。


 光を操り、自らを蛇と太陽の化身と名乗る神。

 弁論を得意とし、知識を皆に分け与える神。

 雷を起こし、女性にだらしなく、子供をどんどん増やしている神。

 類まれなる美貌で民を導く女神。

 自分だけが唯一絶対の神であると豪語する神。


 他にも多くの神々。

 地球は他惑星の平均に比べ、『進化の先取り現象』が起こりやすい土壌だった。


 ルイとジョカは、そんな他地方の神々と連絡を取り合っている。

 決して協力関係などでは無いが、お互いの領域に必要以上に干渉しないよう、取り決めを作っているのだ。


 ……というのは、ジョカの考え。


 ルイとリオの目的は違う。

 干渉しないという取り決めを作る場を利用し、逆に多くの神々に会っている。

 そして、毒霧の適正者を探しているのだ。



 神は超能力を持つ。そして神の子や孫もまた超能力を持ち、やはり神と称された。

 様々な地域で、神とその一族による支配が始まっている。

 ただし超能力は、世代を重ねるごとに弱くなっている。

 あくまでも『進化の先取り』の副産物で、神本人に宿った超能力。子孫代々まで続くような、恒久の力では無いのだ。



 そんな『神の子孫」の一人である、ヨクモ少年。

 他地方の神には干渉しないというルールをこれっぽちも気にせず、足繁くルイの元へと遊びに来ている。


「やあルイにい。元気そうだのう」

「ヨクモ。長旅ご苦労様だったな」

「ああ。わざわざご苦労して来てやったんだ。酒や肉は無いのかのう?」


 ヨクモはそう言って地面へ寝そべった後、旅路について来た従者達へ「外で遊んでおれ」と解散させた。

 子供のわりに年寄りじみた口調。

 方言というわけでなく、生まれつきの気質だ。


 ヨクモはまだ十三歳の少年だった。外見だけならルイと同年代である。

 ルイが本当に十三歳だった頃は大人扱いされていたが、この時代の神々にとっての十三歳はまだ子供扱い。


 ヨクモは『進化の先取りで生まれた神』の孫だ。つまり本来の意味での神では無い。

 しかしヨクモの体に宿る神力エネルギーは、他の神々より突出して大きかった。

 進化の先取りとは関係ない、自然発生した超能力者。

 そこに祖父から受け継いだ超能力の欠片が掛け合わさり、強いエネルギーと化している。


 そしてこの少年は、ルイに殊更懐いていた。


「ルイ兄。今日は何を教えてくれるんかのう?」

「そうだな。獣に化ける術、雨を降らせる術、眠らせる術、他人の関心を余所に向ける術……獣に人の言葉を教える方法なんてのも」

「ほほう、そんなのがあるんか。そう言えば、最近狐などがよく喋っておるがのう……その獣に人の言葉云々の術を、どっかの神が使って遊んでるのかのう。ぜうす・・・とかが」

 

 ルイは、世界の神々が編み出した『技術』をヨクモに教えていた。

 神本人にしか使えぬ『力』は、流石のルイでも使えない。

 しかし、神々に宿る神力エネルギーを元に実現する『技術』ならば、ルイでも使えるし教える事も出来る。

 そしてヨクモは、それをすぐに体得する才能がある。


「うーん。他人の関心を余所に向ける術、ってのが気になるのう。最近は爺さんとかに、あまりフラフラするなと文句ばっかり言われての。五月蠅くてかなわんのだ」 

「そうか。ではそれにしようか」


 ルイは楽しそうにそう言って、希望された術をヨクモへ伝授する。

 理論、理屈、発動方法。ヨクモは要領が良く、同じ説明を二度する必要は無い。


 修行途中で、酒を持った部下を連れてジョカが戻って来た。

 ルイとヨクモの姿を見て、これまた楽しそうに笑う。



「ルイ。そろそろ良いんじゃないの? この子ならもしかして、兄ちゃんの霧を爆発させられるかもしれないよ」



 意識の中でリオが言った。

 いつもより濃い黒い霧が、目や口や切断された首の断面から湧き出ている。

 つい先程まで、また兄を思い出し憎しみの涙に暮れていたためだ。


「そうだな。そろそろ良いかもしれない」


 ルイは心でそう返事をし、ヨクモとジョカの顔を交互に見ながら、再び笑顔を作った。

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