-34話 『霧と神』

 ルイが黒い霧の空間から抜け、木の上で目覚めた時。

 部族の元に置いて来たはずの赤ん坊像を、何故か両手に抱えていた。


「……ふぅん」


 生来察しが良い上にテレパシーも使えるようになったルイ。像から漏れだす黒い念を感じ、あらかたの事情を理解した。


 黒い霧の亡者達は、この木像に憑りついているのだ。

 それにより木像自体が不思議な力を身に付けている。

 親であるルイの傍にやって来たのも、『力』の影響だろう。


 ルイが超能力に目覚めたおかげで、その現在位置を像が感知出来た。

 そこで像は霧のエネルギーを利用し瞬間移動。無事、持ち主と再会できた。

 と、流石のルイもそこまで細かい事は分からなかったが……とにかく、霧の仕業だというのは分かった。



 そして、ルイ自身にも影響が出ていた。


「何だろうね、この緑色のもやもやは」


 ルイの右手から緑色の霧が発生している。


 とにかくまずは木の上から降りよう、と枝を掴む。

 すると霧に触れた枝が、瞬時に腐り液状化した。

 支えを失ったルイはバランスを崩し落下しそうになる。踏ん張って耐えようと思えば耐えられたのだが、そのままわざと落ち、空中で身を捻り両足で無事に着地した。


「物騒な力を手に入れてしまったものだ」


 ルイは腕を振り回したり、指を開いたり閉じたりしてみた。しかし腕の動きと緑の霧の噴出量は特に連動していないらしい。


 次にルイは、右手に意識を集中し「出るな」と念じてみる。霧はあっさりと止まった。

 更に左手に意識を集中。「出ろ」と念じると、霧が左指先から噴射。

 もう一度右手に意識を集中。欲張って「たくさん出ろ」と念じてみると、右手の肘から先が丸ごと霧に変わってしまった。


「……狩りには使えそうだね」


 金も野望も存在しない時代。

 神第一号であるルイも、真っ先に考えるのは食べ物についてであった。




 ◇




 ルイが霧の術を会得してから、季節が一巡した。


「ルイ。あなた×ゥ〇◆〇の△×でも×●よ」

「まあまあ、良いじゃないかリオ。ただ溶かすだけでなく、色んな使い方をした方が楽しいだろ?」


 そう言ってルイは、緑色の尖った棒を投げた。

 棒はジェットエンジンのように霧を吹きながら飛び、河原で草を食べていた水牛の足に刺さる。

 水牛は毒気に当てられ気絶。その瞬間に棒は霧散した。

 仲間の水牛達は異変に気付き逃げ、河原には倒れた一匹のみが残る。


「これで明日まで食い物には困らないね」


 ルイは笑いながら放出した霧を固め、割れた薄い石のような原始的なナイフを作り、水牛を解体し始めた。

 呟いた「明日まで」という言葉の意味は、この巨体の獣をたった二日で食べきってしまう訳では無い。ルイ一人では無理だし、分け与える仲間もいない。

 ただ単純に腐ってしまうからである。満足な保存技術も無かった時代だ。

 食べ切れなかった分は放置し、他の獣に分け与える。



 食物事情はともかく。

 この一年でルイは、


 ①霧を発生させる

 ②霧で物を溶かす

 ③自分自身を霧に変える

 ④霧を神経性の毒と化す

 ⑤霧を固形化し武器を作る


 と、多くの技術を取得していた。


 誰に師事した訳でも無く、独力で生み出した技術。

 オーサがどんな技を使っていたのか、兄を恨んでいるリオは教えてくれなかったため、本当にルイ一人で全ての技を一から考案した。


 元持ち主であるオーサでさえも、三歳で力を自覚し十一歳になるまでの八年間で、③までしか取得していなかった。

 ルイは、オーサ本人以上に『オーサの力』の才能がある。

 力がルイの木像を選んだのは、まさに運命。


 ただリオは、神経毒や霧の固定化にあまり良い顔をしなかった。

 兄を憎んでこそいたが、兄がやっていなかった霧の使い方には複雑な心境なのである。


「●×ァ〇だけど×△ェ〇、ルイ」

「俺のやり方にも、そろそろ慣れておくれリオ。仲間を増やす事に、協力してあげようと言うんだからね」


 ルイは目を閉じ、意識の中でリオに微笑んだ。

 リオはそれ以上何も言わず、不機嫌そうな表情になり、体を引きずりながら張ってルイから離れて行った。



 この一年でリオは、ルイと同じ言語を多少話せるようになった。

 魂も無い、幽霊でさえも無い、思念だけの存在であるリオ。しかしルイのテレパシー能力、霧の魔力、そして『魔王の呪い』が複雑に作用し、偶然にも言語学習が可能となっていたのである。

 リオが話せるようになると、不思議と他の亡者達も地球の言葉を話せるようになっていた。喋るのはもっぱら「苦しい」だの「どうして僕だけが」だのと恨み言ばかりだったが。



 意識内で不貞腐れるリオの後姿を見届け、ルイは目を開けた。


「……さて」


 ルイは指先から黒い霧を出し、水牛の太い大腿骨を消した・・・

 この黒い霧は、緑の霧が持つ『溶かす』能力では無く、『消す』能力を持っている。

 先程の取得技リストに則るならば、


 ⑥黒い霧で物を消す


 といった所か。



 あれは、霧の力に目覚めてから約十ヶ月。

 初めて霧の固形化に成功した日の夜だった。

 眠っていたルイの意識内に巨大な黒い化け物が現れた。ルイは、その首の長い化け物が『霧の力の集合体』であると察する。

 しばらく無言で睨み合った後、ふとルイが目覚めると、黒い霧を発動できるようになっていたのである。


 オーサは心の動揺から黒い霧を発動させ、そのまま制御出来ずに宇宙全てを消してしまった。

 それに比べ、まだ規模こそ小さいとはいえ黒い霧をきちんと制御して発動しているルイは、やはりオーサ以上の才能があったと言える。


「それ×△×ァ×●ガ〇×……△ァ×」


 ルイの黒い霧を見て、リオは恐怖と喜びが入り混じる表情になった。


 ここでようやくリオは、自身の『死んだ理由』……つまり兄の事件をルイに語った。

 そして「私達だけが苦しむのは許さない。もっと仲間を増やしたい」とも。

 八つ当たり気味な怨みの思いは、リオだけでなく、霧の中にいる亡者達全てから感じ取る事が出来た。


「ならば俺も、リオ達の仲間を増やすのに協力してあげるよ」

「〇×ルイ×ェ×△……でも〇ァ△●?」

「ああ。その代り、この霧の力をもっと研究させて貰うよ」


 そんな約束を交わしながらも、亡者達の「仲間を増やしたい」という想いについて、ルイは違和感を覚えた。


 確かに、そんな長い間亡者として苦しんでいれば、八つ当たりをしたくもなるだろう。

 しかし何かがおかしい。

 理屈では無い。

 テレパシーに流れ込んでくるリオ達の思念。そこに『別の誰かの意思』を感じるのだ。


 察しの良いルイは勘付く。


「おそらく長い旅路の途中で、霧の力を利用しようとする『何者か』が現れたのだろう。そしてリオ達は、それを忘れている」


 ただしルイにとって、そんな過去はどうでも良い。

 何故ならばルイもまた、霧の力を利用しようとする『何者か』であるのだから。


 ルイが一番興味のある事。

 それはリオ達が『暴走した黒い霧』に巻き込まれたせいで、今の状況になってしまったという事実。

 黒い霧の中に取り込まれたせいで、



「別の世界を旅している」



 勿論、ルイ自身が霧の亡者になるつもりは毛頭無いが。




 ◇




 それから、約二万年が経った。


 ルイはいつまでも若いまま。

 神なので寿命は長い。だがそれを差っ引いても、未だに十代そこそこの容姿であるのはおかしい。

 しかもルイは神様第一号であるため、後世の神々より超能力が弱く、そこまで長生きでは無いはずだ。


 それでも未だに若いのは、霧の力のおかげであった。


「この霧には、いつまでも若くいられる作用があるみたいだね」

「へえ……そう言えば兄ちゃんも、同世代の誰よりも小さかったけど」


 この頃になると、リオや亡者達は完全に地球の言葉を喋れるようになっていた。


 ちなみにオーサは三歳で力に目覚めたが、外見の成長が止まったのは八歳になってからだった。

 一方ルイは、像を彫った十三歳の時点で成長が止まっている。


「歳をとらないってのも考え物だね。同じ場所には長く住めない」


 ルイは様々な地域を旅していた。

 余所者にも寛大な部族を見つけると、狩った肉を手土産にして交流を持つ。

 しかし十年そこそこで世代が入れ替わる時代。ずっと交流し続けていれば、変わらぬ見た目を気味悪がられる。

 ルイはある程度の期間が経つと、部族から抜けていた。



 そんな生活を繰り返していた、ある日。

 新たな狩場を求めて彷徨っている部族と出くわし、少しの間だけ道中を共にした。

 その部族の長老が言っていた。


「あっちの山の、向こうの、それまた向こうの山。大きな一族、いる。精霊、人間に、宿って、不思議な力、使ってた」

「精霊が人間に……ね」


 長老の言葉に興味が沸き、ルイは『あっちの山の向こうのそれまた向こう』へ行ってみる事にした。


「そのセーレーって人間なら、霧の力を爆発させられるかもしれないね!」

「そうだねリオ。ふふっ」


 ルイとリオは、『黒い霧の力』を宇宙中に拡散できる人材を探していた。

 本当はルイこそがその人材であるのだが……ルイは、「俺はこれ以上、霧の力を引き出せないようだ」と嘘をついている。

 オーサの二の轍を踏む訳にはいかないのだ。

 あくまでもルイ自身は無傷で『他の世界』に到達しなければならない。



 数日歩き、目的の場所に近づいた。

 それは現在で言う所の中国東部にある、低い山だった。


「ふもとで火を焚いている人達が、件の部族ではないかな?」

「そうかも。ルイ、早く! 早く行ってみて!」


 そこにいる部族は、当時にしては最先端の宗教観を持ち合わせていた。

 火や水や土には精霊が宿っており、自然の営みを巡らせている……と、そこまでは現生人類のみならず旧人類にもあった観念だ。


 その精霊達と会話出来る『巫女』の存在。

 そしてその巫女自身が、

 

「我は神。我こそが世界」


 と名乗っている部分。

 ここが、今までには無い宗教観念であった。


「我はジョカ。全ての者は、このジョカのしもべとなりなさい」


 流暢な言葉遣い。

 頭頂や口元の形が、ルイと同じように現代人並。

 当時はアジア人でも浅黒い肌が多かったのに対し、新雪のような白い肌。


 それはルイが初めて見た仲間・・だった。

 二万年の期間を経て生まれた兄弟。と言っても別に血が繋がっている訳ではない。

 ルイと同じく、星に選ばれ『進化の先取り現象』で誕生した者。



 端的に述べると、新しい神様だ。

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