130話 『姉をお呼び出しします』

「テルちゃん大丈夫!? えええ、莉羅ちゃんまで誘拐されてたの!? 二人とも平気? 怪我してない? 汚されてない?」

「大丈夫、無事ですよ」

「……汚される、って……何を?」

「それは気にしないで莉羅ちゃん!」


 そう話しながらも、ドンという破壊音を鳴らす。

 部屋に乱入した桜は、弟妹の体を気遣いながらも、ダメ押しで壁や障子を更に破壊し続けていた。

 叩き割り、砕き、超能力の炎で焼く。

 しかし部屋の主であるルイ老人は怒るわけでも無く、


「元気で宜しいな。ははは」


 と、笑いながら見ている。


 騒々しい音を聞きつけ、屋敷の殺し屋達が集まってきた。

 だがルイ老人は右手を挙げ皆を制し、手出しをさせないようにする。


 障子を全て消し炭にした桜は、一旦破壊活動を休止。

 テルミと莉羅を抱き寄せながら、ルイ老人を睨み付けた。


「しっかし、謎の電話主が言ってた通りテルちゃんが誘拐されてたなんて! 聞いてなかったけど莉羅ちゃんも!」


 謎の電話とは勿論、莉羅の手回しだ。




 順を追って述べると。

 妖怪屋敷で遊んでいた莉羅達の元へ、赤鬼の鬼華が慌ててやって来た。

 毒霧翁がテルミを誘拐した。と、偵察小鬼からの緊急報告が入ったのだ。


「大変でありんすワン!」

「今すぐ助けに行くのれす!」


 気合いを入れるチャカ子とレン。

 だが鬼華は二人の首根っこを掴んで止める。


「待ちなチャカ子。私らは毒霧翁に手を出しちゃダメだよ」

「ぐぬ……」


 と不満気な妖怪達を安心させるように、莉羅が、


「……りらが、助けにいく……から」


 と無表情な顔で勇ましい言葉を口にした。


 そして莉羅は、頭の中で具体的な計画を立てる。

 やはり桜に助けを求めるのが一番……だが、そのケースにも懸念はある。

 大切な弟が誘拐されたと知ったら、桜の『力』がますます不安定になってしまうだろう。

 それもただの誘拐犯なら問題無いのだが、相手は不完全とは言えグロリオサの力を持った者。出来れば衝突させたくない。


 一番良いのは、莉羅一人がテレポートでちょちょいと誘拐監禁現場へ赴き、ちょちょいと兄を救い出して即逃げる事。

 しかし九蘭琉衣衛の実力ならば、テレポートやテレパシーを阻害する毒のバリアを張っている可能性もある。


 そこで一旦、千里眼で現場を偵察。

 前後左右上下確認、バリア無しヨシ。KY危険予知ヨシ。


「……いけ、る……!」


 結構無謀な作戦であるが、莉羅は小学生特有の万能感で決行してしまった。

 まずはテレポートするための魔力調達。

 莉羅は、部屋の隅に話しかける。


「お爺さん……魔力、化して……ね」

「おお、別に良いがのう……相変わらず、お前さんにはすぐ見つけられてしまうのう」


 そこには、後ろ髪が長い青年――東山道妖怪大将のぬらりひょんが寝転んでいた。

 他の妖怪達はぬらりひょんの姿を捉えられないので、あたかも莉羅が独り言を呟いているように見える。

 だが今はそれを説明している暇は無く、莉羅は急いで兄の元へ移動した。


 そして霧の中で兄を見つけたまでは良いが……案の定、老人に見つかりバリア発生。逃げ場が無くなった。という経緯だ。


 だが莉羅も、それを想定しなかったわけではない。

 最後の手段として、姉を呼び出す手筈も整えていたのだ。

 本当は好ましくないのだが、背に腹は代えられぬ。


 それでその手筈とは、


「チャカ子、ちゃん……三十分経っても、りらが……何も、連絡をよこさなかったら……携帯を使わず、公衆電話から……ここに、電話して……こう言って……」



『もしもしでありんすワン。えっとねえ……テルミーはあずかった。かえしてほしくば、くらんのおうちにきてください。いじょう、れんらくおわり』

『は? 何? え? 誰?』


 一方的に伝え、一方的に切る。電話の相手は勿論、桜。

 これで桜を召喚したのである。




 そのような経緯で、桜は一応ヒーロースーツに着替えて助けに来た。

 後は老人や殺し屋達をけん制しつつ、平和的にこの場から逃げ出すのみ……とは、いかない。


「男子高校生と女子小学生をかどわかして……明日葬式を挙げる覚悟と準備は出来てるんでしょうねえ!」


 莉羅の思惑を余所に、この女ヒーローは闘志をむき出しにしていた。


「そこのお爺ちゃん。以前は逃がしてあげたけど、今回ばかりは許してあげないわよ?」

「ふむ。許さぬならば、どうするのかな?」

「あんたら組織の奴ら全員、このさっき燃やした障子みたいに、消し炭にしてあげる。霧になって逃げても無駄よ。分子レベルで粉砕しちゃうから」


 ヒーローマスクの下でそう言って、ギャラリーと化している殺し屋達を見回す。

 挑発された殺し屋達は、憤慨したり、怖がったり。どちらかというと後者が多い。


「姉さ……いえ、キルシュリーパーさん。冷静になってください」


 テルミがなだめるが、桜は、


「そうね。冷静沈着に素早く最小限の動きで、こいつらを退治するわ。安心しなさい輝実」


 冷ややかな微笑みで、弟の頭を撫でた。

 その静かだが張りつめた気に当てられ、若い殺し屋数人はそろりそろりと逃げ出そうとする。

 だが桜は彼らを一睨みし、念動力サイコキネシスで足を動けなくした。


 殺し屋達はますます恐怖に支配される。

 しかし、そのトップたる老人は未だ落ち着き払っていた。


「ルイ! ルイ! 何やってるの。あいつらなんか、さっさとやっつけてよ!」

「おやリオ、正気に戻ったようだね」


 ルイ老人の意識へ、霧の少女リオが話しかけてきた。

 混乱は多少収まったようだが、憎しみの心は溶けていない。

 莉羅のおかげで大魔王の呪いに気付いたが、それでもなお呪いによる憎悪を自ら受け入れ、支配されている。


 老人が対峙しているのは、霧の力の中核である竜でさえも敵わなかったヒーロー。

 だがリオは、そのような事はお構いなしに老人を焚きつけた。怒りに状況が分からなくなっている。


 ルイ老人は「子供達は血気盛んで羨ましいよ」と笑いながら、毒霧を固め黒い紐を作り出した。

 和服の袖をまくり上げ、霧の紐で縛り、たすき掛けにする。


「このジジイが、大魔王とやらにどこまで通用するか分からぬが……まあ、やれるだけやってみるかね」


 その言葉とは裏腹に、老人は自信ありげに佇んでいた。 

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