126話 『弟とNINJAクイズ、正解者には豪華賞品プレゼント』

 身体の色々な所を触られながらも、姉のセクハラ武術からなんとか抜け出すことが出来たテルミ。

 湯船に浸かり、疲れを癒そうとしていた。


 しかし、


「……姉さん、狭いです」

「やだテルちゃんったら! そのセリフ、何だか卑猥!」


 例によってまた、姉が風呂場へ乱入してきた。

 桜も湯船へ入り、足を伸ばしていたテルミのふとももに腰を下ろす。

 姉弟で密着し向かい合い、姉だけが弟の背へ手を回し抱きしめた。


「さっきは奥義の練習で、服の上からテルちゃんを触りまくってたけどさー。それだけじゃバランス悪いから、素肌も触りまくろうと思ってやって来たの」

「それで一体、何のバランスが取れると言うのですか」

「もー怒らないでテルちゃん。ほらほらあたしのも触って良いから~」


 桜はますます密着し、その柔らかな感触を全身で弟に感じさせる。


「姉さん……」

「その分、あたしももっと触っちゃうけど」

「あの……」

「慌てちゃ、ダメよ?」


 桜は、テルミの背に回していた右手を、徐々に下へと移動させる。

 肌をこする、淫靡なマッサージ。

 桜の手は、背から腰、そして更に下を刺激していく。


 如何に実の姉とは言え、桜は絶世の美女。

 ここまでされれば、男子高校生に逆らう術は無い。

 口では拒んでも、肢体はその欲望へ素直になり……



 と、桜はそんな展開を希望していたのだが。



「ぶくぶくぶく」

「て、テルちゃん!?」


 テルミは桜を乗せたまま腰を奥へと滑らせ、仰向けに寝転ぶような体勢になり、そのまま湯船に沈んで行った。


「ちょっとテルちゃん! 溺れるわよ、何やってんの!」

「す、すびません……ええと、何の話でしたっけ……」


 度重なるセクハラで疲れの限界に到達。更にゆっくりねっちりしたマッサージを受けたことで、居眠りしてしまったのだ。


「……今日は早く寝よっか。テルちゃん」

「……? ええと、はい。そうですね」


 ちなみに風呂から上がった後も、ベッドの中まで姉が押し掛けて来たのだが……テルミはそれにも気付かずグッスリ眠ったので、貞操は無事。あしからず。




 ◇




「ルイ。ルイ。ねえ、まだ生きてる?」

「残念ながら、お前さんのせいで死ねぬ身になっておってね」

「そう。良かった」


 九蘭家の屋敷。

 家長いえおさである白髪の老人、琉衣衛るいえの部屋。

 正座で瞑想中だった琉衣衛の意識へ、一人の少女が入り込んで来た。


 その少女は胴と首が分かれており、左手で自分の頭を持っている。

 両足の膝から先が無い。右手と腰の力だけで、地面を這いずっていた。

 そして目や口、首と足の切断面など、体中の穴から黒い霧を漏らしている。


「初夏以来か、久しいなリオ。百合のはどうだった?」

「うん……何とか暴走して、仲間を沢山作れそうになれたけど……でも、ダメだった」


 リオ――オーサの妹は、光を一切放たぬ目を見開き、漆黒の霧を涙腺から発生させる。


「ユリの霧は『範囲が広いけど、薄い』……ルイ、あなたの『濃いけど、範囲が狭い』のよりは、将来性があるけど」

「そうか。何にせよ百合はまだ成長途中。暴走させるのは早計だったな」

「……勝手に暴走したんだもん」


 左手に持つ生首が膨れっ面になった。耳の穴から霧が上がる。


「でね、ユリは暴走がキッカケで、最近本気の恋・・・・とかをし始めちゃったの。それが……あたしの癇に障る……だからルイの所に一旦戻って来た」

「恋。二十半ばを過ぎて遅い目覚めではあるが、それも大いに結構ではないか。その経験もきっと霧の成長に繋がるだろうさ」


 小さく穏やかに微笑む老人。

 しかしリオはますます膨れる。首さえ切れていなければ、歳相応の表情に見えただろう。


「……分かってる。だから『一旦』戻って来ただけ……それに、ルイに伝えておきたい事もあって」

「何だね、言ってごらん」

「暴走したユリを助けに来た二人組……ルイの子孫についてなんだけど」

「テルミくんと莉羅くんか」


 老人は、子孫二人の顔を思い浮かべた。



 特に莉羅。

 琉衣衛は、あの小学生女子に対しては今までさほど気にしていなかった。

 彼女が生まれてすぐ密かに確認したグロリオサ適正検査では、全くの見込み無し。

 学校の成績、運動、全て並。交友関係は、言葉下手なせいで友人はあまり多く無いが、それでも普通の範疇。

 真奥家でたまに顔を合わせても、不愛想に挨拶をしてそそくさと逃げていく。



 そんな莉羅が、何故かテルミを引き連れて『グロリオサの霧』の中に入って来た。

 どうやら彼女にも、何かしらの能力が備わっているようだが……



 だがリオが興味を持ったのは、莉羅では無いらしい。


「あの、男の子」

「……テルミくんか」

「うん。あの子もルイやユリと同じように……仲間を増やすための生贄になれるかも」

「あの子が?」


 生贄とはつまり、グロリオサの霧を高度に・・・使いこなせる能力者。

 テルミにも霧使いとしての才能がある。と、リオは言っているのだ。


「しかしお前さんは忘れているやも知れぬが、テルミくんが赤子の頃に一度確認した際は、『グロリオサへの適正はほぼ無し』という結果だったのだがね」

「知ってる。でもあの頃に比べて、体質が変わっちゃってるよ。何か大きな力に触れ続けているのかな……そのせいで、ちょっと疲れやすくもなってるみたいだけど」

「ふむ……なるほどな」


 リオの考察は正しかった。

 それはまさに、桜が持つ魔力の影響。

 そして最近のテルミは九州の神社で倒れたり、風呂で居眠りし溺れかけたりと、若干疲労が溜まりやすくもなっている……のかどうかは判断が難しい。姉からのセクハラが原因だという見方もある。


「とにかく一度わしも確認してみよう」

「頼むね、ルイ」


 そう言ってリオは右手に力を入れ、地面を這って方向転換し、ほふく前進を始めた。

 琉衣衛の意識の片隅へと行き、そこで待機しておくためだ。

 黒い霧をまき散らしながら、懸命に移動する。


 しかし十数秒ほど這った後に「あ……忘れてた」と呟き、前進を中断し、左手に持つ顔を琉衣衛の方へと向けた。


「あとね。ユリが暴走してから、『兄ちゃんのドラゴン』の様子が変なの」


 ドラゴンとは、数多の怨念を吸収し意思を持ってしまった霧が、巨大生物を象ったもの。

 オーサ達が住んでいた世界にはドラゴンという概念さえ無かったのだが、地球に来て琉衣衛から「似ている」と教えて貰い、それから『兄ちゃんのドラゴン』と呼び始めた。


「ほほう、変とは?」

「なんだかずっと興奮してて。怒ってるような、怖がってるような」


 ドラゴンは、グロリオサの力そのもの。

 霧の中に怨念として住んでいるリオ達には、ドラゴンの感情が伝わってくる。


「あの、仮面の女と戦ったせいだよ。多分」

「空手少女ガールか」


 ずっと瞑想中であった琉衣衛は、ここで目を開いた。

 すぐ傍にある、木彫りの赤ん坊像をじっと見つめる。


「……桜くんの事も、そろそろ見過ごせなくなってきたようだな」




 ◇




 翌日。土曜。


 莉羅は早朝から友達の元へ遊びに行った。

 桜は部屋でゴロゴロ。

 そしてテルミは先日の「料理を教える」という約束通り、清掃部顧問教師である九蘭百合が住むアパートへ。



 この『男子生徒テルミが女教師の部屋に行く』という少女漫画ないしレディコミ的イベントに、莉羅は気付いていない。テルミと百合が約束を交わした時、ラジオごっこに夢中で千里眼監視を怠っていたためだ。

 が、しかし。桜は地獄耳なため、とっくに気付いている。 

 気付いていながらも、テルミと百合の邪魔をするような真似は一切していない。


 その理由は二つ。

 一つ目は、「あのチンチクリンな子供先生相手に、テルちゃんが不祥事を起こすはずが無い」と信じ切っているため。

 二つ目は、


「おぉおおおはよう! ございまぁあああ”あ! テルミさまああ!」


 と、応援団のように挨拶を叫ぶ女子高生。

 そしてその周りにいる、


「え、えへへ……テルミくん、おはようございますぅ……」

「あー、来た来たーテルミさまー」

「テルミさまの手料理楽しみかも。ケーキケーキケーキ!」


 柊木いずなや蕪名かぶな鈴たち、生徒会メンバー。

 彼女達はいずなから話を聞き、「ならば自分達も一緒に」と提案し同行しているのである。

 こんなに生徒がいるので間違いも起きようが無い、という訳で桜は安心して家でゴロゴロしている。


「おはようございます先輩たち。今日は僕と一緒に、九蘭先生に料理を教えて頂けるそうで」

「でもでもでも、私は料理できないから味見専門かも」

「そうですとも! 味見係は私達にお任せあれ! ですよ!」


 と、おこぼれに与ろうとする女性徒達。

 タッパーも持参だ。


 そんな女生徒達を「しょーがないなー」と笑って見ながら、蕪名鈴がゆったりとした口調でテルミに話しかける。


「いやー。柊木ちゃんのピンチだって言うから、駆け付けて来たんだよー」

「いずなさんの? いえ、今日は九蘭先生の……」

「あー! わー! ひええー!」


 鈴の言葉を誤魔化すように、いずなが奇声を上げて両腕を振り回した。

 テルミには言えないが、彼女達が今日来た最大の理由は、


『九蘭教諭が、いずなの恋路の障害になるかもしれない。偵察、及び妨害せよ!』


 なのである。一部生徒は味見が主目的に置き換わっているが。

 そんな秘密の目的をうっかり明かされそうになり、いずなは慌てている。


「わー! わー! ちちちちちち、違いますぅ! べべべ別に、テルミくんが先生の部屋で二人きりになるのがアレだからソレだなんて思ってたりはしてなくていやあの、わわ、私ってばうわーうわー」

「……? お、落ち着いてください」


 テルミはいずなの手を取り、なだめた。

 いずなは「うひゅぅ」と顔を真っ赤にし、静かになる。


「あー、そうだったそうだったー。ごめーん。テルミさま、今のは『柊木ちゃんのピンチ』じゃなくて『チビっ子先生の~』の間違いでーす」


 鈴は「てへぺろー」と言いながら、テルミの肩を軽く叩いた。

 そうやって気軽にテルミへタッチする鈴を見て、これはこれで危機感を覚えてしまういずな。

 そして他の生徒達は、


「早く早く早く! 味見……じゃなかった、先生のトコ行こうよ」

「そうですね! 早く味見しましょう!」


 とラブコメはそっちのけ。

 何事も食欲が優先するお年頃でもある。

 食いしん坊の彼女らは、テルミの腕を引っ張って歩き出した。



 女子に囲まれて町を練り歩く男子。などと、すれ違う人々からひんしゅくを買いそうな状況。

 だが今日のテルミは、桜が選んだふわふわコーデ。姉の趣味が反映されており、メンズファッションなのにギリギリ女性ものにも見えてしまうセレクト。

 そこにテルミの女性的な容姿が組み合わさり、遠目からだと『女の子だけの集団』に見えている。


 なので、好色な視線は感じても、嫉妬や憎しみの視線を注がれるのは回避出来ていた。

 これは桜の計算通り……という訳では無い。桜の性癖が招いてくれた、思わぬ恩恵である。



「急ぎましょうっ! テルミさま!」

「味見味見味見!」

「はい……あの先輩。あまり慌てては危ないですよ」


 そんな女の子達(外見)のキャッキャウフフで平和な行脚。

 だが、



「あいや、待たれええい!」



 と、後方から時代錯誤な叫びを突然浴びせられた。

 その言葉に皆が振り返ると同時に、白煙がもうもうと立ち上がる。

 そして、


「……え?」

「おお!?」

「うわあ、何何何?」

「わっ、こ、怖いぃ……テルミくぅん……」

「はー誰ー忍者ー?」


 突如ドロンと現れた、黒づくめの男。

 身体は黒いタイツスーツ。その上から肩、膝、肘、胸に黒いプロテクター。

 そして顔全体を覆う黒い布から、目だけを出したコスチューム。

 額には鉄板入りの鉢がね。


 そんな現代風忍者といった風貌の男。

 彼は胸を反らして息を吸い、大声で叫んだ。


「うおおおおぉおおッッ! いくぞおおおおお! 正解者には豪華賞品! パリ、七泊八日の旅プレゼントォォオ! んんん~……………」


 忍者は唸りながら再度息を吸い、それを一気に解放する。


「NINJAクーーーーイズッ!」

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