125話 『姉弟夜のお稽古』

「今日はテルちゃんと莉羅ちゃんに、心眼流亜系真奥派の奥義を教えようと思いまーす。超必殺技伝授!」


 道場の板張り床にテルミと莉羅を正座させ、桜は腕を組み胸を反らして偉そうに言った。


「うちにも、奥義なんてものがあったのですね」

「わーい……必ず、殺す技……だー」


 弟妹は期待に目を輝かす。

 桜は普段だらしなくワガママで横暴だが、何だかんだ言っても、その強さには武術家として尊敬すべき所があるのだ。


「試しにテルちゃんに技をかけてみるから、立って構えなさい」

「はい」


 テルミは言われるがまま立ち上がり……気付くと、姉が自分を抱きしめていた。

 桜は音も無く、気配を完全に消し、一瞬のうちに弟へと近づき両手を胴に回したのだ。

 そして……


「かぷっ」

「……うぅぁ!?」


 桜は左手で弟の尻を撫で回しつつ、口で弟の耳たぶを甘噛みし、右手を弟の道着の隙間へ入れた。

 突然のセクハラトリプル攻撃に、テルミはなすすべも無く座り込む。


「だらしないわよテルちゃん!」

「ね、姉さんやめ……」


 桜は追い打ちでテルミを押し倒し、首筋を強く吸いキスマークを付けた。

 テルミはじたばたと抵抗するが、桜が逃がすわけも無く、無茶苦茶にやられてしまう。

 パンツにまで手を掛けられそうになった、その時。

 唖然として見学していた莉羅が、ハッと気付いて立ち上がった。


「やめー……!」


 莉羅は桜の道着と髪を引っ張り、テルミから引き剥がした。

 桜は「あはははー。あー楽しい!」とたちの悪い笑い声をあげてる。

 解放されたテルミは息と衣服を整えながら、姉へ抗議した。


「姉さん、真面目にやってください」

「ええー。あたしはいつでも真面目なんだけど! 今のが必殺技なの!」


 桜は頬を膨らませる。

 その姉の腹を、莉羅がポコポコと叩いていた。


「それでね。さっきの押し倒してエロい事する必殺技は……」

「うわー……離し……て」


 と嫌がる妹を抱き上げながら、桜は一応・・真面目な表情に戻り、技の解説を始める。


「心眼流奥義、寝蛸起壺陰明ねたこおきつぼいんめいの型。淫にして歩を断ち、背を地につかせ、骨を断ち砕く。つまりエロい事して脱力、もしくは油断させて、急な寝技で骨を折ってやんぜ。って技ね」

「そんな変な技があるわけ……」

「でもあのまま続ければ、テルちゃんの背骨はバッキリボッキリ折れてたのよ」

「う……」


 確かにもし桜が敵であったら、あのまま簡単に殺されていたであろう。

 しかし、とは言え、やはり桜の言葉は疑わしい。


 テルミは道場の奥へと顔を向けた。そこには、呆れ顔で孫たちを見守っている祖父がいる。

 祖父は深く溜息を付き、渋々と頷いた。


「本当にあるんじゃよ、コレが……それも実戦では大体男同士でやるので、油断というよりもっとおぞましい何かで固まってしまうのじゃが……しかし恥ずかしくて、普通の神経してたらこんな技は使えんよ。まあお前たちの母親は父親に……いや何でも無い」


 余計な事を言いかけて祖父は口をつぐんだ。が、テルミは何となく察した。

 きっと母は若い時分、父にこの技をかけてセクハラ三昧していたのだろう。

 ちょうど今、桜が弟にしたように。


「もう一回やろっと。莉羅ちゃんを床に降ろして、からの~……オラッ、脱ぎなさいテルちゃん!」

「姉さん!」

「やめー……!」


 ちょうど今、桜が弟にしているように。

 しかしテルミが本気で嫌がってきたので、桜は多少の手加減を加え、上半身をはだけさせるだけで勘弁してあげた。

 弟の襟を掴んだまま、桜は不敵に笑う。


「でもね、テルちゃん莉羅ちゃん。この技はここからが肝心なの」

「こ、この先があるのですか? 背骨を折るのでは無く?」

「背骨を折った、その後よ。とりあえず背骨折れた演技してみて、テルちゃん」

「は、はい」


 テルミは若干恥ずかしがりながら、身体をしゃちほこのように反らせ、


「ああ、せ、背骨がー!」


 と、痛がる演技をした。

 それを見た桜は、腕組みをして深く頷く。


「うん。可愛い! じゃあ今日はこれで解散!」

「……えっ? あの、姉さん。技の続きは」

「だから、敵は『背骨が折れて痛いなー』ってなるのよ。それだけ」

「はあ……え? はあ……」


 つまり、桜はただ、テルミの逆エビ反りポーズが見たかっただけなのである。

 腑に落ちぬ顔のテルミ。

 そしてその隣で莉羅は、わざとらしく大きな溜息をついた。


「……付き合って、らんない……ね」

「あら莉羅ちゃんったら、何だか珍しく、中学生男子みたいな斜に構えた態度ね。第二次反抗期?」

「自立を求めて、反抗する程……ねーちゃんには、世話になって……無いし」


 反抗期相当の年齢ではあるのだが、今日はただ単に眠いだけである。昼間のラジオごっこをエンジョイし過ぎて疲れているのだ。

 莉羅は兄の道着を引っ張りながら、祖父を見た。


「……もう、帰って……いい?」

「そうじゃな。桜も言ってたし、もう終わるとするか」


 祖父が莉羅に賛同し、今日の練習はお開きとなった。

 莉羅は大きなあくびをし、祖父に連れられフラフラとした足取りで母屋に戻っていく。

 一方テルミは、道場の床を雑巾で磨き始めた。本日何度目になるのか分からない、日課の掃除~深夜道場編~である。


「テルちゃんも、よく飽きもせず掃除するわねー。偉いぞ~」


 桜はそう労いながらも、自分は何もせずただ弟の腰をじっくり眺めていた。

 そしてスッと手を伸ばし、


「修行のため、もう一回やっておこうかな?」

「……!」


 尻を撫で、足を撫で。

 力が抜けたテルミを床に寝転がせ、その上に乗った。


「姉さん……!」


 テルミは今度こそ説教しようと思ったが、


「……むぐ」


 顔に、桜の豊かで柔らかな胸が覆い被さる。そのせいで呼吸が困難に。

 そして更なる、執拗なお触り攻撃。

 怒る場合では無くなった。ただ弱弱しくもがき、逃げるだけで精一杯。


「ね、姉さん。本当に、洒落になっていませんから……」

「あーほらもう、テルちゃんったら。我慢せずにお姉様にも同じことして良いのよ? ね? 今は二人きりなんだよ?」

「遠慮しておきます……」


 必殺技の威力を体験し、テルミは疲れ果て、ついには抵抗する力も残らなくなった。

 この威力。なんとも恐るべき奥義である。

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