121話 『姉弟妹(きょうだい)3人+1、家に帰るまでが遠足です編』

 其の百七。



「ゲーヒョ、ゲヒョゲヒョォー(笑い声)! 世界は頂いたゲヒョ!」


 などと、埼玉のスーパーなアリーナ……に似ている建物の前で、変な生物が喚きだした。


「この悪の組織ピョッカーが大幹部、メカ・タコゾンビ様がー! 世を混乱に陥れるゲーッヒョヒョヒョ!」


 メカ・タコゾンビ様は怪人である。


 頭がタコで、身体が人間の形。

 メカという名の通り、全身が金属。

 わざとらしく所々塗装が剥げており、ゾンビっぽさも演出している。

 まさに悪の怪人。


「ゲヒョー! 貴様ら人間はピョッカーの支配下に置かれるのゲヒョ! 男は奴隷、女も奴隷! 可愛い女の子だけは見逃してやるけど、『美少女はオシッコをしてはいけない法律』を可決して公衆の面前で漏れさせるゲヒョー!」


 漆黒の墨を口から吐き撒き散らす、メカ・タコゾンビ様。


「な、なんて酷い怪人なんだ!」

「うわー!」


 逃げ惑う人々の顔も、墨で真っ黒に染まっている。

 だが、そんな混乱の中、


「待て! ピョッカーの怪人め! 貴様らの好き勝手にはさせんぞ!」


 堂々と口上を述べつつ、バイクに乗って颯爽と現れたるは正義のヒーロー。

 全身スーツと仮面姿。腰にはゴッツイ玩具みたいなベルト。

 これでもかって程に正義のヒーローである。


 ライバルの登場に、メカ・タコゾンビ様はますます墨を吐く。


「ゲーヒョヒョヒョ。現れおったゲヒョな青年ライダーV3。飛んで火に入る夏の虫とは、まさにお前の事ゲヒョー!」

「生意気にコトワザなど使って……許さん、成敗してくれる! 怪人め! 行くぞ、フォームチェンジ!」


 ヒーローはカッコイイポーズをし、腰のベルトバックルに差さっているスティック状のアイテムを引き抜いた。

 そしてポケットから取り出した別のスティックを代わりに差す。


「――説明しよう! 青年ライダーV3は、腰の変身ベルトに三本の青年スティックを差す事で、三つの力を一つにした特殊形態へフォームチェ」

「隙ありゲヒョー!」

「うぐあああっ!」


 ヒーローが自分自身で解説している、その途中。

 メカ・タコゾンビ様は、遠慮なくヒーローを殴り倒した。


「き、貴様……なんと卑劣な……!」

「いや、お前が隙だらけなのが悪いゲヒョ。パワーアップするならさっさとやれば良いのに、どうして無駄なポーズとかやったんゲヒョ?」

「く……無念……!」


 うつ伏せに倒れ、歯ぎしりをするヒーロー。

 そのダメージは、『身内の大切な人とかを攻撃されたら、怒りのパワーで再び動き出せる』というヒーローモノでありがちな程度の傷だ。

 だがメカ・タコゾンビ様はそのダメージレベルを充分推し量っているため、ヒーローの身内に手を出したりはしない。

 メカ・タコゾンビ様は組織の大幹部なだけあって、思慮深いのだ。学歴も高い。


「ゲーヒョヒョヒョ。青年ライダーV3よ! 今から起こる恐ろしい闇の侵略を、惨めに這いつくばったまま、じっくり見物しているが良いゲヒョ! ゲヒョーヒョヒョヒョ!」

「うぐ……!」


 メカ・タコゾンビ様はヒーローを見下ろしながら、小さな壺からこれまた小さな『何かの破片』を取り出した。

 縦幅約二十ミリ、横幅約十五ミリ。

 全体的に丸みを帯びている。

 ピンクの地に、小さな白いハート型の飾りが一つ。

 

 そんな謎の破片を手の吸盤に乗せ、メカ・タコゾンビ様はゲヒョゲヒョ高笑い。


「このメカ・タコゾンビ様が、ピョッカーに伝わる魔神召喚の儀で呼び寄せた……オーパーツだゲヒョ! ゲッヒョヒョヒョ! 見るゲヒョ。オーパーツの禍々しさを、淫靡な輝きを! このオーパーツに人間どもの悲しみを喰らわせれば、邪悪なる大魔神が復活するんゲヒョー! 多分」

「だ、大魔神……!?」

「ゲッヒョヒョヒョ。そんな事言ってる間に、オーパーツがピクピクと動きだしたゲヒョ! 青年ライダーV3、お前の嘆きが最後の一押しになったようゲヒョぬぁ!」

「ぐぐっ……ちくしょう!」


 だがメカ・タコゾンビ様の推察は間違いである。

 ピンクの破片が動き出したのは、悲しみなどとは関係ない。

 ただ単に、偶然この瞬間、『百七番目』の順が回ってきただけだ。


「誰が邪悪な魔神ですって? ジメっとしててキモイ手で触れないで!」

「げ、ゲヒョおおっっ!?」


 ピンクの破片……真奥桜の肉体の一部は突然浮かび、怒り任せにメカ・タコゾンビ様の横っ面に体当たりした。

 メカ・タコゾンビ様は吹き飛び、埼玉のアリーナ的な建物の壁に激突する。


「な、なぜゲヒョ……大魔神様……」

「魔神じゃないって言ってるでしょ。それより、これ以上壁にめり込みたくなければ、さっさとあたしを元の宇宙に返して頂戴」


 桜は莉羅のテレパシーで、メカ・タコゾンビ様に脅しをかけた。

 メカ・タコゾンビ様は突然のこの状況をハッキリ理解出来ないながらも、魔神云々の言い伝えが真実では無かったのだと察し、絶望に顔を歪ませる。


「そ、そんな……魔神様…………ああぁ~ダメダメ。ダメージ大きすぎて爆発するぅゲヒョ……」

「爆発って、急に何でよ?」

「怪人は肉体の損傷が激しいと、爆発四散するんゲヒョ。それは危険で美しい散り様……火薬、ニトロ、レーザービーム付きのダイナマイト。お前の心をわし掴み。エニタイム……これ、怪人の常識ゲヒョ」

「知らないわよそんなの」

「ゲヒョッ」


 桜はイラっとして、もう一度メカ・タコゾンビ様の頬を殴った。


「ゲ、ゲヒョ。爆発するぅ」

「分かった分かった。とにかく爆発する前に、あたしを元の場所に戻せっつてんの」

「や、ヤダ! バーカ! ゲヒョ!」

「何ですってぇ、このタコ野郎……」


 桜は三度目の暴力に訴えようとして、何とか思い止まった。

 ここでメカ・タコゾンビ様に爆発されては、元の世界に戻れなくなってしまう。


 ――しかし、こうも考えた。


 実の所、百七つ目のパーツはただの『付け爪ネイル』。小サイズショートチップだ。

 ここで回収出来ずとも、特に支障は無いのである。


「……タコ野郎!」

「ゲヒョー!」


 という訳で、やっぱり殴った。

 そしてメカ・タコゾンビ様は派手な花火となり、空に消えていった。


「あーあ。木っ端微塵になっちゃった……まあいっか。どうせネイルだし。ちょっと地味かなと思ってたヤツだし。気にせず新しいの買おーっと」

「りらにもー……りらにも、買ってー」

「良いわよ、莉羅ちゃんも頑張ってくれたし! お姉様大奮発! 父さんからガソリン代も貰うし!」


 こうして最後のパーツである、桜の左手のネイルチップは異世界に置いてけぼりとなった。

 ちなみにこの後、青年ライダーV3が桜の手柄を横取りし、一躍英雄となるのだが……どうでも良い話。


 最後の最後で失敗に終わったが。問題無し。

 とにかくこれで、転送陣騒動は解決したのであった。




 ◇




「にーちゃん……目……覚めた?」

「莉羅? ここは……」


 気付くとテルミは、車の助手席で眠っていた。

 シートをギリギリまで倒し、後の席にまで届いている。

 後部座席には莉羅がおり、心配そうに兄の顔を眺めていた。

 

『うどんを食べて、お腹いっぱいになったら寝ちゃうだなんて。テルミもまだまだ子供だな~あははは~』


 息子の苦労も知らず、スマホ画面越しの父が呑気に笑っている。

 車内のデジタル時計を見ると、ウサギのロン達に会いに行ってから三十分も経っていない。どうやら短い間だが、気絶して眠ってしまったようだ。


 テルミは苦笑いした後、自分の体の異変……と言うか改善を察知した。

 あれ程身心共に疲れ果てていたのに、今は元気そのもの。

 ハッとして妹を見ると、無表情な顔のまま親指を立てグッドのポーズをしている。

 テルミの疲労は、莉羅がすっかり治していたのであった。


「やっほーテルちゃん。お目覚めみたいね~オハヨー」

「姉さん……おはようございます。まだ昼間ですが」


 車の外に出ていた桜が、弟に話しかけた。

 テルミも車から出て、桜の元へと近づく。同時に姉の全身を確認。

 所々に張り付いていた転送陣も完全に消えており、全てが無事に終わった事を察した。


「もう昼間じゃないわよ。ほら見てみ」


 そう言って桜が指差す方を見て、テルミは目を細めた。

 沈みかけの太陽が、空が、今まさに赤く染まろうとしている。


 そしてテルミは自分が寝ている間に、目的地である通称『綺麗な景色を一望出来て、カップルがよくアレしちゃってる峠』に到着していたことに気付いた。

 確かに辺りには、情熱的な男女がちらほら見える。男女じゃないペアも見える。

 テルミは、こちらへ歩いて来ている莉羅の元へと慌てて駆け寄り、その目を隠した。


「見え、ない……よ……」

「……恋人達はともかく、夕日は綺麗ですね」

「そうね、とっても綺麗。あたし程じゃないけど!」 

「見え、ない……よ……!」


 莉羅は兄の指をこじ開け、何とか夕日だけは見る事が出来た。

 そんな莉羅とテルミに、桜が笑顔で近づく。


「今日は私達姉弟妹きょうだい三人、良く頑張ったわ。偉い偉い」


 桜は弟妹の頭を同時に撫で、珍しく姉らしい態度で褒めた。


「あたしは言わずもがな大活躍。どっかの変な悪の組織もついでに倒してたし。莉羅ちゃんもテレパシーとかで良いサポートしてくれたし。テルちゃんもパンツ被ったし」

「パンツは……無かった事にしてください」


 テルミは少々顔を赤らめ、姉に抗議した。

 だが桜は笑って、更に強くテルミの頭を撫でる。


「ダメよ。だってあたしの下半身に、テルちゃんのぬくもりがまだ残ってるんですもの」

「その言い方はやめてください」


 テルミは溜息をつき、ふと車の方を振り向く。


『おーい子供達! どこにいるの~!?』


 という父の声が聞こえている。

 忘れていた。父もいるのだった。

 テルミは車へと戻りスマホを手に取り、海外にいる父にも都内の夕日を見せてあげた。


 父は『おお~。懐かしいお日様だな~』と感心し、数秒無言の間を開けた後、『ところでテルミ』と呟いた。


「何ですか父さん」

『今日、何があったかは知らないけどさ……』

「えっ……」


 父の言葉に、テルミは首筋に汗を流す。

 呑気そうに見えるが、やはり親。

 今日の子供達の異変には、きちんと気付いていたようだ。


 しかし父は怒るわけでも、追及するわけでも無い。

 ただ、


『今後も、桜と莉羅をよろしく頼むぞ。長男坊』


 と言って、画面の向こうで笑った。


「……はい。僕は家事くらいでしか役に立てませんけどね」

『いいや、いやいや。そういうのが肝心なんだよ。はははは~』

「ふふっ」


 父と息子は笑い合い、そして通話を終える。

 テルミはスマホを車の助手席に置き、姉妹の元へと戻った。



 五分後。



『まだ帰り道があるんだった。もっとお話しよう子供達!』

「はぁ。そうですね父さん」


 再び、父からの電話。

 かっこ良い感じに切ったはずだったのだが……なかなか子離れが出来ない父なのであった。

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